3、帝国のやり方
「さて諸君、昨日の夜の話だが、非番で自由行動中の軍人が冒険者から暴行を受けたそうだ」
作戦室と名付けられた部屋には、このボラーシェクの基地にいる士官たちが集まっている。
部屋の中に配置された多数の木の椅子に、二十人ほどの尉官たちが座っている。
それらの前に立つのは、少佐であるオレと、ローベルト・ブラジェイ中将だけだ。彼はここボラーシェク基地の司令官である
今、この基地に佐官はほとんどいない。いても後方支援だ。ゆえに、この作戦会議にはオレだけである。
「問題はこの犯人だが、諜報部が得た情報によると、かつてあのヴレヴォ侵略に関わった冒険者らしい」
オレの言葉に、部屋の中がざわめく。
ヴレヴォ侵略と言えば、帝国の敗戦の中でもっとも悲惨な結果をもたらした事件だ。
皇帝不在の中で行われた停戦交渉中に、帝都近くまで進軍してきた北西三カ国連合軍。それにより平和な町は、阿鼻叫喚の絵図と化した。
この屈辱は、ヴレヴォを取り戻し再興されたとしても消えることはない。
何よりも、屈辱を晴らしたとしても、殺された人間は戻りはしないのだ。
「これから行うのは、第二次ブラハシュア制圧戦だと思ってくれていい」
「あの、すでにブラハシュアは我が帝国軍の占領下なのですが……」
一人の女性尉官がおずおずと申し出る。
「もちろん、ブラハシュア王国はすでに亡国と化しているし、王族貴族などはいない。だが、ヴレヴォの侵略者の残党たちが、憎き称号持ちと手を組み、この平和なボラーシェクに潜んでいるというのだ」
そこまで喋ってから、オレは近くで椅子に座る中将に視線を送る。
がっしりとした壮年の彼は、重々しく頷いてから立ち上がった。
「今、シュタク特務少佐が言った通りだ。これから我々は再度、ブラハシュアを侵略する。そういう気持ちで当たれとか、根性論を言っているのではない」
彼は言葉を止め、士官たちを見回した。
何の反論もないことを確認すると、再び口を開く。
「確かにブラハシュアは帝国の占領下だ。だが現に帝国にケンカを売る勢力がおり、さらに真竜国の称号持ちはこの近くで姿が確認された。どういうことかわかるか? ベドナーシュ中尉」
名指しで指名されたのは、筋骨隆々な体格の良い女性士官だ。
彼女は呆れたように肩を竦めて、
「我らが舐められているということですかね、中将」
と笑う。
「そうだ。この地に住む奴らに、帝国に反抗しても大丈夫だと思われているのだ」
「我々は寛大ですからね」
今度は眼鏡を掛けた尉官が、糸目をさらに細めた。
この二人は知った顔だ。右軍設立時より前から、母さんの元で働いていた。特に女性の方は子供の頃から知っている。宿屋の親父の娘だ。
「ゆえにもう一度、侵略しろと言っているのだ。今度は住民たちの心まで侵略し叩き折って、帝国の忠実な臣民へと作り替えろ。いいな?」
貫禄ある司令官の言葉に、多くの士官が息を飲んだ。
二回目の制圧作戦と呼ばれた意味を理解したようだ。
「では諸君らの健闘を祈る。ではシュタク少佐、詳細の説明を頼む」
「ハッ、かしこまりました中将閣下。では諸君、これから作戦を説明する」
集まってる尉官全員の顔を見た。
軍服こそ同じだが、色んな奴らがいる。
誰もがただの人間であり、称号持ちのような特殊な能力を持たない軍人だ。
それがいい。それだからこそ、オレたち帝国軍の真価が問われる。
「まず、現場である冒険者ギルドを制圧する」
再びどよめきが起きた。
一人の尉官が恐る恐る手を上げる。オレより一回り年上の男だが、階級章から言って大尉だ。
「少佐、それでは周囲の魔物の間引きなどに影響を与えるのではないでしょうか? 引いては治安の乱れに繋がるかと」
「そうだな。この北西の地にも、多くの魔物がいる。左軍だけでは手は負えん。だがな、敢えて言うぞ」
「は、はい」
「知ったことか」
「え?」
