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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
微笑むキミへのプロローグ
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8、消える





 放つ。

 放つ。放つ。

 放ち続ける。

 それでも、数が減ったようには思えない。

 だが男には関係ない。

 地平線を埋め尽くすほどに魔物がいるというのなら、彼は地平を破壊するのみだ。

 だから放つ。

 魔力の矢を放つ。

 鎧に取り込んだ概念を、放ち続ける。

 それが相手の策だというのなら、全てを破壊するのみ。

 生易しくは終わらない。

 全てを失い、絶望に満ちた彼女を見て終わる。

 勿体ぶるつもりもない。

 あっさりと終わるつもりもない。

 心の底に貯まる汚泥を掬い上げ、指の間から零れた泥をまた手に取って、感情を形にして相手に撃ち放つ。

 彼女の全てを壊すつもりで、男はここにやってきた。






「どうして! どうしてっ!? あれは! あれはソニャちゃんの!」

「あら? お分かりになられましたか?」

「どけっ! お前はそこをどけぇ!!」


 二本の剣を手に持って、四本の剣を背後に放つ。後方に高く飛んだその剣は、結ばれた魔力伝導素材の糸により角度をつけ、眼前の敵目がけて高速で飛翔した。


「もちろん、嫌ですわ」


 EAから降りたハナ・リ・メノアは、伸ばした手の先で巨大な鉄杭を回し相手の攻撃を弾き飛ばす。


「どけえ!!」


 狂ったように叫びながら、魔王は地面を蹴って飛びかかった。

 皇女は地面に二ユルもある鉄杭を突き刺した。その側面から、腕一本ほどに抑えられた大きさの杭がいくつも飛び出してくる。


「刃を飛ばすというのが、貴方だけのアイディアだとは思わないでくださいまし?」


 数にして二十という杭が、その切っ先をリリアナに向けて飛んだ。

 その全てを魔力障壁で弾き飛ばし、ハナを切り落とそうと白い鎧が右手の刃を振り下ろす。


「もっとも、こちらは無骨な鉄杭なのですけれども」


 長い金髪を靡かせながら、皇女は鉄杭の上へと飛び上がる。最後に触れたときに魔力を込めた。


「そんなもの!」


 リリアナが鉄杭を一撃で叩き切る。斜めにずれ鉄杭が半分の高さと化した。次の瞬間、周囲を包むように魔力障壁が現れて彼女を閉じ込めるような形で包まれる。


「爆散せよ」


 ハナが魔法を唱えると、障壁の中で鉄杭が大爆発を起こした。だが、その衝撃は半円系の透明な壁を破壊することなく内部にのみ破壊をもたらした。そのせいで火炎と煙で満たされ、中が見えなくなる。


