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18、黒幕たち






 ■■■





 手に入れた素材(・・)を諜報部に渡し、オレとエディッタはボラーシェクの基地へと戻ってきた。

 今はオレに与えられた執務室のソファーで、聖女と二人して茶を飲んでいるところだ。


「ご苦労さん。満足したか?」

「まあ、ちょっとスッキリした」

「ちょっとかよ」

「ちょっとよ。これから、アレを弄らせてくれるんでしょ? 死なせないのは得意だから期待してて?」


 口の両端だけを釣り上げて、聖女が笑う。


「そういえば興味がなかったから聞いてなかったが、お前の復讐の理由ってのは何だったんだ?」

「幼い頃ね、ちょびっとだけヤンに恨みがあったわけ」

「ああ、そう」

「なに、その反応。興味なさそうね」

「よく考えたら、本当に興味がないと自覚してな」

「腹立つわね。ま、簡単に言えば実の母の仇。そして、半分は血の繋がった兄。たぶんね」

「ふーん」

「あら反応薄いわね」

「そんなこともあるだろうかとは思ってたからな」


 彼女の耳はヒトより少し長い。かと言って指一本以上あるエルフよりは、かなり短いようだ。それは、ハーフエルフである証拠である。

 ヒトとエルフが子供を作ることは、そんなに前例があるわけではない。大抵は、ヒト側からエルフに、悪意を込めた結果として生まれるだけだ。

 つまり、母親をどこからか狩ってきて、ハーフとして生まれるだけのことをしたヤツがいることぐらいわかっていた。


「それで、私をどうするの、ヴィル」


 ふっと力を抜いたエディッタが、カップをソーサーに置いた。


「お前はどうしたいんだ?」


 その問いに、彼女は真剣な顔つきでこちらを見つめ、


「私を帝国で雇って欲しい」


 と真摯な態度でオレに告げた。


「さて、どうするかな……」


 小さく考え込む。

 だが、答えなんて決まっていた。

 あの動体探索の魔法は優秀だし、こいつはそれ以外にも隠し玉がありそうだ。ヤンという素材の使い道にも、この研究者の手を借りる必要があるかもしれない。

 そんなオレの考えを読めず、エディッタは少し必死な顔へと変わっていた。


「でもさあ! アンタのお願いを聞いて、アイツを生かしてやったんだし? 私のお願いを聞いてくれても良いんじゃない!?」


 いや……かなり必死だ。ちょっと引くわ。


「アイツを生かしたのだって、お前も同意しただろう?」

「く……そりゃそうだけど……って、そういえば、もう一個、脅し文句があったわね、婚約者のいるヴィル」

「あ? 何の話だ?」


 口元を隠し、楽しそうに含み笑いを浮かべるエディッタに、嫌な予感しかしない。


「私という娼婦を基地まで呼びつけて、部下にお金を払わせたヴィル君?」

「うるせえ行き遅れ」

「い、行き遅れぇえ!?」


 憤りながら立ち上がった聖女様は、オレの側へと近寄り、


「撤回しろ、このクソ陰険マスク野郎!」


 と、ソファーの上に足を乗せ、とってもお綺麗な言葉使いで罵ってきた。


「二十五だろ。充分行き遅れだ」

「な、私の世代は二十五でもギリギリ大丈夫なのよ! 戦争があったからね!」

「あー、そうですか。じゃあそういう仲間と慰め合ってくれ」

「アンタはどうなのよ、ヴィル! 二十歳でしょ!?」

「オレ、婚約者いるし」

「それよそれ。大体にして、アンタみたいな精神破綻者に何で婚約者がいるのよ!?」


 掴みかからんばかりの勢いでオレに迫ってくる。その顔を押し退ける。

 何だかバカらしくなってきたな。


「雇う」

「え?」

「雇うと言っている。その予定は何ら変わらない。ヴィート・シュタク少佐がその有用性を認めた研究者なんだ。しっかり働いてくれ」


 自分で頼んでおきながら、驚いて動きが固まってる。


「え、ええ、いいの? 本当に?」

「バカが。何で研究者の話になると自信がなくなる?」


 聖女という称号を持ち、驚くべき防御と治癒の魔法が使える。

 だが、それ以外はいたって普通の女だ。

 そんな普通の女エディッタ・オラーフは、力が抜けるようにオレの横へ腰を下ろした。


「……しょうがないじゃない。これだけは自分の力しかないもの……でも、本当に良いのね?」

「構わん」

「ハ、ハーフエルフよ? 元からいるエルフやドワーフなんかと折り合いが悪くなるかもしれないわよ?」

「構わん。変人揃いだ」

「ついでに元娼婦よ?」

「前職が関係あるか、バカが。ああ、あんまり男を誘惑してくれるなよ。服装は軍服白衣を守れ」

「そ、そりゃ気をつけるけど……でも、本当に研究者でいいの? 聖女なのよ?」

「くどい。称号持ち全てが敵なんて思っていない。殺すのは真竜諸島共和国の連中だけだ。ああ、黙ってろよ。利用しようとするバカがいないとも限らん」


 面倒ごとを抱えているような気もする。

 しかし、こいつの持つ聖女と普通の女という二面性は、自分に似ている気もするのは確かだ。

 オレだって普通の人間だ。

 仕事はあるしメシを食うし夜は寝る。性欲もあれば、美しい婚約者がいることを喜ぶ気持ちだってある。

 言い換えるなら、それらは幸せになろうとする願望だ。

 しかし、殺された幼馴染みたちのことを思い出せば、喉を掻きむしらんばかりの焦燥感が蘇る。

 どうしたら消える?

