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2、風変わりな聖女






「聖女だと? 本気か? お前の剣(つるぎ)とは何のことだ?」

「もちろん答えるわ」


 緩やかに波打つ茶髪を耳に掻き上げ、彼女は微笑む。


「本当に称号持ちか?」


 オレたちには、それを確認する術などない。できるのは本人とレナーテだけということになっている。


「間違いなく称号を持ってるわ。勇者、賢者に並ぶ世に名高い三大称号の一つ『聖女』よ」

「聖女が娼婦?」

「あら、バカにしてくれるわね。別に称号に処女性は求められないわよ?」

「想像と違い過ぎて驚いただけだ。娼婦に世話になってる兵士も多い。バカにすれば部下からの信用を失う。それで、聖女の武器とは?」

「私の特性よ。聖女は防御、治癒などに強い効果のある『特性』を持つわ。その代わりに負の効果もある。それが攻撃魔法の絶対不使用」

「ほう?」

「身体強化すらできない。誰かを傷つけるなら、このか弱い手にナイフを持つしかないわけ。わかる?」

「その話の何を信じろと?」

「まあ、難しいわよねえ……」


 困ったように聖女が苦笑を浮かべた。


「オレに近づいた理由は?」

「もちろん、アンタを私の武器にするため」

「その意味は?」

「称号持ち『魔弓の射手』ヤン・ヴァルツァーを殺すため」


 オレの目を射貫くような目線を向ける。


「ハッ、オレを殴ったあいつは、やっぱり称号持ちだったのか。道理で勇者と一緒にいるわけだ」


 勇者であるリリアナや賢者なんかと同行する男だ。

 諜報部の話じゃ本人は肯定も否定もしていないという話だった。

 老冒険者メンシークは確か、共和国になる前の政治体制で、最後の王を務めた男だ。その後は冒険者となり一時は特級まで上がったそうだ。ゆえに同行する理由もわからんでもない。

