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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
真竜湾攻略戦
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1、裏切りへの一歩、復讐への二歩






 メノア帝国皇帝の居城、そこの上層にある謁見の間。


「先のドリガンでの事件、召喚された聖龍レナーテの幻影と戦い、見事打ち倒したと聞く。見事だ」


 皇帝ユーリウス直々の言葉は、赤い絨毯の上にいる人物にかけられていた。

 そこには皇太子エリクとその弟ザハリアーシュが跪いて頭を垂れている。


「はっ、誠に勿体なきお言葉にございます、皇帝陛下」


 エリクが静かに言葉を返した。

 赤い絨毯の左側には、第二皇妃第四皇妃と皇女たちがが並び、その後ろには側室たちが控えている。

 第三皇妃の場所が空になっているのは、暗黙の了解だ。正式にはその座に立つべき人間はいない。

 彼女たち皇族の反対側には、東南西北の四公爵が列を為している。その後ろに控えているのは、彼らの子供たちだ。

 他にも多数の貴族・軍人が列席しており、その人数は百に近い。

 そんな彼らを一段上から見下ろすのは、大陸の最高権力者たるメノア帝国皇帝だ。その横の座には、エリクに似た顔つきの第一皇妃が座っている。


「左軍の勇士を多数失ったのは傷手であったが、その戦功に必ずや報いると帝国が誓おう」


 皇帝ユーリウスの言葉に、悲痛な感情が含まれる。


「はっ、彼らも天空の園で喜んでくれているしょう」


 その労いの言葉を聞いた第一皇妃も、微笑みながら、


「エリク、皇太子という立場にありながら、危険な戦場での功績、見事でした」


 と愛息を褒め称えた。

 彼女の言葉を聞いて、エリクは頭を垂れたまま、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 第一皇妃はエリクの母であり、彼の美しい容姿は彼女譲りだ。歳を感じさせない美貌は、以前なら帝国の花と呼ばれていた。