「この程度で終わるはずがありませんわね」


 彼女が両手を広げると、周囲にいたEAが二本の鉄杭を持って地面に突き刺した。


「下がりなさい」

「はっ」


 EAたちが後ろに下がると同時に、銀光が彼女の鼻先を通り過ぎた。

 硝子が割れるような音とともに、爆発を包み込んでいた魔力障壁が割れて魔素へと還った。


「あらあら、怖いですわ」

「……どいて」

「大佐のアレは、帝都の機構により称号を剥奪しましたの」

「はく……だつ?」

「驚くことではありますが、称号など所詮は魔素と魔力で作られた概念。あの鎧は特殊な機構により悪魔の石より力を取り出しますことが可能ですの」


 ハナの言葉に、リリアナは鎧の中で目を見開く。


 ――破壊しなさい。

 ――あれを。

 ――あれだけは許されない。


 歯軋りを立てるほど奥歯を噛み締める。


「そんなもの……許すわけにはいかない。あんなもの、破壊して止めないと!」

「残念ですが、貴方が止めないといけないのは、この私ですわ。だって、この作戦の全ては私が仕込んだのですもの」

「この性格の悪い作戦も全部……貴方が!」

「お褒めに預かりどうも。では次は手品の時間ですわ」


 軍服姿の彼女が、まるでドレスをまとっているかのように、綺麗にお辞儀をする。


「邪魔するなああああ!」


 そんな皇女を見て、白い鎧の中からリリアナが絶叫した。

 同時に魔力砲撃を左手から放つ。手加減などない。相手がディアブロではないなら、魔王の攻撃はその全てが殺傷に値する。

 鉄杭を地面ごと破壊可能な一撃が、一瞬で数発放たれていた。称号持ちですらまともに食らえば即死しかねない。

 しかし不敵に笑うハナが左右にあった鉄杭を、前面に突き刺し盾とした。地面に射し込まれた鈍色の金属の柱が、前面に強固な障壁を作り上げる。重さの感じられぬ動きだった。


「さて、私もお着替えいたしましょうか」

「何で貴方たちは! 貴方たちはあああ!!」

「さて、私に相応しい衣装はこれですわね」


 ――避けなさい。


 内なる声でリリアナは我に返った。同時に目の前から聞こえた風鳴り音に気づき、上半身を反らす。

 何かが長剣を持って踏み込んできたのだ。


「それは……ヴィルの……」


 黒いEAが立っていた。

 重厚な装甲を持ち、かつてリリアナを苦しめ続けたエンチャッテッド・アーマーだ。


「バルヴレヴォ改……今の名前を『バルメノア』、と申します。以後、お見知りおきを」


 聖龍レナーテを巡る戦争の終盤で、数多の敵を打ち倒してきた硬さと速さを重視した強力な兵器。

 悲劇(ヴレヴォ)の子と名付けられた鎧が今、『帝国の子』として蘇る。






「大佐に任せて、我々は敵を殲滅する!」


 帝国軍は、魔物の戦いを一人の男に任せて、前へと進み始めた。


「メナリーよ、滅びろ!」

「この大陸は我らのものだ!」


 壊されかけた盤面は、たった一人の男により差し戻された。

 頭上に月が瞬こうとも関係はない。

 メノア帝国軍は進み始めた。

 タラリス大陸の北部から来た男の首が落ちる。

 呪われた島と呼ばれたアルカディアの魔法士は、三本のナイフで絶命した。

 戦乱溢れるアエリア大陸中央部から馳せ参じた騎士は、絶望の中、膝を屈する。

 遠くは北ヘラス出身の剣士は、魔力砲によりこの世からあの世へと消し飛んだ。


「こんな場所に来るべきではなかった……」


 そんなことを呟いた傭兵は、二本の槍に突き刺されて持ち上げられ、血を吐いて息絶える。

 還った月が魔素を振りまく中、戦争は虐殺へと変わっていった。


「帝国軍、前進だ! 全てを破壊せよ!!」


 背後では、光の柱が三万にも及ぶという魔物の群れを蹂躙している。それを成し遂げているのは、帝国の英雄ヴィート・シュタクだ。


「進め、進め! 我らには前しかない! 蹂躙せよ! この大陸から不埒者を追い出すのだ!」


 無傷の帝国軍は進み続ける。

 彼らの上空を、一匹の竜が越えて行った。


「さあ、大佐の元に!」


 その背中の上から、赤い髪の剣聖が声を張り上げた。

 任務を終えたシュタク特務小隊までが駆けつけたのだ。

 今、この戦いはすでに終わりを見せ始める。

 魔物の大軍が来ようとも、月が巻き戻ろうとも、彼ら帝国の足を止めることができない。


「前へ、前へ! 殺せ、進め!」


 彼らこそが世界最強の、復讐の軍隊『メノア帝国右軍』の精鋭たちである。







「聖黒竜、飛行船の下に着きます!」

「格納庫開けろ! ワイヤー垂らせ」


 赤い飛行船の後ろで大きな扉が倒れていく。水平になった場所からロープが垂らされた。

 その下に向けて、鎧をまとった竜が翼を広げ滑空していく。

 シャールカが眠った叔母を小脇に抱えたまま、引っ張り上げられた。彼女の身体能力と頑強さがあってこその芸当だ。


「ではまた後ほど」


