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16、召喚










「なるほどな」


 呟きとともにヴィート・シュタクが駈け出した。いつものように滑り込むような軌道の加速だ。

 そこから右の指を揃え、腰の横からシャールカのレクターの頭部へと爪を撃ち出すように、貫手の突きを放った。EAさえ易々と貫く攻撃であり、まともに食らえば即死である。


「くっ」


 円形の盾で攻撃の軌道を逸らそうとした。しかし相手の攻撃は剣とは違い、指が自由に動かせる。


「甘いぞ、シャールカ!」

「あっ!?」


 盾の縁を掴み、相手の体を強引に後方へ流した。背中を見せる形になったレクターへ、シュタク大佐のディアブロが掴みかかろうとした。

 しかしシャールカは後頭部に目がついているかのように、横へと避ける。そのまま回転しながら、剣の腹でヴィート・シュタクの右側頭部を殴ろうとした。


「舐めてんのか!」


 黒いEAはその攻撃が当たる瞬間、左手を伸ばして掴み取る。

 結果として、二機のEAは一ユルもない距離で見つめ合う形になった。


「……全く勝てる気がしません」

「そんな旧式のレクターなんぞに負けられるか」


 訝しげに問い返した瞬間を狙い、ルカは剣を離して左手の盾で相手の視界を塞ぐ。そのまま右足でヴィルの両足を払おうとした。

 しかし相手はそれを読んでいたのか、すでに後方へ大きく飛んでいた。


「……少し、楽しいです」

「あん?」

「思えば、貴方様とこんな風に戦いをしたことがなかったので」


 ゆっくりと拾い上げた剣を一振りし、土を払い落とす。それから盾を前に出し剣を斜め後ろに回す。攻撃の出所を見えないように半身で隠した構えだった。


「EA。私はその兵器が大好きでした。何故なら、貴方を強くしてくれる、貴方を守ってくれる力だったから」


 そのまま走り出して、ヴィート・シュタクへと向かっていく。同時に口元で何かを唱えた。

 盾の下の腕をまっすぐ伸ばし、


「雷四絶波!」


 と魔法を放つ。黒いEAディアブロに真っ直ぐ伸びた電撃が四つに割れ、その手足を穿とうと伸びた。


「バカが」


 左手を軽く横に振るい、魔法を完全に消滅させた。


「光剣!」


 接近してきたシャールカ右側から剣を突き出す。その刃がわずかな光を帯びていた。


「そんな旧式のレクターなんぞで、オレに勝てると思うか、シャールカ」


 左側から襲う刃を右手で掴もうと伸ばす。


「爆惨!」


 刀身から火が溢れ、掴もうとした手を焼こうと燃え盛った。


「甘い」


 だが男は構わずそのまま掴んだ。同時に剣を掴んで砕く。シャールカの武器が半ばから失われた。しかしシャールカは構わず剣を振り切ろうとする。


「光刃」


 柄から伸びた光が刃の形を取り、失われた武器を再現してヴィート・シュタクに襲い掛かった。


「それも無駄だ」


 硬い音がして、シャールカはたたらを踏む。彼女が作り出した光の刃は、ヴィート・シュタクの左腕により、簡単に弾き返されていた。


「……強いですね。まさか魔力の刃すら弾き返すとは」


 再び構えを取りながら、


「中々に多彩だな。正直、驚いた」

「勝てないとわかっていて剣を振るうのは、中々につらいものがあります」


 少しだけシャールカの声に笑みが感じられる口調だった。

 ヴィート・シュタクはチラリと、自分の背後にいるクリフに注意を払った。剣を構え立ち上がっているが、攻撃を仕掛けてくる様子は見られない。

 だが、逃げ出そうとする気配もない。

 そのとき、彼はラウティオラの操る巨大な骸骨が、砲撃を止めているのが見えた。どうやら手ごわい相手が乗り込んできたらしい。


「どうやらお前の相手をしている暇はないらしいな、シャールカ」

「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。ソニャ・シンドレルが乱入したようです」

「ラウティオラは相変わらず一対一に弱いな」

「流れから言えば、こうなるのは必然かと」

 

 呆れたと言わんばかりのヴィルに対し、シャールカは平然とした回答を述べる。


「しかし、よくお気づきになりましたね」

「お前は前に言ってたからな。戦場に来ることがあれば、とな」


 それは真竜国でのレナーテとの決戦の前に、シャールカがヴィルに告げた言葉のことを言っていた。

 戦場に来ることがあれば、全てはヴィレーム・ヌラ・メノアのためだと。


「では引き続き、メノアにとって邪魔な彼らを、貴方に差し出しましょう(・・・・・・・・)


