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3、第三皇子ヴィレーム・ヌラ・メノア

 強奪作戦後、帝国内の都市へと戻った。

 備品の後片付けや書類整理などを一通り終わらせたら、すでに夜になっていた。

 今は軍の士官用宿舎内の自室でグラスを煽っている。

 顔を隠すマスクと銀髪のカツラを外し、顔にタオルをかけてソファーにもたれかかっていた。

 ヴィート・シュタクとしての変装を解き、素顔と黒髪を露わにしている状態だ。

 マスクは音声を偽装する魔法がかけられた、神世の魔道具だ。オレ自身にはいつも通りだが、他人の耳には違って聞こえるようになる。銀髪のカツラは念押しだ。

 あの後、死んだシュテファンの死体は、帝国主動交通網を使い、ヤツの家族の元へと送った。

 可能なら葬式にも出てやりたいが、オレたちにはまだ帝都への帰還命令が出ていない。


「あいつの奥さんと子供に、何て言えば良いんだチクショウ……」


 まだ年若い士官であるオレに対し、敬意を持って接してくれた。自慢の家族だってオレに紹介し、食事にも誘ってくれた。

 軍の中でも親しい関係の一人だったと言える。こんなところで死なせてしまうなんてな……。

 最初から杜撰な作戦だった。

 大方、オレの戦功を疎んだどこぞの大貴族様が、裏で手を回し仕込んだんだろう。だいたい、マスクで顔を隠す男が隠密作戦なんてバカにしてる。


「クソったれが」


 テーブルの上にあったビンからワインを注ぎ、再びグラスを口につけようとした。


「ヴィート・シュタク少佐、いらっしゃいますか?」


 部屋の外から男の声が聞こえる。


「少し待て」

「わかりました」


 ため息を吐きながら、ソファーに投げていたマスクを身につける。カツラを頭に乗せて銀髪に偽装し、


「入って良いぞ」


 と投げやりに声をかけた。


「失礼します。シュタク少佐、右軍作戦本部から新たな命令が下りました」


 折り目正しく軍服を着た伝令の男が、オレに一枚の紙を差し出す。


「ご苦労さん……っと」


 中の命令書は、オレにとって驚くべきものだった。


「何かありましたか? 少佐?」

「いや。結構だ。内容通り明日から任務に就く。そう本部に伝えてくれ」

「かしこまりました!」


 伝令の男が外からドアを閉めて立ち去る。

 オレはカギをかけ、受け取った命令書を無造作にテーブルの上へと投げた。

 そこに書いてあった指令は、都市国家メナリーから追い出された白銀の敵機を追い、それらを破壊せよ、というものであった。






 オレが名乗るヴィート・シュタクは、メノア大陸の中央から北方までを支配する大帝国の軍人である。

 マスクをかけて鼻から下だけを露わにした、銀髪のエリート軍人だ。

 初陣以来、幾多の戦場で多くの戦功を積み、今では少佐に昇進している。

 顔を隠すマスクは本部公認であり、空いてるのは口と鼻とだけだ。おかげで元の容姿が極力わかりにくくなっている。

 世間では目元に醜い傷跡があり、痛まないようマスクで保護していることになっていた。

 だがそれらも、オレの正体を隠す建前であり、本名は別にある。

 ヴィレーム・ヌラ・メノア。ヌラ(ゼロ)が示す通り、継承権を持たない皇帝の庶子というヤツだ。ちなみに親しい人間や本来の身分を知らない人間はヴィルと呼ぶ。

 平民の母から生まれた故に、皇位を継ぐ資格はない。

 それでも皇子ではある。庶子が目立つと良くない、という嫡子への配慮から、容姿を隠しているのが実情だ。

 ここまでするのは、オレの顔が父親である皇帝に似ているからである。父の若い頃を知っている人間から見ると、ハッとするほどだそうだ。

 髪の色は向こうは金髪でこっちは黒髪と違いはある。だが、皇帝を見たことある人間が気づくとまずい。

 さらに十五でエリート士官として配属されてから、運良く戦功にも恵まれ、最年少左官という肩書きまで持っている。

 そうなると庶子とはいえ、嫡子どもを脅かしてしまう。それはオレの本意ではない。

