5、ユミル神殿遺跡へ
「中将閣下、占領行政府、冒険者ギルド、商工ギルド、全て封鎖完了しました。また、スラム街は完全に崩壊。そこにあった盗賊一派および暗殺ギルドを名乗る一団は、全て処理いたしました」
オレと基地司令のブラジェイ中将に、一人の大尉が報告をし始める。
「抵抗は?」
「多くの抵抗を受けましたが、武力により鎮圧いたしました。市民を含む多数の死者が出ましたが、我が軍に負傷者はありません」
「わかった」
「では失礼いたします!」
報告係の大尉が敬礼をし、駆け足で遠ざかっていく。
ボラーシェク駐屯基地内の司令室には、応接用のソファーに座るオレとブラジェイ中将だけが残った。
「さてヴィルの坊や、これからどうするんだね」
「坊やはやめて下さい、中将閣下」
「私にとっては、アダミーク閣下の可愛い息子だからな」
白髪混じりの顎髭を撫でながら、壮年の中将が目を細めて笑う。
彼の娘の一人もまた、ヴレヴォの町で命を落としたのだ。だから余計にオレを目に掛けるのかもしれない。
「ありがたいことですが……今はヴィート・シュタクですので」
「そういえば、そのアダミーク右軍大将が、この地に来るそうだぞ」
「は? 聞いてませんが?」
驚きの情報に、思わずマスクの中で眉をしかめる。
「占領地の視察だそうだ。アダミークさんが来る前にこの地を掃除しておいて、結果的には良かったかもしれん」
ブラジェイ中将が苦笑していた。
アネシュカ・アダミーク閣下は、私生活こそちょっとアレなお人だが、軍務では苛烈という言葉に尽きる。
オレが殴られたなんて話が耳に入れば、こんなものでは済まなかった。ボラーシェクの民だけでなく、オレたちまで粛正されてたかもしれん。
ああ、怖い怖い……。
「さて、そろそろ報告が入ってもおかしくはないんですがね」
恐ろしいことを忘れるために、話題を変えることにした。
「キミが言っていた動体探索の魔法かね? そんなに使い勝手が良いのか?」
「ええ、これは良いですよ。見えない場所にいても、相手が動いていたら、すぐに看破できます。伏兵を見破るには持ってこいですよ」
「諜報部たちには持ってこいか。さて、それで称号持ちを探知できるか」
その目に鋭い眼光を感じさせる。今でこそ将官だが、昔はアダミーク将軍の元で前線にいたそうだ。
「奴らはこの近くの遺跡で何かを探っていたそうです。さっさと真竜国に逃げずにいたってことは、かなり大事なことなんじゃないですかね」
「だから遺跡方面に向かう可能性が高いと」
「そうだと思います。諜報部たちにもその辺りを重点的にお願いしています」
「ふむ……あそこは、すでに踏破された遺跡だ。最下層には原初のドワーフ『ユル氏族』が作ったという神殿があるだけらしい」
「ユル氏族っていうと、帝国の長さの単位にもなったっていう」
そんな話を聞いたことがある。
原初の巨人ユミルが死んで、千人のドワーフが生まれた。彼らはユル氏族と呼ばれ、不思議な技術や特性を持っていたそうだ。
「そうだな。身長一ユル程度しかないらしい。とうに滅んだはず」
彼らユル氏族は自分の身の丈と同じ棒を持っており、それで長さを測っていたそうだ。
我ら帝国でさえも、物作りが得意なドワーフたちの影響は大きい。ゆえに正式な長さの単位として帝国はユル法を作った。ドワーフたちの定住を促すためだ。
つまり千ユルで一ユミル。一ユルの百分の一をルーと呼ぶのは、ドワーフ由来ということになる。
「今のドワーフは1・5ユルほどありますからね。ああ、伝説では原初のドワーフは、卓越した技術の他に、物を簡単に直す特殊な技能を持っていたとか聞きました」
「実にうさんくさい話だが、ヴィル坊やはどう思う?」
「うーん……そうですね。一つ気に掛かることがあります」
「何だね?」
「勇者リリアナのEA『レクター』は、聖龍レナーテの幻影召喚の触媒となった。ゆえにその龍鱗装甲は劣化しているはずです」
「ほう? では原初のドワーフを探して直させようと」
「一人、技師が奴らに同行してたはずなんですが、まだ合流できていないのかもしれません。何せ勇者と賢者はレナーテにより転移させられましたから」
「それで坊やのカンじゃ、そろそろ報告が来ると。当たると良いが」
ブラジェイ中将が肩を竦めると同時に、ドアがノックされた。
オレがニヤリと笑いかけると、閣下が呆れたように苦笑を浮かべ、
「入れ」
と入室の許可を出す。
「失礼します。閣下、報告いたします!」
入って来た女性士官がすぐに敬礼をする。
「何だ?」
「先ほど、諜報部の使う動体探索の魔法に、賢者と勇者に魔弓の射手の三名がかかったと報告が挙がりました」
「ほう。それで、どこにいた?」
「このブラハシュア、ではなくボラーシェク郊外から少し離れた森の中です」