 軽い挨拶に、手綱を引っ張ったエーステレンが軽い敬礼を返した。


「我々は先に合流する」


 格納庫が閉まり、シャールカの姿が見えなくなると同時に、聖黒竜が離脱していく。目指すのは西に見える魔物の大軍だ。


「お前たちは先に、私はEAを拾ってから行く」


 ミレナが後ろに飛び、流されるように下へと落ちていった。その途中で急激に落下速度が下がっていく。かつてセラフィーナが使っていた魔法を用いたようだ。

 これで竜の上に残ったのは、竜騎士と賢者という元真竜国側の二人だけとなる。


「良いのか?」

「何がぁ?」

「……何でもない」


 それがつまらぬ自問だったと気づいて、首を横に振る。

 竜が一度大きく羽ばたくと、流れるように再び滑空し、魔物に向け矢を放つヴィート・シュタクの元へと向かって行く。

 EAの後ろを掴む黒い包帯を巻いたセラフィーナ。

 かつて北西の海の上でも、エーステレンは海竜の上で後ろにセラフィーナを乗せ敵の元へと向かった。

 一度目を閉じて首を横に振り、それから前を見る。

 波のように押し寄せる魔物の群れが、戦場全体を覆い尽くそうとしていた。


「……あれが魔素が起こした業か……」


 それを一身に受け、押し返そうとする黒い鎧が見えた。

 エリシュカはハナの作戦の全容を知っている。彼女が強力かつ高機動な竜騎士であるがゆえにだ。

 彼女は、旅の仲間であったリリアナよりも真竜国の民を選んだ。敗北した者の責任として、どこまでも勝者に付き従うことを選択したのだ。

 まだリリアナは戦っている。

 今は皇女の操るEAと対決しているようだ。

 彼女がどんな理想を持って今、戦っているのか、竜騎士は知らない。

 以前は勇者に選ばれてしまった町娘でしかなかった。エリシュカが知っているリリアナはそのぐらいだ。


「……本当にこれで良かったのか」


 大義はある。守らなければならない民もある。

 だが最後の竜騎士の所属として、友と命尽きるまで戦うべきだったのではないか。

 帝国の所属となり、生活は平穏なものとなった。やっかみや恨みの込められた視線が向けられるのも我慢できる程度だ。


「えーすてれん」

「どうした?」

「きっとこれでいいのよ、わたしたちは」

「セラ?」

「あとはまかせたわよ」

「……行こうか、セラ」


 二人は魔物の上空に飛んでいく。






「ゴーレム」


 アーシャを肩に乗せたゴーレムが、その長い右腕を振う。EAの二倍はある黄金の巨体が動くたびに、寄ってきたボウレⅡたちを弾き飛ばす。


「アーシャ殿!」


 傷だらけのシーカーが、近寄ってきたボウレⅡを掴んで他の機体に投げつけた。


「ごめん。だけど、リリアナを助けてくる」

「お願いします! 勇者殿をお願いいたします!」

「……わかった」


 アーシャを左腕に抱え直したゴーレムが、右腕を振り回しながら走り出す。

 それに気づいた帝国のEAたちが立ち塞がろうとするが、傷をつけることもできず吹き飛ばされていった。


「どいて!」


 視線の先に見えるのは、何度も立ちはだかったEAと対峙する白銀のレクターだ。


 ――リリアナ。私の……友達。







「どけえええ!!」


 白銀のEAが魔力砲を続けて放つが、今度の敵は魔力障壁を使い巧みに攻撃を避ける。


「ぜひとも、私に勝って下さいまし? 勇者殿!?」


 まるで誰かの生き写しかのように、長剣を肩に担いで重量感のある足音とともにハナが黒いEAを走らせる。

 そして滑り込むように眼前まで入り込むと、右腕の剣を横に振った。


「くっ」


 自らに迫る剣先を見切り、切っ先が親指の先ほどの距離を通り抜けていく。同時に後ろに飛びながら、飛翔剣を向かわせた。

 だが黒いEAは左手を伸ばして一本を掴み、それを砕きながら他を避け前に進んだ。 


「ふふふっ、懐かしいでしょう? 貴方を散々苦しめた機体ですわよ?」

「このっ! いいから、そこをどいて!!」


 着地点に突き出された刃を魔力障壁で防ぎ、間髪入れず逆に剣を打ち込んだ。

 二人が密着し、剣の刃を押しつけ合う。


「勇者にならなければ、きっと貴方は幸せになれたのでしょう!」

「そんなことない! 私がヴレヴォにいたなら、彼は死んでた!」


 ハナはバルメノアの中で、少し訝しげな表情を浮かべた。

 確かヴィルの幼馴染みたちは、全員ヴィルを守るために死んだ。それは何も彼が皇子だと知っていたからではなく、一番年下を守るという彼らなりの倫理観に従った結果だ。


 ――ああ、なるほど。私としたことが。


 皇女は小さく自嘲する。なぜそんなことに今更気づいてしまったのかと思ったからだ。

 ヴィレーム・ヌラ・メノアは年下に甘い。年上の幼馴染みたちから、そう受け継いだからだ。

 その結果生き残った彼ゆえに、幼少期の刷り込みが今も強く残っていると感じていた。事実、やや偏執的な愛情らしきものを向けるハナにすら、彼は甘いところを見せる。