 ますます変装が手放せないな、とは母の弁だ。

 おかげでアイマスクには、他人には声が違って聞こえるという魔道具を使っている。

 銀髪のカツラをつけているのも、美しい黒髪の母との繋がりを、万が一にでも疑われないためだ。

 結果としてヴィート・シュタク少佐は、とても怪しい風貌で、しかも実力は一流のエリート士官という形に落ち着いたのだ。






 そんなオレだが、こんな田舎町まで来れば皇帝の顔など知らない軍人ばかりだ。

 なのでアイマスクとカツラを外し、久しぶりに素顔で外を出歩いていた。黒髪黒目の、どこにでもいそうな男である。

 ついでに私服に着替えナップサックを持ち、休憩も兼ねて町を視察中だ。


「なかなか栄えてるな……」


 帝国最南部にある町ブラッドベリーとかいう町だ。人口は五千人ぐらいいるんじゃないか。

 露店が建ち並び、美味そうな匂いもしてくる。

 ガキの頃は下町に近い軍人宿舎で母と暮らしていたし、こうやって露店を覗いていたものだ。

 そんな思い出を脳裏に浮かべていたオレの横を、子供たちが走って通り過ぎる。

 町の子供たちが何かを叫びながら、楽しそうに走ってオレを追い越していく。


「おい、あっち行ってみようぜ! EAが見えるんだって!」

「すごーい、みたい!」

「待ってーわたしも行く」


 オレも幼い頃は、あんな風に友達たちと跳ね回っていたガキだった。

 だけど、そのほとんどが死んでしまった。

 みんなの良い兄貴分だったドゥシャン、寡黙だけど優しかったイゴル、お姉さんぶってたアレンカ、いつも笑ってたブラニスラフ、母親から貰ったリボンを大事にしてたリベェナ、食いしん坊な女の子オティーリエ。

 オレが下から二番目に年下で、最後にオレの後をいつも付いて回ったリリアナという子がいた。

 このリリアナだけは、戦争の起こる少し前に他の国へと引っ越していった。彼女は生きているだろう。何度か便りが来たことがある。

 最近は連絡がないが、あいつ、今何してるんだろうな。

 感傷に浸りながら、露店街を歩いていると、一際美味そうな匂いがしてくる屋台があった。

 昼も過ぎてることだし、食事代わりになんか摘まむか。

 肉の焼ける香ばしい匂いがしてくる屋台を見つけ、そこに首を突っ込む。


「おっさん、一番美味いのはどれだい?」

「へいいらっしゃい。サマズ牛のカルル巻がおすすめだ。今日は珍しく二個残ってるぜー」


 店主が持ってるのは、穀物の粉を薄く焼いたものに、野菜と焼いた肉を挟んで巻き込み、香辛料の効いた甘辛いソースを垂らしたもののようだ。


「それじゃあ、それ二つくれ」

「あいよ! 二つで帝国銅貨四枚だ」

「釣りはいらんよ」


 少し多めに渡し、オレは持ちやすいように魔物の皮で包装された食べ物を受け取る。


「太っ腹だね、兄さん。交易商人かい?」

「いや違うよ。どうしてそう思う?」

「良い服着てるし、ここは帝国最南端の交易都市ってヤツだからな。そう思ったわけだよ」

「なるほどな。ま、美味そうな食べ物ありがとさん」

「ありがとよー、気に入ったら昼前にまた来てくんなー。いつもは売り切れてるからな、この時間は」


 威勢の良い店主に後ろ手を振りながら、露店街を立ち去ろうとした。


「あ、ああー! 今日はさすがに売り切れちゃったのかぁ……」


 そこに、元気の良い女の子の残念がる声が聞こえてきた。


「すまんな、お嬢ちゃん。さっきまで残ってたのにな」

「ううぅ……ひょっとしたら買えるかもと思ったけど……」


 もの凄く悲しそうな声に引かれ、露店の方を振り向けば、冒険者風の身なりをした女の子がいた。

 肩にかかる金髪を軽く紐で止めた、初心者風の女の子だ。

 整った目鼻立ちに大きな目が可愛らしい。年頃はオレより少し下ぐらいか。

 あまりにも感情豊かな残念がりようだったので、思わず笑みが零れてしまった。

 そして何より、唯一生き残ってるはずの幼馴染みを想起させる。

 アイツもあんな感じに育ったんだろうか?


