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4、幼少期の思い出

「しっかし偶然だな。ほんと久しぶりだ」


 オレたちは今、露店街の片隅、大きな街路樹の下に置かれたベンチに並んで座っていた。


「ほ、ほんとだよね……」


 抱きついてきたリリアナだったが、今は我に返ったのか、顔を赤くしたまま恥ずかしそうにうつむいている。

 思わずクスリと笑ってしまうが、気にしてない振りをすることにしよう。


「今、何してるんだ?」

「交易商……の護衛かな。この町にいるのは、その関係」

「ほー。そういや冒険者になりたいとか言ってたな」


 冒険者は、依頼を受けて魔物の討伐や護衛なんかを行う自由業だ。

 帝国だとEAがあるせいで、数は少ないと思われがちだ。しかし実情は逆で、EAに使う素材を集める公的機関からの依頼が多い。故に冒険者はそれなりに儲かる。依頼主が大国なので払いも良いしな。


「あ、うん……言ってたかも」

「でも、その格好見る感じ、まだまだ初心者くさいな」


 わざとらしくジロジロ見ると、


「……ほんとにそう見える?」


 と下から窺うようにオレの顔を覗き込む。

 十年ぶりぐらいか。

 小さいころから可愛らしさを振りまいてたが、その面影を確かに残しつつもしっかりと色々成長している。


「それにしか見えん、でもお前のことだ、それなりにやれてるんだろ?」

「う、うん、それなりにー……と、ところで、ヴィルは?」

「オレか。オレは今は軍だな。帝国軍にいる」

「えっ!?」


 驚いた様子でリリアナがオレに顔を近づける。


「何だよ意外か?」


 思わず顔を引いてしまった。


「そ、そういうわけじゃないけど……あ、こ、ここに駐屯してるの!?」

「いや、あっちこっちを転々としてるかな。ここはたまたまだ」


 さらに近寄ってくるリリアナの顔を押し退けながら、笑って答えてやった。


「危ないこととか……してる?」

「そりゃあな。軍人だし。そうは言ってもまだ下っ端だ。弱い魔物の駆除がせいぜいだ」


 まさか敵軍の新兵器を盗んだりしてます、などとは言えない。

 ましてや、軍のEA使いのエースとして、敵国の人間を殺しまくってるなんてな。リリアナにはショックを与えてしまうだろう。


「そっか……良かった。で、でもヴィル、ちゃんと大人になったね……カッコ良くなったね」

「何言ってるんだ、昔からカッコ良かっただろ」

「うわっ、ほんとにヴィルだ……」

「ハハッ、懐かしかろ」

「うん! そういえばさ!」


 その後、いくつかの二人だけの昔話に花を咲かせた。

 オレも他の幼馴染みの話題を出さないように、気をつけた。たぶん向こうも同じだろう。それに二人だけの思い出も沢山ある。

 リリアナはいつもオレの後ろにくっついてきてた。幼馴染みの中で唯一、オレより年下だった。そのせいもあって、よく面倒を見たもんだ。

 何度か、貴族の令嬢がお忍びで遊びに来たことがあった。父母に言いつけられ、その令嬢の相手をした後は、だいたい理不尽な要求を突きつけてオレを困らせていた。

 何とも懐かしい思い出ばかりだ。

 この奇跡のような邂逅は、オレの心に暖かいものを蘇らせていった。







 楽しく会話をし初めて数十分後、ふと、オレは視界の隅に引っかかる物を見つける。

 走竜が引く竜車だ。しかも二頭引きの。後ろに引いている幌をかけた荷車もかなり大きい。十人ぐらい乗れるんじゃないか? 

 走竜は人が跨がれるぐらいの大きさの竜だが、力も持久力も速さも馬とは段違いだ。その分、調教してあるものはバカみたいに高い。

 それを二頭使って引いてるというのは、かなり大きな商隊だと思われる。だが、それにしちゃ護衛がいないな。


「ヴィル? どうしたの?」

「いや何でもない。大きな竜車だなと思って」


 リリアナがオレと同じ方向に視線を向ける。


「あ!」

「ん? どうした?」

「えっと、うん、何でもない、私……えっと、もう行くね」


 立ち上がったリリアナが、少し悲しげに目を伏せる。


「あ、ああ。わかった」


 竜車から誰か降りて、こっちに向かって歩いてきたな。リリアナの知り合いか?


