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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
マイト・イズ・ライト
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20、第六章エピローグ『その光』






 ザハリアーシュが謁見の間に戻ったと聞いて、オレはマスク姿のまま帝城の廊下を歩く。今のうちに報告を済ませておきたい。


「あら、シュタク大佐ではありませんか」


 声をかけて振り返れば、軍服姿のままのハナが立っていた。


「……何でしょうか、その子供は」

「可愛いでしょう? 迷子みたいですので、今日は私が保護しておりますの」


 抱えている子供に頬ずりをしてみせると、相手もくすぐったそうに声を上げたが、嫌がってるようではなかった。


「ねえ大佐」

「はい」

「私、そろそろ、子供が欲しいなって思いますの」


 なんか妙なこと言い始めたぞ、この女。すごい良い笑顔をしている。裏で何を考えているかは知らんが。


「はあ、そうですか」

「あら、なんですの、その反応」


 頬を膨らませて怒った振りをしているが、もう二十歳なのだからそんな子供っぽい仕草は控えるべきだろうと思う。


「大佐はザハリアーシュお兄様へご報告ですの?」

「はい。謁見の間に」


 今は軍の一将校なので、最低限の礼儀は弁えないといけない。周囲の目もある。


「では、私も参りますわ」

「その子を連れて?」

「もちろん、途中で預けますわよ。ですが私、少し疲れましたの。大佐、預かってくれません?」


 そう言って、ハナがオレに子供を差し出す。四歳ぐらいだろうか。すごく不思議そうな顔でオレを見上げている。


「申し訳ありませんが、軍務には含まれておりませんので」

「ほら、パパですよー」


 こっちの言うことも聞かずに幼児を押しつけようとしてくる。誰がパパだクソが。

 悪態を返したいところだが、周囲がこちらを睨んでいた。美しい皇女殿下の言うことを聞かない、成り上がりの不敬者と言わんばかりだ。

 オレの正体を知らないのだから、それは仕方ないかもしれんが。


「わかりました。泣いたら返しますよ」

「はいどうぞ」


 ハナの腕の中から、そっと子供を受け取る。あいかわらず不思議そうな顔でオレを見上げていた。肝が据わってるな、この子は。良い軍人になる。

 あやすように軽く揺らしてやるが、反応もないしな……まあ、子供に罪はない。


「では参りますよ、皇子様。しっかり掴まってくださいね」


 オレが子供に冗談めかして言うが、全く伝わらないのか、じっと見つめてくるだけだ。

 その様子を見たハナは、含み笑いを浮かべながら歩き出す。


「大佐は面倒見が良いのですね」

「小さい頃は、妹みたいなのの面倒をずっと見てましたからね」


 仕方なく子供を抱えたまま、彼女の後を追った。皇族が歩いているのだから、一軍人が前を歩くわけにはいかない。

 そんなオレたちを、反対側から歩いてくるザハリアーシュが見つけたようだ。報告を待ちきれずに迎えにきたようだ。


「ザハリアーシュ殿下」

「おお、シュタ……ク少佐? なんだ、その子供は!? どうした!? お前達の子か!?」


 そんなわけがないだろうが。

 隣のハナが堪えきれずに吹き出しているぞ。

 しかし子供の方は、詰め寄ってくる褐色の巨漢に驚いたのか、盛大に泣き出してしまう。


「ああ、ほら、殿下が驚かせるから。ほらほら」


 仕方なくあやすために子供を揺らして、機嫌を取る。


「し、しかしだな!」

「子供は帝国の宝だそうですよ。大事にしないと」


 慌てるザハリアーシュを尻目に、オレは子供をあやし続ける。ハナはといえば、楽しげに笑って眺めているだけだ。

 さっきまで緊張した戦いが行われていたというのに、何なんだろうな、この国の皇室は。

 泣きわめく子供を抱えてため息も吐けず、オレはアイマスクをつけたまま、帝城のど真ん中であやし続けるのだった。









 その後、子供はもちろんハナに返した。何でも母親の居所はわかっていて、すでに伝えているそうだ。

 夜半過ぎになり、オレは珍しく帝城アダルハイトの自室にいる。

 僅かな燭台からの灯りの元で、ソファーに腰掛けだいぶ前にカップに注がれた黒豆茶を飲んでいる。

 戦闘の後、酒精を取る気にはなれなかった。元から強くもないので、飲むことは少ない。

 ちらりと部屋の様子を窺う。

 急遽運び込ませたベッドに寝ているのは、銀髪の令嬢シャールカと赤髪の剣聖ミレナだ。二人とも負傷者であり、体調が思わしくない。

 シャールカはケガが治りきらないうちに無理をしたためであり、ミレナは魔力と体力が底を突いたせいだ。

 この二人は元々、見目麗しい女性であり貴族の令嬢だ。怪我人で溢れている軍の救護室に置いていくわけにもいかない。もちろん普段の彼女たちなら、その辺の男どもなど一捻りだろうが、今はそうじゃない。雑多とした人間が行き交う中に置いておくのは適当ではないだろう。