「それはつまり」
「はい、ユル氏族の地下神殿かと」
その言葉に、ブラジェイ中将が楽しそうに笑いながら、オレへと視線を移した。
「わかった。さて、シュタク少佐」
「はい。特務小隊で任務に当たります。中将閣下には、ボラーシェクの方をお願いします」
「ああ。奴らの帰る場所がないよう、しっかりと戸締まりをしておく」
「ありがとうございます。では、参ります」
「気をつけてな、少佐」
「はっ!」
立ち上がって中将に敬礼をし、オレは伝令の士官の横を抜けて部屋から出る。。
さあ、簡単に罠にかかってくれた。実にありがたい。
敵は三名の称号持ち。リリアナをどうやって除外しつつ、あの二人を殺すか。
腕の見せ所ではある。
「少佐」
格納庫に向かう最中に、エディッタ・オラーフが後ろから追いついてきた。
「お前の言う通りになったな」
「こうなるとわかってたわ。ドワーフ曰く、ユル氏族の生き残りはここのところ、姿を見せてないそうよ。レクターを直すなら遺跡の奥で住処への入り口を探すしかないわ」
今の彼女は髪を結い上げ、軍服に白衣を着ている。研究員として仮採用中なので、制服を貸与したのだ。
「お前は行ったことがあるのか?」
「魔法学院の授業で何度か。でも、ユル氏族の住処への入り口なんて、どこにも見当たらなかった」
「聖女の名前をかざせば、ドワーフたちが平伏して教えてくれたりしないのか?」
「彼らも知らないみたいよ。食料を分けたりと面倒は見てたようだけど、住処までは教えなかったそうよ」
「しかし、逃げずに遺跡へと向かうか」
「ヤン・ヴァルツァーならそうする。アンタに恋人四人も殺されて、おめおめと逃げるようなタイプじゃないわ。勇者に良いところを見せなきゃならないしね」
「なるほどな。よくご存じだこと」
二人して歩きながら内密の話を交わしながら歩いていると、すぐに格納庫へと辿り着いた。
そこには慌ただしく動く整備班たちがいる。
今回はEAの搬入に飛行船を使わない。賢者や魔弓の射手に落とされる可能性もあるので、竜車を使う。距離もそんなに遠くはない。
「シュタク隊長!」
燃えるような赤髪のミレナがこちらに駆け寄ってきた。
「まだ待機すんのかよ、隊長」
「もう一回戦ったし、楽で良いじゃんコンラート」
後ろには面倒そうに歩く青髪のコンラートと、金髪のテオドアもいる。
「さあ、楽しいお仕事の時間だぞお前ら。今度はオレたちだけで、三人の称号持ちを相手にする」
オレの言葉に、三人の表情が変わった。
ミレナは真剣な顔で頷き、コンラートは好戦的な笑みへ変わって、テオドアは嫌そうに舌を出す。
個性的なメンバーで嬉しいよホント。
「ではシュタク特務小隊、遺跡探査に行こうか」
「んで、アイツらはここから中に入ったと」
オレたちシュタク特務小隊は、ボラーシェク郊外にある深い森にいた。
高い針葉樹が立ち並ぶ中に、開けた広場のような空間がある。そこの奥に崩れた石が積み重なっており、EAがギリギリ入れるぐらいの暗い空洞が見て取れた。
「申し訳ありません。相手が称号持ちだとわかり、手は出せませんでした」
諜報部たちがこちらに頭を下げた。
「いや、良い判断だ。諸君らに無駄な負傷をされても困る」
「ありがとうございます」
その返事を受けてから、再び遺跡の入り口を見た。
「で、ここはどんなところなんだ? エディッタ・オラーフ女史?」
遺跡遺跡とは言うものの、オレはそんなものに入ったことがない。暗い、宝物がある、魔物がいる、ぐらいの知識しかないのだ。
「その前にここまで連れてきた理由を知りたいのだけど? ヴィート・シュタク少佐?」
隣にいた自称聖女様が、不満げな顔でこちらを睨んでいた。
「遺跡について色々と知ってるのがお前だけだったんでな。情報提供感謝する」
「……まあいいわ。知らない子のために説明するけど、ここは地下ユミル神殿に繋がる遺跡よ。原初のドワーフ『ユル氏族』が作ったとされるもの」
「魔物はいないと聞いてるが」
「何度も踏破済みで、冒険者に成り立ての若者が、中で実習するような安全さよ。魔物なんてほとんどいない」
「なら結構だ。暗い中で魔物退治なんてバカらしいからな」
「それでシュタク少佐? 私は何で連れて来られたわけ? 道案内ならさっきの諜報部さんで充分じゃない」
こちらを睨むような視線を向けてくるが、オレは笑みを返すしかない。
「お前が卒業したブラハシュア魔法学院とやらでは、この遺跡を探索する訓練があったそうだな?」
「……嫌な予感してきた」
「気のせいじゃないか? 何でもこの遺跡は、大した魔物が出ないそうだな」
「そうね、ええ、そうよ。この遺跡は魔素が薄い。しかもすでに何度も最奥まで踏破済だから、今は魔物はいないわ。だから大丈夫。安心して賢者たちを追っていって頂戴?」