「えっと……ヴィルは、しばらくこの町にいるの?」


 幼い頃、置いて行かれそうになったときに見せた表情と変わってなかった。


「届いた手紙は読んでるよ、大丈夫だ」

「ホント!? 届いてるか不安だったんだ……」

「その様子だと、返事は届いてないみたいだな……」

「うそっ!? 今も書いてくれてたの!?」

「当たり前だろ」

「そっか……」


 受け取れなかったことを申し訳ないと思っているのか、しゅんとした顔でうつむいている。


「あー、えっと、ヴレヴォの町の『緑の歯車』って宿屋あったの、覚えてるか?」

「うん、いつも遊んでた広場の近くにあったところだよね? まだあるの?」

「同じ場所に建て直したんだよ。もしヴレヴォに寄ることがあれば、あそこのオヤジにオレと会いたいって言え。家を教えてくれる」

「わ、わかった! また手紙書く! それに会いに行く! え、えっと……いつになるかはわかんないけど……でも、絶対!」


 魔物や盗賊の跋扈していた時代とは違い、今の帝国領内は旅もしやすくなった。

 その理由の一端として、数の増えたエンチャンテッド・アーマーにより、魔物が簡単に討伐できるようになったというのがある。冒険者や生身の兵士たちが駆除するのと違い、効率が圧倒的に良いのだ。

