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19、第二章エピローグ『笑う聖女』







「ヴィル様」

「お、おう」


 じとっと粘りつくような目を向ける婚約者に、オレは滴り落ちる冷や汗を拭くことさえ許されない。

 ヴレヴォにある自宅に戻った途端、ルカが訪ねてきてこのザマである。


「なんでも高級娼婦を基地に呼びつけて金銭を支払ったとか?」

「なんで知ってやがる!」

「ヴィル様?」


 美しい陶器人形を思わせる、銀髪の淑女がこちらを睨む。その迫力に思わずたじろいでしまった。


「違うんだ、ルカ。いや、シャールカ様。仕事だったんです」

「……ヴィル様?」

「ああもう、ホント悪かったよ……許せ」


 自宅のイスに勢い良く腰掛ける。


「誤魔化そうとしてます?」


 眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな顔だ。


「仕事だったのは間違いない」


 あいつのおかげで、これから先の目処が立ったのは間違いない。

 自分にそう言い聞かせる。やましいことは断じてなかったし。


「本当にお仕事だったのですね?」

「そうだ」

「わかりました。そういうことで納得しておきましょう」

「お前のその謎の情報網を教えて貰いたいもんだな。そろそろ軍規を締め直す必要がある」

「懇切丁寧に教えていただきました、エディッタ・オラーフさんという方から」

「本人からかよ!」


 思わず頭を抱えてしまう。

 あいつ、もう雇ったんだから、言う必要全くねえだろ……この女が貴族でオレの婚約者だと知っての嫌がらせか?