 ――確かにこの年下の幼馴染みが、あのときヴレヴォにいたならば、お兄様は彼女を守って死んでいたかもしれない。


 黒いEAのハナが、リリアナの剣を弾き返そうとする。相手も呼吸を読み、二つの刃が弾かれるように離れた。


「そんな貴方がなぜ魔素を満たそうとするのです?」


 しかし再び打ち付け合う。


「帝国のやり方は厳しすぎるから! 貴方たちは一切合切を持って行く!」

「正義感ですか?」

「いいからどいて!! ヴィルを止めないと! あんなの、存在しちゃいけない!!」


 ――頑固なところがある。


 面白い。実に面白いとハナは笑いそうになるのを堪える。


「もしかしたら、貴方はヴィレーム・ヌラ・メノアの花嫁になれたかもしれませんわね」

「うるさい!!」

「それをレナーテが全て壊してしまった。いえ、魔素が壊してしまった。それでも貴方は魔素の味方をするというのです?」


 庶子であるヴィレームの相手として、確かに公爵家縁の者であり、直系の従姉妹であるリリアナという婚約者はありだったかもしれない。


「うるさい! いいからどけえええ!!」


 白い鎧からの圧力が強くなるのを感じ、ハナは軽く剣を引いて横に流れた。前のめりに倒れるかと思ったリリアナの背中に剣を打ち下ろそうとする。


「貴方は犠牲になるということに拘ってるのですね?」


 降って湧いた言葉に、リリアナの体が刹那ほどの時間だけ止まる。だがすぐに踏ん張って振り返りながら剣を打ち上げた。


「犠牲なんかじゃない! あのEAを止めないと!」

「まあ、もう遅いのですけれど」


 軽く顎を動かして、上空を指し示す。

 EAをまとった竜がヴィート・シュタクの方へと向かって行った。


「あれは……セラさんとエリシュカさん!?」

「あの二人まで揃えば、もはや三万や四万程度の魔物など、取るに足らず。貴方の敗因は、ヴィート・シュタクが超規模破壊兵器を持っていないと思ったこと」

「うるさい! まだ間に合う!」


 力押しで相手を抑えつけようと、リリアナは内部の魔法刻印を走らせる。

 それを嘲笑うようにハナは左手で腕を掴んで重心をずらし、相手を放り投げた。


「焦りは禁物ですわ」


 空中に浮かんだリリアナに対し、魔力砲撃を連続で放つ。相手も障壁を張り直して地面へと着地した。

 しかし同時に地面を後ろに蹴って、黒いEAの懐に入り込む。


「あら?」


 白銀の鎧は、テンペストⅡ・ディアブロという最終兵器と、押されながらも渡り合ったEAだ。その速度や反応は並のEAを大きく上回る。


「どいてもらう!」


 そんな機体の攻撃に反応し、剣を割り込ませてくる機体があった。


「そこまでだ、魔王」


 二本の双剣でリリアナの刃を挟み込むように抑え込んでいるのは、紅蓮のEAだ。


「剣聖まで!」


 距離を取ろうとするところを間髪置かずに、さらに詰めてくる。


「助かりましたわ、ビーノヴァー少佐」

「人のEAを放置しないでいただきたい!」

「それは失礼しましたわ」


 ハナが笑いながら、EAの中から姿を現す。

 対してリリアナの方は余裕など先ほどから全くない。

 縦横無尽に仕掛けてくる攻撃を捌くので精一杯だ。

 一度距離を取り、背後の剣をもう一度飛ばすかと思ったときだった。


「終わりです、リリアナ」


 背中から弾き飛ばされ、前のめりに倒れる。


「何がっ!?」

「悪いようにしかしませんが、大人しくしてください、リリアナ」


 背中越しに見えたのは、大きな盾で殴りつけたであろう白いボウレⅡだった。


「ルカ……ちゃん……?」


 地面に倒れながら、前を見る。

 自分が呼び込んだ魔物に向け、上空から炎の塊がいくつも落とされていた。濃密な魔素に振り回され恐慌状態だった魔物たちが、波に倒される砂の城のように排除されていく。


「さて、これでどうでしょう?」


 最後に皇女の声が聞こえる。

 俯せに倒れたリリアナが起きるより早く、彼女の背中に巨大な鉄杭が落とされた。

 尖った先端ではなく平らに作られた反対側だったのは、ハナの意図するところだろう。


「あがっ!?」


 障壁を張るのも間に合わず、その超重圧をまともに食らって、彼女は意識を失った。


「リリアナ!」


 黄金のゴーレムが白い少女を抱え、勇者の元に駆け寄ろうとした。

 剣聖と聖騎士がそちらを振り向き構える。

 壁となって他のボウレⅡたちも立ち塞がった。その上を軽々と飛び越し、レクターの元へ辿り着こうとする。


「……出ましたわね」


 EAから出ていた皇女ハナが、触れていた鉄杭を軽々と担いだ。


「リリアナ!」


 二つ目の月が見下ろす中、ユル氏族の少女は友人を助けるために地面へと降り立とうとする。

 そこへハナ・リ・メノアが、


やかましい(・・・・・)