 だが、このボラーシェクで初めて見たあの赤毛の男が、リリアナと一緒にいるのが謎だった。

 それが称号持ちであるというなら、なるほど納得だ。


「尊大で傲慢、元は貴族の次男か何かよ。ヴレヴォ侵略にいて、撤退戦で戦場から逃げ出し行方不明になってたはず」

「なぜ知られてなかった? 仮にも称号持ちだろう?」

「賢者セラフィーナ・ラウティオラの勇名に隠れてしまった、それが面白くなくて称号を隠すようになった」

「なるほどな。それが尊大ってところか」


 賢者の名が地に墜ちたところで、名を上げようと表に出てきたわけか。


「お前がヤツを殺す動機は?」

「私怨。私怨としか言いようがない」

「称号持ち同士で殺す殺さないか。バカらしい話だな」

「あら、称号持ちは大きな力を持っているだけの人間よ。恨みもする。愛しもする。そして殺したくもなる」

「ああそうだ、そうだな。そうであろうとも」


 リリアナ・アーデルハイトはそうであるべきなんだ。勇者というものに振り回される必要なんてない。


「噂じゃ、アイツがいるせいで三カ国連合軍が暴走し、ヴレヴォを占領することになったそ……少佐」


 自分の言葉を止め、エディッタがこちらに怪訝な眼差しを向ける。


「何だ?」

「怖い顔をやめてくれる?」

「マスクでわからんだろうが」


 オレの顔で表に出ているのは、鼻先と口元だけだ。表情などあまりわからないはずだ。


「口元だけでわかるわ、そんなの……でも、アンタの幼馴染み、勇者だってヤバイかもよ。女に対して手を出すのも早いって噂」


 自称聖女がからかうように笑う。

 確かに、そっちはそっちで困ったな。

 リリアナにはどこか戦争とは関わりのない場所で、幸せに生きて欲しい。

 そのために、称号持ちと関係を持つというのはよろしくない。

 そもそも、アイツはどうにも男慣れしてないようだった。ドリガンの町で冒険したときにそう感じた。

 ころっと騙されないか心配だ。


「でも驚きね。勇者とヴィート・シュタクが幼馴染み同士なんて」

「運命の悪辣さを感じるだろ。誰かに言うなよ。死人が増える」


 吐き捨てるように言うと、エディッタも同じように、


「……ええ、そうね。その通りだわ。運命なんてクソッタレだわ」


 という言葉を吐き捨てた。


「で、お前が言っていた帝国で雇って欲しいという話は、本気か?」

「もちろん。聖女、娼婦、そんな運命ではなく唯一、私が自分の手で勝ち取ったもの。研究者としてのエディッタ・オラーフの力を買ってくれない?」

「自信があるのか?」

「ええ、こればかりは。この研究費のために娼婦を続けているようなものだもの」


 どこにも雇われない市井の研究者が、稼ぐ宛てを探して冒険者になるという話は聞いたことがある。

 もし手段のない女が研究者として金を稼ぎたいなら、確かに娼婦はあり得るだろう。


「まあいい。では、とりあえず見せてもらおうか? そこまで言うならよっぽどなんだろうな?」

「なら広い場所に案内してくれるかしら? そこで見せるわ。失われたはずの魔法の欠片をね」








「あ、あれ? 少佐?」


 部屋からエディッタ・オラーフを伴って出たところで、戻ってきたミレナとはち合う。


「ミレナ、演習場にテオドアとコンラートを呼んできてくれ」

「え、ええっと、わ、わかりました」

「あと金」

「すみません! こちらです!」


 金貨十枚が入っているであろう革袋を受け取り、エディッタに渡す。

 ミレナはすぐに踵を返し、演習場の方に走っていった。忙しいヤツだ。


「軍って金持ちなのね」


 革袋の中身を確認しながら、エディッタが感心したようにため息を吐く。


「オレが金持ちなんだ。使い道がないからな」

「恋人とかいないの?」

「婚約者はいるがな。相手が金持ちなもんで、そう使い道がない」

「あら、良い脅し文句を見つけたわ」

「ああ?」

「娼婦の部屋で一晩過ごしたヴィル」

「おい……」

「嘘ではないでしょう?」


 忍び笑いを浮かべる姿は、酒場で騒ぐ女給と何ら変わらない。

 しかし恐ろしいことを思いつくヤツだ……。これが婚約者様に知られたら、何故かオレの母から折檻されてしまう。


「で、研究者としての手腕は見せてくれるんだろうな?」

「もちろん。ばっちりよ。ブラハシュアの魔法学校で、魔法開発については有名だったんだから」

「ブラハシュアの魔法学校? そんなものがあったのか」

「一応、武の国を名乗ってたからね。攻撃一辺倒の国。剣術槍術弓術、それに攻撃魔法。そういったものが尊ばれた」


 そんな話もあったか。

 まあ関係ない話だ。どうせオレとEAに皆殺しにされた程度の国だ。


「お前、攻撃魔法は使えないとか言ってなかったか?」

「そうね。逆に賢者は治癒魔法が全く使えない。そういう特性」


 二人して官舎の廊下を歩きながら、会話を続ける。

 こいつの話がどこまで本当かは知らないが、興味深い内容だ。

 称号持ちといえば、強大な魔力と異常な身体能力、そして各称号に対応した特技を持つと聞いていた。

 例えば剣聖なら、魔力と身体能力の上に、あらゆる剣術を大した苦労もなく使えるそうだ。

 ゆえに負の効果があるなんて、思いも寄らなかった。


「だから私は武器が欲しかった」

「攻撃魔法と身体強化が使えない、というのは大きく不利だな」

「だから目を付けたのよ、帝国に」

「おや、称号持ちってのは、聖龍レナーテに従うんじゃないのか?」

「ああ、あんなのクソッタレよ。アイツはそこまでじゃないけど、アイツの周りはクソッタレばっかり。だからこの町に帰って娼婦なんかしてたわけ。魔法の研究は昔から好きだったから、それを続けるため」


 その言い草に思わず笑いを含んでしまった。

 信じられない話ばかりだが、どうにもコイツとはウマが合いそうという予感がする。


「身の上話は後ほど詳しく聞こうか」


 オレたちは官舎の出口を抜け、目の前に広がる演習場へと出る。

 時刻は昼前。太陽は高いが、北風が冷たく雲は厚い。

 演習場には、特務小隊の三名、ミレナ、コンラート、それにテオドアが集まっていた。


「少佐、お待ちしておりました」

「ご苦労。では、新魔法の性能評価実験に入る」

「は、はい!」


 年若い三人の士官が、戸惑ったような表情を見せる。


「ではオラーフ女史、頼む」


 オレが声をかけると、聖女は甘さを売りにする娼婦の顔で微笑んだ。


「エディッタ・オラーフです。このブラハシュア王都……ではありませんね。今はボラーシェク。この町で魔法の研究員をしています。今日、皆さんに試していただきたい魔法は」