「ところでヴィル様、此度はどのような要件がおありで、お戻りになられたのですか?」

「軍事機密だ」


 旧ブラハシュア王都、今のボラーシェクでの任務は大方、終わりを告げた。

 リリアナたちはブラハシュアを抜けて東に進み、隣国であったヴラトニア教国のあった場所へ入ったらしい。目的はわからんが。

 諜報部に追わせてはいるが、旧ヴラトニアは今の季節、暴風雪が突然起こる。飛行船には向いていない。

 ゆえに今は一時的に任務を解かれていた。


「ところでヴィル様」

「ん?」

「お食事はどうされますか?」

「あー、どうするかな」

「よろしければ、また私がお作りいたしましょうか」

「いいのか? あれは美味かった」

「妻の務めですので」

「いつも思うんだけど、お前のお付き侍女とか護衛とか何してんの?」

「遠くから見守っている、と思います」

「あ、はい」


 シャールカ・ブレスニークが淡々と答え、オレが生返事を返した。

 彼女はどこからかエプロンを取り出し、長い銀色の髪を後頭部で手際よくまとめる。


「何か手伝おうか?」

「これと言って」

「いや手伝おう。野戦料理程度なら作れる」


 ルカの言葉を遮って申し出を押し通す。

 こうしてオレたちは、二人して狭い台所に並び、料理を作り始めるのだった。


「ヴィル様、まずはお手を」

「呼び捨てで良い」

「え?」

「こんな小さな家で皇族気取りする気もない。元々が庶子だしな」


 設置された小型のポンプの取っ手を下げる。勢い良く出てくる水で手を洗い、次に包丁とまな板を水に通す。


「……ですが」

「お前が嫌なら良いけどな」


 ヴレヴォの町は再開発されたおかげで、上下水道がしっかりと整備されている。

 皇帝陛下の号令一つで、帝都の貴族街にも負けない先進都市として生まれ変わろうとしていた。


「あの」

「ん?」


 隣に立つシャールカの頭は、オレの目線より少し低い。すぐ隣では、その表情が確認しづらかった。


「ヴィ……ヴィル」


 だが、頬が少し赤いように思えたのは、気のせいじゃないだろう。


「ああ。何から手伝おうか?」

「で、ではそちらに用意された野菜を切ってください……その、ヴィル」

「わかったよ、ルカ」


 言われるがままに調理を始める。

 隣で顔を隠すようにそっぽを向くルカ。

 オレは小さく笑みを浮かべながらも、自分の仕事を進め始めるのだった。










 ヴレヴォの町の大通りは、馬車が行き交う道の端に歩道が整備され、色々な店が建ち並ぶ。

 日は暮れたが、まだ活気がなくならない。酒場や飲食店はこれから盛況さを増していくのだろう。

 高級住宅街にルカを送り届けた後、店から零れる光で明るい歩道をゆっくりと歩いて帰る。

 どこにも幼い頃の面影はない。

 このヴレヴォは、新しく作り替えるしかなかったのだ。

 生き残った僅かな人々が、涙を流しながら瓦礫を片付ける様子が、まだ瞼の裏に残っている。


「坊ちゃん」


 懐かしい声で振り向けば、昔馴染みの宿屋の親父がいた。


「おっと、おやっさん。随分久しぶりだな」

「前は坊ちゃんの家を片付けてましたがね。最近はあのお嬢さんがやるもんで、お役御免ですわ」


 ツルツルの頭を撫でながら、筋骨隆々とした男が豪快に笑う。


「悪いな。でも、助かった」

「いいえ。坊ちゃんはヴレヴォの町の仲間ですんでね」

「そうだ、オレたちゃ仲間だ。困ったことがあったら言ってくれよ」

「わかってますって」

「買い出しの帰りか?」

「酒の仕入れを失敗しちまいましてね。買い足しの帰りですわ」


 袋に入った酒瓶を持ち上げながら、楽しそうに笑う。


「それじゃオレも久しぶりに飲みに行こうかな」

「お、良いですな。丁度、珍しい酒があったんですよ」

「商売上手なこった。でも金はあるしな」

「まいどありですな、坊ちゃん」


 再び口を大きく開けて笑う宿屋の親父と、並んで歩き出す。

 彼の宿屋は一階がちょっとした酒場になっているのだ。落ち着いた雰囲気の店である。死んだシュテファンとも、何度か行ったものだ。


「今日は賑やかだな」


 この時間にしては、大通りはいつもより人が多い気がした。魔道具で道を照らして走る馬車もチラホラ見える。


「そろそろ復興祭ですんでね」

「ああ、観光客が来てるのか」

「皇帝陛下も来られますんで。貴族たちも大忙しですよ」


 復興祭は、ヴレヴォの町の復興を記念し、解放された日に行う祭りだ。

 EAが大通りを練り歩き、 町の中心に作られた公園の慰霊碑で皇帝が演説を行う。

 現在の帝国の主兵装を、戦場以外で見ることができる貴重な機会だ。ゆえに多くの町から観光客が訪れるのだ。


「坊ちゃんは参加なさらないので?」


 おやっさんは、オレがアネシュカ・アダミークの息子であることを知っている。さすがにヴィート・シュタクであることまでは教えていないが。


「まあな。その日は休みだ。オレはな」

「ヴレヴォの仲間ですからな。休みを貰っても罰は当たりませんぜ」

「だな。他の奴らには恨まれるかもしれんが」

「そりゃ仕方ないって話ですわ」


 二人して他愛のない話をしながら歩く。

 ふと、大通りで一番賑やかな店の軒先に、年若い男女の集団が見えた。

 仲が良さそうな彼らは、何やら大声で夢を語り、隣の幼馴染みに愛を囁いて、冷やかしあっているようだ。

 死んだ幼馴染みたち。ドゥシャン、イゴル、アレンカ、ブラニスラフ、リベェナ、オティーリエ。

 彼らが生きてれば、大人になったオレと一緒に飲んで騒ぐこともあったんだろうか。

 なら、生きてるリリアナとも、笑い合って酒を酌み交わす日々も来るのだろうか。

 そんなことを考えた。


「坊ちゃん?」


 いつのまにか足を止めていたオレに、少し前に進んでいたおやっさんが声をかけてくる。


「悪い」


 男女の集団の横を通り抜けて追いかける。

 彼らはオレの幼馴染みではなく、オレも彼らの仲間ではない。

 だから、ああいう風に騒ぐことはないのだ。

 ヴレヴォの大通りを少しだけ早足で、歩き去るしかできなかった。