「勿体なきお言葉です、皇妃陛下」


 エリクはそんな美しい母と皇帝から生まれた皇太子だ。

 女ならずとも見惚れる容姿に、知性を感じさせる眼差し、かといって世間知らずというわけでもなく、立派に宰相補佐を務めている。

 何も知らぬ者が見れば、彼ほど神に愛された人間はいないと憧れるだろう。

 だがエリクは知っている。


 ――こんなのは茶番だ。


 何故なら、聖龍レナーテの幻影を打ち倒したのは、彼ではない。

 この場にいない三男ヴィレームの功績であり、その弟がいなければ、エリクは賢者に討ち取られていた。

 そしてヴィレームの母であり、右軍大将であるアネシュカ・アダミークもこの場にいない。彼女にとって皇太子位など、ゴブリンのつま先ほどの価値もない。

 今、この国は大地母神ではなく復讐の女神に支配されている。

 それがわからぬ者はこの場にいない。

 ゆえに茶番。

 そもそも、半年近く前のレナーテ戦の勲功を今更、というのがエリク自身の本音だ。


「ではエリク、ザハリアーシュ、両名とも聖花炎勲章を取らせる」


 皇帝の言葉に、エリクは驚いて顔を上げた。弟のザハリアーシュも同様だ。

 その燃える炎と花の勲章は、帝国で最も戦功を上げた勇士に与えられる物だ。ヴィート・シュタクでさえ持っていない。

 それに見合う働きを彼らがしていないなど、この場にいる誰もが知っているはずだった。


「どうした、不服か?」


 座ったままの皇帝が厳粛な声で問い掛けた。最高権力の証である錫杖の先の宝石が光る。


「い、いえ、身に余る光栄にございます」

「ザハリアーシュは?」

「身に余る光栄にございます、皇帝陛下!」


 次男であるザハリアーシュもまた、顔を上げぬまま、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。


 ――ああ、本当に見事な茶番だ。


 エリクは、胸に当てた手に、自然と力が入ってしまう。

 仮面の男ヴィート・シュタク。その正体であるヴィレーム・ヌラ・メノア。彼を目立たせないための茶番に過ぎない。

 誰もが一度は夢見る大陸の頂、メノア帝国皇帝という玉座。

 その男は、自分が庶子だから届かないと思っているのではない。本当に興味がないのだ。

 反対に、エリクは生まれてからずっと、皇帝の錫杖を持つことを求められ続けた。

 ゆえにヴィレームとアネシュカの態度が苛立つ。

 皇位を争って負けた方がまだ慰めになる。彼は悔しさで唇を噛み切りそうになる。

 そんな彼は頭を垂れたまま、チラリと左側を見た。

 東方ブラスニーク公爵家の列の最後尾に、銀髪の美しい令嬢が立っていた。

 彼女は皇太子である彼の妃として内定していたシャールカ・ブレスニークだ。

 皇太子と筆頭貴族の孫の一人ということで、何度も顔を合わせたことがある。シャールカもエリクの隣に立つことを望まれていたはずだ。

 それがヴィレーム・ヌラ・メノアの婚約者へ変わったと聞いた。


 ――何だ、これは。


 エリクは奥歯を強く噛み潰した。

 帝国の中心となるべく邁進してきたエリク・イェデン・メノア皇太子。

 彼は自らが虚ろな歯車以下の存在であることを自覚し、苛立ちを抱えたまま皇帝に頭を垂れていたのだった。









「くそったれ!」


 白地に青線の入ったEAから、コンラート・クハジーク少尉が叫ぶ。

 彼のEAが模擬戦をしているのは、ミレナ・ビーノヴァー中尉の白と赤でカラーリングされた鎧だ。


「甘い」


 ミレナの双剣が翻る。

 振り下ろされたコンラートの大剣を右手の武器で受流し、左手の剣を首元に突きつけた。


「……チクショウ」


 呻くように悪態を吐き、彼のEAが腰を落としてへたり込んだ。


「どうしたのコンラート、もう終わりなわけ?」

「やめやめ。気分が乗らねえ」


 彼らは今、EA同士の訓練中だった。

 以前ならEA同士の闘いはそこまで重視されていなかったが、真竜諸島共和国がEAを持ち出し始めたので、多くの軍人たちが注目している。

 中でもシュタク特務小隊の三人は、若いながらEA同士の実戦を数多くこなしていた。

 ゆえに多くのEA使いたちから見られていた。


「まったく、気分屋もいい加減にしなさいよね」

「てめえこそ、シュタク少佐の前じゃ猫被りやがって」

「誰が猫被ってるって?」

「変に男言葉使って、気に入られようとしてるんだろ」

