6、その男の強さ
オレが空いた左手を挙げると、周囲を取り囲むように陣取ったEAたちが現れる。
竜車から百ユルほどの距離を置いて配置され、全機が左手を突き出していた。魔力砲撃の用意だ。
あとは左手を振り下ろすだけで、奴らに大打撃を与えることができる。
「どちらにしても、君が悲劇を繰り返すというなら、止めるしかない」
剣聖は物憂げな顔を浮かべながら、長い剣を抜いた。そこに宿る鈍い銀色に、夕日が反射する。
「まあ、いいか」
オレは左手を振り下ろした。
五つのEA小隊、合計十五機による魔力砲撃が奴らに向けて放たれる。
魔力砲撃は、EAが現れるまでほとんど使われていなかった攻撃方法だ。
体内魔力をそのまま球状にして打ち出すので、魔法と違い火や氷、土などの形を取らない。
ゆえに、それらの属性魔法に比べ威力が大きく劣る。通常なら魔力の無駄とも言える攻撃だ。
しかしEAで使うなら違う。放出魔力増幅の付与魔法が刻まれてあるのだ。人間など軽くバラバラにできる。
「良いと言うまで撃ち続けろよ」
その利点を用いた絶え間ない光の弾が、奴らを襲い続けていた。
わずかに逸れた砲撃が地面を破壊し、土煙が立ち上がる。
もはや相手の姿は見えないが、普通なら無事である可能性は少ない。
魔力砲撃に対する防御手段は、同じように魔力だけを用いた魔力障壁しかない。
こちらも生身で使うなら、無駄とも言える魔力量を消費する方法なので、相手の魔力を減らすには持ってこいだ。
「砲撃停止!」
もう一度、左手を挙げて攻撃を制止させた。
黄昏時に吹く東からの風が、土煙を剥いで周囲を露わにしていく。
「ほう?」
砲撃の目的地点には、半透明の壁が半球状に展開されうっすらと青く光っている。
「くっ」
賢者セラフィーナが魔力壁を展開し、防いでたようだ。剣聖や後方にあった竜車までカバーしている。剣聖の弟子達も無事なようだ。
「防御手段は勉強してきたか、賢者」
笑いかけると、苦しそうに息を荒げながらもオレを睨んだ。
自分だけでなく、背後の人間たちも守ったおかげで、魔力をだいぶ使ったようだ。狙い通りだ。
「相変わらずEAは厄介ね……ただの兵士が熟練の魔法剣士へと化ける!」
「お褒めに預かり光栄至極。そちらは本調子ではないようだな」
セラフィーナが魔力障壁の起点としていた杖にヒビが入った。
剣聖が剣を構え、一歩前に出る。
「我々『称号持ち』を数により圧殺する、そういうコンセプトだと聞いたが」
いかにも生真面目そうな美丈夫と呼んでいいだろう。剣聖ヨルマは一つ小さな息を吸った後、
「だが、舐めるなよ帝国!」
と横に剣を振った。
そこから発せられたのは、三日月状の鈍い月光のような輝きだった。
EAの左手を差し出し、障壁を張る。
「ほう」
オレの後方で爆発音がした。そこらに配置していたEAがやられた音だろう。斬撃を魔力で飛ばす複合剣技というやつか。魔力砲撃と似たようなもんか。
「君とはゆっくり話せばわかりあえる気もするが、ここは退かせてもらおう!」
そう叫びながら、ヤツは自分の右手側に先ほどの飛ぶ斬撃を放った。再びEAがやられる。
間髪開けず同じ方向へ走り出した。一点突破を狙う気のようだ。
やるじゃないか。
賢者セラフィーナも肩で息をしながら走り出す。
壊れかけの杖を投げ捨て、複雑な光る魔法陣を空中で発生させた。そこからEAなど軽く飲み込めそうな炎の弾を生み出し、攻撃をしてきた。
竜車にはジジイが乗り、走竜に鞭打ち加速し始める。
オレも攻撃を仕掛けようとしたとき、剣聖の前にコンラートが立ち塞がった。
「逃がすかよ!」
あーあ。他の連中が魔力砲撃できないだろうが。あいつは後でオシオキだ。