 彼女はそこで言葉を句切り、悪戯の成功を確信した子供のように微笑む。


「魔素の希薄化によって失われた、千年前の魔法の再現です」







 この世の空気には、魔素というものが含まれている。

 無色透明のそれは、動植物の体内に取り込まれることで魔力という不可視の概念となるそうだ。

 その体内を循環する魔力で物理法則を歪める方法を、魔法と呼ぶ。

 魔力は体内から出ると魔素へと変わる。このときに僅かな発光現象を伴う。

 前回の勇者との戦いでは、勇者が込めた魔力がEAにより吸い上げきれずに溢れ、魔素へと変換していったため、眩い光となったのだ。

 魔力を使い魔法を実行するには、それなりの手順がいる。

 代表的なものは詠唱だ。魔力を込めて決められた言葉を発することにより、魔法を実現できる。

 EAはこの詠唱を、装甲内部に込められた魔法刻印が代わりに行う。こちらは最新技術だ。

 そんな万能にも思える魔力と魔素だが、実は千年前を境に、空気中の濃度が薄くなっている。研究者の誰もがそう告げていた。

 そして魔素が薄くなることで、失われていった魔法や技術がいくつもある。

 今からエディッタ・オラーフがうちの隊員に教えるのは、その失われた魔法を再現した技術であるそうだ。


「わかった?」

「なるほどー。これはすごいかも」

「そっちの坊やは?」

「あー、オレはそういうの苦手。テオドア、ガンバレ。あと坊や言うな」


 コンラートは早々に投げ出した。胡座をかいて欠伸をする。まあ、基本が剣一辺倒だからな、コイツは。


「ぐ、うぐぐ、で、できそうで……できない」


 一方、ミレナの方は、一生懸命頑張っているようだが、上手くできてない。すぐできるかは向き不向きがある問題だからなぁ。ミレナは魔法全般がそこまで得意ではないようだし。


