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12、次の戦いへ



 ■■■



 ドリガンの町から馬で二時間ほど進んだ場所に、捨てられた鉱山があり、その中腹に洞窟がある。

 そこは遥か昔に鉱石が枯渇した坑道であり、中には土壁に補強の柱を付け加えただけの粗末な部屋がいくつもあった。

 それらは今、元ブラハシュア王国の人間たちが、無断で占領している場所になっていた。

 リリアナたち真竜国の人間たちは、そこの一室を借りていた。腹部を刺されたリリアナの父オトマルを寝かせる部屋だ。

 傷を縫合し痛み止めを飲んだオトマルは、粗末なベッドでぐっすりと眠っている。町の宿屋に泊っていたところを襲われて、腹部にナイフを刺されたのだ。

 ゆえにこれ以上襲われないために宿屋を引き払い、ブラハシュアの人間に頼んで場所を借りた。

 ベッドの端にはリリアナが腰掛けて俯いていた。

 彼女はヴィルの言葉を考えていた。

 自分の幼馴染みたちは殺された。

 自分の属する国が加わった、メノア大陸北西部三カ国連合の帝国侵略によってだ。

 ヴィルには、ヴィート・シュタクを止めるだけだと言った。

 しかし、あの黒いEAを身に纏う男は、帝国の正規の軍人であり英雄だ。それを止めようとするならば、多くの帝国兵と戦う可能性は高い。


「オトマル氏の容態はどうだ?」


 入ってきたのは、竜騎士エリシュカだった。濃い茶色の髪を後頭部でまとめ、鈍色に光る鎧を身に纏っている。

 背後には案内してきたと思われる古びた衣服の男が立っていたが、すぐに頭を下げて立ち去っていった。


「今は眠っています。私は回復魔法上手くないので……ホントなら治療院に行けばすぐに治るとは思うんですけど……」

「治療院は帝国の直轄管理下だ。オトマル氏には申し訳ないが、少しでも怪しまれないようにするには、仕方ない」


 エリシュカは入り口の横の壁に背中を預け、腕を組んでため息を吐いた。

 しばらく二人の間に会話はなかった。

 壁の蝋燭の火が、わずかに流れる空気によって揺れる。


「エリシュカさんは……帝国侵略には行ったんですか……?」


 リリアナがおずおずと口にした質問に、エリシュカは柳眉を寄せる。


「その頃はまだ成人もしてないし、竜騎士でもなかった。どうかしたか?」

「……私、帝国の側にあるヴレヴォに住んでたんです、戦争の前までは」


 『勇者』の言葉に『竜騎士』は目を見開き、その後痛々しげに顔を背けた。


「まさか……そんなことがあるのか」

「エリシュカさん、知ってたら教えてください、ヴレヴォの町は停戦交渉中に三カ国連合が襲ったと帝国は言っています。三カ国連合は違うと言います。真実はどっちなんですか」

「真実は帝国が言った通りだ。ただし連合指令本部の命令ではなかった」

「……っていうと?」

「開戦当初は苦戦すると思われた戦いに勝ち、その結果、調子に乗った一部の軍人たちが暴走。それに引きずられるように、本部も容認。それが事実だ」

「じゃあ」

「ああ」

「私の友達は、その人たちに殺されたんですね……」


 下を向いていたリリアナの目から涙が零れ、彼女の膝の上に落ちる。


「……死んだというなら、そうだな」

「どうして……」


 父親の方をチラリと見る。

 悲しませたくなかったから、自分に伝えたくなかったんだとリリアナは考えた。

 元々は、自分が『勇者』であるという神託を、夢で授かったことから始まった。

 称号持ちは聖龍レナーテの元を訪ねるのが通例になっていると聞いて、父親がレナーテの元に向かうために、帝国を出たことを覚えている。

 ヴィルと離れたくなくて、泣き腫らした幼い日。

 母親がおらず父親が働いている間、ずっとかまってくれていた少し上の幼馴染み。理由もなく悲しい日があれば、何も言わずずっと頭を撫でてくれたこともある。

 だが、今のヴィルは帝国の軍人だ。しかもヴレヴォの出身だ。

 帝国の英雄であるというヴィート・シュタクを倒すことなど、彼は望まないとわかる。事実、敵対するのはやめろと言った。

 それでもヴィート・シュタクによって、十年近くお世話になった真竜国を焼け野原にさせるわけにはいかない。彼女はそう思う。


「……帝国と停戦とかって出来ないんですか」

「無理だ。向こうにする気がない、する必要がないと思っているだろう」

「どうして……」

「今の皇帝は、右腕がない。三カ国連合との戦争で失った。その後、ヴィート・シュタクが所属する右軍によって、ブラハシュア王国が滅亡したとき、皇帝ユーリウス・メノアはヴラトニア教国からの和平使節団にこう言ったんだ」