少し焦っているのか、先ほどと同じ内容を早口で捲し立ててくる。
「テオドア」
「はぁい? なんすかー?」
オレが問い掛けると、金髪のチャラ男がノンビリとした返答をした。
「お前、美人の女性は好きか?」
「もちろんっす」
「美人の女性と遺跡を探索するのは?」
「大好きっす」
断言した。
「だとさ。良かったな、オラーフ」
「ちっとも良くないわよ! なに? 私を連れていくわけ?」
「細い道の続く遺跡に大軍連れて行っても、各個撃破されるだけだ。少数精鋭で行くしかない。しかし、オレたちも遺跡などは不案内でな」
「ちょ、ちょっと本気?」
「いいかオラーフ。これは最終試験だ」
「何よ? 研究員に関係ないじゃない!」
憤ってオレに詰め寄って来るが、研究員としての技量を試したいわけじゃない。
「お前が信用できるかどうかの試験だよ。お前がEA開発局に行きたいというなら、これはこなして貰わなければな、エディッタ・オラーフさん?」
「うう……EAに乗れるのは嬉しいけど、こんなのが初めてなんて酷い……」
後ろから二番目のボウレから、さめざめと泣くような声が聞こえてくる。非常に鬱陶しい。
「泣き言言うな。内部の地図を手に入れる暇もなかったんだ」
現在は暗い遺跡の中を、特務小隊の面々プラス研究員候補の四人で進んでいるところだ。
内部はしっかりしていて、頑丈な石の壁に覆われている。EAが歩いても余裕があるのが不思議だが、ありがたいことなのは間違いない。
灯りは二番目のミレナが、先頭に立つオレの背中から前方を魔法で照らしているので、問題はない。
「私が信用できるかどうかの試験とか、絶対に嘘でしょ……」
「よくわかったな。さすがのご慧眼。研究員に向いているぞ」
「就職先を誤った気がしてならないわ……」
「いいぞ帝国は。週休二日、給与もばっちり遅配も無し。ただし職場によって例外がある」
「絶対に例外の方じゃないの!」
「大声を出すな、バカが。響くだろうが。あと動体探索の魔法を使え」
「わかったわよ……っと、前方四十ユルに反応」
小さく声を潜めるエディッタの様子に、オレたちは前方へと注意を払う。
反応があるということは、何らかの動く物体がいるということだ。
オレ自身も神経を尖らせて、動く物体とやらの攻撃に備える。
「チッ、全員、魔力障壁! テオドア、随行員を守れ!」
オレは一歩前に出つつ、左手を掬い上げるようにして魔力障壁を発生させる。
そこに五発の光が着弾して弾けた。
「なんでバレた!?」
「ヤン・ヴァルツァーか!」
剣を構え、一気に加速し前方に直進する。
「クソがっ!」
ミレナの放つ光源魔法に照らされ、弓を構えた赤毛の男が見える。ヤツは天井と左右の壁に魔法の矢を撃ち込む。
「自殺行為か!」
天井と壁が崩れ始める。このままでは生き埋めだ。ミレナたちを置いていくわけにもいかん。
急制動をかけ、再び後ろに低く何度も飛んで戻る。
「あばよ、帝国のクソ虫どもが! あとで絶対殺してやる!」
悪態が土砂の向こうから聞こえてくる。ヤツは来た方向に逃げていったようだ。子供か。
「完全に埋まったな」
「掘りますか?」
すぐ後ろから、光源の魔法を使い続けているミレナが尋ねてきた。
「さすがにそれは面倒だ。オレたちが掘ってる間にも、向こうはさらに埋めていくだろうしな。エディッタ」
「な、何?」
「そう構えるな。最奥に行く道はここだけか?」
「ここが最短だけど、戻って迂回もできるわ」
「ならばそっちを進もう。奴らが何を探してるかは正確にはわからんが、安全性を取る」
オレの指示に、三人がそれぞれの返答をしてから、来た道を戻り始めた。
エディッタが速度を落とし、オレの横に着いた。
「……ねえ、私を連れて来たのは、本当にこのため?」
拡声の魔法を使わずに小さな声で質問してくる。
「それは間違いない」
「貴方、私を信用し過ぎじゃない?」
怪訝な声色の問いに、思わず鼻が鳴った。
「バカが」
「何でバカになるのよ」
「お前ごとき、オレ一人で一瞬で殺せる。裏切ろうと大した手間じゃない」
「……その自信に足をすくわれないようにね」
「お前こそ、剣だというわりには信用してないんだな」
「信用を無くしかけてるわよ。まさか私を称号持ちのいる場所に連れて行こうだなんて」
「EAの中じゃ喋らなきゃわからんさ。次の戦闘は、後ろで隠れてりゃいい」
「そうさせてもらうわよ。で、やれる自信はあるんでしょうね?」
「余計なトラブルがなければ、すぐ終わるさ」
責めるような口調のエディッタを、オレは鼻で笑い飛ばした。
露骨にトラブルのフラグを立てていく主人公
なおToLOVEるは起きない模様




