9、遺跡の最奥での戦い
どれくらい坂道を上り続けただろうか。
戻って助けを待つ方が良いか。
問題はあの場に残っていたとして、帝国より賢者たちの方が先に降りてくることだ。
「休憩にしよう」
オレが後ろを振り向くと、白銀の鎧が頷く。
「辛いなら、EAから出ても良いぞ」
「あなたが出るなら、出る」
「そうかい。好きにしたまえ」
オレはリリアナの間近で姿を現す気は無い。変装こそしているが、バレる可能性は少しでも減らしておきたい。ヴィルだと知れたら、面倒なことが起きるかもしれないからだ。
いっそバラしてしまえばと思う。しかし、それでリリアナが帝国と戦うのをやめるだろうか。
オレは真竜国を滅ぼす。リリアナに正体が知られようが関係ない。
だが、リリアナは性根が優しい子だから、ヴィルと戦えば苦しむだろう。
反対側の壁際に腰掛けるレクターを見る。
「なに?」
少し険のある声だ。当たり前だ、敵同士なんだから。
この子の心を苦しませれば、帝国の勝率はわずかに上がるだろう。
もし強力な称号持ちたちを一人減らせれば、戦争は楽になる。
ドゥシャン、イゴル、アレンカ、ブラニスラフ、リベェナ、オティーリエ。
彼らを殺され、町を焼かれたという、オレの恨みを晴らす戦いだ。
だからこそ、リリアナを苦しめることを、幼馴染みたちが許すだろうかと考えてしまう。
矛盾している。
すでに何度も苦しめた。戦いだからだ。
真竜国を、彼女の半分を育てた国を滅ぼすこと。それはオレの半分が育った町を焼かれることと、同じような意味を持つだろう。
そうすれば彼女は更に苦しむだろう。
「チッ」
「な、ど、どうしたの?」
つい漏れてしまった舌打ちが、リリアナを驚かせてしまったようだ。
「いや何でもない」
「そ、そう。なら良いけど」
安堵のため息らしきものを零し、彼女はまた黙り込む。
オレも目を閉じて考え事の続きをしようとした。
そうすると、自然と鼓膜へと注意が向けられる。
何かが聞こえる。
小石が転がる音だ。方向は上からだ。
「なんだ?」
ゆっくり立ち上がり、オレは坂を上る。
「ちょっと、いきなり立ち上がらないで」
「ああ、悪い。なんか聞こえた気がしてな」
「上?」
「ああ。行こうか」
二人してまた歩き出す。
しばらく歩くと、今度は人が住むような部屋に出た。
「住居?」
ベッドがあり水瓶もあり、棚もある。小さな机とランプまで置いてあった。
高さはEAの頭より少し余裕がある。三ユルないぐらいか。
指先で慎重に棚を開ければ、そこにはいくつかの野草があり、パンらしきものまである。食べ物はいずれもブラハシュアの町で売ってそうな物に見えた。
「人がいる……?」
「そのようだな。とすると、地上も近いか」
「あ、うん……そっちなんだ」
「何が?」
「人がいることを疑問に思わないのかなって」
「いるんだろうよ。会えば話をするさ。こんにちはってな」
部屋の奥にも入り口がある。そこを通り過ぎれば、また道があるだろうし、脱出路も見えてくるだろう。
「ホ、ホントに人がいるなら、荒らすのも良くないよね」
「そうだな。行くぞ」
オレが先導し、奥にある道へ進もうとした。
そのとき、ひょこっと何かが顔を出す。
「子供?」
六歳ぐらいの、小さな子供だった。細い手足と小さな頭。髪は金に近い白髪だ。たぶん女の子か。
「ゴーレム? 見たことない……」
その子が小首を傾げる。
「ね、ねえ」
リリアナが恐る恐る声をかけながら手を伸ばすと、驚いた少女が奥の道に戻り走り出す。
「あ、ちょっと!」
驚くことに、リリアナはEAの前部を開けて飛び出すと、少女を追いかけていった。
「おい……」
オレがレクターを壊すと思わんのかね。
バカバカしくなって、そのままゆっくりと奥へと進む。
相変わらず岩盤を削ってできた岩肌の道だ。
十歩ほど歩くと、リリアナが少女を捕まえているのが見えた。