 シャールカは軽く剣を振った後に、兜内の拡声魔法へと魔力を通した。


『皆さん、あの化け物は我がブレスニーク家の家臣シンドレルが相手をしています』


 真っ直ぐ剣を上げることで、連合軍側の注目がそこに集まる。

 現在はソニャの活躍により巨大骸骨の砲撃が止んでいた。近くにいた帝国軍のEAたちも隊列の組み直しに忙しいようだった。

 連合軍側はといえば、味方の治療などに動き始めていた。中には逃げ出そうと試みる人間たちも多くいた。


『背後の大河を渡る暇はありません。今は前に進みましょう』


 そこに、鈴を鳴らす、という表現が似合う冷たく美しい声が響いていった。

 どよめきが起こる中、彼女は言葉を続ける。


『未だに数はこちらが優勢。帝国の超兵器は抑えられている。ならば、今ここで攻めるしかありません! だから前に、前に参りましょう! 私がこのヴィート・シュタクの相手を務めます。ですが皆さん、もし私が倒れようとも、前に進んでください。それこそが生き延びる道、勝利への道です!』


 煽動を重ね、少しでも前を向かせる。

 確かに千以上が巨大骸骨の砲撃によって戦闘不能に追いやられている。しかし帝国のEAは元々五百しかおらず、連合軍側にもシーカーというEAが存在していた。


『今が好機! 参りましょう! 全軍、前に!』


 まるで彼女らしくない熱の篭った声だった。


「終わったか?」


 呆れたように黒いEAが軽く肩を竦める。


「お待たせしました。申し訳ありません」


 レクターが盾を構えて腰を落とした。


「こちらとしては実験の意味合いが強かったのだがな。ならば、楽にやらせてもらおうか」


 ディアブロはその爪を揃えて右腕を引く。脚甲の走った赤い線が不気味に光った。内部の魔力刻印が再起動する。

 姿がかき消えるように、シャールカの眼前へと現れる。相手の体勢は地面を這うように低い。

 先ほどと同じ攻撃だ。ヴィート・シュタクが盾を掴むかもしれないと思い、受け流すのではなく正面から受け止めようとした。


「痛むぞ」


 ディアブロの放った攻撃は、そのまま盾を貫通し、レクターの左腕を破壊した。












『今が好機! 参りましょう! 全軍、前に!』


 理論としては筋が通っている、と連合軍の指揮官の一人は思った。

 後退には状況的に難しく、前方には自分たちより数が少ない敵しかいない。


「確かにそうだ! 今は行くしかあるまい!」


 どこかで声が上がる。


「行くぞ、進め!」

「前進だ! 帝国なんぞすり潰せ!」

「だが、こちらも……」

「帰るなら帰れ! 無事に帰られるかは知らんがな!」

「やるぞ! けが人は魔法士に任せて、各国ともにEAを前に出せ!」

「うるせえ、命令すんな! うちも生き残ってるシーカーを前に出すぞ!」


 連合軍側の陣地から、色々な声が上がり始める。冷静に戦況を見つめているものもいれば、絶望感に苛まれている人間もいた。

 彼らは悪く言えば寄せ集めの軍隊だ。初日はそこを突かれて帝国軍に惨敗したとも言える。二日目こそはある程度足並みを揃えて戦おうとしていたが、最初の巨大骸骨によって挫かれていた。


「ああ、白いのがやられる!」


 連合軍の中から、女性騎士が悲鳴を上げる。

 帝国の黒いEAに左腕を盾ごと貫かれ、片膝をついていた。剣を振り上げて距離を取り、仕切り直そうとするが、ヴィート・シュタクと名乗る男も追撃の手を休めない。


「くそっ、どうする?」

「隊長! どうしますか? 確かに今がチャンスだ! 敵の指揮官は一騎打ちなんてしてやがる!」

「ありゃ昨日の綺麗なお姫さんでしょ!?」


 大きく横に広がった陣形の連合軍から、次の行動を指揮官に促す声が上がり始めた。

 彼らの元々の予定では、シャールカ・ブレスニークという旗頭の元に、アエリア聖国の遊撃騎士団を中心として、包囲戦術で帝国を圧殺するつもりだった。

 そこから遊撃騎士団の指揮官が戦線離脱しただけとも言える。

 無事だった各国のトップたちは、その美しい銀髪の令嬢を覚えていた。アエリア聖国の企みであるメノア大陸での傀儡国家の建立も知っている。横からそれをかっさらうことができる機会でもあった。

 その上でヴィート・シュタクとクリフ・オウンティネンの話を信じるなら、アエリア聖国の首都は、あの巨大兵器により襲撃されたはずだ。アエリアの人間の反応から見て、全くの嘘であるとも思えない。

