16、それは黒い鎧の男
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勇者の首へと振り下ろされたアネシュカ・アダミークの大鎌。
それは白銀の鎧の首に届く寸前に、光の障壁によって弾かれた。
「誰だ!?」
大きく背後に飛び、アネシュカが距離を取る。
光の障壁を張った人間が姿を見せていた。
「……貴様、誰だ? 並の障壁ではないぞ、今のは」
武器を構え、炎を纏わせて紅のEAが、新たな登場人物を見据える。
「聖女の称号を持つ人間よ」
何とか起き上がったリリアナが、すぐ側に立っているローブ姿の女性を見上げた。
「せ、聖女様?」
「久しぶりね、勇者」
聖女と呼ばれた女は素っ気ない態度で一言だけ返した。
フードのせいで顔は見えず、中にも顔を隠すオーバーマスクをつけている。それは奇しくも、ヴィート・シュタクのマスクを大きくしたようなデザインだった。
「貴様、その声、認識阻害の魔法だな?」
「あら、わかるのね、さすが。私の本来の声を聞かせるわけにはいかないから」
「……それで、その聖女様は何をしに来たんだ? 返答次第では……」
「私が口を割るとでも?」
聖女は肩の上辺りに上げた手を、面倒くさそうにヒラヒラと振る。
「頭ごと割ってくれるわ!」
アネシュカの紅蓮のEAが、八つの炎を蛇へと変えて、聖女へと向かわせる。
だがその全てが、光輝く魔力障壁によってかき消された。
「やるじゃないか、聖女とやら」
「攻撃はしないし、おそらく貴方たちに姿を見せるのも、これが最後でしょう」
「何?」
「私は帝国に抗ったりしない。今回はたまたま、勇者を殺されるわけにはいかなかっただけ。それに戦闘はもう終わりそう」
フードを被った仮面の女の意図が掴めない。
勇者リリアナを助けに来たというわりには、帝国と戦う気がないという。
「それが信じられるとでも?」
「とあるバカな男の依頼よ」
聖女が告げた言葉に、アネシュカ・アダミークは言葉を失った。だがすぐに首を横に振りながら、
「……なるほどな。あのバカめ」
と苦笑いを浮かべた。
母である自分が、勇者リリアナを殺そうとするかもしれない。その可能性を考慮して、この聖女とやらに依頼したのだろう。
アネシュカは自分の推理に自信があった。何せ自分の息子のことである。
EAの中で小さなため息を吐いてから、彼女は周囲を見回す。
騒音は収まり掛かっていた。
黄金のゴーレムたちは、アネシュカの親衛隊とシュタク小隊にやられ、偽物のボウレたちも制圧されていた。
「さて、勇者。逃げるわよ、私を抱えて走れるわね?」
「え? でも……EAが」
「呆れた……魔力伝導素材が焼けても、装甲が体に触れて動かすと痛いだけよ。魔法刻印に直接、魔力を注ぐイメージをしなさい」
「えっと……あ、ホントだ」
立ち上がったリリアナは、手足をぶらぶらと動かす。鎧の隙間から、魔力が溢れるほど出ており、空気に触れるときの発光現象が起きていた。
「ちっ、非常識な」
その光景を見て、アネシュカは憎らしげに舌打ちをする。
絶対に並の人間にはできない光景だ。普通なら魔力伝導率の高い緩衝材を挟んでようやく付与魔法刻印を起動できる。
「私たちぐらいの魔力があれば、それぐらいできるわよ。ということで、アネシュカ・アダミーク将軍?」
「何だ?」
「そろそろ、あちらも終わるわよ」
彼女の声と同時に、城門の外で大爆発が起きた。
「何だ!? 何が起きた!」
アネシュカが驚きの声を上げる。
「行くわよ、リリアナ」
「は、はい」
白銀の鎧の肩に聖女が乗り、
「あ、待て!」
制止の声が聞こえるが、もちろんリリアナは止まらず、EAを走らせる。
他のEAたちが彼女たちに魔力砲撃を放つが、聖女の分厚い魔力障壁によって全てかき消された。
そして、あっという間に白銀のレクターが城壁の向こうに抜けていく。
アネシュカは手を振り上げながら、
「砲撃、やめろ! 無駄だ!」
と大声を張り上げる。全てのEAが砲撃を止めた。
アネシュカ・アダミークが、城門の向こうを見上げる。
そこには、賢者の呼び出した巨大な骸骨がまだ立っていた。
「三人残して、残りは全員ついてこい! 化け物退治だ!」
将軍の声に、全EAが駆け寄ってくる。
ヘマはしてないだろうな! ヴィル!