 と鉄杭を投げつける。

 超高速で飛翔した高密度の物体が、黄金のゴーレムを貫き、その余波で小さな白い少女を吹き飛ばした。


「あら、はしたない言葉が出てしまいましたわ」


 皇女が悪戯っぽく笑う。

 木の葉のように宙を舞いながら、アーシャ・ユルは唇を噛んだ。


 ――リリアナだけは、助ける。


 たとえこの心を失っても。






 魔物が駆逐されていた。

 三万もいたという死の軍勢は、ヴィート・シュタクの放つ魔力の矢により、その大半を失った。

 空に放つ度に空中でいくつもに分かれ、それぞれが魔物を叩きつぶすような大きさの光の柱となる。

 落ちるたびに轟音と地鳴りが続いた。

 光は圧力と熱を持って潰し、焼く。

 放つ。

 空で輝く。

 分かれ、落ち、砕いて、燃やす。

 EAを片手で持てそうな大きな体のオークが地面と光に挟まれ、四肢を砕かれて血を撒き散らし、最後に灰となった。子供の頭ぐらい一噛みで貫くような巨大な牙が、宙を舞って砂のように消えていく。

 狼型の魔物が、爬虫類のような魔物が、巨大な翼と嘴の魔物が、肉食の馬が、不定形生物が、地面を這うミミズが。

 先を食らい潰して地上を行進していたはずの生物の群れが、一匹の悪魔に駆逐されていく姿は、千年前と変わらないものだった。

 虐殺の射手が、矢を持つ手を止めた。

 空に鎧をつけた竜が現れたことに気づいたからだ。

 上空を舞う竜が収束された火炎で薙ぎ払い、賢者が同じように魔法の熱線を撃って蒸発させていく。

 いかに魔素に狂わされようとも、知恵のない魔物などEAの敵ではない。

 二十年ほど前、一万という魔物の氾濫が皇帝の弟夫婦と公爵家の夫人を殺した。

 今度の三万という大軍は、たった三人により蹂躙されて倒れていく。 

 そして力を失い死んでいくのは、メナリー側のEAたちも同様だった。


「これが……帝国……ハハッ……何を相手にしたというのだ、オレたちは」


 南の海に浮かぶ大陸より来た騎士が、呆然とした表情で呟いた。次の瞬間、槍でEAの兜ごと頭が吹き飛ばされ、体が力を失って倒れる。

 最後の一人、交易都市メナリーの門の前に立っていた男が、


「……悪魔の国だ」


 と知らずに、かの国の本質を言い当ててしまう。男もまた、数機のボウレⅡの剣で同時に貫かれ、絶命し地に伏した。

 かつて魔素を食らう空より降りし『悪魔』。

 それを打ち倒し勇者が、魔素を吸収する石を守るために作った国が発展しメノア帝国となった。

 この国は広大な大陸を覆い、刃向かったもの全てを打ち倒す。


「さて、そろそろか」


 ヴィート・シュタクが踵を返した。

 左腕に出していた魔力の弓が霧のように消えていく。

 空を見上げれば、残った魔物を竜騎士と賢者が掃除し続けていた。

 視線を降ろす。

 戦場はすでにメノア帝国が制覇した。立っている人間は全て帝国所属の者だ。

 その向こうに見えるメナリー。


「ここの目的は達したか。次は目障りなソレ(・・)を消し去るとしよう」


 黒い装甲と悪魔の石をまとった男が、土の上をゆっくりと都市に向けて歩き出す。






「見事に逃げられましたので、私たちも撤退しましょう」


 メナリーの港湾地区で、巫女レギナ・バジナが海に向けて歩き出す。


「そうだね。どうやら連合軍も帝国に蹴散らされたようだし」


 隣に立っていたオトマルが遠くを眺めていた。


「行きますよ、オトマル」

「ああ。この大きいのはどうする? メンシークなのかい? これ」


 近くで無言のまま突っ立っている巨人タルレガを指さす。


「もはやメンシークの意識すらありません。ただの魔力体の塊です。たまたまメンシークの妄執が強かったせいでその顔を使っただけでしょう」

「なるほど。まあ置いていっても構わないか」

「ええ。月が見えています。女神の降臨も近いでしょう」

「マァヤ・マークがまた現れるのかい?」

「いいえ。あの月の名の通り、ヘレア・ヒンメル様ですよ」