 年若い女魔法士が拡声の魔法をかけ、


「まだこちらが有利です! 中リダリア国第二魔法師団、行きますよ! シーカー、前に!」


 と自国に号令を出した。

 一つが前に出れば、遅れまいとそれに続く国家も出てくる。


「北方教区独立都市連合軍、遅れるな! 一矢乱れぬ我らが槍を見せてやれ! シーカー、槍を持て! 突撃だ!」


 長い槍が特徴的な革鎧の軍団が走り出す。その先頭を同じ武器を持ったシーカーが先導し始めた。


「遊撃騎士団! 呆けてる場合じゃねえ、とりあえず隊長を助け出すぞ!」


 聖アエリアの遊撃騎士団所属の百機のEAたちも動き出す。


「ルルム大公国歩兵団! 動ける者は立て! あの姫を助け、黒き悪魔を討て!」

「アルカディア義勇軍、姫を助けるのは騎士の仕事よ! 敵は魔王と噂される男! 遠慮はいらぬ! 呪われた大陸を生き抜く我らの強さ、見せてやれ!」


 動けない人間を置き、各国の軍団が我先にと帝国の先頭に立つ黒いEAを目指して走り出す。

 そこまでの距離は半ユミルほどだ。EAであれば、一分とかからず辿り着くほどの距離である。

 大きく広がってた連合軍の一部が、ヴィート・シュタクとシャールカ・ブレスニークにより引っ張られるように突出し始めた。結果として先端の尖った陣形へと変わり始める。

 対する帝国右軍もすでに動き出している。

 遠距離砲撃部隊は敵の速度を挫くために、魔力の塊をいくつも撃ち込む。

 しかし帝国右軍の数にも、限りがある。彼らは五百ほどしかいないEA部隊だ。うち、一ユミルを飛ばす砲撃部隊の数は二割程度である。

 対する連合軍の最初の数は三千ほど。そこからラウティオラにより千近く減らされているとはいえ、二千ほどは健在だ。

 それらが走ってきている。いくら強力とはいえ、砲撃だけで抑えきれるものではない。

 シャールカ・ブレスニークのレクターを追撃しようとしていた黒いEAが、連合軍の動きを見て、後ろに大きく飛んだ。


「やっと出てきたか。予定通り、『犬』を出せ!」


 ヴィート・シュタクが腕を横に伸ばしながら、拡声魔法で指示を出す。

 帝国右軍の中から、旧型のEAたちが抜け出して、連合軍目がけ走り始めた。

 その鎧は紛れもなく帝国の前主力機である『ボウレ』だ。しかし走る姿は、四つん這いの正しく犬のようであり、その速度は連合軍の倍にも及んだ。


「犬……?」

「期待には応えてやるぞ、シャールカ・ブレスニーク」

「ありがとうございます、大佐」


 左腕から血を流しながら、白と青のレクターが右手で剣を構えた。


「さあ、第一幕、お前の演出した茶番(・・)、オレが演じてやろうか」







 クリフは何とか隙を見つけて逃げようと、十ユルほど先で起きているヴィート・シュタクとシャールカの戦いに注視していた。

 戦闘は明らかにヴィート・シュタクが押している。

 その攻撃が届くたびに装甲が破壊される。しかし、何とか食らいつき、時間を稼いでいた。特筆すべきは盾の使い方だった。大剣豪という二つ名を持つ自分ですら叶わない、と素直にクリフは驚嘆する。

 しかし、先ほどの言葉には、違和感を覚えていた。


「……何だ?」


 帝国の左翼側では、巨大骸骨とシーカーに似たEAの戦いが始まっており、確かに強力な砲撃は先ほどから撃たれてはいない。

 その上で数の多いメナリー連合軍側が、五百体のEAしかない帝国軍に向かって行くのは、間違いではない。

 この攻撃に備えて帝国側も隊列を整え、一部が連合軍に向けて走り出していた。

 そんな戦争らしい光景を見ても、クリフは違和感を拭えないでいる。


「……おいおい、まさか」

 ――このお姫さん、連合軍を逃がすまいとしてんのか?


 単なるカンだとも言える。しかし彼は、あながち間違ってるとも思えなかった。

 今のうちに逃げれば、都市は落とされても、ある程度の数は確実に生き残れる。

 悪い予感がしてならない。


「なんだ……」


 希望を与えるような発言は、普段の言葉数が少ないシャールカからは考えにくい雄弁さだった。

 このまま散り散りに逃げ切れば、数が少ない帝国では捕まえ切れない。メナリーが落とされようと、他で戦力を再集結させるなり、自国に戻るなりすれば良い。


 ――差し出す?


 クリフは剣を構えたまま、背後をチラリと肩越しに見据えた。

 帝国の巨大骸骨から生き残った連合軍が、土煙を立てて真っ直ぐ帝国軍へと走っている。それも、自分たちがいる戦場の真ん中を目指してだ。彼女が多弁に誘導したからだ。

 助けろと泣き叫ぶような姫ならば、連合軍も土壇場でこんな風にまとまらなかっただろう。自分が死んでも前を目指せと言われたならば、逆に助けなければという気持ちに誘導される。戦場に立つものには、多少なりとも英雄願望があるのだから。

