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5、称号持ち

 リリアナとの再会の二時間後には、すでに軍務に着いていた。

 もちろん銀髪のカツラとアイマスクをつけた、ヴィート・シュタクの姿でだ。

 諜報部との打ち合わせを終え、オレたちは町の外へと出る。

 ここからしばらく進んだ森の入り口辺りに、真竜国の連中がいるそうだ。露店街で見かけた大きな竜車が、奴らのものだったようだ。

 リリアナが、あの竜車の中に入っていったのは見ていた。

 つまりアイツは、何も知らずに冒険者として護衛に参加してるのか?

 そんな心配を抱きながら、馬に乗って野を駈ける。

 隣にミレナがついてきていた。赤毛を後頭部でまとめた気の強そうな女性士官だ。

 チラリと表情を覗えば、少し緊張しているようだった。

 五分ほど走ると、前方から軍服の男がオレたちの元へと走って来る。


「シュタク少佐、先ほどと場所は変わっておりません」

「わかった。先方の陣容は?」

「少佐がおっしゃってた長い金髪の女はいました。他にも、雇われた冒険者らしい人影が六人。ただ、この町で合流したのか、メナリーではいなかった人間が二人ほど見えます」


 長い金髪の女か。リリアナの髪は肩に乗るぐらいだ。アイツのことじゃない。

 強奪作戦のときに邪魔してきたヤツがいるということか。


「他はどんな感じだ?」

「目立つ雰囲気なのが二人。一人は長い剣を持った騎士風の若い男です。かなりの使い手だと思われます。もう一人は杖を持った魔術師風の若い女ですが、こちらが……」


 諜報部に属する男が言いあぐねる。


「どうした?」

「はっ、おそらくですが、『賢者』セラフィーナ・ラウティオラかと」


 思わずアイマスクの中で、目元に笑みが浮かぶ。

 賢者は、オレがブラハシュア南部平原会戦で倒した女だ。瀕死の深手を負わせたが逃げられたのだ。


「生きているかもしれないとは聞いていたが、復帰していたのか」

「未確認の情報通り、真竜諸島共和国に合流していたようです」

「わかった。では全部隊、展開開始だ」


 オレが手を振ると、目の前の男が敬礼をし、町の方へと走り去っていった。


「ミレナ、コンラートとテオドアにも準備させとけ。ボウレでなく、あの機体を使って良い」

「はっ、了解です」

「オレが賢者とやるつもりだが、お前らも相手する心構えだけはしておけ」


 そういうと、彼女が緊張した面持ちで再度敬礼をした。

 あのしぶとい白いEAが復帰してたら、かなり厄介だ。オレが相手をする必要がある。賢者の相手をしている間に、部下が全滅なんてのはご免だ。


「あ、ありがとうございます! では準備に入ります!」


 ミレナも馬首を返し、走って行く。

 実は強奪した機体はまだ本部へと送っていなかった。道中の危険も考え、飛行船でオレたちと一緒に帝都に行く予定だったからだ。

 それも残りの一機がメナリーを出たせいで、追加命令が下り予定変更となった。

 せっかくなので使わせてもらおう。

 性能は良いみたいだし、強奪時と違って部下三人が使うように微調整は済ませた。

 今回は物量作戦だ。

 帝国領内であることだし、五小隊、合計で十五機のEAを持ち出す。包囲して一気に殲滅するつもりだ。

 例え『賢者』がいようとも関係ない。手こずるようなら、白銀の鎧の後にオレが相手すれば良いことだしな。


「さてと」


 周囲に部下達がいなくなったのを確認し、オレは奴らがいる方へと向かう。

 リリアナがいないことを、この目で確認しなければならない。

 巻き込むわけにはいかない。下手をしなくても殺されてしまうだろう。

 そんなことになるわけにもいかない。

 ゆえに、ひたすら馬を走らせた。






 草原の中にやがて木々が増えていき、森になっている場所へと辿り着いた。

 その場を見下ろすような小高い丘を見つけ、馬から降りて近くの木に手綱を止める。

 懐から双眼鏡を持ち出し、見下ろせる位置で腰をかがめ、奴らのいる場所を観察することにした。

 二頭引きの竜車が一台ある。その近くで火を起こし野営をしているようだ。

 焚き火を囲んでいる人間は五人。

 その周囲で数人の冒険者が周囲を見張っている。おそらく野営時の対魔物用の護衛だろう。

 重要なのは、焚き火を囲んでいる奴らだ。

 メナリーで邪魔をしてきたと思われるジジイがいる。

 その隣に長い金髪の女がいた。リリアナではない。背格好からして、こいつがメナリーで邪魔してきたシュテファンの仇か。

 その他に、長い剣を近くに置いた金髪の若い男が見えた。これが報告にあったヤツか。明らかに他のヤツと雰囲気が違うな。

 そして、青く長い髪を後頭部でまとめ、神経質そうな目つきをした女が見える。白と青を組み合わせた色のローブを羽織っていた。

 その顔には見覚えがある。『賢者』セラフィーナ・ラウティオラだ。

 ハハッ。

 あの無様な女が、本当にまだ生きていやがるとは。

 刺し損ねたトドメを、今度こそやらせてもらえるわけだ。これは運を司る女神メレナに感謝をしなければならないな。

 あいつだけは拷問をして殺しても良いと思っているぐらいだ。母さんと同じように、ヤツの顔を焼くのもいいな。あいつの顔も美しいと評判だそうだしな。

 だがどうするか。

 白銀のEAがいないのなら、予定を変えてオレがやるか?

