8、海に落ちる
「ではオレたちが先行するということで」
オレは海上に停泊した飛行船の格納庫で、青い軍服の中佐に返事をする。
「頼むぞ少佐。我が軍の切り札の実力、見せてくれ」
「新型機も貰いましたからね。精々、踏ん張ってきますよ」
敬礼をしながら答え、オレは近くにある細身のEAに向かう。
バルヴレヴォ・イニシャルタイプ・シーモード。
アネシュカ将軍の高機動タイプを元に、さらに海上戦に向けて軽量化した機体だ。
脚部装甲にはモーターボートに接続する専用の魔力伝導素材が使われ、魔力砲撃用の刻印を、片腕だけではなく両手に仕込んでいる。
普段の漆黒とは違う、黒に紺という模様だが、趣味は悪くない。
中に入ると前面部が閉じて、兜がゆっくりと降りてくる。
「準備は良いか、諸君」
声をかけると、後ろにいるレクター三機が頷いた。
「では、シュタク特務小隊、行くぞ」
オレたちは格納庫から海面へと滑り落ちる。
「専用魔法刻印起動、全機、船底の羽根を回せ、加速開始!」
幸い、天気は良く波は穏やかだ。
EA一台しか乗れない小型艇が、波に乗って走り出す。
「波乗り日和だ。楽しんで行こうか!」
■■■
「何……?」
リリアナが立ち上がる。
彼女たちがいるのは、幅三百ユルほどの弧を描いた砂浜だ。
そこで真竜諸島に向かう準備をしていた。
「どうしたのリリアナ?」
「セラさん、聞こえない? 何か……近くの海から、うなり声のような」
「……そう?」
「まさか、帝国軍!? レクターに行きます!」
「わかったわ。でも……どこから? 海の方って言っても船も飛行船も……」
セラフィーナが海上を見つめるが、帝国軍の艦船は見えない。
彼女の中では、EAが海上で活動するような記憶はない。
「どうした、セラ?」
近くにいた海竜の上から、竜騎士エリシュカが大声で訪ねてくる。彼女が手懐けたおかげで、真竜国へ帰る手段ができたところだった。
「リリアナが、帝国軍が来るかもって」
「海からか? まあ、戦艦で来ようとも、私の海竜には勝てまい。逆にセラの魔法には良い的だろう」
「そうね。でも油断は……え?」
セラが自分の目を疑う。
穏やかな日差しが跳ね返る海の上、人影のような物がいくつも見える。
「人……ううん、EA? EAが小舟に乗ってるの!?」
「バカな! 速いぞ!」
エリシュカが叫ぶ。
速度が大型の魚類並に出ていた。
『全機、撃て!』
波をかき分けながら、EAたちが近づいてくる。その数は十六機だ。
「あの声は、ヴィート・シュタク!」
セラが魔力障壁を張る。
彼女たちがいる浜辺に魔力砲撃が着弾し、乾いた砂粒が飛び散っていく。
「アーシャ! メンシーク卿を!」
「任せて」
小さく細いドワーフが指を動かす。黄金のゴーレムが砂の中から立ち上がり、彼らの壁になった。
「上陸させないように! 海の上で沈めるわよ! エリシュカ!」
「良い機会だ、ヴィート・シュタクめ! 海の藻屑にしてやる!」
巨大な亀のような海竜が動き出す。
セラフィーナも魔力を流し、火線の魔法を放つ。
「って、簡単に避けられた!」
長距離から放ったとはいえ、海の上で避けられるはずはない。だが、的も小さく相手の動きは魚のように早かった。
「エリシュカ! できれば一機捕まえたい!」
「わかった! 確かにあれは真竜国にとって驚異だ!」
「ええ、あれが大量に押し寄せれば、四匹しかいない竜では相手ができないわ!」
「わかっている!」
巨体から伸びた手綱をエリシュカが叩く。
海竜が雄叫びを上げ、口を開けて前方に激しい水流を放った。
海上の岩すら砕く威力の水流砲は、海竜の最大の武器だ。一機のEAが避けきれず、小舟が転覆してEAが落ちる。
「……見かけは間抜けだけど、すごい威力ね」
セラは少し呆れた様子で呟く。
こうして、妙な上陸戦が始まったのだった。
「なんだ、あの亀!」
コンラートが驚きの声を上げる。
「とにかく的を絞らせない様に動きながら、撃ちまくれ!」
ヴィート・シュタクが珍しくやけっぱちな口調で言い放った。