「寝てる姿は普通なんだがな」


 チビチビと飲んでいた茶はすっかり温くなっていた。オレはあまり城にいないので、部屋付きの侍従などいない。いれば新しく淹れてくれるんだろうが。

 立ち上がって襟元を緩めながら、部屋のバルコニーに出る。帝都が一望できる見晴らしの良い住処だ。

 帝都はすっかりと夜に沈んでいるが、それでも軍の基地は左右ともに照明の魔法がいくつも飛んでいた。酒場の多い通りもまだいくらか灯りが灯っている。


「お前は何がしたかったんだろうな、コンラート」


 ポツリとそんな疑問が漏れた。

 聖龍の称号は、世界の安寧を守るためにあったんだろう。レナーテも口癖のように言っていた。

 ならば、コンラート自身は、何がしたかったのか。

 ふと、軍学校のことを思い出す。

 もし、ヴレヴォが襲われずに大陸が平和なまま、オレが大人になっていたらどうだったろうか。

 きっとテオドアほど不真面目でもなかっただろう。

 ミレナほど真面目でもなかっただろう。

 シュテファンほど職業軍人に徹してもいなかっただろう。

 それでも、もっと普通の男になっていたんだろうな、と益体もないことを思いつく。


力こそ正義(マイト・イズ・ライト)、か」


 帝国は攻められたがゆえに、力を手にした。ヴラシチミルを筆頭に優秀な研究者が集まり日々、軍事について開発が進んでいる。


「何を、お考えでしょうか……」


 肩越しに見れば、軍服を肩に掛けたミレナが後ろに立っていた。


「大丈夫か?」

「はい。傷はオラーフさんに治してもらいましたし、魔力も体力も少し回復しました」

「そうか。でもまだ眠っておけ」

「……もう少ししたら、また眠ります」

「わかった」


 いつも結い上げている赤い髪を解いている姿には、どこか力がなかった。


「隊長……」

「なんだ」

「申し訳ありませんでした」

「何がだ?」

「……私がコンラートを仕留めようとしなければ」

「別に構わん。おかげで実験をする決心がついたんだからな」


 そもそも、最初はコンラートを処刑するつもりだった。称号剥奪の術式を見せる気もなかったのだ。

 だが、聖龍のような称号は危険すぎる。コンラートは完全に狂っていたし、体の構造まで変えられていた。

 そんな称号を野放しにするのは、帝国(オレたち)の理念に反する。


「しかしあの術式は」

「そうだな。相手の動きを完全に封じる必要がある。魔王相手には困難な手だ」


 帝都のような巨大な刻印があれば、相手を封じることもできるだろう。だが戦場でそんなものを作るのは困難だ。


「なあミレナ」

「は、はい」

「おまえは、なぜコンラートを自分で殺してやろうとした?」


 この質問に、彼女はうつむいて沈黙した。

 オレが出した指令は、コンラートをアダルハイトまで連れて来いだった。だが、ミレナは単独でコンラートを仕留めようとした。

 新術式を使わなければ、コンラートは死なさず生かさず、色々と役に立ってもらっただろう。前魔弓の射手のように。

 だが、称号剥奪の実戦試験に使えたのだから、別に問題は無い。


「……強い力を手に入れて、幸せになったかといえば、そんなことはありませんでした。ヴィル様がいなければ、私は孤独で死ぬだけでしょう」


 彼女の独白に、オレは何も言わない。考えるだけで伝わるからだ。

 何せ、剣聖の能力の一つに『読心』というものがある。相手の心を読むという、使いこなすことが難しい力だそうだ。意図せず本心を知ってしまう。

 だからミレナ・ビーノヴァーは、普通の生活がひどく難しい。剣聖を得てから表情を以前より固めるようになったのも、そのせいだ。

 正直、ソニャ・シンドレルが称号剥奪で死んだのは予想外だった。アイツが死ななければ、光明が見えたんだがな。


 ――なら、気が済むまでオレの部下でいればいいさ。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして」


 そしてオレと副隊長は、闇に墜ちた帝都の中から、光を探して見つめ続ける。







 称号持ち。

 その特別な力は総じて強力だが、それらは本人を必ずしも幸せにするわけではない。


 ――思えばアンタは強すぎた。力があった。だから正義だった。

 

 コンラートがオレに言った言葉だ。

 なら弱かった少年少女たちに正義はなかったのかといえば、そんなことはないはずだ。

 しかし弱かったオレにとって、力は希望の光だった。

 ヴラシチミル・ペトルーはリダリアの諺で、Might is(力こそ) Light()と言った。本来、これは間違いであり、正しくはMight is(力こそ) Right(正義)だそうである。