 激情を抑えるように胸を右手で押さえ、観察を続けていると、竜車の荷台から一人の女が降りてきた。

 肩にかかるぐらいの金髪に、冒険者風の格好。


「リリアナ……」


 その姿を見た途端に、冷気が吹き込んだような冷静さを取り戻す。

 何やら他の人間と話した後、馬に乗って町とは反対側へと向かって行った。


「チャンスだな」


 どこへ行ったのかはわからんが、今ならリリアナが巻き込まれることもあるまい。

 背後で足音が聞こえる。


「こちらでしたか、少佐」


 どこ所属ともわかりづらい一般的な軍服を着た、諜報部の男が声をかけてくる。


「準備は?」

「まもなく展開終了いたします。奴らの背面を突く部隊が少し遅れているようです」


 リリアナが向かった方向か。丁度良い。


「もし背面を突く部隊が女冒険者を見つけたら、傷をつけずに捕まえろ」

「え?」

「先ほど離れていった。何か知っているかもしれん。丁重にな。オレは女を痛めつけるのは好きじゃない。帝国軍の軍規に基づいた行動を期待する」

「了解であります」

「賢者は別だがな」

「はっ」


 これでリリアナは大丈夫か。

 アイツが傷つくことはないとわかった瞬間に、再び胸の中で暗い炎が燃え始める。

 オレはゆっくり立ち上がって、軍服についたホコリを落とした。


「さて」

「少佐、離れていった女冒険者を見つけたそうです。捕獲を優先しますか?」

「ここから離れるなら、深追いはしなくて良い。一人ぐらい追いかけさせとけ。では行くぞ」

「はっ! 了解しました」


 敬礼をした後、諜報部の男がオレから離れていった。

 背中越しに真竜国の連中が野営している方向を見る。


「逃がすかよ。皆殺しだ」


 戦闘準備をするため、オレはゆっくりと丘を下り始めた。






 太陽が落ち始める。

 周囲には草が生え、遠くに狼が闊歩しているのが見えた。

 オレの黒いEA『バルヴレヴォ』は夕日を背負い、一歩ずつ奴らに近づいていく。

 野営をしていた『賢者』セラフィーナがオレに気づき、杖を持って立ち上がった。他の連中もそれに気づき、こちらへ各々の武器を構える。


「真竜国の皆さんでよろしいですかねえ」


 つい陽気な声で挨拶をしてしまう。それぐらい気持ちが高揚している。

 ああ、悪い癖だ。

 自分に酔ってしまう。

 でも仕方ないだろう。ずっと心の奥に抱えてきた暗闇を、わずかでも晴らすことができるんだ。

 婚姻の儀式を翌日に控えた乙女のように、傑作が完成する直前の鍛冶屋のように、物語の完結を待つ読書家のように。

 普段は冷静さを心がけている。強奪作戦のときなんかはそうだ。

 でも、今は目の前の敵を心置きなく殺して良いのだ。

 楽しいね。実に楽しい。

 思えば、あの二カ国の都に一人で突入したときだって、こんな気分だった。


「帝国兵……? EA一機か?」


 セラフィーナが杖を構え、こちらを睨んでいた。


「これはこれは賢者様。賢者セラフィーナ・ラウティオラ様ではありませんか……ご存命でいらしたのですねえ」

「貴方たちのせいで死にかけたわ。よくも私たちの国をあんな……!」

「貴方たち? 貴方、の間違いではありませんかね?」

「……何を言ってるのかしら?」

「たった一機のEAにやられ、シッポを巻いて崩壊する国から逃げ出した賢者様。無様ですねえ。相手すら覚えていらっしゃらないんですか?」

「まさか……ヴィート・シュタク!?」

「せいかーい。お久しぶりですなあ」


 いやあ、楽しすぎて、気分が高揚しすぎて、胸が痛いぐらいだ。


