2、白と黒の鎧
三十分後、オレたちは都市からかなり離れた山の麓にある、大きな洞窟へと辿り着いていた。
ここには帝国軍の飛行船が隠してあり、これでとんずらをするつもりだった。
汗をかいたせいか、革のアイマスクが少し湿ってる。
多少は気持ち悪くとも、外すわけにはいかない。このクソガキどもにオレの正体がバレるわけにもいかん。
「戻ったぞ。すぐにこの地方を抜け、帝国に戻る」
洞窟の中に入ると同時に声をかけると、
「おかえりなさいませ! シュタク隊長!」
と補助要員の軍人たちが出てくる。今回の撤収のために借り出された、飛行船『ルドグヴィンスト』の船員達だ。
「潜伏ご苦労だったなダリボル」
ひげ面の飛行船船長に声をかけると、彼は人好きのする笑みを浮かべ
「なあに、良い休暇になりましたや。女っ気もなくネズミか虫しか口説く相手がいませんでしたがね」
と笑いながら言ってくれる。
「魔物じゃなくて良かったな。すぐに飛び立つ用意をしてくれ」
「了解です。それでこれらが?」
「ああ。真竜諸島共和国の新型機だ」
「ほー、大したもんですな。素人目にもすごいもんだとわかります」
ひげ面の飛行船船長が、感心した様子で三機の強奪機体を眺めていた。
「見学は後回しだ。空の上でも充分に眺められる」
「そいつはもうばっちりですよ。シュテファン副長は?」
「うちのEAを回収中だ」
「半年もかけて部品で持ち込んで組立てたアレですな」
「最新鋭のボウレⅡだ。この共和国の機体にも負けない……と言いたいところだな。オレは飛行船の中に入る」
タラップへと足をかけた。
そこでもう一度、三機を見直す。
白を基調とし、装甲の半分ぐらいに青、赤、緑の塗装が施されていた。壊れたのが灰色で瓦礫の下のが真っ白だったか。
全体的には雑だと思ったが、性能は高い。帝国外の初のEAにしては、驚くほどの出来だ。
これは奪えて良かった。
とりあえず目的は八割ぐらい達したし、まあ無謀な作戦だった割には成果は良いな。
安堵のため息を吐きながら、飛行船に片足を入れたときだった。
洞窟の外から、大きな爆発音が響いてくる。
「もう追いついてきたか!? シュテファンと交戦中か? ダリボル、船を出せ!」
「はい! お前ら、出るぞ!」
「ミレナ、お前の機体が一番、高機動っぽいな。シュテファンの元に行って手伝え。最低限で良い。テオドア、弓を持ってるお前は援護だ」
『隊長、オレはー?』
「コンラートはさっさと機体を入れろ」
一機ぐらいは無傷で持って帰らねばならない。念には念を押してだ。
『えー? せっかくの強奪機体なのに……』
「命令だ」
『ちぇ……』
ったく。ほんとにガキどもの相手はめんどくさい。
オレは革のマスクを整えながら、船へと乗り込んだ。
後部と上部に付いたプロペラが高速回転し、船が浮き上がって巨大な洞窟の入り口から滑るように飛び出す。
オレは飛行船の前方の窓から外を見渡した。
闇夜の中、大きな灯に照らされているのは、紛れもなく戦場だった。
「瓦礫に埋まった白い機体か……」
シュテファンの帝国汎用機と剣を突き合わせている。
「……速いな」
熟練のシュテファンが押されている。
ミレナとテオドルも手伝ってはいるが、新しい機体のせいか、手こずってるようだ。
「しかし……一機でか」
恐ろしい動きだ。
速い。ただひたすらにだ。
エンチャンテッド・アーマーは基本的に重い。
何せ人の体を包んで余る大きさの、全身鎧である。さらに内部には魔力電動率の高い布や革などが、人体を傷つけないよう敷き詰められているのだ。
ゆえに、内部に刻まれた軽量化の付与魔法で、ようやく動くことができる。
そして魔力を流しながらの動作というのは、右手と左手で同時に違うことをするようなものだ。訓練がいる。
そういう意味では、あの真っ白……いや白銀の鎧の中身は、かなり優秀なようだ。
「だけどまあ」
動きが若い。直線的過ぎる。
シュテファンも敵に慣れ始めてるのか、速度こそ追いつかないまでも、動きを先読みして相手を押し始めた。
テオドアの弓の支援魔力砲撃も、徐々に当たり始めている。
放っておけば勝てるだろうが、こっちも時間がない。
このメナリーには、それなりの数の衛兵や冒険者がいるはずだ。こちらにはEAがあるとはいえ、強奪した機体ばかりでは、不安が残る。