 見下ろせば、世界の安寧とやらを揺るがす帝国の都の光が見える。

 だが、この間違ったLight()こそが、正しい言葉であって欲しい。

 隣に立つミレナを横目で見ながら、密かにそう思う。

 まあ、聞こえてるかもしれないけどな。









 翌日、オレは帝都の外にある平地で、一隻の飛行船を出迎えていた。


「いやぁ、大佐ぁ、大変だったみたいですねぇ」


 枯れ木エルフがギョロ目を動かしながらヘラヘラと笑っている。


「おかげで右軍の発着場も使えん。お前のいない間に称号剥奪の術式の試験は終わらせたぞ」

「えええええぇえぇぇ、ずっるいですよぉ、大佐ぁ!」

「いないお前が悪い」

「ぎゃおおおお、なんてこったいいいい」


 膝をついて項垂れているオッサンエルフを見ても、ため息しか出てこない。

 なんでコイツは普段はこうなんだろうな。

 呆れるオレの元に、一人の女性が近寄ってくる。思わず敬礼をした。


「出迎えご苦労、シュタク大佐」

「いえ、ペトルー研究主任の案内役、ありがとうございました、カロリーナ殿下」


 褐色の肌の上に開襟した白いシャツを着ているのは、ザハリアーシュの母親である。南方出身の武人気質なお人だ。


「大変だったようだな。私はこれから帝城へと向かう。後は頼んだ」

「はっ。馬車はあちらにご用意しております」

「助かる。ではな」


 すれ違い様、カロリーナさんがオレの肩に手を置き、


「ありがとう、ヴィル」


 と小さな声で呟いていった。


「構いません」

「では、また後でな」


 護衛の騎士を連れ、彼女は皇族用の馬車に乗り込んでいった。

 残されたオレは再びヴラシチミルと話そうと振り向く。そこに見慣れぬ人影があった。


「おい、なんだそいつ」


 見れば、長い髪を三つ編みにした子供だ。十歳にも満たないほどか。

 女の子か? 白い髪は生来のものなのか、太陽の光に照らされて光沢を見せていた。


「なんだとはご挨拶だね、帝国の人」

「そりゃすまんね。キミは?」

「ボクの名前を尋ねる前に、自分から名乗るべきじゃないのかい?」


 なんだこの生意気なガキは。

 思わず恨めしい目でヴラシチミルを睨むが、残念ながらアイマスクで伝わらんだろうな。


「いやぁ、今回の探索の目的の一つはこの子だったんですよぉ、大佐」

「聞いてないぞ、そんなの」

「だっているかどうか、わかんないものを言うのって、恥ずかしいじゃないですかぁ」

「……ああ、そう」


 ヴラシチミルと会話していると、どうでも良くなってくるんだよなぁ、たまに。


「この子の名前はねえ、ソナリ・ラニ・ユル」

「ユル?」

「そう、ユル氏族の子なんですよ」

「他にもいたのか」


 思わず訝しげな目で、白い髪のクソガキを見下ろしてしまう。アイマスクで見えんだろうが、雰囲気は伝わったようだ。向こうも少し不機嫌な顔になっていた。


「ボクの方だって、他に生き残りがいるとは思わなかったよ。ヴラシチミルに聞いて初めて知ったぐらいだからね」

「レナーテとの盟約で称号持ちに協力してるんだったな」


 ブラハシュアで、向こうのユル氏族がそんなこと言ってたことを思い出す。それでドワーフを守るために、勇者に協力するとか宣言してたな。


「そうそれ。それホントの話?」

「少なくとも、向こうのはそんなこと言ってたぞ」

「おかしいんだよね。そんな盟約、ないはずだよ」


 ソナリと名乗った子供が、頬に指を当てて小首を傾げる。


「どういう意味だ?」

「だからあ、そんな盟約ないんだけど、そいつホントにユル氏族?」


 心底不思議と言わんばかりに、白い髪の子供が何度も首を傾げて唸っていた。








 交易都市メナリーの外にある野営地で、ロマナが鍋を持って歩いていた。


「あ、いたいたアーシャちゃん」

「なに? ロマナ」

「この鍋、穴が空いちゃったんだけど、直してくれない?」


 黄緑色の髪の女性は、どこか楽しげに鍋の底にある穴から、白い髪の少女を覗き込む。


「……仕方ない」


 ため息を吐いたアーシャ・ユルは、鍋を受け取ると転がっていたハンマーを持ち上げた。大きめの岩の上で、開いた鍋の穴の周りを軽く何度か叩く。

 それだけの動作で、周囲の魔素が集まり穴が塞がってしまった。


「はい」

「ありがと、アーシャちゃん。でもすごいよね、その力。何でも直せるし」

「ユル氏族なら誰でも持ってる。もう私しかいないけれど」

「じゃ、これで美味しい朝食を用意するね」

「楽しみにしてる」


 ロマナが鼻歌を歌いながら歩き去って行くのを、アーシャはわずかな笑みで見送った。

 彼女は手に持ったハンマーを軽く放る。

 たった半ユルの高さから落ち、転がっていた拳大の石を砕いてから止まる。

 彼女が細腕で扱っていたそれは、岩を砕くほどの重量を持っていたのだった。









 



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