 その上で、クリフたちとシャールカの事情を知る各国の頭たちには、希望を叩きつけた。前に進むことが生きる道だという希望だ。

 彼は確信を得た。しかし遅い。


『おおおお! 帝国を倒せええええ!!! あの姫を助けろおおお!!』


 勢いは止まらない。連合軍の部隊は、隊列すらも組まず、我先へと帝国の待ち構えるところへと走り続ける。生き残るために。戦場で英雄になるために。

 だというのに、形は自然とまとまり始めている。

 シャールカが最初にクリフが期待した通り、正しく旗頭としての役目を果たしていた。バラバラに散らばりかけた連合軍をまとめる、という意味では良い旗だった。

 それが、ヴィート・シュタクたち帝国軍に、攻撃しやすい隊形を作らせるための目印だとしてもだ。


「ばかやろおおお、撤退だあああ!! 逃げろおおお!!」


 拡声の魔法を全力で回し、戦闘域全体に届くように声を張り上げた。

 彼はすでに敗北した軍の頭だ。そんなものの言うことを他者が聞くはずがない。

 代わりに先頭に立って黒いEAと激闘を繰り広げているのは、シャールカ・ブレスニークという姫だ。亡国の生き残りが、EAをまとって、自分の家族を殺した男と直接、戦いを繰り広げている。