「ダリボル、オレの専用機の整備はしてるんだろうな?」
「『バルヴレヴォ』を動かすんですか!?」
「ああ、オレも出る」
「……しかし、今でもこっちが充分に押してるように見えますが」
「ひょっとしたら、あれを動かしているのは『勇者』かもしれん」
「勇者……ですか。あの神から貰う称号とかいう」
「カンだけどな」
勇者や賢者、剣聖などに準えたようなEA。速さも力強さも魔力も兼ね備えた邪魔者。
本物の勇者がEA開発に携わっている可能性はある。
それに敵の真竜諸島共和国、通称『真竜国』は、神からもたらされるという『称号』というものを盲信しているそうだ。
「称号を貰ったから強いのか、強いから称号を貰うのかは知らんがな。事実、この称号を持つ人間たちは強い」
「シュタク少佐は確か以前に『賢者』を倒していましたな」
「逃げられただけだ」
「ご謙遜を。しかし、そんな者が真竜国から離れたメナリーにおりますか?」
「もちろん単に才能ある若者の可能性が高いが……どっちにしても殺しておきたい」
「そうですな……わかりました。では準備させましょう」
「頼む」
オレは軽くアイマスクに触れ、船の後部にあるEA格納庫を目指して歩き出そうとした。
しかし、都市国家メナリーの方から、鈍い光が差してきた。光源魔法のようだ。
夜明けにはまだ早いから、オレたちを討伐するための追手だろう。
「都市の軍のようです。冒険者も混ざっているようですな」
「数が多い。さすがに隣の大陸の傀儡となっているだけはあるな」
「どうされますか?」
「任務はアイツらの殲滅じゃない。この地域をさっさと去るとしよう。では行ってくる」
「ご武運を」
ダリボルの声を聞きながら、飛行船の格納庫にある黒い機体へと手をかけた。
それは隕石より削り出された、陽光すら切り裂く暗い闇。
帝国の汎用機ボウレより三倍は装甲が厚く、形状はまるで鎧を着込んだ悪鬼のようだ。
装甲の内部に入り込み、手足を伸ばす。
そうすれば自動で胸甲部が閉じ、背中側に降りていた兜が起きて、頭が覆われた。
仕込まれていた付与魔法陣により視界が拡張された。見づらいはずの内部からでも周囲が手に取るようにわかる。
自分の手より腕一つ長い腕甲の先は、自分の指と変わらないように動く。
開発者曰く、エンチャッテッド・アーマーは凡人が強者と戦うための兵器であるそうだ。だから帝国はこれを発展させてきた。
必要なのは、内部魔法陣を再起動させるだけのわずかな魔力。
重要なセンスは、それらを上手く動かすタイミングを取ることだけ。楽器の演奏のようだと言ったなら、後宮付きの楽士は怒るだろうか。
込められた願いは、一人の英雄が作る未来より、百の凡人で進む道を。
十年前に年若い『賢者』率いる三カ国に侵略され、いくつもの町を焼かれ数多の臣民を殺された。
そこから帝国が出した結論は、英雄すら殺す凡人の軍団を作ることだった。
オレ自身もEAを着ない状態では、その辺の冒険者と同じぐらいでしかない。生身で賢者なんかに当たれば、瞬殺されるだろう。
だが、このエンチャッテッド・アーマーさえあれば、単機で賢者を撃退できる。
目を一度閉じて、あの日に殺された幼馴染みたちを思い出した。
ドゥシャン、イゴル、アレンカ、ブラニスラフ、リベェナ、オティーリエ。
お前らを目の前で殺された痛みは、まだ胸の奥で燻っている。
「『バルヴレヴォ』、ヴィート・シュタク、出るぞ」
オレは黒いEAの中から、その一歩を踏み出した。
専用の黒い機体を駆り、飛行船から落下して着地する。
メナリーの方では、光源の魔法が多数見えた。あっちの軍隊が来たんだろう。
戦闘中の方を見れば、まだ白い機体は頑張っている……いや。
「先ほどより動きが良くなっている。我ながら『勇者』というのは当たっているかもしれん」
オレは脚甲内の付与術式に魔力を通す。
そして真竜国のEAと戦っている場所へとすぐに辿り着いた。
「シュテファン、どけ」
『バルヴレヴォ!? 隊長ですか!』
驚きながらも飛び退くシュテファン。
それと入れ違いに、白銀の機体へと接敵する。
長剣を振りかぶり、その兜をたたき割らんと振り下ろした。
『新手!?』
驚いた声を上げながら、敵は片刃の剣でオレの攻撃を受け止める。
中身は女か。さっきの邪魔してきたヤツか?