 それは多分、アイツらを皆殺しにすることで解決する。

 言うなれば、願望の一つとして復讐が根付いてしまっているのだろう。


「こう言っちゃなんだけど、私の治癒魔法は凄いよ。前線で使わないの?」

「そんな突出した個人の技量に頼るか、バカが。そんなもの、戦術と戦略の敗北が近づくだけだ」

「もしかしたら、ヤンにボウレの設計図を流したのが、帝国の誰かかもしれなくて」

「バレてるかもしれんが、だいたい予想がついてる。それとも、聖女を売りにして帝国に雇われたかったのか?」


 やれやれと首を振る。

 何もわかってないのか、こいつは。


「そんなわけないでしょ。それなら最初から聖女だって言うわよ。それに」

「それに?」

「私は他のヤツよりアンタが良い」

「ならお前は研究者のエディッタ・オラーフだ。それで良い。もし帝国の一部に聖女とバレていても、守ってやる。安心しろ」


 こいつに研究者以外の価値は求めていない。だから、こいつが研究者になりたいというなら、他のことは目を瞑る。

 オレの考え方は、真竜国の奴らとは違う。称号持ちというだけで、何かの義務を負わせたりしない。してはならない。

 そうでなければ、リリアナは勇者のまま(・・・・・)だ。一人の女性に戻ることなど、一生できないだろう。


「ヴィルってひょっとして、ちょっと良い男なの?」


 エディッタが手で口を隠しながら、驚いたように言う。


「ひょっとしなくとも、オレは良い男だ。そろそろ飛行船に乗る準備をしろ」


 こいつを帝都に連れて帰る。

 もう一度、念押しの採用通知を告げてやった。

 それを聞いたエディッタは、小さく拳を握って嬉しそうに、


「いよっし、採用よ! やったわ、義母さん!」


 と、ここにいない人間に報告しはじめた。

 ああ、魔女の一族は義理の母になるのか。どうでも良いな。


「喜んでないで、さっさと行け。ああ、耳の偽装は好きにしろ。あと、聖女のことは言うなよ」

「わかった! じゃあ行くわね!」


 帝国の新人研究員が、嬉しそうに立ち上がってドアノブを握る。

 そして扉を閉める前に、首をこちらに突っ込んで、


「ホントにありがとね、ヴィル」


 と最後に感謝をよこした。


「シュタク少佐だ。以後、気をつけろ」

「はぁい。また後でね、私の剣、ヴィート・シュタク少佐」


 含み笑いをしながら、扉を閉めた。エディッタの姿が見えなくなる。

 彼女が最後に見せた笑みは、どこか晴れやかな美しさだった。








 こうして、一人の称号持ちが表舞台から消え、一人の称号持ちは静かに帝国へと潜伏する。

 だが、それらは大したことじゃない。

 今回の一件で、ヤン・ヴァルツァーという素材を手に入れた。

 後はEA開発局主任のヴラシチミルと相談して、真竜国を攻略する手段を完成させなければならない。

 他にも、ヤンを捕獲したおかげで、偽ボウレに使われた新触媒のレシピの流出元はわかった。

 もちろん、それが誰の指図だったかということまでは、ヤンも知らなかった。

 しかし、その影に潜む馬鹿が誰かぐらいは予想がつく。帝都に帰ったらオシオキだな。

 さて、とにかく、一段落ついた。

 残務処理を終わらせれば、一度、帝都に戻ることになるだろう。

 最後に残った心残りは一つだけ。





 ああ、高級娼婦に金を払った件がシャールカにバレていませんように。