 もはや感動的過ぎて、サーラと見た舞台演劇を思い出すぐらいだった。

 巨大骸骨の方も、連合軍側の士気に影響を与えている。自分たちと似たようなEAが、一人で対等に戦い、戦い方を示しつつ引きつけているのだ。


「くそがあああ!!」


 クリフは形振り構わず逃げ出そうとした。どれだけ情けなくても良い。今は国元に帰らなければという思いだけで駆け出そうとした。


「おっと。逃がすわけがないだろう? バカが」


 ヴィート・シュタクがシャールカの隙を突いて、魔力砲撃を放つ。


「がああっ!?」


 薙ぎ払うように放たれた波のような一撃が、クリフの足元を刈り取る。前のめりに倒れ込み、顔面を打つ。

 足に走る激痛に気づいて、背中側を見た。シーカーの装甲は焼き切られ、そこにあったはずの足首がない。


「……ち、ちくしょう……」


 それでも、這ってでも帰るとばかりに腕を使って逃げ出そうとした。しかしそんなもので進むはずがない。

 顔を上げて、前を見る。

 もうすぐそこまで、連合軍(いけにえ)は迫ってきていた。











「ちょこまかちょこまかと! うっとうしい! もう!」


 巨大骸骨がその身の丈に合った剣を振り下ろすが、地面を虚しく抉るだけだった。


「もぉ、厄介だなぁ。でも、この巨体を操る魔力も、そろそろ切れるでしょ」


 横に飛びながら、シーカー・グロウが弓から魔力砲撃を連続で放つ。それらは全て薄い青色の魔力障壁によって弾かれる。

 しかし、魔弓の射手ソニャは見逃さなかった。その一つがわずかに骨を傷つけていることを。

 大量に撃ち放った砲撃が、たまたま障壁を貫いて当たったのだとわかる。しかし、先ほどまではその一撃すら通らなかったのだ。


「持久戦って、向いてないしぃ」


 兜の中ではソニャの唇からは血が漏れていた。

 彼女は一年ほど前はベッドの上で寝て暮らしていたような病人だった。いくら称号を得たとはいえ、体を動かすこと自体に慣れていない。


「そろそろ決着ぅ?」

「私の快眠のために眠りなさい!」


 巨大骸骨が掬い上げるように、横に剣を振った。

 ソニャはその攻撃を大きく避けず、最小限に飛んでかわす。すぐ間近を通り過ぎる巨大な鉄塊に、称号持ちの膂力とEAの増幅の合わせ技で指を立てて掴んだ。

 振り上げられた剣と一緒に舞い上がり、最頂点で剣の上に立つ。

 巨大骸骨は二十ユルほどだ。その剣も十ユル以上あるふざけた大きさを誇っていた。

 ゆえに、今の身軽なソニャならちょっとした通り道になる。


「さっきから、この剣は魔力障壁通ってないって知ってるんだよねぇ!?」


 雪山を滑走するように落ちながら、弓を構えて連続で砲撃を放つ。その狙いは胸元に上半身を生やした、奇っ怪な格好の女だ。

 相手も魔力障壁を張るが、ソニャも全力だ。針を通すような精密な連続砲撃を一点に集中させ、その分厚い障壁を貫いて、巨大骸骨の胸元に攻撃を届かせる。


「あっはっはっはっはー! 死んじゃえ、ヴィート・シュタクの仲間ぁ!」


 あまりの砲撃の多さに、敵の姿さえ見えなくなる。

 しかし、障壁は貫いた。今の攻撃を受けて生きてるはずがない。

 勝利を確信するしかない状況だった。

 だが、ソニャ・シンドレルはEAの装甲の上から、強力な打撃を受ける。それは首から上が吹き飛ばされそうな威力だった。


「くうぅ!! 何なのぉ!?」


 悲鳴を上げながら空中を落ちて行く。

 そこに、包帯を巻いた女が、


「ああああああはああああああああああ、楽しいいいいいいい!!!! 楽しいなあああ! 全力だああああ!!」


 と絶叫する。

 黒い包帯で目元を隠した女が、落下していく彼女の上に乗っていた。

 腰と足元しかないEAと、女性の尊厳を保つ程度に覆われた胸元の布。青く長い髪を振り乱し、殴りかかってきていた。


「きゃっはぁああああ!!!」 


 巨大骸骨を捨て、本人の魔力障壁を前面に張って、魔力砲撃を拳にまとわせた魔法で打ち払いながら、飛びかかってきたのだ。

 そのことに気づくソニャだったが、すでに時は遅かった。

 大きな音を立てて、地面に背中から落ちる。


「落下抑制」


 異相の女は簡単な詠唱とともに、地面に静かに降り立った。


「ほら、かかってきなさい、このラウティオラ様に」


 拳を前に出して腰を落とし、拳法のような構えを作った。


「ふ、ふざけてぇ」


 飛び上がるように立ち上がって、即座に弓から砲撃を放った。しかし、相手はその攻撃を拳にまとわせた魔力障壁で防ぎ、一気に加速する。


「ま、魔力が大きすぎる、なんなの、この女ぁ!?」


 焦りとともに魔弓から攻撃を撃ち続けるが、相手が張った壁に毛ほどの傷もつかない。

 ラウティオラは、脚甲内の魔力刻印を走らせる。


「拳で語る!」


 弓を司る称号持ちとして、動体視力も大幅に強化されたソニャですら、その体がブレて見える。それほどまでに強すぎる身体強化の魔法だった。


「なんなのぉ、アンタぁ!!」


 悲鳴に似たような叫びを上げるシーカー・グロウの胸元に、ラウティオラの右の拳が突き刺さった。


「もう一発っ!」


 空中にわずかに浮いたソニャのEAに、左の拳が真っ直ぐ飛んできた。大きな打撃音の後に後方に吹き飛ばされ、再び背中から倒れ込む。


「勝利! 枕貰い!」


 ラウティオラが勝ち名乗りを上げる。

 しかしその背後では、巨大な骸骨が主を失い、ガラガラと音を立てて崩れ、魔力体が魔素へと還っていったのだった。














「あの化け物は倒れたぞ!!」


 連合軍はさらに勢い付いて、我先へ走っていく。


「姫君を救った後、左翼側に突撃だ!」


 誰かが指揮を飛ばし、その配下にあった者たちが従う。周囲の軍隊も釣られたように続いていった。馬に乗った騎士もいれば、EAをまとった兵士もいる。最初の部隊はおよそ五百以上だ。

 彼らは両軍の象徴同士が戦う場所を目指して駆けていく。

 見れば、ちょうど黒い鎧の右腕が白い盾を破壊し腕を切り裂いたところだった。

 反対側にいる帝国軍は、左翼と右翼の中からボウレと呼ばれる旧式のEAたちが突撃を始めたところだった。


「あの男、ヴィート・シュタクを殺せえ!」

「殺せえ!」

「救え!」

「ブレスニークの姫君を救え!」

「殺せ!」

「救え! 助けるんだ!」


 戦場で先頭を走ろうとする人間など、多少なりとも英雄願望があるのが当たり前だ。そして腕にも運にも自信があってこその英雄願望だ。

 対する帝国軍は、粛々と隊列を整え、一部だけが抜け出して連合軍へと向かっている。いくら何でも数が少なすぎる、と連合軍たちは思い始めた。

 彼らの中から一体のEAが突出する。

 足に自信があったのか魔力に自信があったのか、魔力刻印の扱いに長けていたのか。

 冒険者用EA『シーカー』は、多くの種類の武装を扱えるが特徴だった。多用な任務と多岐に渡る依頼をこなす彼らにとっては、うってつけの機体である。

 事実、アエリアの特級冒険者チームは全員が同じEAを着込みつつも、武器は全て違う物を扱っていた。

 連合軍の突撃の先頭にいたEAが、背中から槍を取り出して先端を前へと向けた。そのすぐ後ろには三機の同武装機が追ってきていた。


「あと少しだ! 帝国軍、覚悟しろ!」


 先端の槍部隊は、帝国でも誉めるだろうと思えるほどに、加速を保っていた。騎馬に乗った騎士ですら絶対に到達できない速さだ。人間を一口で飲み込む魔物であろうとも、一撃で貫き殺すだろうと思われた。

 それがわずか百ユルもない距離にいる。

 だというのに、白と青のレクターを見下ろすヴィート・シュタクは、


「バカが」


 と何も動きを見せずに、男たちを短く嘲笑した。

 彼の後方にいた帝国右軍の両翼から抜け出した一部のEAたち。

 両腕も使って犬のように走り抜けるボウレたちは、予想以上の速さだった。連合軍がヴィート・シュタクに辿り着くよりも早く、『犬』たちは接敵する。

 そして何も恐れぬかのように体を広げ、連合軍の槍部隊に飛びかかった。


「わざわざ的を大きくするなど、帝国はバカなのか?」


 連合軍の先頭にいた槍の男が、胴体の真ん中を貫こうとして槍を突き出した。

 それは致命的な攻撃だ。

 連合軍のEAたちが命を失う切っ掛けとなる、致命的な攻撃だった。


「がっ!?」


 ボウレの胴体を槍が貫いた瞬間、装甲全てが赤熱し大爆発が起こる。

 後ろにいた三体の槍持ちシーカーたちも巻き込まれて吹き飛ばされた。明らかに致命的と思える重傷を負っていた。


「さあ、演目は、アエリア聖国第三神官騎士団の自爆芸だ」


 ヴィート・シュタクがわざとらしく指を鳴らすような動作を行った。

 次々と四つん這いのボウレたちが連合軍たちに向かって走って行く。攻撃を食らったりぶつかるたびに爆発し、周囲を殺害していった。不思議と魔力砲撃だけは障壁で弾いているので、連合軍たちは接近を許してしまっていた。


