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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
ヴィート・シュタクという幻想
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14、世界を支配した魔物






 オレはボロボロになったディアブロで膝をつき、胴前面を開いて外へと出る。


「……ふう」


 小さく安堵のため息を吐く。満身創痍というヤツだ。

 左肩は抉れてるし、体の至る所に刺傷裂傷がついてる。さすが女神が自身の消耗をかなぐり捨て、全力で攻撃してきただけはある。

 内部にいたオレがこれだけ怪我をしているのだから、ディアブロの方も酷い有様だ。刻印を回しても、魔力が抜けていく。満足に動くこともできん。


「さすがのディアブロも限界か」


 転がっていた大きめの岩に腰掛け、今度は深く安堵のため息を吐いた。

 視界全てが荒廃した大地と化している。いたるところに戦艦ユミルの破片が突き刺さっていて、まるで墓標のようだ。

 大陸最大の魔力と魔素の塊だった女神像も極光とともに消え、青い空が広がっている。


「何がヤレヤレよ」


 近くから咎めるような声が聞こえてきた。


「何だオラーフ?」

「もう魔力もすっからかんよ」

「あの爆発を防ぐ魔力障壁を張ったんだからな」

「なんで人の努力を当たり前みたいに言ってんの? 嫌われるわよ、そういうの」

「理論上は防げるって話だったろ」

「理論上は、ね。でも念を入れたおかげで私もルカも、すっからかんよ。治癒魔法も使えないからね!」

「なぜ怒ってるんだよお前は。そんぐらいわかってる」

「わかってるかどうかを聞いてんじゃないわよ、バカ!」

「他人にバカとか言うなよ、嫌われるぞ」

「ア、あああ、アンタが言うかぁ!?」


 やだやだ、年増女のヒステリーは。

 ユミルと女神像の激突は、聖騎士と賢者、それに聖女の防御と障壁全開で、何とか生き延びるという計算だった。


「あー、もう無理無理……魔力枯渇で死んじゃいそう……」


 大地に寝転がっているラウティオラが、かすれた声を漏らしていた。こいつにも魔力障壁を張らせていたからな。

 そういや、この戦いでこいつ殺すの忘れてたな。どう処分するか……まあ後回しか。オレも疲れた。

 シャールカにいたっては、ほぼ意識がない。壊れた兜の隙間から、わずかに目が開いているのが見える。今にも眠ってしまいそうなんだろう。頑張りすぎだ。

 比較的無事だったのはミレナぐらいだが、アイツも息絶え絶えだ。膝をついたまま、肩を激しく上下させている。おそらく顔のない女神数体を相手に、奮闘していたはずだ。

 青い空を見上げれば、聖黒竜が見える。

 そこにいるヴラシチミルやベルナルダ、ソナリ・ラニも無事のようだ。

 もちろん、ダリボルの乗ったルドグヴィンストⅡも、少し遠くまで全速で逃げた後だ。その辺の見切りをアイツが間違うはずもない。


「さてと」


 肩を中心に全身が痛む。

 正直、オレも倒れ込みたい。

 疲労に身を任せようとしたそのとき、急速に収束する魔素の反応を感じ取った。


「オラーフ! 避けろ!」

「は? え?」


 オラーフの腹に銀の棘が突き刺さる。防御魔法を張ることもできず、ゆっくりと前のめりに倒れていった。


「チッ、来たか(・・・)!」


 銀色の水たまりのような物体から、人型が起き上がってきた。

 それは体のあちこちを欠損した、ヘレア・ヒンメルの姿だった。





 ■■■




 ハナ・リ・メノアは、ルドグヴィンストⅡの後部格納庫から、望遠の魔法でその光景を見下ろしていた。

 女神ヘレア・ヒンメルが残った右腕を伸ばせば、その先端が槍へと変化してシャールカのボウレⅡを盾ごと貫いた。

 折れた剣をミレナが振り抜こうとしたが、残った左翼に弾かれて逆に吹き飛ばされる。

 義眼を露わにしたラウティオラが、残り滓のような魔力を振り絞って火線を唱えた。だが喰らった方は少したりとも揺るがず、魔力の羽根を飛ばして打ち倒す。

 腹を押さえながら立ち上がろうとしたオラーフを、女神を蹴り飛ばした。

 空から聖黒竜が襲いかかろうとしたが、その翼を右腕の一振りで斬り飛ばした。ソナリ・ラニやペトルー夫妻、そしてエーステレンを乗せた竜が地面に勢い良く落ちた。


「全員、魔力は枯渇。お兄様は満身創痍。ふふ、私が良いとこ取りですわね」