「離して!」
「驚かせてごめんね、キミはここに住んでるの?」
「離せー!」
少女が暴れるが、さすが勇者、びくともしない。
……身長は一ユルほどか。まさか、とは思うが。
そもそもドワーフに見えん。いや、ドワーフも女なら細いのがいるとは知っているが、見たことないしな。
そうである可能性があるなら、ここで殺すべきだが……。何せ生身のリリアナががっちり抱えている。どうにも手を出せない。
「勇者殿、その子の説得は任せた」
「ちょっと! 貴方も手伝いなさいよ」
「何せEAから出るわけにもいかんのでな。こちらは普通の人間だ」
「今、貴方を攻撃してる場合じゃないもん!」
「どうだか」
暴れる少女を抱きかかえ続けるリリアナ。さすが勇者だ。結構な勢いで少女の拳やら頭が当たっているが、ものともしない。
「ちょ、ちょっと! 落ち着いて!」
「離して! もう! なんなのこいつ!」
「何この子、結構力強い!」
やれやれ。
オレは二人がじゃれ合うのを眺めてため息を零す。
さて、どうするか。
これが本当にユル氏族の生き残りだとして、殺すべきだ。
しかし生身のリリアナがいる。手を出せない。
ホントにどうしたもんか。
このヴィート・シュタクともあろう男が、ついノンビリと考えていたところに、
「リリアナ!? どこにいるの!?」
と女の声が聞こえてくる。
クソっ、賢者が先に来たか!
一気に通路を走り抜け、奥を目指す。
光が見えた。
飛び出した場所は、天井の高い半球形の広間だ。かなり広い。壁のいたるところにかがり火が焚かれていて、それが照明になっていた。
「ヴィート・シュタク!?」
賢者が驚きの声を上げながら杖を構える。
「リリをどうした!?」
弓を構えているヤン・ヴァルツァーまでいやがる
いや、そんなことより驚くべき物があった。
「なぜ、ボウレがある?」
賢者と魔弓の射手の背後に、十機の帝国製汎用EAが立っていた。
いずれも中に人がいて起動しているのか、動きを見せる。
「オレの奥の手さ。鹵獲した、と言ったら怒るか?」
ヤン・バルツァーが挑発的に笑う。
「鹵獲? ありえないと思うが……まあ良い。ならば倒すのみだ」
「はっ、この数のEAとオレに賢者がいて、なおその余裕はさすがだな」
「負ける要素はないからな」
長剣を担ぎ、賢者の方へ走り出す。
そこへ二機のボウレが立ち塞がった。
「鬱陶しい!」
攻撃を仕掛けてくる二つの鎧を、一薙ぎで吹き飛ばす。
「たかがボウレごときを揃えた程度で、オレに勝てると思うなよ、バカが!」
とは言うものの、旗色が悪い。
「はあぁ!」
背後から仕掛けてくるリリアナのレクターに向け、振り向きざまに蹴りを見舞い吹き飛ばす。
「六曜の氷、消える炎、氷塊六痕!」
「食らえ!」
その隙に、賢者と魔弓の射手が攻撃を仕掛けてくる。
側面から飛んでくる六つの氷塊を左手の魔力砲撃で防いだ。
同じ刹那に右側から降る七つの魔力の矢を、剣で弾き飛ばした。いくつかは装甲に当たるが、バルヴレヴォの傷にはならない。
「野郎共、かかれ!」
偽ボウレに入っているのは、ヤンの仲間か。
その左手から、魔力砲撃による一斉射撃が襲いかかる。
横に流れるように走りながら、ボウレたちを目指した。
最短距離にいたボウレに、突きを見舞おうとする。
だが、魔力の光を感じて、咄嗟に飛び退いた。
「外した!? あのタイミングで!」
叫んだのは賢者だ。
重量のある体で転がり、すぐさま起きる。周囲を見回せば、再びボウレと称号持ちたちに囲まれている。
これは絶対的危機と呼んでも良いな。
「ヤンさん、このEAたちは?」
「味方だ! これが言ってた奥の手さ!」
「わかったよ。……ヴィート・シュタク、投降して!」
そう叫んだのは、リリアナ・アーデルハイトだ。
「投降? 笑わせるなよ勇者殿」
オレが真竜国に対し投降だと?
