9、コンラートと勇者たち
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「あの少年は起きたのか?」
砂に上がった海竜に食事を与えていた竜騎士エリシュカは、小屋から出てきたリリアナに気づく。
「起きたけど、少し食事させて水分取らせたら、またウトウトし始めたよ」
「まだ小さいのにな。少年兵というヤツか」
なおコンラートは十五歳で成人しており、どこの国でも戦闘に参加していておかしくはない。
「それで、ここを離れる準備は整ってきたの?」
「セラとアーシャが、ゴーレムを使って近くの町まで物資を買いに行っている。メンシーク卿は少し大きめの船を譲ってもらえるよう、交渉に行った」
「そっか……やっと帰れるんだね」
すでに一年以上、真竜国を離れていた。望郷の思いというよりは、やっと目的に辿り着くという安堵だった。
それに反し、竜騎士エリシュカは硬い声で、
「だといいが」
と独り言のように呟く。
「昨日戦った、小舟に乗ったEAの話?」
「ああ。あれが大挙して押し寄せれば、四匹しかいない竜騎士では対処できまい。必ず抜かれる。そして一機でも辿り着かれたなら、港町は大きな被害を被るかもしれん」
「そうなったら……帝国が船に乗っていっぱい来る」
「そうだな。制海権を得たなら、向こうには移動手段は山ほどある。不安定な海の上でなければ、奴らも竜騎士と戦い易くなる。何よりも」
「うん……ヴィート・シュタク」
「そうだ。あの男が上陸すれば、何が起こるかわからん。私たちも海上戦に介入できるのが一番良いが……」
エリシュカが腕を組んで考え込もうとすると、海竜が小さな唸り声を上げて、大きな頭を竜騎士に擦りつける。
「こらっ、満足したなら、一眠りしろ。私は遊んでる暇はないぞ」
竜騎士が笑いながら、海竜の鼻先を撫でてやる。
「すっかり慣れたよね、海竜君」
「頼れる相棒だ。しかし、レクターが手に戻って来たのは丁度良いな」
二人とも、小屋の近くに寝かされている鎧を見る。白地に青い線の入ったEAだ。
「うん。聖騎士用のセインツレイダーだから、ちょっと適正のある人はいないけど、それでも誰かが使えば大きな力になるよ」
「さっき少し見たが、中身は帝国にだいぶ変えられているんだな、リリアナのレクターと」
「あれかー……いいなぁ、帝国は。着心地が良くて」
「そうなのか?」
「うん、中の魔導緩衝材も滑らかなの! 私のなんか、ごわごわで素肌に当たるとちょっと痛いもん……」
嫌そうに大きなため息を吐くリリアナの姿を見て、エリシュカが微笑む。
「リリアナ、エリシュカ、戻ったわよ」
黄金のゴーレムの肩に乗るアーシャと賢者セラフィーナが、彼女たちに近づいてくる。
「おかえりー。どうだった?」
「色々手に入ったわよ。情報もね。後で話し合いましょ。ところで、あの子は?」
セラがゴーレムから飛び降りる。カバンからいくつかの荷物をリリアナに渡していった。
「さっき起きたよ。今はまた寝てるかも」
「そう。ちょっと色々聞きたいことがあるから、起きてもらうけど大丈夫そう?」
「体に悪いところはなさそうだけど……セラさん」
「わかってるわよ。私たちは帝国じゃないんだから、酷いことはしないから」
「良かった……」
「でもヴィート・シュタクの部下だから、色々と聞けると良いんだけどね」
「それは……そうだね」
「じゃあ、行きましょ」
賢者が小屋へと歩いていく。他の三人もその後ろをついていった。
「……何も喋んねえぞ、オレは」
手足を縛られたままのコンラートは、椅子に座って見下ろすセラフィーナに反抗的な目を向ける。
「そう。まあいいわ。ところでヴィート・シュタクってどんな人?」
警戒する帝国の少年に対し、賢者はなるべく優しげに世間話のように振っていく。
「いやだから、何も」
「好きな食べ物は? 恋人とか、そういうのはいる?」
部屋の真ん中で、火の付いた薪が小さく弾ける。
冬の海岸にある漁師小屋とはいえ、アーシャによって修繕されたその場所は、充分に暖かい。
「……知らねえ。だけど、黒豆茶は良く飲んでる」
「黒豆茶か。苦みがクセになるわね。私も久しぶりに飲みたいかも」
勇者や竜騎士はコンラートの後ろの壁にもたれかかって、不測の事態に備えている。アーシャだけは個人では戦力を持たないので、セラの少し後ろで座って火に当たっていた。
「あんな苦えもん、どこが良いんだよ」