「こんなところで貴様に会えるとはね!! あの鬼畜のごとき所業、報いを受けてもらうわ!」


 先ほどまでと違い、セラフィーナが怒気と恨みを込めた声音で、こちらを罵倒する。


「何言ってんだ。鬼畜はお前だろう? 逃げ出した負け犬ごときが偉そうに」

「逃げ出したわけではないわ!」

「仕えるべき王族も民衆も放り出して逃げ出したくせに」

「黙れ! 黙りなさい!!」


 セラフィーナが杖を構え、何かを呟き始める。お得意の魔法か。

 オレが背中からEA用の長剣を引き抜く。

 いざ戦闘が始まろうかというとき、賢者の後ろに立っていた金髪の騎士風の男が、オレと向かい会うように前に出てきた。

 賢者が魔法用の詠唱を中断し、


「ヨルマ殿! 何を!」


 と抗議を上げる。


「セラフィーナ殿、少し彼と話をさせていただけませんか?」

「話?」

「ええ。我が儘ですみませんが」


 騎士風の男が爽やかな笑みを浮かべると、セラフィーナが渋々ながら杖を下げる。

 それを確認し、騎士風の男はオレへと声をかけた。


「君がヴィート・シュタクか」

「お前は誰だ?」

「『剣聖』ヨルマ・オウンティネン」

「ほう! これはこれは!」


 驚きだ。役者揃いだな。称号持ちがこんだけ揃ってどうしようってんだ。

 こうなると強奪時にいた女が勇者ってのも、あながちハズレじゃなさそうだ。

 そう思って、チラリと長い金髪の女を見る。しっかりとこちらを見据えていた。腕に自信がありそうな顔だ。


「ヴィート・シュタク。君に聞きたい」

「何でしょう? 剣聖様」

「なぜ、あんな悲惨なことをしたんだい?」


 剣聖を名乗るヨルマが、射貫くような視線を向けてくる。


「悲惨? どれですか?」

「決まっている。二王国の王族貴族を皆殺しにし、死体を放置して埋葬すらさせなかったことだ」

「ああ。あれですか」


 笑う。今更そんなことを聞いてくるのか。


「どんな意図か聞きたくてね」

「簡単ですよ」

「言ってごらんよ」


 剣聖がこちらを睨むが、オレにとっちゃ、どこ吹く風だ。


「観光名所を作ってあげたんですよ。いやいや今じゃ巡礼者が絶えないようですよ。周りの宿場町も盛況だそうでして。死して民の富へとなれるなら、本望でしょう?」


 EAで肩を竦めると、ヨルマは口を開けたまま固まっていた。


「貴様あああああ!」


 セラフィーナが怒りの声を上げたが、我に返った剣聖が腕を伸ばし、制止させる。

 賢者は剣聖に負い目でもあるのか、その動きだけで悔しそうに動きを止めていた。


「シュタク君」

「何でございましょう? 剣聖様」


 まるで上級貴族に仕える有能執事のような礼をすると、横のセラフィーナがオレに対して今にも殺さんばかりの表情を浮かべた。


「戦争とは悲惨なものだ。何故、戦争を続ける?」


 なおも剣聖からの問答が続く。


「戦争を仕掛けたセラフィーナ殿に聞けばよろしいのでは?」

「もちろん、セラフィーナ殿にも三カ国にも、事情があって戦争を仕掛けたのはわかるさ。それがダメだってのもね」

「何がおっしゃりたいので?」

「君の求める決着は少し悲惨に過ぎる。だから私『剣聖』は聖龍レナーテ様の要請に従い、この戦争に参加しようと思ったんだ。五人の弟子達も連れてね」

「ははぁ、なるほど」


 野営のために雇った冒険者だと思ったのは、剣聖の弟子だったらしい。それぞれが腕に自信のある奴らなんだろうか。

 だが、こいつらは本気のバカだ。

 まあでも剣聖の称号を取ったのは、確か隣の大陸の剣士だったとか聞いたな。今まで名を聞かなかったところを考えるに、あまり詳しい事情を知らないのかもしれない。