 それは真竜国の上層部では有名な話だった。


『右軍は余の失った右腕の代わりである。ゆえにブラハシュアを滅ぼしその為政者たちを血祭りに上げたのも、余の意思である。その方らも怖れよ、我が右腕とその指先を』。

 皇帝自ら、ヴィート・シュタクの行動は自ら容認どころか推進すると言った。

 これにはヴラトニアだけでなく、真竜諸島共和国の首脳部も震え上がった。


「一説によれば、彼の最も愛する側室は、美しい顔の半分を戦争で焼かれたそうだ。治療が遅くて、火傷は魔法でも元に戻らなかったと」


 今も停戦交渉を行うため、真竜諸島共和国の一部の政治家たちは、何とか帝国との外交路を模索していた。

 だが、何もかもが遅すぎた。帝国は聖龍レナーテを含めて真竜国を滅ぼそうとしているのである。


「ねえエリシュカさん、三カ国連合はどうして、帝国を攻めたんでしょうか」

「知っているだろう?」

「……元々、昔から国境線でいざこざはあったと。でもそれに真竜国が巻き込まれる理由がわかりません」

「当時、真竜諸島共和国と国境を接していた国は、ブラハシュア・ヴラトニアの二国だけ。竜騎士の力を借りるために貿易面から圧力をかけてきたと、私は先輩に聞いた」

「聖龍レナーテ様は、どうしてそれを許可されたの?」


 竜騎士たちは、共和国に所属こそしているが、レナーテの命令しか聞かないようになっている。なぜなら竜はレナーテの眷属であり、その許可があって初めて竜騎士になれるからだ。


「それはわからないんだ……元々、俗世に関与しない象徴のようなお方だし、国の首脳部に請われたから、許可しただけかもしれない」


 エリシュカの回答も、リリアナの心に落ちた影を晴らすことはできなかった。

 どれも『すでに手遅れだ』という言葉を置き換えただけのものに過ぎなかったからだ。


「……ヴィート・シュタクと話せないかな」

「どういう意味だ?」

「……真竜国も罰を受ける必要があるかもしれないし、当時の偉い人たちも責任を取る必要があるかもしれないけど……」

「取るだろうか? 彼らが」


 筆頭竜騎士たるエリシュカが深いため息を吐く。彼女は共和国の政治があまり好きではない。


「……わかんないけど……ヴィート・シュタクと話して、真竜国の人たちを殺さないでってお願いする……とか」

「……そもそも、そんな言葉が通用するほど正気ではないと思う……いや、遅すぎたのだ。不利になってから和平を持ち込んでも意味はない。そしてリリアナ」

「なん……ですか?」

「あの男は間違いなく強い。私たちのEAが完成し、『勇者』である貴方が身に纏ったとして、勝てるかどうかはわからない。剣聖をああもたやすく葬るなんて、聖龍レナーテ様ですら予想してなかったと思う」


 その言葉に息を飲む。

 倒す、止める。言葉で言うのは簡単だ。

 だが、少なくともリリアナより戦闘経験が豊富であった『剣聖』を殺した男である。

 生身では絶対にヴィート・シュタクと黒いEAには勝てない。

 そのために父親が開発した白いEAが必要だが、それでも初めて戦ったときは、あっさり敗れてしまっていた。


「でも、やらなきゃ」


 決意だけはしてきた。

 昨日は本当に楽しかったと振り返る。すでに遠い日のことのように思えた。

 ヴィルと二度と会うことはないかもしれない。会わせる顔もない。

 でも婚約者もできていたことだし、彼には幸せになって欲しい。

 もし自分がヴィート・シュタクに敗れ殺されたとしても、ヴィルが幸せになっていたなら、人生の慰めにはなる。

 そんな悲壮な決意を胸に、リリアナはヴィート・シュタクを倒すための道を模索するのだった。









 賢者セラフィーナは、リリアナたちとは別の一室でブラハシュア残党のリーダーと話し合いをしていた。


「つまり、あの腹を刺された男が治らないと、集めてきた素材も意味がなくて目的は達しないってことか?」


 リーダーが、不審げに青髪の賢者を睨む。


「そういうことね。でも状況は変わったわ。帝国の動きがわかった。私たちは、もうここから脱出しないといけない。あなたたちの準備はどう?」

「……何度もこの地を探す経路は探したが、大規模に哨戒してやがる。オレたちをここから出さないように包囲して、徐々に狭めてきた。最悪、女子供だけでもアンタたちと一緒行くというのは?」