息子の安否が気になり、紅の将軍は城壁の向こうへと走り出したのだった。
「やったか……?」
ヴィート・シュタクのいた場所を見ながら、ヤン・ヴァルツァーが呟く。
龍にも匹敵する、超高熱を持った賢者の熱光魔法。
魔弓の射手が最大の魔力を込めた、山すら射貫く魔法の矢。
そして五百の亡骸によって召喚された、二十ユルの巨大な骸骨が振り下ろした剣。
その全てを同時に食らったなら、地上のどんな生き物でも砕け散るだろう。
事実、住民たちへ余波が飛ばないために壁となったゴーレム。その半面が溶けかかっていた。三つの攻撃が着弾した場所は大きく抉れ、土埃で何も見えなくなっている。
「これで破壊できない者はいないはず」
少なくとも賢者セラフィーナはそう確信していた。
禁術と呼ばれる死霊術という類の魔法は、死者を触媒にして、強力な魔法を行使する。
しかしこれはあらゆる宗教で禁止されていた。この世界では、死人はマァヤ・マークの元へ帰るとされており。その帰途を邪魔する魔法だと言われている。
それでも強力な攻撃手段を欲し、セラフィーナは巨大なスケルトンを召喚した。
「……みんな……」
彼女はブラハシュアでは確固たる地位を築いており、王侯貴族の中にも友人知人がいた。
だがヴィート・シュタクという男に敗れ、彼女は国を失った。
それどころか、友人知人の亡骸すら弔うことができなかったのだ。
せめてヴィート・シュタクを葬ることが、そして王国の民を救うことが弔いとなれば。
自分に言い訳をしながら使った大禁術だった。
「……なんだと?」
それは魔弓の射手の呟き。
想像した結末が、現実で切り裂かれていく。
「え……?」
これはドワーフたちの守護者、原初の氏族の生き残りの戸惑い。
訪れかけていた安堵を覆していく。
「まさか」
それは賢者の呻き。
そんなことがあるはずはないと、自身の目ですら疑う。
「あるはずがないわ……」
巻き上がった土埃が、晴れていった。
そこに立つのは、太陽の光すらも遮る黒い闇。
確かに膝をつき、苦しそうに息を荒げているようにも見える。
「この程度で、やられるか、バカが!」
だが、その装甲はわずかにも欠けたる様子はなく、消えかかった魔力障壁が脈打つような光を放っていた。
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「へっ、やるじゃねえか、ヴィート・シュタク。だが、完全に無事とは行かねえだろ」
「……ああ、そうだ、そうだなヤン・ヴァルツァー。少し頭に来たところだ」
なぜだ。なぜアイツらは帝国の叡智の結晶が、自分たちなら殺せると思ったのだ。
ああ、確かに強力だろう。
人間なら蒸発する。魔物なら例え巨大な竜であろうとも葬り去るだろう。
だが、これはエンチャッテッド・アーマーだ。帝国の持つ技術の結晶であり、新時代の道具である。
その中でもこのバルヴレヴォは、最高傑作と製作者が自称するほどの物なのだ。
ゆっくりと立ち上がり、刃に肩に担いで、そいつを見据える。
大弓を構え、魔力を手から込めていた。魔素が急激に集まるのが見えた。
「かかってこい! このクソ野郎!」
「そうか」
体のあちこちに火傷があるだろう。もしたしたら、皮膚が炭化しているかもしれん。
熱は完全に防げなかった。
衝撃もかなりのもので、踏ん張りながらも大きく揺さぶられた。兜の中はオレの吐いた血だらけである。