「まあ、実験通りの威力だな」


 まるで科学者のような言葉で呟く。

 その言葉を皮切りに、帝国軍の中からいくつも同型の鎧が飛び出してきて、近寄る連合軍に飛びついては爆発した。


「走って爆発するしかできなくなるのが欠点か。使い道が限られるな」


 両腕をぶら下げた姿は、まるで墓場から剥いでた死体のようだった。

 それらは恐るべき速度で次々と敵に取り憑いては爆発し始める。


「嫌だ、嫌だ、やめてくれえええ」

「たすけ」

「死にたく」

「こんな死に方は嫌だぁ」


 爆発する直前に、帝国軍側の鎧からそんな断末魔が聞こえてくる。


「おや、声は封じたはずなんだがな。たまに失敗作が紛れてるか」


 ヴィート・シュタクはヤレヤレとため息を吐いて肩を竦めるような動作で、ため息を吐く。


「な、何だってんだ……」


 前のめりに倒れたままのクリフが、呆然とした呟きを漏らす。


「お前のご同輩さ。内部の人間の魔力を使って自走する爆弾、というところか」

「だ、第三神官騎士団なのか……中にいるのは」

「アエリア聖国は滅んだし、人質の価値はないしなあ。騎士団長とかいう男は殺してしまったし、捕虜にしといても糧食の無駄だ。EAの在庫処分も合わせて、華々しく……うーん?」


 およそ百以上のEAが、連合軍のあちこちで爆発していく。

 勢い付いたはずの連合軍は、捕虜を使った人間爆弾に蹂躙されていった。


「汚ないな、ホントに」


 ヴィート・シュタクは、まるでつまらない演劇を見た後の感想のような言葉を漏らしたのだった。














「さて、クリフ・オウンティネン、立てませんね(・・・・・)?」


 シャールカ・ブレスニークが前のめりに倒れていたシーカーに近寄る。


「てめえ……ヴィート・シュタクとグルだったのかよ……! いつの間に!!」

「いえ? 何も話し合ってはおりません。私は最初から、このメノア大陸にいる他大陸の軍をまとめ上げるために、メナリーに亡命したのですから。貴方もご存じだったのでしょう?」

「そこからヤツと打ち合わせてたのかよ!」

「違います。私の浅はかな考えなど見抜いて下さると、あの方を信じていただけ」

「何言ってんのか、わかんねえよ!」


 白と青のレクターが、クリフのシーカーを仰向けにし、前面装甲を剥がす。中から見えたクリフは、涙を流し唇は自らの歯で血だらけになっていた。


「貴方の間違いは、ヴィート・シュタク大佐を敵に回したこと。言いましたよね? あなた方は時代遅れなのだと」


 両足の先端を失ったクリフに治癒魔法をかける。しかし聖女のような強力な効果があるわけはなく、血止めが限界であった。

 自分で歩くことすらできなくなった彼を小脇に抱え、黒いEAの方を振り返る。


「それに貴方たちのせいで予定が狂ったのも事実。こうなってしまえば、あのお方は私をこのまま逃がしてくれるはずがありません。可能なら、どさくさに紛れて逃げ出したかったのですが、予想以上に連合軍が不甲斐ない」


 いつも通りの平淡な口調で、酷薄な言葉を呟いた。

 彼らの背後では、阿鼻叫喚の戦闘が始まっている。

 『犬』と呼ばれたEAが、シーカーたちに取り憑いては爆発していた。シーカーたちも必死に防ごうとするが、自爆を目的とした『犬』の軍団を上手く処理できずにいる。

 さらに言えば、残りの帝国右軍はすでに陣形を変えていた。前列では盾と槍を構えたボウレⅡたちが一列となって、待機している。彼らに守られるように後衛に並んでいるのは、遠距離攻撃部隊だ。強力な魔力砲撃で、連合軍の中列以降にいたEAのない人間たちを蹂躙している。

 結果として、救えと突撃してきた連合軍は、足止めされていた。

 撤退すれば、多くは生き残れたかもしれない人間たちが、引っ張られるようにして帝国右軍の前に自ら飛び出してきたのだ。ゆえに連合軍側では、あらゆる場所で人が死んでいた。