「無理よ。隠れている方がマシね」

「だが、帝国は女子供にも容赦はしねえ!」


 突き放すように切り捨てるセラフィーナの態度に、リーダーは怒りを隠さず机を叩く。


「ヴィート・シュタクは来てないようよ。良かったわね」


 名前の挙がった男は、彼らブラハシュアの残党にとっては恐怖の代名詞だった。


「……だったら助かるとでも?」

「今回来る左軍は治安維持が主な任務。そこに反抗すれば逆に命はないわ。それに」

「それに? なんだよ」

「真竜諸島共和国に行っても平穏を得られるとは限らないわよ」

「どういうこった?」

「すでに国家体制は崩壊寸前ということよ」


 セラフィーナは腕を組み、呆れるように大きなため息を吐いた。


「何でだ? 唯一、生き残ってる元北西同盟の国じゃねえか。大国ってわけじゃねえが、歴史のある国だ」

「右軍とヴィート・シュタク。二王国の都で大虐殺を行った彼らが、真竜諸島共和国に攻めてくる。今は水際で止められているけど、それもいつまで持つか」

「……なるほどな。我先に逃げ出し始めているのか」

「EAという超兵器を多数擁した大陸……いえおそらく世界最強の軍隊。特級冒険者や各国の筆頭騎士、それに称号持ちすら倒していく鎧の悪魔たち。目的は真竜諸島共和国の根絶。逃げる者がいてもおかしくないわ」

「クソッ。どうしたら良いんだよ!」

「他の大陸に逃げるか、散り散りになって隠れて暮らせば、平穏無事に生きていけるのではないかしら? まあ早めに考えておいて。私たちも今日中にもここから出る」


 セラフィーナが立ち上がる姿を見て、リーダーの後ろに立っていた男たちが剣を抜く。


「私たちを差し出して、自分たちは助かろうというの?」

「俺たちだけで恩赦が得られる可能性より高いだろ? 知ってるか? お前らバカな首脳部の起こした戦争の爪痕は根深い。二王国の人間は明らかに差別され、よそに行けば石を投げられることすらある」

「……そうでしょうね」

「オレたちは元々、ブラハシュアからこのドリガンに派遣されてた商隊の生き残りだ。そこに色んなヤツが合流してきた。帝国が俺たちを見つけたのも、ドリガンの町の奴らが気づいて密告してきたからだろう」


 怒りを隠せず憎々しげに呟くリーダーに、賢者は苦笑いを浮かべ、


「まあ、至極真っ当な行動ね」


 と短い感想を漏らした。


「今更ブラハシュアに戻っても、焼け野原だけだ。どうしてお前らはあんなことを起こしてしまったんだ!」


 どこか泣きそうな怒りを込めた声に、セラフィーナは申し訳なさそうな言葉を浮かべる。


「……飢饉に耐える土地が欲しかった」

「冷害のせいだとでも言うのかよ!」


 彼も元々はブラハシュアの人間であり、その問題が大きいことは知っていた。


「ブラハシュアとヴラトニアは、冷害に弱い耕地ばかりで、これ以上続けば数千、数万人の餓死者を出す可能性もあったの。冬が越せない」

「だったら、帝国に頭を下げて、併合してもらえば良かったじゃねえか」

「出来るわけないでしょう?」

「国王や貴族のプライドか、バカバカしい」

「帝国東方のブレスニーク家のように、王から一貴族になる。そんなことに彼らは耐えられなかったのよ」


 だからセラフィーナは、三カ国連合を提案した。それが唯一、生き残る算段であると思ったからだ。

 一騎当千の竜騎士たちを派遣してもらえば、帝国の土地を奪える可能性も高かった。

 逆に負けて王国が併合されることになっても、領土として生きながらえれば、帝国から援助を得られる可能性だってあった。

 結果として、目論みは一時的には成功した。

 二王国と接していた帝国の領土へ侵略し占領した。

 セラフィーナはその結果を持って、有利な条件で停戦交渉を進めようとしていた。

 そんな中、暴走した三カ国連合の軍部が、長い平和で帝国は弱くなったと言い出した。ゆえにその全てを奪うことができると信じて、勝手に侵略を続けたのだった。虎だと信じていたが、所詮は猫であると考えたようだった。

 しかし眠れる猫は、やはり恐るべき神獣であった。

 帝都近くまで占領したにも関わらず、激しい抵抗に遭い、後に大反撃を食らった。

 こうなればセラフィーナは王族を贄に捧げてでも、帝国に編入してもらうしかなかった。

 彼女は戦場でヴィート・シュタクに倒されたとき、迷わず逃げ出した。元々は国王たちが頭を下げれば済んだ問題だったのだ。助ける気はしなかった。

 だが帝国の怒りはすさまじく、王族だけでなく貴族や裕福な商人なども一族ごと根絶やしにされた。

 その中には彼女の友人も多く含まれていた。


「これで失礼するわ」


 剣を向けられているにもかかわらず、『賢者』は背中を向けて退出しようとした。


「お前ら、やれ!」


 リーダーが声をかけると同時に、男たちが剣を振り下ろす。

 しかし、うっすらと青色に光る壁のような物に弾き飛ばされ、傷一つつけることができなかった。


「これでも一応、賢者ですからね」


 自嘲するように笑い、セラフィーナは歩いて立ち去るのであった。





 そして、彼女たちの次の戦いが始まる。

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