23、エピローグ② 『継ぐ者』
「で? 私に何か言うことは?」
目の前で怒っているのは、エディッタ・オラーフである。
偽装魔法の精度を上げるため、皇族としてのオレの服を着ていた。こうすることで、見た者の違和感が少なくなるらしい。よく知らんが。
茶色い髪を後頭部に巻き上げ、長い耳が剥き出しになっている。その上で男前な服装なわけだ。意外に似合うかもしれん。無駄に容姿は良いからな、コイツは。
「ああ、なんかすまん」
軽い調子で謝ったが、エディッタはまったく怒りの矛を納める様子はなかった。
何だかんだで血をかなり失っていたシャールカは、謁見の間を出た後、しばらくして気を失ってしまったのだ。
肉体的に常人であるオレは、身体強化の魔法を使いながら何とか右軍の基地まで戻って来た次第だ。そのまま飛行船ルドグヴィンスト内に連れてきたわけである。
今は医務室代わりの士官用ベッドで横になっているはずだ。
「大体、アンタねえ。バレたらどうするつもりだったのよ? 私だってタダじゃ済まなかったのよ?」
そんなこんなで言い合いをしているのは、ヴィート・シュタクの本船であるルドグヴィンストの格納庫内である。
EAの保守部品の納められた壁側の木箱に座るオレを、エディッタが問い詰めている形だ。
「お前は自信があったようだしな」
「そりゃ自分の魔法なんだから自信はあるわよ。今まで耳にかけてたヤツの拡大版みたいなもんなんだし」
「それに軽い調子でわかったとか言いやがったじゃねえか」
「言うに事欠いてそれ!? ちょっとオレに化けて座っておいてくれしか言わなかったくせに!」
「間違っちゃいなかっただろ?」
苦笑いを浮かべながら答えたが、怒りの火に油を注いでしまったようだ。
「はあぁ!? アンタのEAのディアブロの魔導緩衝材をベトベトする材質に変えるわよ!?」
なんかとんでもないこと言い始めたぞ、この研究員。
「おい、地味な嫌がらせはやめろ……。まあ、とにかく助かった、エディッタ。ありがとう、助かった。恩に着る」
ここは正直に頭を下げることにした。感謝していることは間違いないからな。こいつには助けられてばっかりだ。
「最初から素直にそう言えばいいのよ、このバカ」
腕を組んでそっぽを向くが、ようやく満足してくれたようだ。
「はいはい、すんませんでしたと。それで?」
「ハナ殿下のこと? 皇太子の方?」
「両方だ」
「ハナ殿下は微笑んで、『一本取られましたわ』ってさ」
エディッタが呆れた様子で肩を竦める。
「もう一人は?」
「ザハリアーシュ皇太子は、『ありがとう』って言ってくれたわ。アンタら一家揃ってシャールカのこと好きねえ」
もっともハナの方はシャールカを良く思っていないだろう。
アイツは養子であるせいか、逆に皇室に対する思い入れが強い。その辺がシャールカへの敵視に繋がってるのかもしれん。
しかし結果として、シャールカがヴィレーム・ヌラ・メノアの伴侶となることはなくなった。あくまでヴィート・シュタクが引き取った形である。
「ザハリアーシュには、借りを作ってしまったな。まあ、なんかの形で返そう。ハナは……いいか」
アイツのことだから、なんか腹黒い要求をしてくるだろうな。別に構わんが。
「で、どうするわけ? これから」
「シャールカの戦闘については、もう少し様子見する。女神の件も聞き出さないとな」
「聖母マーリア・ブレスニークねえ……女神の残滓を宿していて、魔力体召喚の触媒に使われたんでしょ?」
「そうみたいだがな。だがいまいち、詳細がわからん」
「アレでやれたんでしょ?」
エディッタが言っているのは、ディアブロで発動した世界から消し去る剣である。
「まあな。効果は確認できた。使える回数が限られているところは、何とかならないのか?」
「何言ってんのよ。枯れ木エルフが言うには、そんじょそこらの大魔法どころじゃない代物よ。いくらディアブロといえども、使えるわけないじゃん」
「改良に期待する。とにかく、これで後顧の憂いは断てた」
「メナリーを攻めるのね?」
「多少は準備がかかるがな。それでも向こうは立て直しなんぞできない状態だ。なら、もう少しだけ我慢できる」
リリアナとも会えた。
できればアイツの希望を全て断ち、この世から消し去ってやらないとならない。
次の戦場は、始まりの地とも言えるメナリーだ。
「今後も頼むぞ、エディッタ」
「はいはい。せいぜい今度は足を掬われないように頑張るのね」
エディッタが後頭部にまとめていた長い髪を解いて頭を振った。貴人用の服の襟と着崩す。
「二度とやられるか。次は確実に消し去る。シャールカを傷つけられたことだしな」
待っていろよ、リリアナ・アーデルハイト。
お前の今考えていることは知らないが、その希望や未来を、この世からまとめて消し去ってやる。
コンラート・クハジークは竜車の荷台に載せられ、帝都へと移送されていた。
することがなくて、目を閉じる。何せ腕も足も縛られており、格子のついた罪人移送用の荷台に閉じ込められているのだ。今がどこらを進んでいるのかもわからない。
「しかし、この裏切り者、どうするのかね」
御者をしている軍人の声が聞こえてくる。
耳を澄ませば、金属がすり合う音が聞こえてきた。周囲をEAが囲んでいるんだろうと察する。
――このまま処刑か。
彼は戦場の外でレギナ・バジナにより気絶させられた後、そのまま放置されていた。そして戦闘が終わった後に帝国兵に捕まえられたというわけだった。