 翌日、午前中をかけてヴレヴォから帝都へと移動する。

 黒いマスクと銀髪のカツラに加えて焦げ茶色の軍服と、いつものヴィート・シュタクの姿になっていた。

 右軍基地へと辿り着くと、行き交う軍の人間たちと、敬礼を交わし合いながら、一つの建物に足を向ける。

 そこはEA開発局の官舎だ。他の建物より警備兵も多く、EAも哨戒している。

 中に入って、一番大きなEA格納庫へと足を踏み入れた。


「あ、ヴィート! ちょっと聞いてよ、こいつらがさー」


 オレの姿を最初に見つけた、茶色い髪のハーフエルフが駆け寄ってくる。EA開発局の他の人間と同様に白衣を着て、長い茶髪は後頭部で結い上げていた。

 うなじのほつれ髪が無駄に色っぽいので、身だしなみには気をつけて欲しいところだ。


「ああ、シュタク少佐ぁぁぁぁ!」

「ちょいと聞いて下さいよ、シュタク少佐」


 そのエディッタの後ろを、枯れ木のようなエルフの男と酒樽に手足をつけたみたいなドワーフの女が走ってきた。言わずと知れたEA開発局のボス、ペトルー夫妻だ。


「何だいきなり。あとオラーフ、シュタク少佐と呼べ」

「いいじゃん、私とアンタの仲でしょ」

「いつからそんな仲になった。例えそういう仲でも公私の区別はつけろ」

「ちぇ、お堅いの」


 彼女のヒトより僅かに長い耳がピコピコと動いた。ハーフエルフである証拠だ。

 今は隠すつもりがないのか、隠蔽の魔法はかけていないようだ。


「で、ヴラシチミルにベルナルダ。この新入りが何かしたか?」

「そうですよぉ、聞いてくださいよぉ、少佐ぁ! この女! いきなり足の中に不可解な刻印刻もうとして!」


 オレにすがりつくペトルー旦那。対してエディッタは、腕を組んで呆れたようにため息を吐いてた。


「いいじゃん、研究用で今は空いてるボウレって言うんだからさー」

「良い訳ないでしょうがぁ! あの理不尽な刻印は何ですか! 実用性一辺倒の!」

「アンタこそゴテゴテゴテゴテ、色んな線引きすぎなのよ! 新触媒が勿体ない!」

「ここは軍なのですよおーだ! あれぐらい使ったって、誰も文句は言いませーん」

「やせ細ったエルフのおっさんがそんな言い方しても、ちっとも可愛くないのよ!」


 ぎゃんぎゃんと唾を飛ばしながら言い合うエルフとハーフエルフ。まるで子供のケンカだ。

 平和なことでもあるんだよな、本当に。

 ヤレヤレと隣のベルナルダを見ると、彼女は彼女で、


「全く、素材に対してバランスが取れてないんだよ、二人とも」


 と別の方面からの憤慨を表していた。

 混沌としてきたな、ここも……。

 喧しさに空を仰ぎそうになるのを堪え、


「とりあえず三人とも、オレの話を聞け」


 と低い声を出す。


「なになに?」

「なんでしょぉか、少佐?」

「楽しい話かい? 少佐!」


 三者三様の答えが返ってくる。

 何の敬意もない開発組に思わずため息を零した。


「近々、一つの指令が下る。その一環として、一つの実験機をし立て上げて貰いたい」

「実験機? どんなの?」


 エディッタが話題に食いついてきた。楽しそうに目を光らせている。

 真竜諸島共和国。このメノア大陸北西に位置する島国だ。

 そこを攻めるには、海を渡る必要がある。

 だが、敵は多数の竜とそれを操る竜騎士を抱えていた。ゆえに攻略は遅々として進んでいない。

 しかし、それらを解決する手段が具体化してきた。


「内容は追って指示するがな。作戦名だけ教えようか」

「作戦名? なんか面白いの?」

地に潜り根を食らう蛇(ニーズヘッグ)だ。そうだな……もう一つ付け加えるなら」


 きょとんとした顔の三者を見回した後、オレはニヤリと笑う。


「成功すれば、きっと奴らは度肝を抜かれるだろうな」









 ■■■








 EA開発局の新人研究員エディッタ・オラーフ。

 彼女は、隠し部屋に寝かされたヤン・ヴァルツァーを見下ろす。

 ベッドに括り付けられたその男の顔は、だらしくなく涎を垂らし、目の焦点は合っていない。

 連日行われる過酷な実験により、精神が壊れてしまったのだ。

 だが、これでいい。


「……お、お、おれは、やん・う゛ぁるつ……」


 虚ろな瞳で何かを口にする男の顔を、エディッタが引っぱたく。


「ただの素材が喋るな」


 いつでも殺せる。

 生殺与奪を握っている。

 以前は届かなかった復讐が、ここにある。失ったはずの復讐が目の前にあるのだ。

 ただ、まだ殺すわけにもいかない。

 ヴィート・シュタクによれば、この素材こそが真竜国への橋頭堡となるのだそうだ。


「アイツは、どうするのかしらね」


 脳裏に浮かぶ男の名はヴィル。最近、お気に入りの男だ。

 聖騎士から、魔王となる人間だと聞いている。

 もちろんエディッタは、その話をヴィル本人にはしていない。

 なぜなら、帝国内にいる聖騎士とは密約を結んでいるからだ。お互いの正体に関わる事柄については、何も漏らさない約束になっていた。

 その最たるものが、魔王に関する話だ。


「かつてこの世界には、何人かの魔王がいた。

 数多の剣を操る剣の王。

 魔法の深淵すら極めた魔導の王。

 遥か彼方より人を殺す呪いの王。

 不敗不死の軍団を作り上げた死の王。

 何者をも怖れぬ狂人の王」


 彼女はそういう伝承を、聖龍レナーテに聞いたことがある。

 では、あの男が本当に魔王という称号を得るなら、どんな存在になるか。


「ヴィル……ヴィート・シュタク」


 その男自体に大した力はない。

 だが、EAという兵器を持てば勇者さえ超え、聖龍すら葬るかもしれない破壊の権化となる。


「言うならば、鎧の魔王」


 そういう名になるだろうか。

 聖女は不敵に笑う。


「なら、その未来、この聖女がひっくり返してあげるわよ、聖騎士」

















タイトルちょびっと回収して二章終了です

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