 それらを見下ろしていた帝国の皇女は、自身の三倍はありそうな鉄杭にもたれて小さく笑う。


『ハナ、どうするのですか?』


 透き通るほどに希薄な存在となったマァヤ・マークが、彼女の背中から問い掛けてきた。


「では、転移を」

『わかりました。私もこれが最後の魔力でしょう』

「ありがとうございました、王妹マヤ・アダルハイト様」


 彼女は始祖グスタフの妹であり、聖龍に食われたはずの人間の真名(まな)を呼ぶ。


『長き戦いでしたが、最後に良き子孫に恵まれ幸いかと。では、さらばです、子孫ハナ』


 マァヤ・マークの姿が魔素へと変換され、風に攫われるように消えていった。

 同時にハナの体も、隣の鉄杭ごと転送される。







「あくまあああぁぁぁぁあ!!」


 称号持ちや研究者たちを無力化し、ふらつきながら生ける死体(ゾンビ)のように近づいていく。


「……まあ、ご苦労なこった」

「われわれ、の、負けかも、しれないが、おまえだけは、お前だけはぁ!」


 残った右腕を再び槍状に変化させ、傷だらけの男を狙う。

 アイマスクをした彼は、肩を抉られまともに動けない。EAディアブロもまた大きく損傷し、兵器としての力は失っている。

 守るものがない中、攻撃が迫る最中でも彼は笑った。


「なにっ?」


 突如として大きな金属の塊が落下し、女神の攻撃を防いだ。


「あらあら、ヘレア・ヒンメルともあろうものが、無様ですこと」


 高さ二ユル以上を超える、EAサイズの鉄杭が上空に転移された結果だった。


「皇女ハナ」


 その上に立っていたのは、帝国皇位継承権第三位の女性。扇子を持ち出し、軍服に金髪を垂らした淑女が飛び降りる。


「少しだけ、私がお相手して差し上げますわ」


 欠損した女神は、その虫食いだらけの体を刃へと変化させ、ハナを殺そうと試みる。


「あらあら、はしたなくてよ、女神様」


 魔力を這わし、身体強化の魔法で回避しつつ、致命傷になりそうなものを扇子で逸らす。

 それでも最後の力を振り絞る女神には、少しだけ追いつかない。


「鎧もなく、称号(ちから)もない汝に負けることは、ない」


 体の半分以上が液状に変わりながらも、女神は淡々と断言した。


「おや、困りましたわね」


 しかし忠告など百も承知のハナは、後ろに飛んで距離を取る。


「確かに私たちには称号などありません。技能(スキル)もなく能力(アビリティ)もない」


 背後には、自身が持ってきた鉄杭が残っていた。それも人間が数人は入るほどの太さだった。

 彼女は片手を広げ、扇子を開く。


「でも、私たちメノア帝国には、鎧がある」


 誇らしげに、そして真摯に答えれば、一つの黒い鎧が鉄杭の影から姿を現した。

 荒野となった地面を踏み潰しながら、歩いてくる。


 ――それは、重装甲型のEAだった。


 彼女が転移で運んできたのが、その一機だったのだとヘレア・ヒンメルもようやく気づく。

 ハナが淑女の礼を取り、背後に現れたものを紹介し始めた。


「最後にお目見えいたしますは、我らがヴィート・シュタク大佐の愛機、メノアの子と改名される前は、こう呼ばれた黒き鎧」


 帝国と相対したものの多くが知っている。

 それは隕石より削り出された、陽光すら切り裂く暗い闇。形状はまるで鎧を着込んだ悪鬼のようだった。

 かつて剣聖を軽々と葬り、幾度も称号持ちたちを退けては、最後に聖龍さえも殺した伝説の鎧。

 その装甲の中から、男が言葉を放つ。


「『バルヴレヴォ』、終わらせるぞ」


 いつもの動作をなぞるように、残った魔力に全てを込めた。

 右腕ごと剣を横へ伸ばし、脚甲内部にある魔法刻印を起動させる。


「ヴィーーーーート・シュターーーークぅううう!!」


 バルヴレヴォが滑り込むように、敵の近くまで入り込んだ。

 一閃の輝きが、ヘレア・ヒンメルの体を上下に両断する。

 下半身を残し、上半身と翼が地面に倒れ伏した。

 世界に残った魔素の最後の塊が、緑の光へと還元され、ゆっくりと消えていく。


『ア……アアア……わた、したちは、せかいの』


 無念の思いを込めながら、女神を呟いた。

 黒い鎧が最後にもう一度、刃を振り上げる。


「じゃあな」


 軽い別れの言葉とともに、女神の体が切り裂かれた。





 こうして、女神二柱の消去とともに、戦争は終わりを迎えたのだった。












定番は大事

残り2話です。

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