それでも歯を食いしばり、魔力障壁を何度も何度も瞬時に張り直しながら、同時に硬化の付与魔法刻印にだけ魔力を流し続けた。
その結果、何とか生き残ったという感じだ。
いや、生き残るべくして生き残ったのだ。
オレは、オレこそがバルヴレヴォを操るに相応しいと確信している。
だから倒れてやるわけにはいかない。揺らいでやるわけにはいかない。
あいつらは確かに強力な力を持つ。リリアナにしても賢者にしても、そしてヤン・ヴァルツァーにしてもだ。
そしてオレは凡人だ。EAという兵器がなければ、その辺の有象無象で終わるぐらいの凡才である。
だが、このバルヴレヴォがあれば、オレは称号持ちすら超える。否、超えなければならない。
「だから、お前らは幾多の凡才と同じように、数多の悔いを抱き、そして……死ね」
ヤンから放たれる魔法の矢を障壁で弾き、半壊してもなお襲いかかるゴーレムたちを切り捨てる。
「ローク・スケルトン! 今度こそ、その手で復讐を果たしなさい!」
賢者が亡国の亡骸で編まれた巨大な亡者へと、その手で命令をした。
しかし、オレの視界の片隅には、すでに紅のEAが映っている。
「これ以上は暴れさせんぞ! 全機、あの化け物に魔力砲撃!」
母さんが率いるEAたちが、魔力砲撃を放ち始めた。
背中から何度も衝撃を食らい、巨体がふらついている。魔力の体が段々と魔素へと返り始めた。
所詮は賢者が死んだブラハシュアの亡骸で生み出した化け物。
我ら帝国右軍の復讐心の方が上だったということだ。
「ヴィート・シュタク!」
魔弓の射手は逃げる素振りもなく、こちらに攻撃を仕掛ける。
「ヤン・ヴァルツァー!」
足の付与魔法刻印に魔力を叩き込み、バルヴレヴォが加速し始めた。
八つの魔力の矢が、複雑に変化する軌道でこちらに襲いかかる。
「ぐっ!」
装甲の薄い関節部分に直接刺さる。
「魔力障壁さえなければ、この貫通特性の矢でいけるようだな! そんで、お前はさっきの攻撃で魔力をかなり失った! 大変だな! 凡才ってヤツは!」
何度も何度もこちらへと放ち続ける。
確かに先ほどの攻撃で、オレの魔力はかなり失われている。死に至らない攻撃程度で、魔力障壁を使うわけには行かない。
今は、別の魔法を使わなければならない。
「くそっ、まだか、まだ足りないか!?」
魔弓の射手という称号持ちが、貫通特性の矢を放っている。
それでも冷静に、一本一本を剣で弾き飛ばし、刺さる寸前に左腕の装甲で払いのける。
左腕の肘の内側に矢が刺さって、貫いていく。血が噴き出した。
一瞬で感覚が断ち切られるが、構わず一歩一歩と近づいていく。
「な、何で動ける!? これでも駄目か!」
ヤン・ヴァルツァーの焦る声が聞こえた。
あと十歩ほどの距離だ。
「貴様は、ヴレヴォの町を攻めた軍隊にいたそうだな?」
「そ、それがどうした!?」
「ああ、度し難いほどのバカだ。お前の仲間を見るといい」
その言葉に、賢者が目を見開いていた。
オレは再び一歩、足を踏み出す。
「ヤン・ヴァルツァー! 貴方は、あのときの軍隊にいたの!?」
「だ、だったらどうした? オレは軍の命令に従っただけだ」
賢者が何かを言おうとして言葉にならず、怒りに震えていた。
「バカが」
次の一歩と同時に、脚甲内の刻印に魔力を叩き込んだ。
バルヴレヴォに爆発的加速が起きる。
地面を後方に蹴り出し、滑り込むようにオレとEAがヤン・ヴァルツァーの懐に潜り込んだ。
「貰ったぞ」
ヤツの顔が目の前に見える。
あとはその体に、この刃を滑らせるだけ。