「命は保証するから!」
「ふざけるな、ふざけるなよ、リリアナ・アーデルハイト!! ならば彼らの命を払い戻せ。その上でレナーテの首を差出し、オレの眼前で己らの口を使って食らい尽くせ。出来ぬなら、出来ぬというのなら、このヴィート・シュタクに投降や降伏の類を勧めるなよ!!」
「……そう。なら、ここで止める」
諦めたような声色だった。そして白銀のレクターが切っ先をこちらに向ける。
すまんがリリアナ。それだけはしない。
もしオレがどんなに不利になろうとも、勝利だけは諦めない。真竜国を破壊し尽すと決めているんだ。
ここで上辺だけの降伏をし、時間を稼いで助けを待つことできるだろう。
だけどな、リリアナ。
この心が、あの日に焼かれたオレの心が、真竜国に頭を下げることを良しとするわけがないんだよ。
「お前達こそ逃げなくて良いのか。逃げ道はないぞ。こちらの仲間がくれば一網打尽だ」
笑いかけると、賢者が一歩前に出て、杖を右手で持ち直す。
「脅しかしら? ここで因縁を終わりにしてあげるわ、ヴィート・シュタク! 八つの咆吼、一の体躯に、一の首魁、食らわんとすればいずれ剣とならん。炎剣・薙ぎ祓え!!」
賢者の杖の先から、赤い光が発せられる。
次の瞬間、空中に巨大な剣が現れて、横向きに振りぬいてきた。
「ぐっ!?」
剣を立てながら障壁を張り、それを受け止めた。しかし高熱がEAを超えてオレの体に届いてくる。
「対EA用に編み出した障壁を越える熱の剣よ!」
「ご苦労なこった! うちに来て研究員でもするか!? 頭だけ残してやるぞ!」
装甲と緩衝材が熱を持ち、中にいるオレの皮膚を焼き始める。
これは後でペトルー研究主任殿に報告しなきゃな!
「取った!!」
左側にある熱に気を取られている隙に、正面から巨大な魔力の矢を放たれた。
「なっ!?」
驚くは魔弓の射手。
オレは地面と平行にくっつくまで足を開いて腰を落とし、体を反らした。
障壁で堰き止めていた熱剣の魔法が、低くした頭上を通り越した。そして光る矢と相殺される。
「体柔らけえ!?」
「出来て当たり前だバカが!」
男の賞賛なんぞいらん。
そのまま後方に回転し、腕の力で飛び上がった。
左手で魔力砲撃をしながら、小うるさい魔弓の射手へと突進をかける。
「させない!」
頭上から聞こえる声に向け、咄嗟に剣を振り上げた。
「くそがっ」
受流すにもタイミングが悪い。
足を止めてそのまま受け止めるしかできない。
そのままレクターとの鍔迫り合いとなり、眼前に白銀の鎧がある。
さあ、ここからどう切り返すか。
思考を回そうとした瞬間、後方に魔素が集まるのを感じた。
ヤン・ヴァルツァーがこちらを狙って構えているか。面倒だな。
「今度こそ、もらっ……え?」
ヤンが驚愕の表情とともに手元を見つめる。
腕から血が噴き出し、弓を取り落としていた。
「増援!?」
驚いたリリアナに隙ができる。
そこで側頭部に左の拳を叩きこみ、右の前蹴りで吹き飛ばした。
距離を取り、わからないように小さくため息を零す。
「助ける必要はなかったか?」
嫌な声が聞こえた。やっぱりか……。
振り向きたくないと思いながらも、錆びた歯車のように首を回した。
「誰だ! てめえは!」
弓を落とし、腕から血を流すヤン・ヴァルツァーが叫ぶ。
「誰だと聞かれたなら答えようか」
耳に入ったのは勿体ぶったような口ぶりの、聞き覚えがありすぎる声だ。
背筋に鳥肌が立つ。
来るとは聞いてたが、こんなところまで来たとは……。
そこに立っているのは、およそ武器と呼ぶにはバカらしい柄の長い大鎌を担いだ、血色のEAだ。
オレのバルヴレヴォと同じ系統のフォルムでありながら、細身に整えられた装甲をしている。
その中身に誰がいるかは、もちろん知っていた。
「さあ真竜国の諸君、恐れおののくが良い。私こそが皇帝の真紅の刃。失われた右手の代わり」
大鎌を振り下ろしただけで、そこから発した魔力の刃が周囲に傷を作る。
「メノア帝国右軍大将、アネシュカ・アダミークである」
このヤバイ女性の声は、他の誰でもない。我が母の声であった。
アネシュカ・アダミークさんじゅうはっさい
趣味は料理
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