 個人的心配事が現実とならないよう、心の中で切に願うのだった。













 ■■■





 数日後、帝都にある貴族屋敷の一つで、若い男と老人が向かい合っていた。


「いやぁ、俺っち参りましたよ。何やっても死にそうにないや」


 豪奢な調度品に囲まれたその場所で、シュタク小隊のテオドアが苦笑いを浮かべる。

 彼が対峙しているのは、年季の入ったマントを羽織る貴族然とした老人であった。

 体は枯れ木のようにやせ細っているが、それでも眼光だけは支配者層らしい輝きを持っている。


「予定通りではないか、テオドア。しかして、どうであった?」

「シュタク少佐? 俺っちにゃ無理無理。強奪作戦のときも誤射に見せかけて殺そうと思ったんだけど、あっさりと外されましたよん。カンが良すぎぃ」

「……EAさえなければ、何の取り柄もない庶子だったはずだがな」

「よくわからんけど、特殊っすよ。それと、偽ボウレの設計図は公爵の爺様の指図?」

「そうだ」

「バレなきゃいいですけどねえ」


 肩を竦めて呆れたように笑った。


「ふん……わかるはずもないわ」


 老人はつまらなそうに鼻を鳴らす。


「で、どうすんです?」

「あやつの見た未来まで、まだ時間はある。力を蓄えつつ時を待つだけよ」

「つまり今まで通りってことっすね」

「先日、エリク皇太子から接触があった」

「へえ?」


 老人が発した言葉に、だらしない表情をしていたテオドアの眼光だけが輝く。


「来たるべきときに備え、帝国の体制を変えねばならん。皇帝の復讐に付き合っている場合ではない、という意思統一はできた」

「あーそうですかい」


 再び軽い調子に戻るテオドア。

 その様子が気に食わないのか、顔を歪め、老人が立ち上がる。

 部屋の隅にあった本棚から、一冊の本をしわがれた手で取り出した。


「称号持ちのヤンとかいう男。アレ程度では、まるで歯が立たんか。あれでかなりの腕前だと思ったがの」

「剣聖すらあっさりやる男っすよ、ブレスニーク公爵様。ボウレごとき、どんくらいあっても意味ねえっす」


 手をヒラヒラと振るテオドア。

 公爵は不快げに肩越しに一瞥した。心弱い平民なら、それだけで腰を抜かしそうな鋭さの視線だ。

 しかしテオドアは気にした様子もなく、ソファーに腰を深く沈め、だらしなく笑うだけだった。

 気に食わず舌打ちをし、老人は手元に目を落とす。


「我ら聖騎士の王国の末裔。魔王が現れるなら、戦わねばならぬ」


 彼の手にある本には、恐ろしい影を持つ魔王が、勇者や聖騎士などの称号持ちと戦う姿が描かれていた。


「はいはい、そうらしいっすね」

「他の公爵家の協力も得られる予定だ。これからはお前にも力を発揮してもらうぞ、シュタク特務小隊のテオドア・シンドレルよ」


 テオドアの名を呼び、老人が本を閉じる。

 呼ばれた方は何も言わずに、面倒そうにあくびをするだけだった。

 そこへ、大きな地響きが響く。

 屋敷全体が揺れた。


「こ、これは?」

「な、なんじゃ!?」


 テオドアがソファーからずり落ちそうになり、ブラスニーク公爵は近くの机にしがみつく。

 揺れが収まった後、二人ともが慌てて窓際へと駆け寄った。

 外を見れば、帝都でも一、二を争う門が破壊され、ただの瓦礫となっていた。


「お館様! ご無事ですか?」


 老執事が慌てた様子の駆け込んでくる。


「何があった!?」