「悪いが、EAもすでに十機ほど倒させてもらったよ。まあ上級の冒険者程度の戦力を大量に作り出したのは確かに驚異だが、私の相手ではなかったようだ」


 自信ありげにニヤリと笑う面が気に食わんな。せいぜい汎用機を奇襲で倒した程度だろう。

 こいつらの頭は今も前時代的のようだ。


「それはそれは、二王国の王城跡地で何やら警備用EAが落とされたと聞いておりましたが、それは剣聖様の仕業でしたか」

「そういうことだね。それで、聞かせてくれるかい? さっきの質問だ。何故、悲惨な戦争を続ける?」


 確かにEAすら切断できそうな長い業物の剣を鞘から抜き、剣聖はその切っ先をオレへと向けた。


「では、このヴィート・シュタクめが、剣聖様に戦争の継続について、真実をお教えいたしましょう」

「なんだい……?」


 剣呑な雰囲気が向こうから流れてくる。

 しかしなぁ。笑える。


「戦争が悲惨ゆえに、我が帝国は続けてるのですよ?」

「え?」


 何を呆気に取られているんだこのバカは。


「悲惨だから、そう、相手を悲惨な目に遭わせるからこそ、私と帝国の戦争は続くのです。逆も言えるでしょう。ああ、北西三カ国はさぞ帝国が羨ましかったのでしょう。広大で肥沃な大地。ありとあらゆるものが揃う交易の拠点に巨大な都。賢帝と呼ばれるものが数代続き、これからも発展し続けるであろう帝国が、本当に羨ましかったんでしょう」

「何を……何を言っている!?」

「だから、我々帝国を悲惨な目に遭わせ、その溜飲を下げようとしたのでしょう。でなければ、あそこまで、そう、平和な都市を徹底的に蹂躙し、民を奴隷とし、『経済性もクソもない』破壊行為を延々と続けるわけがないでしょう?」


 奥にいる賢者を見やる。美しい顔を地面に向けていたが、顔を上げ、


「わ、私とて、侵略したくてしたわけじゃ!」


 と震えた声で叫んだ。


「ほう? かの名高き賢者セラフィーナはそうおっしゃいますか。でもねえ」

「な、なんだ」

「帝国に侵略するための三カ国連合、最初にご提案されたの、若き日の『賢者』セラフィーナ様ですよねえ?」


 オレの放つ真実に剣聖ヨルマが後ろのセラフィーナの方を振り向く。


「セラフィーナ殿……」

「……やむを得ない事情が……王国の民のためだったんです!」

「しかし、そのような事実、聖龍レナーテ様からは聞いておりません」


 何やら言い争いを始めたぞ。バカらしい。

 オレはEAの剣を地面に突き立て、大きな音を立てた。

 本当にバカバカしくてやってられない。


「ああ、もういいぞ剣聖、それに賢者。何をどうしようと、どうだって良い。お前らの運命なぞ決まっている。旧世代の称号持ちどもが。天才ぶって何を偉そうに上から見てやがる?」

「シュタク君、いや、私は」

「悲惨だと言ったな。言ったよな? だからやるよ。オレはどこまでも悲惨な目に遭わせてやる」


 これ以上のご託は結構だ。剣聖の言葉を遮り、オレの思いを告げる。

 こいつらは思い知るべきだ。


「オレはお前らを皆殺しにするよ。せいぜい嘆き慟哭し哀哭し悔やみ、惜しみ悲しみ悲嘆の涙を流し、死にたくない死にたくないと叫び、大事な人を殺さないで欲しいと願い、明日を夢見ることすら絶望し、痛みと走馬燈を心に抱き、安らぎを死だけに求め、それでもお前らは」


 そう、オレの幼馴染たちと育った町を奪ったお前らだけは。


「死体となって我ら帝国臣民の罵声を浴びるが良い」







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