「行かせないよー」
今度は味方機の間から、弓を持ったEAが魔力の矢を放つ。これはテオドアだ。竜車の足止めをするらしい。
「奸賊『賢者』セラフィーナ、覚悟!」
双剣を携えて飛び上がり、襲いかかったのはミレナか。
どうも我が帝国の兵士たちは、騎士道精神が抜けきらないようだ。他国のことを悪く言えないな。
「ったく。全員、近接戦闘準備だ」
呆れながら声をかけると、他のEA小隊も動き出す。砂塵を巻き上げ、槍や剣を持って襲いかかり始めた。
コンラートのEAから放たれる剣撃を、剣聖ヨルマがその手に持った長剣で受流す。
「強奪した鎧か!」
返す刃で切り上げるが、コンラートも上半身を反り無事に回避する。
「こんなもんかぁ!? 剣聖さんよぉ!」
ホントに声変わりしてんのかと言いたくなるコンラートが、剣聖と常人の目には見えない速度の打ち合いを始めた。
その間にも、ヨルマの背後から他のEAが襲いかかる。
しかし、さすが剣の頂の称号を持つものだ。
背中に目でもついてるかのように攻撃をかわしては、EAを切り伏せ吹き飛ばしていく。
「このっ!」
ミレナと賢者の方を見れば、双剣での連撃を、賢者の小さくとも分厚い魔力障壁が器用に弾いている。
「危ない子ね!」
体調は万全ではなさそうな賢者だが、ミレナ相手によく頑張るもんだ。
クソガキのコンラートはどちらかと言えばトリッキーな剣捌きで相手を惑わす。
紅一点かつ紅の髪を持つミレナは、真面目な性格通りに真っ直ぐな、しかし速い攻撃の連続を得意としている。
それでも剣聖と賢者の壁はなかなか厚いようだ。
称号持ちの二人ともが、合間合間に襲いかかる他のEAを排除しながら、コンラートたちを相手にする状態が続いた。
ふむ。
一方、剣聖の弟子たちも、他のEA相手に一対一の闘いを繰り広げていた。
おそらく強奪作戦時に邪魔してきたと思われる、長い金髪の女もいる。剣と魔法を使いながら、EA相手に立ち回っていた。
白いEAはどこだ?
竜車の方を見つめれば、破かれた幌の間から、胸元が剥き出しになった白いEAが立ち上がっていた。
胸部装甲はオレがこないだ切ったまま、修復を終えてないのか。
しかし動きがつたない。本調子じゃないのか?
よく見れば、乗っているのは男だ。こないだは女の声がしたような気がしたんだが……。
ゆっくりとした動きで両手を前に出し、テオドアへ向けて増幅された火弾を放ち続けている。
テオドアも飛び回りながら、白銀のEAに魔力の矢を打ち続けているが、竜車の操縦、上手いな、あのジイサン。よく避けるもんだ。
「ま、動くか」
あの調子なら、白いEAは敵ですらない。それが確認できれば充分だ。
最初に賢者をやりたいところだが、邪魔な雑魚から狩るとしよう。部下が減るからな。
オレは黒いEA『バルヴレヴォ』で走り出す。
手には柄の長い長剣を両手で持ち、狙いを定めた。
「まず一匹!」
長い金髪の女が驚いた表情でこちらに気づく。
魔法で障壁を展開し、こちらの攻撃を防ごうとしたようだ。
「関係あるか!」
その障壁ごとぶった切る。胴体と下半身で二つに分かれ崩れていった。
「……何か手応えはないな。こんなもんか」
こいつがあのときの勇者っぽいヤツかと思ったんだが。
まあ良い。次は剣聖の弟子たちか。
汎用機ボウレと斬り合っていたヤツらが、オレの方へと気づく。
そのうちの一人がこちらへ向けて飛びかかった。
「バカが!」
左手から魔力砲撃を打ち出す。
バルヴレヴォの砲撃は威力がありすぎる。ゆえに、飛びかかってきたヤツは影すら残さず消し飛んだ。
「うおおおお」
「やらせるかあああ!」
次々と剣聖の弟子たちがかかってくる。