「わかりません! ただ今し方、右軍からの伝令が参っておりまして!」

「右軍?」

「その者が帰った後に、門が何者かに破壊されました!」

「伝令じゃと……?」

「こちらに」


 懐から手紙を取り出し、主人に恭しく差し出す。

 ブレスニーク公爵は、その封印すらない封筒を震える手で開く。

 中にあった紙には、一つの紋章だ。


「うは……」


 横から覗き込んだテオドアが絶句する。


「血塗れの鎌じゃと……」

「公爵の爺様、こりゃダメだ。しばらく大人しくしておこう」


 意味するところを察したテオドアは、苦笑いを浮かべた。


「アネシュカ・アダミークめ……皇帝を誑かす魔女めが……わしからシャールカを取り上げただけでなく、ここまでするか……!」


 書状を握りつぶし、口元をわなわなと振るわせる。

 テオドアは窓の外、夜の帳が落ちた貴族街から視線を感じた。

 彼は怪訝な顔で、殺気の元を見つける。


「……やべ」


 冷や汗が垂れるのを禁じ得ない。

 そこにいたのは、アイマスクをかけた銀髪の男、ヴィート・シュタクだ。

 近くにある貴族屋敷の屋根に立ち、ニヤリと笑っていた。

 明らかに目が合っている、とテオドアは戦慄を覚えた。

 仮面の男の口が開く。

 もちろん声は聞こえない。だが、唇の動きだけで言葉がわかるよう、ゆっくりと言葉を紡いでいた。


『邪魔をすれば、殺す』


 その一言に、総毛が逆立つ。

 まともではない。

 ブレスニーク公爵家は、帝国内でも有数の権勢を持つ名門一族だ。

 その元を辿れば、帝国に自ら編入を申し出た王国の君主たちだった。

 同時に、帝国の祖とともに悪魔と戦った、聖騎士の称号を持つ者の子孫でもある。

 現在でも帝国東方に大きな権力を持ち、EAの開発に欠かせない素材なども多く取れる土地を確保していた。公爵が手を回せば、すぐに戦力確保に影響が出る。

 例え皇帝といえども、気を使わねばならぬ臣下、それがブレスニーク公爵のはずだった。

 今の今まで、老人もそう思っていた。

 しかし冷静に考えれば、今回のような大胆な威嚇が、皇帝の命の下に行われたのは、想像に難くない。

 まだ孫のシャールカが、ヴィレーム・ヌラ・メノアに嫁いでいない。だから許してやっているのだ。

 そう言わんばかりの示威行動だというのが、彼にもわかっていた。

 メノア帝国皇帝、右腕を失った最高権力者。

 侵略を司る右軍大将、顔の半分を隠す魔女。

 そして、仮面の復讐者。

 彼らに怒りを覚えども、公爵は振り上げる力を未だ持たない。

 今、行動に移せば、あの狂った皇帝どもが何をするかはわからない。

 ゆえに、ただ激しい感情で身を震わして、届いた脅迫状を握りつぶすだけだ。

 そんな公爵をよそに、テオドア・シンドレルは冷や汗を拭う。


「何もかもお見通しってわけじゃないだろうけど……」


 彼はヴィート・シュタクの強さを間近で見ている。

 もしエリクの影響が強い左軍が反乱を起こそうとも、右軍にあっという間に潰されるだろう。それぐらいは理解できている。

 この公爵の泥船から下りるタイミングが、早く来ますように。

 そう祈ることぐらいしか、テオドアにはできなかった。


















わかったら即行動


エディッタの事情は二章終了後の断章で。


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