それでも彼は横に曲がりながら、両手から交互に魔力砲撃を撃つ。全長十五ユルの亀が放つ強烈な水流砲が放たれたが、波に乗って飛び上がって回避した。そのまま空中から魔力砲撃を三回放ち、また海面に着地して蛇行しながら砂浜に近づき始めた。
狙いはアーシャ・ユルやメンシークなどの常人たちだ。
「させるか!」
巨大な亀が竜騎士の手によって首をもたげ、先行する黒い鎧へと水流砲撃を連続で放つ。
いずれも直撃は回避されたが、その威力に海面が押され、小型艇に乗ったEAたちがバランスを崩し速度を落とす。
ヴィート・シュタクでさえも、海竜の砲撃を避けるために、浜に近づくことができなかった。
「ちっ! 厄介な!」
「ははっ、竜騎士を舐めるな!」
「亀騎士の間違いだろう?」
「何をぅ!?」
黒い鎧が悪態を吐きながらも、強烈な水流を避けては魔力砲撃を放つ。
しかし分厚い甲羅と厚い皮革に遮られ、なかなか傷が付かない。
その上で亀が波をかき分けて、大波を起こす。旋回速度も遅くはない。
「……まずいな、これは」
相手のバカバカしい外見に油断していた帝国軍だが、その実、かなり強力な騎獣であることがわかってきた。
巨大な体躯の割に水上では動きが早く、長い首のおかげで死角も少ない。吐き出される水流の威力は高く、当たらなくても近くの水面を捲り上げ、EAたちのバランスを崩す。
その上で浜からは杖を持った賢者の魔法と、勇者の強力な魔力砲撃が絶え間なく撃ち続けられている。
「よし、全員、撤退だ!」
ヴィート・シュタクが拡声の魔法を使い、指示を全部隊に出す。
現場指揮官に従い、全EAが反転し、水上を蛇行しながら敵から遠ざかっていく。
「エリシュカ!」
そんな中、最後尾で出遅れた機体があった。
白地に青い線の入った細身のEAだった。
「食らえ!」
海竜から放たれる水流が、そのEAのすぐ後ろを叩く。
爆発したように海水がEAごと打ち上がった。
そのまま空中でバランスを崩し、EAが海中へと転落する。
「コンラート!」
赤線のレクターが再び小型艇を反転させ、助けに行こうとする。
「ちっ!」
ヴィート・シュタクの黒いEAもまた同じように助けに行こうとした。
「させないわよ! 火線!」
賢者がいくつもの魔力砲撃を放つ。着弾した場所に大きな水の柱が上がり、敵を遮った。
こうなれば黒いEAがいくら素早くとも、回避で精一杯になる。
それよりも遅い赤いレクターなら、尚更の話だった。
「退却だ、ミレナ!」
「し、しかし! コンラートが!」
「ミレナ! 撤退だ! 言うことを聞け!」
「は、はい!」
「リリアナ! そいつは預けたぞ! 食料の借りは返せよ!」
捨て台詞を吐き、黒いEAが撤退していく。赤いレクターもその後を追っていった。
勇者たちはそれ以上追わず、ホッと安堵の息を吐く。
「セラー! 拾ったぞ!」
エリシュカの操る海竜が、その口に青いレクターを掴んでいた。中から海水が溢れ出てくる。
「エリシュカ! とりあえずこっち持ってきて! 溺れてるかもしれない!」
「わかった!」
海竜が砂浜へと動き出す。
「終わった?」
アーシャがゴーレムの横から顔を出す。
「ええ、そうみたいよ」
「……帝国の作る兵器は、独創性に溢れてる……」
「ホントよね……」
「あの亀ほどじゃないけど」
「……ホントよね」
妙に感心する二人の横をリリアナのレクターが走って行く。
「よっと」
海竜から降ろされた青いEAの前面装甲を引っ張って開けた。すると兜が持ち上がり、中から青髪の少年が倒れ出てくる。
「子供? メンシークさん!」
「意識がなさそうじゃな」
「みたいだね……どうしよ」
「敵兵といえど、このまま子供を殺すのも忍びない」
そう言いながら、寝かされたコンラートの胸をメンシークが叩く。
口から水を吐き出した少年は、何度か咳き込んだ後、再び意識を失った。
■■■
「……まさかコンラートが捕まるとはな」
オレは珍しく落ち込んでしまっていた。
飛行船『カノー』の格納庫内で頭を垂れて、打ちひしがれている。