「ボラーシェクの安全など知ったことかと言っているのだ。こちらの立場で言えば、軍人が冒険者に手傷を負わされているのだ。すでに治安が乱れている、と言えるのではないだろうかね、大尉」
「そ、それはそう強弁することも可能でありますが」
「強弁ではない、事実だ。その犯人が、我ら帝国に反抗する真竜国の人間と同行しているのだ。領地の治安にこれ以上悪い要因が存在するだろうか?」
「あ、ありません」
「結構。では次だ。こちらの官僚府の全業務を止める。通達はこの後に行う」
「め、滅茶苦茶だ。全ての行政を止めるなんて……」
「大尉殿? いいか、もう一度言うぞ」
「は、はい」
「知ったことか。最低限、左軍には要請はしているがな。そして狙いの一つに、ここから少し離れた場所の遺跡がある。そこにも人員を配置する。賢者たちは何やらそこの遺跡で見かけられたそうだからな」
それ以上の異論はないようだ。
「では更なる詳細を説明する。ブラハシュア再制圧作戦だ。聞き漏らすなよ。そして今回は一つの新魔法を準備した。後で各部隊に配布する。いいな?」
念を押すように、全員に声をかける。
こうして、メノア帝国による新たな軍事行動が始まったのだった。
■■■
「な、何だ? 帝国軍が何の用だ!?」
冒険者ギルドと呼ばれる建物の中がざわつく。
ここにいるのは冒険者と呼ばれる、己の力を頼りに生きる人間たちのたまり場だ。
乱入してきた方は、揃いの軍服を着た一団である。その背後には、二ユルを超える鈍色の鎧が数体動いていた。
その威圧感のせいか、二階まで吹き抜けの天井になったロビーに、不穏な雰囲気が流れ始めている。
「こ、これは帝国軍の方が、な、何用でしょうか?」
吹き抜けのギルド内の奥には、カウンターがあり、そこには緑色を基調とした制服の受付嬢がいる。
彼女が軍人たちを刺激せぬよう、精一杯の笑みで迎え入れた。
先頭にいた軍人の一人が、腕を後ろで組んだまま笑みを浮かべる。眼鏡の奥の細い目の中では、その眼光が怪しく光っていた。
「失礼、我々はメノア帝国右軍ボラーシェク基地駐屯部隊です。受付のお嬢さん、ギルド長をお呼びしてもらえませんか?」
そう慇懃無礼に問い掛ける。
「お、お待ち下さい、お呼びします」
「お早めにね」
眼鏡をかけたその軍人が、楽しそうに見回す。
彼の視界には、乱入者たちに多様な視線を向けている冒険者たちがいた。
訝しげな顔の女冒険者。怖れるように身を寄せ合う年若いパーティ。挑発的に仰け反って見下そうとする中年の男。
そんな中から、草色の服を着たエルフの女が、隠れるようにして入り口の方へ向かっていた。
「そこのエルフ、止まりなさい」
「な、何よ?」
「はい拘束」
軍人たちが駆け寄って、その両腕を掴もうとする。
「え、何なのよ、離しなさいよ!」
捕まえられたエルフの女が振りほどこうとした。その手が軍人の顔に当たる。
カッとなった軍人が平手打ちを食らわせた。
女エルフが床に倒れ込む。
「おい、てめえ!」
先ほどまで挑発的に笑っていた中年の男が、怒りの声とともに立ち上がった。
「何ですかな、冒険者さん」
眼鏡の男はニコニコと笑いながら、厳つい中年の冒険者を見上げる。そこに怯えは一つもない。
「オレ様は一級冒険者のジールギンだ。女に手を上げるなんて許せねえな」
名乗った男が壁に立てかけていた両手持ちの斧を取り出し、構える。
「何が帝国だ。ぶっ潰してやる! この怪力無双のジールギンがな!」
筋肉を張らせ、エルフの女を助けようと威勢良く走り出そうとした。
その前に、大きな鈍色の鎧が立ち塞がる。
「え?」
突然現れたようにしか思えない割り込みに、男が呆然とした声を上げた。
鎧が振り上げた剣が、無造作に降ろされる。
ジールギンと名乗った人間が、咄嗟に斧で受け止めた。
しかし次の瞬間、背後に回った別の鎧により、右肩から左の腰まで断ち切られた。
上半身が落ちた後に、残った下半身が前のめりに倒れる。
一瞬の静寂の後、エルフの女が悲鳴を上げ、釣られるように冒険者たちが怖れの声を上げ始めた。