「知るかよ」
右足で中段回し蹴りを見舞う。防御しようとした剣ごと相手の体を叩き折り、食らったヤツはそのまま吹き飛んで頭から落ちた。
次のヤツは、オレの背中から剣を振り下ろしてくる。
だが、カンッと甲高い音がなるだけだ。
「そんなもんで、この装甲が断ち切れるか」
攻撃を跳ね返され、体勢を崩したたらを踏み剣聖の弟子が驚いていた。
そこへボウレたちが一斉に襲いかかった。四本の剣に突き刺され、即死する。
弟子の最後の二人が、泣きそうな顔でこちらを見ていた。
前に立っていた男が、後ろにいた女に逃げろと告げる。
「味方に付く側を間違えたな」
脚部装甲に魔力を走らせ、ジグザグに駆け出す。
「はや」
三文字すら最後まで言わせず男を両断し、泣き顔の女が、
「そんな……」
と呟くが、もう左右に体が分かれた後だった。
「こんなもんか」
長剣を振って血を軽く落とし、剣聖たちの方を見る。
まだ戦闘継続中だ。
コンラートは剣聖に押され始めているようだな。アイツも年の割には剣の腕は良いんだがな。
ミレナは防御の厚い賢者を攻めあぐねているようだ。
速いが直線的すぎるのが勿体ない。時折、賢者から放たれる出の早い魔法によって少しダメージを追ってるようだ。
テオドアは弓型武装から、魔力の矢を打ち続けているが、竜車の荷台の白いEAの砲撃もなかなか強い。まあ、テオドアは根性を鍛え直す必要があるなぁ……。
さっさと剣聖をやるかとオレが考えたときだ。
ふと、夕日に影が差したような気がして、空を見る。
何かが飛んでいた。
「ドラゴン! 聖白竜……竜騎士か!」
EAなど一噛みで破壊しそうな巨大な白い竜が、こちらに向け急降下してきていた。
称号持ちたちに襲いかかろうとしていたEAたちに向け、上空から炎を放つ。
まるで赤く燃える溶岩の舌みたいな攻撃が、EAを装甲ごと溶かし始めた。
「色々出して来るな、ほんと」
おかげで包囲網の一部が破られそうだ。
動揺したのか、コンラートは剣聖の一閃を真正面から受け止め、弾き飛ばされた。たたらを踏んで倒れそうになったところを、押し切られそうになっている。
その近くでは、賢者が地面を魔法で励起させ、ミレナの赤いEAに距離を取らせた。強い魔法を撃つためだろうか。
やや遠くでは竜騎士の乗った竜が、テオドアのいた場所を重点的に攻撃していた。白地に緑のEAが、脱兎の如く逃げ回る。
「無様な……」
頭が痛いわ……帝国軍の若年将校の劣化が激しい。オレも若いけど。
そして包囲網の空いた場所から、竜車が飛び出す。
引いてる竜がその足の回転を速め、EAでは追いつけない速度にとなり始めた。
「セラフィーナ殿、先に!」
「はい!」
賢者は魔法によって飛び上がり、竜車の荷台の上へと飛び乗った。距離を取ってまで詠唱していたのは、時間のかかる浮遊の魔法か。
向こうは逃げるか。
着地した賢者は、荷台に立っている白いEAと並び魔法攻撃の弾幕を張る。狙われたEA部隊は距離を取って逃げるか、魔法を食らって倒れていった。
おかげでこちらのEAは半数を切った。
剣聖が殿に立つつもりなのか、最後まで剣を振るっている。
「シュタク君、弟子達の仇は必ず取るぞ!」
剣聖が剣を仕舞って竜車に向け駆け出した。
その身体能力は魔法の強化か元から優れているのか、さすが称号持ちと言わんばかりの速度だった。
だけどな。
「ただで逃がすかよ」
お前らは真竜国に味方するもので、殺してやらなきゃいけない存在なんだ。
剣を構え、黒いバルヴレヴォで一足飛びに剣聖へと追いつく。
着地と同時に横薙ぎを放つと、慌てた剣聖がその長剣で受け止めた。
「この威力……!」