「こんなお披露目程度で……ああ、くそっ」
小生意気なクソガキとはいえ、大事な部下だ。こんな些細なことで、しかも自分の見通しの甘さのせいで失うとは思っていなかった。
元々、コンラートはモーターボートの操縦があまり上手くなかった。そこにあの巨大亀だ。間抜けな外見に騙されたが、強力な水流を吐き出す強敵だった。海上で対応出来なくとも、不思議じゃない。
「……さて、どうする」
チラリと横を見れば、ミレナも暗い顔で壁にもたれかかっている。
リリアナに任せておけば、悪いようにはしないだろう。簡単に殺されるとも思えん。
……まさか、こんなところで、幼馴染みの甘さ頼みになるとは……。
予想外の事態に少しめまいがする。
しかし、真竜湾攻略戦の開始は近い。
救出作戦をするにしても、どこから人員を絞り出すか? そもそも、襲撃されたアイツらはすぐにでもあの場所から逃げ出すだろう。
それに、バカバカしい亀への対策が必要だ。
「……隊長、いかがなさいますか」
申し訳なさそうにミレナがオレに訪ねてくる。
「すまん。オレの責任だ。ちょっと調子に乗りすぎていたようだ」
「い、いえ、上手く操縦できなかった我々が不甲斐ないばっかりに……」
「奴らがあのバカバカしい生物に乗って海上に出れば、諜報部では追うことができん……」
「ですがコンラートが……」
「そうなれば真竜諸島に連れて帰るだろう。そう祈るしかあるまい。逆に捨てて行ってくれた方が助かる。いずれにしても、チャンスを覗おう」
「わ……わかりました」
ミレナが暗い顔で敬礼をする。
……コンラート。いつもの態度で賢者を怒らせるなよ……。
オレは小生意気な部下の悪態を思い出し、不安に駆られるのだった。
■■■
「うっ……」
火の側で寝かされていた青い髪の少年が、短いうめき声を上げる。それから一度、目を開ける。
「あ、目が覚めたかな?」
勇者リリアナが、その顔を覗き込んでいた。
帝国のEA操縦士コンラートは、まだ意識がはっきりしていないのか、何度かゆっくり瞬きをする。
彼は海上での戦闘で失敗し、海中へEAごと落ちたところに、巨大な海竜に拾われていた。
「こ、ここは……」
少しずつ覚醒してきた頭脳で、状況を把握しようとする。
「大丈夫?」
上から覗き込む顔は、見たことがない。しかし声はどこか聞き覚えがある気がする。
「……誰だ? オレは……」
「私は勇者リリアナ。君のお名前は?」
「……勇者、勇者か……勇者!?」
慌てて飛び起きようとしたが、コンラートは手足が縛られており、立ち上がれずにバランスを崩す。
「おっと、危ないよ」
金髪の女性がコンラートの体を横から支える。
「ぐっ……まさか」
捕まったのか、と気づいて、コンラートはゆっくり勇者を見上げた。
コンラートは、勇者と何度か戦っているが、いずれもEA同士の戦闘だった。声はくぐもって聞こえるか、拡声の魔法で少し変化した形で聞こえる。
ゆえに、この強敵と実際に顔を合わせたのは、初めてだった。
「どうしたの?」
すぐ間近に、勇者の顔がある。
大きな目に小さな鼻と口、そして輪郭も小柄で、バランスも整っていた。肩まで伸びた髪は緩く紐で結ばれているが、光沢のある金髪で美しかった。
成人して一年も経っていないコンラートは、ミレナ以外の女性とここまで接近したのは初めてだった。
「は、離せ」
「ちょっと待ってね」
軽々と担がれ、そのまま腰を落とされる。
その力に驚いた。コンラートも小さな方とはいえ、人一人分の体重はしっかりとある。それを易々と木の棒でも扱うように動かしたのだ。
「……オレをどうする気だ?」
少し熱を持った頬のまま、コンラートは警戒した声色で尋ねる。
だが勇者は苦笑いを浮かべて、
「えっと……困ったなぁ」
と戸惑った様子で零した。
「は?」
「特に考えてないんだよね……。ここに置いていったら、ヴィート・シュタクが助けに来るかなぁ?」
何だこいつ?
コンラートがそう思ったのも、無理からぬことだった。