「そ、それは軍人として男も女もないという気構えだから!」

「あー、そうですか。よっと」


 ゆっくりと立ち上がったコンラートは、背中のホルダーに大剣を差し込む。


「ホントに終わるわけ? どうしたのコンラート」


 赤いレクターが腰に手を当てて、呆れたように尋ねる。

 しかしコンラートはEAの胴前面を開き、中から飛び降りた。

 コンラートという青髪の少年は、十五歳になったばかりだ。特務小隊の中で一番若い。背もミレナと同じぐらいしかない。

 ただ、剣の腕前だけは自信があった。

 小柄ゆえの非力さという欠点は、EAが消してくれた。ゆえに、自分が剣で負けるとは思ってなかった。

 その結果は、剣聖、勇者、そして目の前のミレナと連敗中である。

 それとは別に特に最近は、疑問に思っていることがあった。


 ――あんな武器も持たねえ奴らを殺すのが正しいわけあるかよ……。


 コンラートは、ヴィート・シュタクが旧ブラハシュア王城で次々とドワーフやエルフを殺すところを見て、恐ろしさと苛立ちを覚えた。

 コンラートにはコンラートなりの正義がある。

 EAどころか普通の魔物にすら殺されそうな人間たちを、一方的に嬲って殺すことが正しいとは思えなかった。

 ゆえにヴィート・シュタクのやり方に、今まで以上の反発心が芽生えていた。


「なんだ、もう終わりか、二人とも」


 コンラートが脳裏に浮かべていた男が訓練場に現れた。

 いつも通り、銀髪と仮面という怪しい風体に合わない親しさで、部下たちへ気さくに話しかけてくる。


「しゅ、シュタク少佐!」

「ミレナ、おつかれだな。コンラートは思春期か?」


 からかうように笑いかける少佐に、部下のコンラートは何か言い返そうとした。だが、声を荒げずに、


「ちげえよ……なんか気が乗らねえだけだ」


 と呟くように零した。


「ん? ……まあ体調管理は自身でやればいい。ただ、それを理由にしていては、いつか賢者たちに討ち取られるぞ」

「なっ!」


 痛いところを突かれて、コンラートがつい反抗の悪態を吐こうとした。しかし、すぐに気分は萎え、


「……いや、やっぱいいや」


 と踵を返し立ち去っていく。

 遠ざかっていく少年の背中が、より小さく見えた。

 ヴィート・シュタクはEA内のミレナと顔を見合わせ、肩を竦めて小首を傾げた。









「リリアナ、リリアナ! リーリーアーナ!」


 自分の名を呼ぶ声がする、と気づいて、勇者リリアナは慌てて飛び起きる。


「はっ!?」

「よく寝たわね……」


 ベッドサイドで、呆れたように青髪の賢者セラが苦笑していた。

 彼女たちは、旧ヴラトニア教国の町にある宿屋に一泊していた。

 暖かい布団でゆっくりと休息を取るためだった。


「ご、ごめんなさい、セラさん」

「疲れてるの?」

「ううん、そういうわけじゃないの、ちょっと夜更かししてたら」


 金髪についた寝癖を手ぐしで直しながら、リリアナがベッドから降りる。


「今日はさらに北へと向かう準備をするから、ゆっくりでいいわ」

「防寒着は買ったのに?」

「あれぐらいじゃ耐えきれないわ。海にも出るんだし」

「はぁい」


 セラの横を通り過ぎて、リリアナが宿屋の廊下へと出る。そこには、壁にもたれかかったまま眠っているアーシャがいた。

 彼女は六、七歳のヒト種に見える白い髪の女の子だが、実年齢は十八歳のリリアナより年上だ。原初のドワーフという超希少な種族であるせいだった。


「アーシャちゃん、起きて!」

「はっ!?」

「疲れてるの?」

「違う……でも眠い」


 彼女は体が小さいだけあって、体力が少ない。ヒトの子供と変わらない程度しかない彼女には、リリアナたちの旅は過酷だった。

 しかしそれでも、文句一つ言わずついてきている。もちろん他の仲間もサポートしているが。


「今日はこの町で買い物だから、ゆっくりしてて大丈夫だよ」

「わかったレクター見て……ぐぅ」

「アーシャちゃん、また寝てる」

「はっ!?」

「もう」


 笑いながらアーシャの手を握り、宿泊している部屋へと引っ張っていく。

 姉に引っ張られる妹のようなアーシャを、すれ違う他の宿泊客が微笑ましげな目で見送っていた。

 ブラハシュアを出てからの彼女たちの旅は、今のところ順調だった。

 賢者セラを貴族の婦人に偽装させ、メンシークとリリアナが護衛の冒険者の振りをしているのも功を奏しているようだ。