赤い髪に筋骨隆々とした体躯、手に持つ弓は百発百中、体内に潜む魔力は膨大。
そんな男は、まだ自信ありげな顔を崩さなかった。
「貰ったのは、こっちだ!」
ヤツのすぐ近く、オレが踏み込んだところの土中から、黄金の手が生えてくる。
「ゴーレムか!?」
EAを超える巨体が、オレに対して覆い被さってくる。
魔弓の射手の、得意げな顔が見える。
「偽装の魔法だ、バーカ!」
一瞬だった。
ほんの一瞬だけ体を掴まれ、EAの膂力ですぐさま振り払った。
だが、その隙は相手にとっては大きな隙に見えただろう。
眼前、ヤン・ヴァルツァーの手元に光が集まるのが見えた。
今までで一番大きな光の矢。それを構えた魔弓の射手。
動きを止めたオレの首元へと、朝日の一筋のような一矢が放たれた。
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赤髪短髪の男ヤン・ヴァルツァーは、ヴィート・シュタクを仕留めたと思った。
今回の罠は、仕込みに仕込んだ罠だ。
相手はカンが異常に鋭い。死角から放った矢さえ感知し回避する。
ゆえに、どれだけ次の手を隠して用意できるか。その勝負だった。
それでも、まさかあの多重攻撃を生き残るとは思わなかったが。
しかし、残していた最後の罠が発動した。
ヴィート・シュタクがこちらに向かってくるよう仕向けた。
魔法で偽装した土中にゴーレムを仕込み、一瞬だけでも隙を作った。
そこに叩き込むは、称号持ちとして蓄えた膨大な魔力だ。
それを卓越した弓の腕で首元にある装甲の隙間に叩き込む。
「やったぜ」
確信した。
今の一撃は、どんな魔物すら貫く渾身の一撃だ。
かつてはヴラトニア山中に潜む巨大な火竜に、その頭から尻尾まで貫き拳大の風穴を開けたこともある。
それを至近距離から、ヴィート・シュタクの首を目がけて、寸分の狂いもなく放ったのだ。
魔力を入れ込みすぎたせいで、素材が耐えきれず魔弓にヒビが入っている。
戦場の誰もが、誰も倒せなかった男を殺した彼の偉業に、注目していた。
そんな畏敬の籠もった視線を彼は感じていた。
オレはやる男だ。
何が千人殺しだ。ただの虐殺者じゃねえか。
このヤン・ヴァルツァー様に倒せないヤツなんか、いねえ。
元々、我が強い男ではあった。
賢者が敗れ国が滅んだと知り、彼は暗躍した。今度こそ英雄になるためだ。
ヒリつくような危機感、肌を焼く殺気。そんな戦場の空気も彼の性には合っている。
それに可愛らしい勇者とも知り合えた。あれは数年も育てれば、間違いなく美女になる。それに女としては隙も多い。
何人もの女を正面から落としてきた自分だ。間違いなく手に入る。
これからの人生は順調に違いない。
何がEAだ。何が帝国だ。何がヴィート・シュタクだ。
この『魔弓の射手』ヤン・ヴァルツァー様が全部、砕いてやるぜ。
そこで彼の思考は止まる。
「こんな程度か。バカが」
一瞬だった。
一瞬の斬撃でヤン・ヴァルツァーは四肢の全てを失い、地面へと倒れる。
その痛みで気絶し、痙攣を起こし瀕死の状態となった。
「動体探索、この新魔法で感知済みだったんだよ、その伏兵は。来るとわかっていれば、いくらでも防げる」
矢が首へと到達する寸前に、傷ついた左腕を犠牲にし、黒い鎧の男は発射された矢を振り払ったのだ。
手も足もない状態で気を失ったヤン・ヴァルツァー。
それを見下ろすはやはり黒い鎧の男、その名もヴィート・シュタクであった。
やってない。