「力みすぎよ、お嬢ちゃん。まあそっちのテオドア君だっけ?」

「テオでいーっすよ、エディッタさん」

「じゃあテオ。向こう向いてて」

「あいさー」


 研究員候補オラーフの言葉に従い、金髪のチャラ男がオレたちに背を向ける。


「シュタク少佐」

「ん?」

「テオドアの左側右側、どちらでもいいから、ナイフを投げて。なるべく高くね」

「どっちに飛んだかわかるってことか」

「そうよ。じゃあテオ、魔法使って。わかったらそっちを指さして」


 エディッタの言葉に、背中を向けたままのテオドアが、何やら詠唱を始めた。

 オレは袖から隠しナイフを取り出し、テオドアの後頭部に向けて、投げつけた。


「おわっ!?」


 テオドアが咄嗟に体を倒し、ナイフをかわす。


「なかなか良い反応じゃないか、テオドア」

「しょ、少佐ぁ、そりゃあないですよー」

「持ち手の方だ。当たってもコブ程度だ」

「ほ、ホントっすかぁ?」

「で、オラーフ女史、これはどういう原理だ?」


 隣で呆れた様子の娼婦に尋ねる。


「これは、自分の体内からわずかな魔力を二連続で打ち出して、空気中の魔素を弾き飛ばし、その結果を自分の視界の中に表現する魔法ね。動く物体を簡単に感知できる」

「ふむ、失われた魔法『敵探知』の再現か」

「失われた魔法は、敵視という曖昧な心の動きすら感知した、最上位魔法だったらしいわ。これは動体探索とでも言えば良いのかしら。動く物体を簡単に察することができる」


 思ったより高等な魔法だった。

 視角化というのは、EAの兜にもついている視界強化の付与に似た原理だろうか。魔素の動きを視角に戻す、というのは驚きだ。


「もう何度かやって判断しよう。できれば隊以外の人間にも追加試験も行いたい」

「わかったわ。で、今のところの感想はどうかしら?」


 自信ありげな顔で腕を組み、オレを見るオラーフ。

 悔しいが、まあ。


「良い魔法だ。隠れてこそこそ動く敵を見つけることができるなんて、最高だな」


 こう判断するしかない。

 思ったよりも拾い物だ。

 聖女の剣なんて言われたことよりも、よっぽど真実味のある現実的な話でもある。


「それで、お前はこの魔法を売りたいのか? それとも」


 称号持ちであるエディッタ・オラーフ。

 それが真実なら、彼女は強力な治癒魔法や防御魔法が使える存在だ。露わにすれば、誰もが飛びつく力の持ち主に違いない。

 しかし、こいつは、運命などクソッタレだと言った。


「願わくば私、エディッタ・オラーフを、研究員としてEA開発局に雇って欲しい」


 先ほどまでと違い、こちらを覗いながら恐る恐る尋ねてくるようにも見えた。

 その様子に、口元で皮肉めいた笑みを浮かべてしまう。

 EA開発局は、軍の中枢の一つだ。簡単に外部から雇い入れることなどできない。

 だが、新しい技術をもたらす人間を欲しがっているのも事実だ。


「追加試験次第だが、内容が良ければ、オレから推薦しておこう」

「ホント!? やった!」


 自称聖女が研究員として認められ、手を叩いて喜んでいる。

 その称号が本当かどうかは知らんが、この魔法は優秀だ。


「悪いが身元調査はさせてもらうぞ。親は?」

「義理の母が魔女の一族っていう希少部族の出ね。アネシュカ・アダミーク大将の叔母だと聞いてるわ。一族の里に行って確認すればいいわ」

「……ああ、そう」


 思わず遠くを見てしまう。

 我が母と同じ出身だよ。しかも親戚だチクショウ。しっかり確認しなけりゃな……。


「少佐? どうかした?」

「いや。それを最初に言えば、ある程度優遇は……せんな。右大将閣下なら」

「コネっていうのは、最後に使うもんでしょ。最初から出したら相手によっては逆効果だし」


 魔女の一族ってのは、ただ一族に伝わる知恵と知識を、連綿と子孫に伝えることを使命としているそうだ。薬草や錬金術、魔法などの得意な知識を持っていると聞いている。

 母はそんな一族が嫌になって出奔し、帝国軍人になったそうだ。

 確かに最初から言ってたら、逆効果だったかもしれん。


「そうだな。最後の念押しに使うというのは良い考えだ。他にも開発した魔法があるのか?」

「あるわよ! 沢山ね! 何なら明日でも持って来ようか?」

「そりゃ楽しみだ」

「見たら絶対に雇いたくなるわ!」


 エディッタ・オラーフが嬉しそうな顔で、胸を張って答える。

 聖女としての顔を見せていたときと大違いだ。よくわからんが、研究が認められたことが嬉しいのだろうか。

 しかし、属性の多い女だな。

 娼婦、聖女、魔女の一族の養女で研究者。人間の持つ多面性とでも言うべきか。自分で選んだのは魔法研究だけとは嘯いていたが。

 まあいい。こいつが聖女だろうが関係ない。

 真竜国を滅ぼすために、使えそうな技術があればEAに注ぎ込んでもらう。

 その上でオレを利用したいなら、やってみるがいい、聖女エディッタ・オラーフ。お前が言っていた復讐とやら、オレにも見せてもらおうか。

 心の中の暗い場所で炎がまた燃える。

 あの魔弓の射手とやら。ヴレヴォ戦に参加したとか聞いた。

 それが本当ならば、死ぬのがヤツの運命だ。


「少佐?」


 ミレナが何故か不安げにオレへ声をかける。こちらを恐る恐る覗き込むような動作だ。


「ビーノヴァー中尉」

「はい」

「楽しいなぁ」


 だからオレは安心させるように笑顔を見せてやった。


「……え?」

「オレは今、何もかもが楽しいよミレナ。さあ、戦いが始まる。この死体積み重なる王都を、また燃やすときが来るなんてなぁ」













明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

18:46 セリフ前後にスペースなしのバージョンを投降してましたので、修正しました。

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