 ただ、セラの子供役というアーシャだけは、納得いかなさそうな顔をしていたが。

 とにかくヴィート・シュタクに追いつかれてもいない。

 束の間の安息ではあったが、リリアナの心安らげる一時にはなっていた。










 薄暗い部屋に、銀髪に仮面をつけた軍服の男が立っている。

 彼の名前はヴィート・シュタク。メノア帝国で侵略戦争を担当する右軍の少佐だ。

 EAという全身鎧型兵装を使ったときの強さは、おそらく大陸一と言われている人間である。


「ヴラシチミル……これはユル氏族の黄金のゴーレムか?」


 隣に立つやせ細った白衣のエルフに問い掛ける。怪訝な顔を浮かべていた。

 そして二人が見下ろしているのは、輝く人型の大きな物体だった。

 ボラーシェクでの戦闘で、ユル氏族の少女が持ち出した黄金のゴーレムの残骸である。


「少佐ぁ、これ、不思議だと思いませんでしたぁ?」

「不思議? ああ、そうだな。どうやってあの数を動かしているのかという疑問はあった」


 白衣の枯れ木エルフ・ヴラシチミルが、頭上で何度も手を叩く。


「さすが少佐ぁ! こいつの頭部にはですねえ。何と周囲の魔素を魔力に変換する装置があるっぽいんですよぉ」

「……本気か?」

「本気も本気ですよぉ! さっすが古代のドワーフ! 不思議な物を作りますねえ」

「空気中の魔素を魔力として取り込み、それを動力源として……内部機関を動かす。そう言いたいのか?」


 剣呑な雰囲気を醸し出す仮面の男に対し、白衣のヴラシチミルが気持ち悪く口角を吊り上げる。


「仕組みとしては全自動EA(・・・・・)とでも言えばいいですかねえ。ただ、弱点があるんですよ」

「それはわかっている。こいつは単純に弱い」

「ですですぅ。そう、戦闘力として、この黄金のゴーレムは、それほど強くはないですねえ。EAを増産した方がマシですし、そもそもコイツを再現するほどの技術力は、今はございませんですぅ」

「なら、他のヤツに内緒で、オレだけに見せた理由は何だ?」

「こいつねえ。私の研究対象の一つに似た機能を持っているんです。もっとも、そっちは凶悪すぎて手の付けようがないんですがね」

「ふーん……悪魔の石というヤツか?」

「おや? ご存じでしたか?」


 意外という顔つきでヴラシチミルが少佐の顔を下から覗き込む。

 ヴィート・シュタクはそれを押し退けながら、


「賢者の石とか天使の涙とかユミルの瞳とか、そういう宝石伝説の類だと思っていたが、実在したのか?」


 と困ったように問い掛けた。


「そうそう、そんな感じのヤツですなぁ。魔素を吸い上げ魔力を放出する! そういう夢の機関です。このゴーレムのは出力が弱すぎて駄目ですがねえ」

「で、そろそろ本題を言ってくれ」

「せっかちですなぁ」

「お前の長話に付き合ってたら、エルフの赤子でも老衰する」

「はははっ、上手いこと言いなさるぅ。では本題です。こいつを使って、魔力補助機関を作ろうと思います」

「ほう?」

「そうですねえ。膨大な魔力を使うような魔法、そういうのを使えるように補助する道具ですよぉ。一度切りの使い捨てですけどもぉ」


 研究者が指を立てて得意げに説明する。

 その答えに、ヴィート・シュタクは一瞬言葉を失った後、白衣の肩に手を乗せて、


「良いなぁ。わかってるじゃないか、ヴラシチミル」


 と楽しそうに言う。


「こう見えても少佐との付き合いは長くなってきたのでねえ」

「では、作戦名『地に潜り根を食らう蛇(ニーズヘッグ)』。その最後にお披露目できるか?」

「いいですともぉ! レクターのおかげで手に入った召喚に、バルヴレヴォの予備装甲をお借りしましょうかねえ!」

「わかった。今回は最初はバルヴレヴォに用事はないからな」

「では、これから先、この魔力補助機関を『マナドライブ』と名付けますよぉ、良いですねえ?」


 ヴラシチミルの楽しそうな物言いに、ヴィート・シュタクの口元が獲物を前にした獣のごとく笑う。


「くくっ、待ってろよレナーテ。これから始まる真竜諸島攻略戦、お前らを絶対に、木っ端微塵にしてやるからなぁ」


 舌なめずりをするような顔つきで、仮面の男はこれから訪れる未来に思いを馳せるのだった。














三章開始です。

バシバシいきます

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