「シュタク大佐は帝都に戻ってしまったしな。とりあえず右軍の基地に運び込んで、メナリー陥落後にまとめて処刑する予定だそうだ」
「移送する必要あるのかね?」
「反逆者は見せしめの意味もあるからな、帝都の処刑場で殺されることが多いらしいぞ」
「首だけ持って帰れば良いだろうにな。そしたら箱一個で済んだのに」
「間違いない」
EAと御者が談笑する内容を聞いても、自分に救いはないとわかる。
――いや、救いがないのは元からか。
ヴィート・シュタクを裏切ったことを後悔しているかといえば、そういうわけでもない。自分の心に従った結果だ。
ソニャはどうしているか。そんなことを考える。
亡き友人テオドアの妹だ。末っ子だったコンラートにとっては未知の存在だった。扱いづらいくせに、何かと寄って来る妙な存在だ。
守ってやらなきゃいけないとは思わなかった。何せ魔弓の射手という称号を持っているほどだ。自分などよりよっぽど強い。
しかし心配ではある。
色々考えていると、小さな欠伸が出て来た。
「帝都まであと一日ほどか。飛行船で帰れたら良かったのになあ」
「バカ。あんなのに乗れるのはエリート連中だけだっての」
御者がそんな声を漏らす。
帝都に続く道はどこも良く舗装されてあり、竜車で進んでも揺れは少ない。
最近は、EAのおかげで旅の安全性が確保されてきており、荷車の需要が増え性能も上がっていたせいだろう。
どうせすることもない。
そう思って、青髪の少年コンラートは、ウトウトとし始める。
幸い、この一年の貧乏冒険者生活のおかげで、野宿などには慣れてきていた。馬車の上など快適なほどだった。
段々と意識が遠くなっていく。
――このまま、処刑されるんだろうな。
どこか他人事のように考えてしまっていた。
一年ほど前から必死にやってきた。だが、何も為すことができなかった。
結局、自分が何の力もないガキに過ぎなかったと思い知っただけの一年だった。
自嘲しながら、睡魔に身を委ねる。
彼の意識は遠ざかっていった。
『コンラート・クハジークよ』
「あん?」
気づくと、どこかもわからない場所に立っていた。
どこまでも続く平らな地面は、鏡のように磨き上げられていた。
空には雲一つない。どちらが上か下かもわからない、不思議な空間だった。
彼が戸惑っていると、水色と金色の混ざった髪を靡かせ、美しい女性が空から降り立った。
『称号を授けましょう』
「称号? つか、アンタ誰?」
ボーッとした頭で頭を抑えながら、女神の姿を見上げる。
『マァヤ・マーク。女神と呼ばれる存在です』
そう微笑んだ美しい容貌の女神だったが、その体は肩や右足の一部などが暗闇に染まっていた。
「えっと、何だ? 称号? オレに称号くれんのか?」
『ええ、貴方には特別な称号を授けましょう』
「は?」
『貴方には『聖龍』の称号を。その力で、世界の安寧を守りなさい」
「へ? 龍?」
『では、良き旅を』
そう女神が告げた後、彼の意識が突然に覚醒する。
驚いて顔を上げた。
馬車は止まっていたようだ。すでに日が落ちて、外からは業者たちが賑やかに食事をしている声が聞こえてくる。
「聖龍……? なんだそりゃ?」
呆然と今見ていた夢を思い出す。
暗闇の中だというのに、やけに物がよく見える。
彼はまだ気づいていなかった。
自らの瞳の中心が、竜の物のように変化していたことに。
元ブレスニークの侍女であり称号持ちの一人であるレギナは、メナリーにあるマーリアの住居で休んでいるところだった。
『巫女レギナよ』
ソファーにもたれかかって目を閉じていると、脳内に届く声がある。これは巫女の能力の一つである『神託』の効果だ。
「マァヤ・マーク様」
女神の言葉を聞き漏らすまいと瞼を閉じたまま答える。
『運命は成りました』
「運命?」
『新たな称号持ちが誕生しました』
「そうですか。それは?」
『聖龍の称号です』
「聖龍? 竜に与えたのですか?」
それは真竜国に君臨した古き龍レナーテのことを指す言葉だ。かの生物は帝国により殺されたはずである。
『コンラート・クハジークという少年に』
レギナは思わず眉をしかめる。
そういえばメナリーの戦場の少し外に置き去りにしたままだったと、ようやく思い出した。レギオンの効果範囲外にはいたらしい。
「……それは人の体に収まる称号なのでしょうか?」
『称号の力が発揮されたなら、彼は龍へと変わっていくでしょう』
「レナーテは似たような種族から変化したので問題はなかったわけですね」
『人間ならおそらく、いずれ体が耐えきれずに自壊します』
その言葉に、巫女レギナは片目を開けて顎に手を当て考え込む。
「悪魔の意思を持つ男を、恨む少年。これに称号を与え帝都に送り込んだ……というわけですか。これがあの場でおっしゃった策の一つと」
『我らの視点はあなた方には理解できぬでしょう』
「確かマァヤ・マーク様は以前、帝都には近づけぬとおっしゃっておりましたね」
「しかしあの都市は」
『魔素の薄いあの都の未来は、我らですらわからぬもの。あの人の都には、我々が近づけぬ罠があります。千年前の勇者の仲間が作り上げたものです』
「なるほど……。では」
『きっと、あの都に大きな破壊をもたらすでしょう』
こうして、その女神は最高の称号持ちを帝都へと送り込んだ。
レギナ・バジナが頬を吊り上げて笑う。
メナリー南西の平野決戦は、彼女たちの敗北で終わった。
次は違う形になりそうだ、とほくそ笑むのだった。
次回投稿は明後日。資料と断章になります。
その後、少し空いて新章の開始です。