コンラートが顔を逸らし、吐き捨てるように返答した。だがセラフィーナはニコリと笑った。
「何回も飲んでると中毒みたいに虜になるのよ。恋人とかいそう? モテるんじゃない?」
「怪しい仮面だぞ。ああ、何か研究者とは仲が良さそうだったな。あとは公爵令嬢か」
「公爵令嬢? さすが英雄さんね。私とどっちが綺麗な人?」
わざとらしく青く長い髪をかきあげる。
その様子をちらっと見た後、コンラートは、
「女にゃ興味はねえよ」
と言う。
「あら? まさか」
「ち、ちげえよ! オレは剣一筋なんだ!」
「あ、そういうことね。あなたはかなりの腕前だものね」
今度は心底尊敬しているかのようにおだてる。
「……ケッ。大したことねえよ。そこの勇者の方が強えじゃねえか」
「そりゃあ、リリアナは勇者だからね。でも、リリアナと対等に打ち合えるだけで大したものよ。これはホント」
「……へっ」
自嘲する様な笑みを浮かべるが、そこまで悪い気はしてないらしい。
セラフィーナは今までの会話である程度、コンラートという少年を把握し始めていた。
剣に自信があり、少年らしさを強く残した、ガキ大将のような十五歳の軍人だ。これならまだやりやすい。
「でも、ヴィート・シュタクが迎えに来ないわねえ」
わざとらしく小さなため息を吐く。
「来ねえよ、アイツは」
その言い草に、セラフィーナは内心でおやっと思った。
あまり仲が良くないのだろうかと疑問を抱いた。
「まあ、血も涙もない男って噂だしね……」
少しだけ探るように、噂という単語をつけて少年の上司を下げて言う。
「……ふん。あんなヤツ」
「どうしたの? ケンカでもしてるのかしら?」
「普段から仲は良くねえよ。でも仕事だしな」
「でも、仲が良くない人が上司だったら、やりにくくない? 例えば、作戦の方針とか」
賢者は不自然にならないように会話を繋ぎながら、脳内では目の前の少年から情報を引き出す言葉を探していた。
腕に自信があって、ヴィート・シュタクを好ましく思っていない。
そして今までの、目の前の少年のレクターの行動を思い出す。
「作戦なんて、仕事だ。関係ねえよ」
「でも、嫌な仕事はなるべくしたくないじゃない。私だってそういう思いはいっぱいしたわ。わかるわよ」
「……ケッ」
「そうねえ。作戦とはいえ、あなたみたいに強い人が、罪もない人を殺すのは似合わないと思うし」
その言葉に、コンラートの肩がびくっと震えた。
やっぱりそこか。
上手く探り当てたとわかり、ほくそ笑む。
「さて、食事にしましょ。リリアナ、手の縄は解いてあげて」
賢者は立ち上がりながら、勇者に声をかけた。
あとは食事をしながら引き出せばいい。
踵を返し肩越しにチラリとコンラートの顔を覗く。
黙って縄を外されている青い髪の少年は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
木の器に盛られたシチューを持ったまま、コンラートは考え込んでいた。
あの隊長は助けに来るのか。
テオドアとミレナは来ようとするかもしれない、と思う。
何せ付き合いは軍の学校以来だ。口に出すのは憚れるが、コンラートに取っては友達と言える存在だった。
――隊長はどうだろな……。
常に生意気な態度だった。やはり心象は良くないはずだと知っている。
どうにも口が悪いのは自覚している。それでも、最近は軍の偉い人間相手に押し黙るぐらいの分別を得ていた。
しかし、ヴィート・シュタクは怪しい風体のくせに、妙に気易い。反抗的な態度でも笑って流す余裕を持っていた。
逆の言い方をするなら、軍の英雄だと聞いていたのに、拍子抜けした部分でもあった。
それが少し気に入らなくて、コンラートはまた悪態を吐く。
そんな繰り返しだった。
ミレナに何度も注意されていたが、彼女も半分諦めていた。
そういうこともあって、自分が隊長からの心象が良くないだろうと思っている。
反対に、コンラートがシュタク少佐に失望した部分もあった。
仮面の男がとてつもなく強いことぐらいは、コンラートも理解している。彼が敵わなかった剣聖をあっさり葬り、勇者相手にも一人で互角以上に打ち合う。
そんな自分より強い男が、ボラーシェクの戦いでは人質を取り、力なき住民を虐殺していった。
「どうしたの? コンラート君? あんまり口に合わなかった? 野菜と鶏肉多めで一応、帝国風にしたつもりだったけど」