「あ、あれがEAかよ!」
「ジールギンのヤツが!」
どよめきの中、建物の奥から、老人が入って来た。
「こ、これは」
杖をついた男が足を震わせる。隣にいた受付嬢が腰を抜かした。
眼鏡の軍人が、姿勢を正して老人の方を向く。
「あなたがこちらのギルドの長ですか?」
「お、お、わしが、そうじゃが……」
「今よりこの冒険者ギルドは、メノア帝国の制圧下に入ります。余計な動きはしないでくださいね」
「何を……」
「この都市には、あのヴィート・シュタク少佐も来ておりますので」
軍人が出した名前に、冒険者ギルド内部が一層のどよめきに包まれる。
それは旧ブラハシュア王都では、恐怖と怨嗟を呼ぶ名前だ。
「では全員、武器を捨てて、両手を上げてください」
帝国の先兵である眼鏡の男が、細い糸のような目を弓なりにして微笑んだ。
「へえ、ここがスラム街」
EAたちが、崩れかけた建物の並ぶ通りを進む。
やせ細った老人と腹の出た子供が、呆然とそれを見送った。
「ベドナーシュ中尉、この奥にスラム街の主を名乗る盗賊がいるそうです」
「へえ。どの建物?」
男の部下に酒焼けした女の声が楽しそうに尋ね返した。
「あちらかと」
部下のEAが指さした方向に、上官が左手を伸ばした。ボウレと呼ばれる一般的なEAの左手の先には、魔力砲撃を増幅させる機能が備えてある。
「中尉?」
「いいじゃないか。中将閣下のご命令さ。ぶっ放そうぜ」
そう言いながら、中尉と呼ばれた掠れ声の女が、EAの左腕から光る魔力の弾を撃ち出した。
道の奥にあった二階立ての建物に直撃し、崩れ落ちる。周囲にいた路上生活者たちが慌てて逃げ出していった。
「さあ、アンタたちも撃ちな」
愉快げに笑いながら、女中尉が命令を続ける。
「し、しかし!」
「中将と少佐のご許可があるんだ。撃って撃って撃ちまくりな。言われただろ。これは再制圧作戦だ。力のありそうなヤツは全部殺せ、全部やっちまいな」
その声に押され、周囲にいた大きな鎧たちが左腕の装甲を前に伸ばし、魔力砲撃を行い始める。
周囲から上がる悲鳴と、建物が崩れていく轟音、そして楽しそうに笑う女軍人。
そんな不協和音が、旧ブラハシュア王都の闇と呼ばれたスラム街に響き渡っていくのだった。
亡国ブラハシュアは、武の国を自負し、戦闘力を重んじる国であった。
それゆえに戦いが強い者、もしくはそれを飼う貴族たちにとっては、法などあってないようなものだった。
周辺のエルフやドワーフなどを捕まえ奴隷とし、好き放題していたし、王国の民であっても貴族の意に沿わなければ、簡単に殺されていた。
賢者セラフィーナ・ラウティオラは、そんな王国を正そうと奮起した人間であった。
ゆえに彼女のことを慕う人間はいまだ多く、帝国から匿う存在までいた。
彼女が滞在しているのは、そういうグループが経営する宿屋である。
「……何が、起きてるの?」
青い髪に濃紺のローブを羽織った賢者は、杖を取り、その建物の屋上へと出た。
眼下に広がる旧王都のあちこちに、火の手が上がり、住民が逃げ惑っている。
「賢者様!」
男のエルフが彼女に駆け寄り、跪く。
「何が起きたの、ガーマン」
「て、帝国軍が、町の至るところを制圧し始めました」
「制圧? この都市はすでに帝国の勢力下よ。奴らは何を考えてるの!?」
「それが、昨日、冒険者ギルドで帝国の軍人に暴行を働いた冒険者がいるそうで……」
「はぁ?」
「治安の悪化を懸念し、帝国の直下に置くか刑につかせると……」
「どういうことなの……。そんなことで? ううん、どういうこと……」
「それと賢者様、ヴィート・シュタクの姿が見られたそうです!」
「何ですって!?」
驚きの声を上げる。
彼女と勇者リリアナは、聖龍レナーテの幻影によってボラーシェクの近くに転移させられた。
そこでセラフィーナは昔の伝手を頼り、この王都に潜みながら、近くの遺跡をある目的で探索していたのだ。
「……また……ヴィート・シュタク!」