だが、威力を流しきれず、体勢を崩す。
「バカが!」
嘲りの声とともに、オレは一気に剣を振り下ろした。
足が浮き上がった状態で受け止めようとした剣聖。
その右腕を切り落とした。
「ぐっ!」
「ヨルマ殿!? 雷撃よ!」
セラフィーナがこちらへ一句のみの魔法を放ったが、星の外から降り注いだ隕鉄の装甲に、それぐらいじゃ傷つかない。
「さらばだ、剣聖」
たたらを踏んで右腕を押さえるヨルマ・オウンティネンの首を、一瞬の斬撃で切り落とした。
「ヨルマ殿!!」
竜車の荷台に乗って離れていく賢者セラフィーナが、哀哭の叫び声を上げる。
空中を舞ったヨルマの首が、地表へと落ちた。
上空の竜騎士がこちらの事態に気づき、聖白竜の顎から高温の炎をいくつも降らせてきた。
何度か後ろに飛び退いて、攻撃をかわす。
竜は首を返し、竜車を追いかけて飛び去ろうとしていた。すでにEAの魔力砲撃では当たるか微妙な距離だ。
剣を逆手で構えたオレは、軽く助走を付ける。
「当たるかね? これ」
専用機バルヴレヴォの内部付与魔法陣が甲高い音を鳴らせて光り、中にいるオレの魔力を吸い上げる。
そのまま一気に腕を振り抜いた。
投げられた剣は、竜騎士の乗る空飛ぶトカゲに真っ直ぐ向かっていった。
投擲に気づいたのか、竜騎士は手綱を引っ張り竜を横に傾ける。
「おう、かすったか」
右翼の先端を削り取り、竜がぐらついたが、何とか体勢を立て直したようだ。揺れながら飛び去っていく。
さすがにもう、こちらに攻撃手段がない。負傷者も多い。
まあ、今回は終わりか。
バルヴレヴォの胸部装甲が前へと開き、兜が後ろへと跳ね上がって、オレの体が外気に晒された。
「隊長! す、すごいです!」
頬を紅潮させたミレナが、EAから降りてオレの元へと駆け寄ってくる。
「信じらんねえ、あの剣聖を……結構、手強かったのによ……」
青のEAから飛び降りたコンラートは、顔が驚いたまま固まったようだ。
「うさんくさいマスクなのに……」
これはテオドア。お前は後で追加訓練決定だわ。
「さて諸君、残念ながら逃がしてしまったが、状況終了、ご苦労様だ。後方支援部隊と合流し撤退としよう」
オレは真竜国の奴らが去って行った西の方へ沈む夕日を眺める。
ふと、転がっていた剣聖の首に目を取られた。
バカなヤツだ。
真竜国に味方などしなければ、剣聖の称号を持ったまま、弟子達相手に偉そうにしてられただろうに。
そう思うと、驚愕した表情のまま死んだこいつも、哀れ過ぎて仕方ないな。
オレの復讐劇に巻き込まれた剣聖に哀悼の意を抱き、奴らの去った方向へ背を向けて歩き出した。
まだ機会はいくらでもある。
どうせ、最後は真竜諸島共和国まで攻めて、皆殺しにするんだからな。
■■■
何とか帝国兵の猛攻撃から逃げ出した真竜国の面々は、安全そうな洞窟の中で休んでいるところだった。
「ヨルマ殿たちが殺されるなんて……」
賢者セラフィーナは、竜車の荷台で頭を抱え打ちひしがれていた。
剣聖ヨルマとその五人の弟子たちは、彼女たちの首魁たる聖龍レナーテが、その威光により招聘した奥の手の一つだった。
メナリーから勇者と新開発のEAを連れ帰るために、セラフィーナが派遣して貰ったのだ。
だが、あっさりと全滅させられては、頭を抱えるしかなかった。
「伝手で呼んだ特級冒険者まで、あの男に……」
賢者である彼女は、名うての女性冒険者を護衛として雇っていた。長い金髪が自慢だったその女性は合流して間もなく、帝国軍の黒いEAに両断された。
勇者リリアナの影武者役を演じて貰うつもりだった賢者だったが、その目論みは早くも崩れた。
「ごめんなさい、セラフィーナさん、私がエリシュカさんを呼びに離れたばっかりに……」