隣に座っていた勇者が、心配げに覗き込んでくる。
「い、いや、大丈夫だ。食える」
「そっか。住んでたのは結構前だから、自信なかったの。でも良かった」
ホッとした様子で、勇者が再びシチューを口に運ぶ。
彼女をチラリと横目で見てから、コンラートも同じように暖かい食べ物を口に入れた。
彼は自分でもあんまり認めたくないが、勇者の容姿が可愛らしいと感じていた。
革の鎧こそ着ているが、話の中身は普通の町娘みたいだなと思っていた。
「なあ、勇者」
思い切って話しかけてみる。今まで敵だった分、少し緊張した。
「リリアナだよー。名乗ったのになぁ」
「あ……悪い」
「ううん。で、何かな、コンラート君」
妙に警戒心が薄いのが気に掛かったが、コンラートは息を飲んでから、
「オレのこと、隊長……シュタク少佐に頼まれたって言ったよな」
と問い掛けた。
「ん……そうだね。アイツと一緒に遺跡の地下に落ちたとき、水と食事を分けてもらったの。だから、これでおあいこ! 借りは返した!」
不服そうに答えるリリアナだったが、どこか楽しそうに見えた。
ユミル神殿の地下に落ちたときは、勇者とも途中まで協力して戻って来たと彼も聞いた。
なのにボラーシェクの廃城では、住民を虐殺した。
その事実がコンラートの頭を混乱させる。あれからずっとだった。
「……なあ、賢者」
「セラフィーナよ、コンラート」
「……セラフィーナ……ヴィート・シュタクはまた、あの城みたいなこと、すんのかな」
彼は誰かに否定して欲しかった。
なぜなら、ヴィート・シュタクのことを、心のどこかで尊敬していたから。その強さに畏敬を抱いていたから。
「すると思うわ」
だが、賢者は素直にそう答えた。
「……だよな」
否定はもらえなかった。
彼自身もそう考えていたが、否定して貰いたかっただけだった。
当たり前だとわかっていても、なぜか落胆してしまう。
賢者が真っ直ぐコンラートの目を見つめる。
「今、帝国が進めているっていうニーズヘッグという計画。これが完成すれば、また罪のない人たちが殺される。今度は真竜国で」
真剣な眼差しである。
コンラートはそれを受け止められず、周囲を見回した。
一緒に食事をしているのは、いずれもヴィート・シュタクより弱い女たちだった。だが、誰もが賢者と同じ表情をしていた。
「コンラート」
「何だよ?」
「できれば教えて欲しい。あなたたちの作戦『ニーズヘッグ』の中身を」
「……敵だぜ。漏らすかよ」
「これを防げば、ヴィート・シュタクに虐殺をさせないで済む。そこからまた平和を模索したい。その後でなら、私はいくらでも罰を受けるつもりでいるわ」
賢者セラフィーナは、敢えて偽りのない本心を語った。
それが目の前の少年の心を揺さぶる、一番の手段だと思ったからだ。
「……そうかよ」
コンラートは少しだけ天を仰いで目を閉じる。
しばらく沈黙した。目に焼き付いているのは、楽しそうな声を上げて、人を殺していく黒いEAだ。
周囲にいた彼女たちも黙って次の言葉を待った。
次に瞼を開いたコンラートは、彼女たちと同じように真剣な眼差しを浮かべていた。
「……言うわけねえだろ。これでも帝国軍人だぜ」
「そう。まあ、冷める前に食べた方が良いわ」
答えがないことを気にした様子もなく、セラフィーナは自分の食事へと戻る。他の人間たちも同様だった。
その様子にホッとし、彼も自分の食事に戻る。
何とか逃げ出すべきだと考えるが、相手は勇者や賢者だ。生身のコンラートで敵う相手ではないことぐらいわかっている。
それにレクターも取り戻さなければならない。
――いくら隊長のやり方が気に食わねえとはいえ、さすがに帝国を裏切るなんてできねえよ。
コンラート・クハジークは何とか自分自身を納得させた。
彼の安堵の表情を見たセラフィーナは、内心でため息を吐く。
――素直に喋るとは思わなかったけど、あと一押しで行けそう。
説得が一度で上手くいくとは彼女も思っていなかった。それでも手応えはあった。
年端もいかぬ少年の心を操ろうとするのは気が引けるが、真竜国の人間の命がかかっている。
どうにかして喋ってもらわなければ、と賢者はその頭を回転させるのだった。
情報:リリアナは基本がその辺の町娘なので、普通に料理ができる。セラは壊滅的、アーシャはあんまり食べないので、気にしない。エリシュカは細かいことは気にしない。メンシークはめっちゃできる