賢者は潰さんばかりの勢いで杖を握る。
そこには怒りと焦りの表情が見て取れた。
「セラさん! あちこちで帝国が!」
姿を現したのは、肩にかかる金髪を振り乱し走ってくる勇者リリアナだった。
「リリアナ。おそらく私たちは関係ないわ。ここは簡単に見つからないから、隙を探りましょう」
「で、でも」
「我慢よ、リリアナ」
「何でこんな……急に」
「知らないわよ。どっかの冒険者がギルドで帝国の軍人に暴行を加えたそうよ」
呆れるように肩を竦めるセラフィーナに対し、勇者リリアナの顔が青ざめる。
「ヴィ、ヴィルのことだ……」
「リリアナ?」
「き、昨日、ヤンさんがヴィルを殴ったから……」
「何かしらその話は……」
セラフィーナが訝しげに、震えるリリアナを見つめる。
「おっと、そういうことかい」
割って入った男の声に、セラとリリアナが振り向く。
屋上に出る扉には、四人の女エルフを従えた赤髪の人間が立っていた。
「ヤン・ヴァルツァー!」
「すまねえな、セラ。オレがリリのことを思って、幼馴染み君を殴った件が響いちまったようだ」
苦笑いを浮かべる男を、セラが睨み付ける。
「そんな重要な話を何で黙っていたの?」
「いや、リリのプライベートかと思ってな。なあ、リリ」
青ざめて震える勇者の肩に、ヤンが手を置く。
「ど、どうしよう……」
「ヴィルってのも情けねえ男だな。上司にでも言いつけたか。安心しなリリ」
「え? ヤンさん?」
「このオレ様が、いっちょ奴らをやっつけてやるぜ」
背中に担いだ弓を左手に持ち直す。
セラとリリアナが止める間もなく、ヤン・ヴァルツァーが屋上から飛び降りる。
同じように弓を担いだ女エルフたちが、彼を追いかけていった。
「わ、私も」
「リリアナ」
「な、何? セラさん?」
「詳しく聞かせなさい、その件。ひょっとしたらヴィート・シュタクは私たちがいるとわかって、その幼馴染みの件を名目にしてるだけかもしれない」
「え、ヴィート・シュタクが……」
「そうだとしたら、これは間違いなく」
セラフィーナ・ラウティオラがヤン・ヴァルツァーが向かった先を見つめる。
そこでは大きな音がいくつも聞こえ、三階立ての建物が崩れ落ち始めていた。
「罠、ね。あの仮面の男の」
そして聖女は王城であった場所の城壁に立ち、楽しそうに笑う。
彼女はハーフエルフの証拠である少しだけ尖った耳を露わにしていた。
茶色い髪を撫でつけながら、惨劇の続く王都を見て笑う。
「いいわね、ヴィート・シュタク。この聖女の剣として相応しい」
聖女の称号を持つ彼女は、魔法により視界を拡大した。研究者として開発した、身体強化に頼らない遠見の魔法だ。
「ああ、馬鹿な男が釣られて出た」
三十歳ぐらいの男が、弓を担いで裏通りを走っている。
その背後に続くエルフの女たちは、どれも見目麗しい。上等な革鎧を着て、特殊な弓を持ち魔法も使える一流の冒険者たちだ。
「弓を信望するがゆえに、エルフたちはあの『魔弓の射手』に引きずられる。バカすぎて笑えるわ」
心底から嘲笑う聖女エディッタ・オラーフ。
「ヴィート・シュタク……彼が魔王になると聖騎士は予知したけど、どうなるかしら」
彼女が立つのは、骸積み重なる王城跡地。
ヴィート・シュタクが単機で乗り込んだ虐殺劇の跡地だ。
そして現在の帝国を象徴する逸話の舞台の一つとして、有名な場所である。
王城にいた王侯貴族を一機のEAで虐殺し、彼は死体を片付けさせなかった。
この単機特攻を皇帝は是とし、褒美を与えようとした。
ヴィート・シュタクは死体を残すことを、己に与えられる褒美とし、亡国の王侯貴族たちは埋葬されることなく風化していく。
四年以上が経ち、その亡骸は消えかけている。
だから死体を望む。
死体の上に更なる死体をだ。
復讐の上に復讐を、制圧されたものをさらに踏みにじり、さらに絶望を。
今、亡国ブラハシュアに、新しい血の雨が降る。
正義の勇者一行と悪の帝国