「ああ、そっち」

「彼らは本物の女神を相手に、戦うのです。貴方は蹂躙される様でも見に行きますか?」


 肩越しに問い掛けたレギナに、オトマルが喉を鳴らすように笑った。


「そうだね。聖母候補も拾っておかなくちゃいけない」


 彼の顔を見て、相変わらずのくだらなさだと卑下し、レギナは海に向かい続ける。

 そのとき西側……戦場となったメナリーの陸の入り口側で、大きな光が現れた。


「なんだアレ?」


 まるでもう一つ、太陽が昇ってきたかのような、眩いばかりの輝きであった。







 二十年前、メノア帝国の三人の貴人たちが魔物の氾濫により殺された。


 現場は以前、レナーテが放った魔法により削られた山脈の跡である。今は断崖絶壁が残る山の麓だった。

 観光名所ともなっている切り立った崖の高さは、地面より見て千ユル以上もある。豊かな緑で覆われている地面の上にも、過去には巨大な峰が連なっていたはずだった。

 それらが切り立った崖となった原因は、邪龍と呼ばれた魔物と聖龍レナーテとの争いである。

 全ての竜を支配する能力を持つレナーテに対し、魔王の称号を持つ邪龍が反抗した結果だった。

 強力な魔物であった邪龍に手を焼いた聖龍は、数日にも渡る戦いの最後に、一つの超大規模破壊魔法を放ち、争いを終焉させた。

 レナーテ自身は、真竜国の決戦でその魔法を使う前に、帝国側の禁呪により殺された。放たれていたなら帝国軍どころか真竜国の都すら消し去ったであろう。

 人の寿命では辿りつけぬほど昔、そこにどのような山があったかはわからない。

 しかし聖龍の称号を持つ魔物が放った魔法は、確実に地図を書き換えるほどの威力を誇ったことだけは、その断崖絶壁より見て取ることができる。

 だからヴィート・シュタクは、メナリーの門の前に立った。

 その町に向けて左腕を伸ばす。まるで今から魔力砲撃を放つかのようだった。

 帝国軍は全員が、メナリー側から離れて距離を置いている。


「巫女レギナ。それにオトマル・アーデルハイト。その亡骸を見ることができないのが、残念だ」


 彼がまとうEAは、悪魔の石と呼ばれる輝石を核として作り上げられたものだ。魔力や魔素を吸収し、称号の概念すら取り込んだ。

 黒い装甲の切れ間に、赤い線が激しく不気味に明滅する。

 彼は放つ。


「終わりだ、バカが」


 周囲の魔素が消える。

 伸ばした左腕から、太陽のような輝きが放たれた。

 それは、山脈すら吹き飛ばす聖龍の奥の手だった。







「何だ?」


 オトマルが不思議そうに、メナリーの入り口側で輝く発光現象を見上げていた。

 それは高速で拡大し、都市全体を飲み込んでいく。

 巫女レギナですら、不審げに遠くを見ただけだった。

 光が地面を削りながら拡大していく。

 道路の敷石と下の土も消し飛ばされる。建物など蒸発するかのように消えていった。

 メンシークが核となった魔力体『巨人タルレガ』の目から、液体が流れる。

 光の先端はすでにメナリーの中央を飲み込んでおり、そこからさらに膨張し続けていた。


「え?」


 彼らは眩しすぎて目を開けることすらできない。半魔力体の勇者となったオトマルもまた、光に包まれた。

 勇者の父で新たな勇者だと嘯いた男は、自覚もなくこの世から消し飛んだ。近くにいた巨躯の魔力体も同様だ。


「これ……は?」


 振り向いたレギナが呆然と口を開く。

 それがなんであるかもわからない。

 次の刹那。

 人を操り、戦乱の中の恩讐で躍る巫女の体もまた、粉々に砕け焼かれて最後に粒子となって消えていく。





 ――今日を境に、大陸の東端にあるメナリーという都市は、地図から抹消されることとなった。











次回「女神ヘレア・ヒンメルの降りた日」


たぶん15日ぐらいに公開。

今章はまだ続きます。

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