 ラウティオラが呼び出した巨大骸骨などいなくとも、最初から勝てたと言わんばかりの猛攻だった。

 周囲を強力な魔力砲撃が飛んでいく戦場の真ん中で、再びヴィート・シュタクとシャールカ・ブレスニークは向かい合う。


「逃がしてはいただけませんか? 申し訳ありません。この男に聞かねばならないことがあります」

「残念だが、それはできんな」


 ――こちらで聞き出して、後で教えてやろう。

 彼はそれを口に出せない。出せば帝国に対する裏切りだ。もはや好き勝手にやれる少佐ではない。好きにやれと嘯く将軍もいないのだ。


「帝国に捕まれば、私は処刑されます」


 シャールカ・ブレスニークは元々、反逆者ブレスニーク公爵家の一員として処刑される手はずであった。

 それをヴィート・シュタクが連れ回してソニャ・シンドレルに奪わせた結果、まだ命を長らえている存在だ。


「……まあ、そうだな」


 黒い鎧の男もそれは否定しない。

 彼もかなりの搦め手でシャールカを生かした自覚がある。

 使ったのは強引すぎる手であり、わざと逃がしていると思われたなら、さすがに貴族や左軍からの突き上げを食らうだろう。ヴィート・シュタクだから辛うじて許された手段だった。右軍の頂点である母アネシュカの保護はもうない。

 ヴィレーム・ヌラ・メノアとしても同じだ。

 帝国への反逆者を、元婚約者だからとして生かしたなら、皇室として示しが付かなくなる。たださえシャールカの祖父である公爵が真竜国側にボウレの設計資料を漏らしていた。その息子クサヴェルは皇子エリクと共に独立を画策した。

 今はユーリウス帝を失い、今は兄ザハリアーシュや妹ハナと共に帝国をまとめ治している段階だ。宰相補佐を務めていたエリクと違い、残った皇子皇女には政治の実務経験や実績がなく、法の優位を揺るがせる立場にはない。

 おそらく貴族たちも、没落したブレスニークが復活しないよう、目の前での処刑を求めるはずだ。生かせばヴィレームとして大きな弱点を抱えることになる。

 そんなことはシャールカ自身もわかっていた。


「アエリアのせいで予定が狂いました。私には、まだやるべきことがあります。申し訳ありません。まだ命を差し出すことはできませんが、いつか必ず」


 白と青のレクターが頭を下げる。



「それは、こちらの方のことですか?」



 連合軍の方から、拡声の魔法で女性の声が届けられる。

 ヴィート・シュタクやシャールカが振り向けば、緑色の巨大な障壁が半球状に張られているのが見えた。

 帝国右軍の魔力砲撃を全て弾き、混乱する連合軍の真ん中をかき分けて、障壁の主がその姿を現す。


「……称号持ちか?」


 見たことがある光景に、ディアブロの中でヴィート・シュタクは舌打ちを零す。

 一人の侍女だ。砂色の髪をした、どこにでもいそうな女である。

 問題はその横だ。


「レギナ……それにレクター……?」


 シャールカが訝しげな声を漏らす。

 魔力障壁の中では、純白のレクターが両手を前に出して、ふらふらと歩いていた。中からは、わずかに声が聞こえてくる。


「シャールカ……シャールカはどこ……」


 おぼろげに聞こえてくる、夢を見ているような声を聞いてEAの中で目を見開く。

 小脇に抱えたクリフを取り落とし、シャールカは強大な障壁に向かって走り出した。


「叔母様!? 叔母様なのですか!?」


 手の平で魔力障壁を破壊しようとするが、それはビクともしなかった。左手の魔力砲撃機構は、ヴィート・シュタクにより破壊されていた。ゆえに右手で何度も障壁を叩き続けた。