 おかげで流通も良くなり、この町みたいな交易中継点が色んな場所に出来るようになってきた。同盟国や条約を結んでいる都市も、その恩恵が及んでいる。

 それでもやはり、完全にとは行かない。

 もちろん、戦争だってあるしな。


「無理せず手紙だけでも寄越せよ。同じ場所にしばらくいるようなことがあれば教えてくれ。オレも返事出すからさ」

「わかった!」

「それじゃあな」

「名残惜しいけど……うん、じゃあね、ヴィル!」


 肩にかかった金髪を振りながら、リリアナが走っていく。

 その後ろ姿に向けて、オレは、


「またな!」


 と再会を祈る言葉をかけた。


「あ! うん、またね!」


 こうして元気な幼馴染は、竜車から降りた人物の元へ駈けていった。

 その様子を見て、オレは立ち上がって背中を向ける。

 唯一生き残ったリリアナが元気そうで良かった。

 オレは自分の宿舎へと戻ることにした。

 ドゥシャン、イゴル、アレンカ、ブラニスラフ、リベェナ、オティーリエ。

 リリアナは元気だったよ。相変わらず人懐っこくて、あんまり変わってなかった。

 オレの戦争も、後は真竜諸島共和国を落とせば終わる。

 平和が訪れたなら、アイツみたいに冒険者でもしてみようか。

 そんなことを考えてしまうぐらいに、リリアナとの再会はオレの胸にほんのりと暖かいものを灯していたのだった。






 ■■■




 リリアナ・アーデルハイトは竜が引く大きな荷車の幌の中へと入る。


「おかえり、リリアナ」


 眼鏡をかけた中年の優しげな男が声をかけた。


「お父さん、ただいま」

「どうしたんだい、嬉しそうだね」

「うん! ヴィル覚えてる!?」


 父と呼ばれた男は、一瞬目元を歪めたが、


「リリアナがいつもくっついてた男の子だろう? 覚えてるよ」

「さっき会えたの!」

「え?」

「奇跡だよね! たまたま軍の魔物討伐の仕事で、この町に来てたんだって!」


 両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに笑う娘に、父は複雑そうな顔を浮かべる。


「そ、そうかい。それは……良かったね」

「うん! 向こうもすぐわかってくれたの!」

「髪の長さが、あの頃と同じぐらいになっちゃったのは、結果的に良かったかもね」


 父親の冗談めかした言葉に、リリアナは苦笑を浮かべる。


「EAの部品に挟まっちゃったときは泣きそうだったけど、切って良かったかも」

「でもリリアナ、これのことはもちろん言ってないだろうね?」


 真剣な声音を発しながら、父は彼の後ろに寝ていた鎧に視線を向けた。


「う、うん。それはもちろんだけど」

「魔物退治担当なら、戦うこともないよ。良かったね」

「……うん」


 困ったような安堵したような複雑な表情を浮かべ、リリアナがうつむいた。そんな娘に背中を向け、


「君は聖龍レナーテ様に認められた『勇者』として、戦うんだろう?」


 と念を押すように問いかけた。


「……少なくとも、千人殺しのヴィート・シュタクを倒すまでは」

「確かにヴィート・シュタクは強敵だし人でなしだからね」

「あんな、子供まで殺して死体を野ざらしにするような……」

「たぶんだけど、他の機体を奪ったのは、ヴィート・シュタクかもしれない」

「え!?」

「メンシーク卿が言ってたよ。アイマスクをした銀髪の男。噂通りなら、その男が『虐殺少佐』ヴィート・シュタクだ」

「あれが……」


 父が主導して作られた初の共和国製EA五機のうち、三機を奪っていった一団がいた。

 それらの主犯こそが、リリアナにとって戦争参加を決心した原因だった。

 勇者と父親から呼ばれた彼女は、ギリっと歯を噛み締める。


「聖龍レナーテ様に匿われていたけど、ずっと『勇者』であることなんか、どうでも良いって思ってた……でも、あの二つの国の城で見た光景……」


 仕事で大陸の東端に位置する交易都市メナリーへ向かう父に、聖龍レナーテの要請でついていった。

 メノア帝国と真竜諸島共和国しか知らなかった彼女が、旅の途中で見たのはヴィート・シュタクが行った大虐殺の結果だった。

 帝国の北西に位置する三カ国のうち、すでに滅ぼされた二カ国。その王城には今も白骨死体が放置されていた。

 それはヴィート・シュタクが単機で防衛線を突破し、殺していった後に残ったものだ。

 彼は与えられるはずだった報奨を断り、こう言ったのだ。


『二度と帝国に刃向かうものがなきよう、あやつらの屍を未来永劫、晒し続けるを願う。あの無様な貴族王族どもの亡骸横たわる風景こそが、私が最も望む褒美であります』


 この言葉に、最後の一国である真竜諸島共和国の為政者たちは震え上がった。


「……きっとそのヴィート・シュタクだって三カ国連合による戦争のせいで、嫌な目を見たのかもしれないけど……でも」


 リリアナ・アーデルハイトは『勇者』の称号を持っている。

 そう神託を受けた幼い頃、戦争が始まる前に帝国から離れた。そして共和国の象徴である聖龍レナーテの元で、庇護されることとなった。


「私は帝国にも共和国にもお世話になったから、悲惨な未来を止めなきゃいけない」


 彼女は寝かされた白銀のEA『レクター』を見下ろした。

 今まで帝国が独占してきた鎧型の兵器を真似て、父が中立都市メナリーで作り上げたものだ。

 彼女は父にそこまで才能があると思っていなかったので、完成したときは驚いた。

 その努力の成果を三機も奪われ、メナリーから去っていった一団。その一人が、ヴィート・シュタクというリリアナが倒すべき男だと言う。

 勇者とは本来、人類の危機に立ち向かう存在だった。だが、聖龍レナーテの願いもあり、真竜国を守るために動くこととなった。

 最初は乗り気ではなかった彼女も、二王国の惨状を見て考えを変えた。

 悲劇をまた生み続けようとしているヴィート・シュタクだけは、止めなければならない。

 それが例え『勇者』の力で殺すことになろうとも、と決意したのだった。




 そのヴィート・シュタクこそが、自分の幼馴染みであるヴィルであるとは知らずに。






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