「良かったら一つ食べるかい?」

「い、いいんですか!?」

「構わないよ。二つあるしね」

「あ、ありがとうございます! あ、お金!」


 慌てた様子で女の子が腰にぶら下げた布袋に手を入れる。何だか微笑ましい気分になる。


「いらないよ。こう見えてもちょっとお金持ちなんだ」

「で、でも!」

「じゃあ、向こうのベンチで、これを食べるの付き合ってくれないか?」

「え?」

「若い男が寂しく露店の食べ物をベンチで食べてちゃ、カッコ悪いだろ?」


 露店の食い物一つぐらい、どうってことないので、負担にならない程度に冗談めかした提案をする。


「は、こ、これってナンパってヤツですか!? だ、ダメですよ、お兄さんちょっとカッコ良いけど私、これでも身持ち堅いっていうか、小さな頃の……あれ?」


 何か勘違いして捲し立てていたお嬢さんだが、言い終わらぬうちに語尾が消えていく。そしてオレの顔をマジマジと覗き込み始めた。


「ん? どうかしたかい?」


 皇帝(父さん)の顔を見たことあるやつか……? と警戒心を抱き始める。

 怪訝な顔をするオレに、金髪の女の子は、


「あー!! その真っ黒な髪、ひょっとして、ヴィル!?」


 と大声を出しながら、人差し指を突きつけた。


「ヴィル……は、確かにオレの名前だが……」


 昔、下町に住んでたときの呼び名だ。ヴィレームだからヴィルという偽名である。さすがに皇族とバレそうな名乗りは出来なかったからな。

 しかし、知り合いか? 金髪……大きな目……この顔、どっかで見たこと……。


「ひょっとして、お前、本当にリリアナか!?」


 思わず大声を上げてしまう。

 懐かしい感じがするなと最初に思ったが、本当にリリアナだったとは!

 思いも寄らぬ場所での、幼馴染みとの邂逅であった。


「……ホントにヴィルなんだ……」


 リリアナの目尻に透明な涙が浮かび始める。


「……懐かしいな、リリアナ。本当に久しぶりだ」


 彼女の涙に誘われてか、オレも目の奥が熱くなった。


「逢いたかった!」


 久しぶりに逢った幼馴染みは、昔のようにオレに抱きついてきたのである。






 皇帝の庶子というわりには、オレは平穏な幼年時代を送っていた。

 父もその立場の割にはオレを気に掛けていたし、平民の軍人である母をないがしろにすることなどなかった。

 皇帝の庶子というのは隠していたが、そのくせに正妻や側妻の子供たちより、父親から大事にされていた。

 小さくとも、しっかりとした作りの我が家。母の同僚で頼りになる隣人たち。父がたまにお忍びで訪ねてくるのを楽しみにしていた、幸せな子供だった。



 しかし、約十年前、三つの国が同盟を組んで帝国へと攻めてきた。



 帝国は千年以上の歴史を持つ大国だった。

 だが、ずっと準備をしてきたであろう三カ国の連合には、良いようにやられてしまっていた。

 母も軍人として戦いに向かった。

 戦争最初期には、今のようなEAなどなかった。剣や槍、弓に魔法といった前時代的なものだ。

 北方三カ国の同時侵攻とあって、当時から広い国土を持つ帝国は準備が整わず、初戦は数の上で劣勢だった。

 それでも母たちは必死に戦った。父も皇帝として士気を上げるべく、前線近くまで出張った。

 しかし『賢者』や多数の竜騎士が敵として参加した初戦で、帝国は大敗した。

 それからは態勢を立て直せず、敗北に次ぐ敗北、撤退に次ぐ撤退となった。

 母は生き残ったが、オレの自慢だった美しい顔の半分に火傷を残した。北西三国の一つが抱える『賢者』の称号持ちがやったらしい。

 皇帝である父も討ち取られる寸前だったそうだ。

 皇帝でありながら泥水をすすりつつ必死に逃げ、最後には片腕を失い、一時は行方不明になった。

 結果として、背に腹は代えられず、皇帝不在の中で停戦交渉が行われることとなった。

 だが、調子に乗った北方三カ国は、交渉中に帝都のすぐ近くまで攻め入ってきたのだ。

 そこには少し大きな町があった。オレたちの住んでいた町ヴレヴォだ。

 攻めてきた三カ国連合軍に対し、町の防備は薄すぎた。停戦交渉中ということで油断していたのもある。

 あっという間に防衛線は瓦解し、敵に蹂躙され始めた。

 オレたちは必死に逃げたが、町から逃げ出す前に敵兵に追いつかれてしまった。

 幼心に恐ろしい目に遭うだろうと覚悟していた。

 しかし幼馴染みたちは、一番年下だったオレを守ろうとしたのだ。

 結果として、全員が死んだ。

 敵の魔法使いに焼かれ、傭兵により首を折られ、竜騎士によって食われた。 

 オレが……オレだけが近くの宿屋の親父に抱えられ、逃げることができた。

 リリアナは戦争が始まる前に、父親の都合とやらで違う国に引っ越していった。ゆえにあの惨状を目の当たりにはしていない。

 そして町が占領された二年後。

 帰還した皇帝の元、首都を守り切ったメノア帝国の、一大反攻作戦が始まった。

 このために、長い歴史を持つ皇室は、蓄えた財産のほとんどを吐き出した。

 その作戦の要が、新兵器エンチャンテッド・アーマーの実戦投入だったからだ。開発費と製造費は、並の国なら破綻するほどの金額だった。

 結局、十年を経た今では、攻めてきた大陸北西三国のうち二カ国が滅亡している。

 それでもオレは許さない。

 残る一つは、真竜諸島共和国。

 大事なものを沢山失った。

 あの思いが、オレを軍人として戦わせている。




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