「真竜国なら死ね」
『くっ……!』
声は若い感じだな。
しかしEA越しだと声が魔法を通して拡声されるので、正確には判別できない。実際の年齢は高いのか低いのか。
「吹っ飛べ!」
柄から離した左手で、魔力の塊を放つ。
オレの魔力を増幅し打ち出される『バルヴレヴォ』の魔力砲は、甲殻を持つ大型の魔物ですら軽く屠るものだ。
『うわああああぁあぁぁ!?』
白銀の機体が弾き飛ばされ、二十ユルほど遠くで背中から落下し、土埃を立てた。
「全員、魔力砲撃」
『は、はい!』
『りょ、了解!』
「テオドア、さっさと動け」
『は、はい!』
四機が一斉に火砲を敵機へと向けて撃ち放つ。
「では撤退。ミレナ、テオドアからだ」
『了解!』
『はい!』
オレとシュテファンの機体は続けて火砲を打ち続ける。
その間に、降下してきたワイヤーに捕まり、赤と緑の二機が浮かんでいる飛行船に昇っていった。
『隊長、お先にどうぞ!』
「わかった」
シュテファンの言葉に甘え、飛行船から垂らされた太い回収用ワイヤーに捕まった。
このまま巻き上げ機の力に引き上げられることで、上空の飛行船に戻ることができる。
「シュテファンも早くしろ。それだけ食らえば、さすがに沈む。ダリボル、撤退するぞ。船首の反転準備」
『了解であります』
砲撃を止め、シュテファンが飛行船へと近づくために、踵を返した。
これで終わりが見えてきたか。
いや!
「シュテファン、後ろだ!」
『え?』
敵が起き上がり、片刃の剣を持って、こちらへと滑空するように走ってくる。
化け物か! あの機体は!? あれだけ食らえば竜すら殺すぞ!
『逃がさない!』
あっという間に追いついた白銀の機体が、シュテファンの胴をミスリル製の刃で貫いた。
『ガッ……』
部下の最後の呻きが耳に届いた。
「クソっ!」
回収用ワイヤーから手を離し、白銀の機体へ飛びかかる。
『次!』
「何が次だ!」
『えっ?』
肉薄し、その顔面を殴りつける。硬い。
だが、相手はわずかに浮いた。
回転しながら両手剣を背中から抜き、斬りつける。
殴られる瞬間にわずかに後ろに飛んだのか、刃は右肩から胸までの装甲をわずかに切り裂くに留まった。
しかし中にいる人間の胴体が見える。
強奪時に邪魔してきた女か?
「死ね、真竜国」
左の手の平を突き出し、魔力砲撃を連続で繰り出す。
最後に爆砕の魔法を放ち、直撃させて相手を吹き飛ばした。
悲鳴すら聞こえず、白銀のEAは五十ユル以上向こうで倒れている。
「シュテファン!」
刺された部下の元に駆け出す。
……即死か。
背中から胸のど真ん中を一撃で貫かれていた。風穴が空いている。これでは助かる見込みなど万に一つもない。
集団の声が聞こえ、都市の方を振り向いた。
そこには交易都市の傭兵団と軍が迫ってきていた。五百人以上はいるだろうか。よくもそれだけ集めてきたもんだ。
『隊長!』
見上げれば、飛行船からミレナの機体が顔を出していた。
シュテファンの機体を抱え上げ、回収用のワイヤーを掴む。
「出せ! ダリボル!」
拡声の魔法を使いながら、声を張り上げる。
『了解!』
万が一にも飛行船に傷をつけられるわけにはいかない。いくら帝国といえど、十隻しかない貴重な物なのだ。敵軍の魔法が届きでもすれば、我々は帰る手段を失うことにもなるかもしれないしな。
「三機は白銀の機体に砲撃、破壊しろ」
『は、はい!』
空いたままの後部格納庫の扉から、三機が砲撃をし始める。
土煙と爆発で欠片も見えなくなった。
飛空船が速度を上げ始める。
「砲撃停止」
ワイヤーが巻き上げられ、飛行船船尾の格納庫にと戻る。
シュテファンを飛行船の格納庫内にゆっくりと下ろした。
「真竜国め」
倒れた鎧姿を見ながら、憎々しげに呟く。
閉まっていく格納庫の扉の隙間から、昇っていく朝日が見えた。
最後の最後で、後味の悪い作戦となった。
やはり、奴らは根絶やしにしなければならない。
それが帝国の、引いては世界のためだろう。
復讐への誓いを新たにし、オレは交易都市メナリーを後にした。