申し訳なさそうに頭を下げたのは、勇者リリアナ・アーデルハイトだった。
周囲はすでに闇に落ち、遠くから狼の遠吠えが聞こえてきている。
「いや、リリアナが先に呼びに来てくれたおかげで、私が駆けつけられたのだ。良い判断だった」
そう言いながら洞窟に入ってきたのは、濃い茶色の髪を後頭部でまとめて垂らした女性だった。凜とした雰囲気のある、銀に輝く鎧の女騎士だ。
「エリシュカ、『竜騎士』の貴方が、リリアナも乗せて戻って来てくれれば……」
セラフィーナは、疲れた様子で抗議の声を上げる。
その鋭い眼差しは顔の作りの美しさのせいか、余計に厳しい印象を持たせていた。
リリアナは、ヴィート・シュタクたちがメナリーの秘密工廠に侵入してきたときに出くわし、最後はEAに乗って帝国軍のEAも一機落としていた。
最後はヴィート・シュタクに吹き飛ばされたが、無事に生還していた。だから戦力として期待していたのだ。
なお、仮面をつけた帝国の少佐は、自分が殺した長い金髪の冒険者が、強奪作戦時に邪魔をしてきた女だと勘違いしていた。
冒険者とリリアナの背丈が似ており、リリアナが強奪作戦後に長い後ろ髪を切ったためだった。
一応、勇者の偽物として冒険者を雇った意味はあったようだ。
ともかくリリアナは勇者の称号持ちで、戦力としては得がたいものだ。参戦していれば戦況も変わっただろうと思われていた。
しかし竜騎士のエリシュカと呼ばれた女性は、肩を竦めた。
「壊れたままのEAにリリアナを乗せて、今度は勇者まで失うつもりだったのか? 目的はリリアナとレクターを連れ帰ることだろう?」
そこに挑発するような響きはなく、むしろ疲れ切っている様子だった。
「……わかったわ。その判断を尊重します」
セラフィーナも肉体精神ともに疲れきっており、それ以上の反論はしなかった。
火の番をしていた初老の冒険者が、隣の男の肩を叩いた。
「アーデルハイト博士がレクターで砲撃したのも良い判断じゃったの。動かせたのにも驚いたが」
「いえ……これでも開発者の一人ですし、つたないですが、あれぐらいなら……」
割れた眼鏡をかけた優しげな中年男性も、また疲れ切った顔で何とか笑みを浮かべるだけだった。
「え、エリシュカさん、聖白竜の容態は……?」
リリアナが恐る恐る竜騎士へと問いかけると、彼女は小さく笑う。
「大丈夫だ。擦り傷というわけではないが、命には関わるほどではない。今は洞窟の外で休んでいる」
「そうですか、良かった!」
「治癒魔法は竜にはあまり効果がないから、後は自然に治るのを待つだけだ。長距離は飛べないが我慢するしかない」
エリシュカが後頭部で髪をまとめていた紐を解き、火の側へと歩いていく。
「……しかし、ヴィート・シュタク、あれがそうなのか」
彼女が独り言のように呟くと、リリアナが目を丸くし、
「あいつがいたんですか!」
と驚きの声を上げる。
「黒いEAがそうなのですよね? メンシーク卿」
肉を焼いていた初老の男に、竜騎士エリシュカが問いかけた。
「名乗ったゆえ、間違いなかろうな。噂通りの強さだったのぅ」
「そう、あれが……」
エリシュカが大きなため息を吐いた。
「あんな男が、これから先も追いかけてくるようなら、簡単には真竜国には帰られなさそうだな……」
その一言に、全員が不本意ながらも頷くしかなかった。
ヴィート・シュタクという恐るべき追手に二度と遭わないよう、彼らは薄暗い洞窟の中で祈るのだった。
称号『勇者』を持つ少女は別のことを、心で祈る。
ヴィル……また逢いたいな。
再会した幼馴染みの顔を思い浮かべて、暗い気持ちを払拭しようとするのだった。