 魔力同士がぶつかる音に反応してか、フラフラと純白のレクターがシャールカの方へと歩き出す。

 その後ろで、レギナと呼ばれた侍女服の女がスカートの裾を摘まんで頭を下げた。


「お嬢様、お久しぶりでございます。このレギナ・バジナ、お嬢様の大事な者をお連れしました」

「叔母様をレクターに入れて連れ出したの!? レギナ!」

「見ての通りでございます」

「貴方……! 何のために! くっ!」


 シャールカは魔力の刃を作り出して、何度もレギナの障壁に叩きつける。しかしわずかに揺らぐだけで、破壊されるような様子は全く見えなかった。


 頭を上げたレギナが、動きを見せず腕を組んだまま立っているヴィート・シュタクに視線を移した。


「狙いはもちろん、ヴィート・シュタク様です」


 自分の名前を聞いて、彼は腕を解いて片手を腰に当て、小さなため息を吐く。


「狙いはオレか。モテて困るな。しかし、その魔力障壁、どこかで見たと思えば、レナーテのところにいた『巫女』とやらか」


 男の言葉に、侍女はニヤリと笑いを浮かべた。


「はい、シュタク様。一年ほど前、先代の巫女が死亡後、私が授かりました」

「あのクソトカゲに食われて死んだエルフの後釜か。実は得意な能力があるという系統か」

「巫女が持つ能力(アビリティ)は、『領域の守護』。そして、もう一つは、この世ならざる者から受ける『神託』」

「なかなかの能力が揃っているようだな。どうだ? うちに来ないか? 待遇は期待して良いぞ?」

「お誘いいただき、ありがとうございます。ですが私、貴方のお命を頂戴するために参りましたので」

「この状況は狙い通り、ということか」


 帝国軍は連合軍に向けて攻撃を仕掛け続けている。帝国右軍の数はおよそ五百。そのうち百機は自爆型で、すでに役目を終えた。

 対する連合軍はEAを含めて未だ千五百以上である。

 そんな戦場の真ん中にいては、確かに帝国右軍も彼を助けようがない。もちろん、そんなことで余裕の態度を崩すようなヴィート・シュタクではなかったが。


「やめなさい! レギナ! それを起こしては!」


 シャールカが壁の向こうにいる侍女へと叫ぶが、相手は首を横に振るだけだった。


「貴方はなかなかに用意周到な方でした。マーリア様の秘密を調べた内容については、お付きの侍女である私にすら何も知らせなかった。残念ながら、巫女の称号を得た後でなら、簡単にわかりましたが」

「レギナ……」


 魔力が枯渇し始めている青のレクターは、拳を握って魔力障壁を叩く。

 しかし巫女の防御は、レナーテ戦でも多くのボウレⅡが放った魔力砲撃を、簡単に防ぎきったほど頑丈だ。旧式となりつつあるレクターの打撃程度で揺れるものではなかった。


「さて、では召喚を始めましょう」


 障壁の真ん中に立つレギナ・バジナが、ふらつくレクターの背中に手を添えた。

 そこから膨大な魔力を一気に流し込む。ドリガンの町でレナーテが魔力体を呼び出させたときと同じぐらいの量であり、周囲に緑色の光が溢れる。魔力が魔素へと還るときに発する現象だった。


「召喚? 今更レクターでレナーテでも呼びだそうというのか?」

「もっと良いものですよ、シュタク大佐」

「しかしマーリア・ブレスニークか。アエリアを裏切ったエルフからの報告で知ってはいた。だが諜報部ですら、見失った」

「私とソニャ様が、アエリアの目を盗んで隠しておりました」

「なるほど。称号持ち二人の連携なら、諜報部を責める気にはなれないな。それで? 何を呼び出してオレを楽しませてくれるんだ?」

「中にいるマーリア様は、とある事件で女神の残滓を残してしまった存在でございます」


 それはシャールカの母と皇帝の弟夫婦が命を落とした事件のことを示していた。密度の増した魔素に集められた魔物により死んだとされている。


「そろそろいらっしゃいますよ」

「……しゃーるか」

「叔母様! 叔母様!」


 虚ろな声で何度も名前を呼び続け、彷徨い歩く白銀のレクターを見て、ヴィート・シュタクは兜の中で訝しげな顔を浮かべた。


 ――何だ? 周囲の魔素があれに向かって収束している。


 渦巻くように魔素が集まり密度を高めていた。


 ――あの空間に存在できる上限すら超えている。


「……ふむ。やはり魔力体召喚か?」


 かつて、リリアナ・アーデルハイトがまとっていた最初のレクターには、召喚の魔法刻印が彫られていた。聖龍レナーテはそれを使わせることで、魔力体を送り込んできた。

 召喚には媒介が必要である。レナーテのときは、レクターの装甲に使われていた龍鱗だった。

 今回はEAの中にいるマーリア・ブレスニークという、女神の残滓を持つ女が選ばれた。


「レギナ、やめなさい! やめて! それを」


 背面に配置されていた魔法刻印が大きく光を放ち、まるで翼が生えたかのように巨大な魔法陣を虚空へと映し出す。


「マァヤ・マーク様よ、おいでませ!」


 天からは周囲に光が差した。陽光よりも光度の高い帯のような光が、幾筋も現れて大地を照らしていく。

 その陽光が触れた場所は、地面から緑が急激に伸び始めた。それはやがて人間の腰を超えるほどの草木と変わる。

 戦場の動きが止まる。

 不可思議な現象に襲われ、全員が手を止めて、空を見上げていた。

 戦場の真上から、ゆっくりと大きな光の束が降りてくる。

 それを迎えるかのように、大地から淡い緑色の輝きが吸い上げられていった。


「さあ、女神とは何かを知りなさい、全ての民よ」


 レギナが右手を広げ腰を折り、劇を締める語り部のようなお辞儀をした。













「……あの魔素の流れ……」


 大河の向こうに戦場を臨み、金髪を背中の後ろで巻いた女性が空を見上げていた。


「行くの? リリアナ」


 横には黄金のゴーレムの肩に乗った少女が、その女性に問い掛ける。


「アーシャちゃん、引き上げられた人たちをよろしくね」

「わかった」


 彼女のすぐ横には、自身で作り上げた白銀のレクターがあった。背中に二本の長剣を刺し、腰の両側にも二対の双剣を揃えていた。


「じゃあ、行ってくるよ、気になることもあるし」


 胴の前面が倒れ兜が後ろに上がる。彼女はEAの中に入って手足を伸ばした。自動的に鎧が閉じられた。

 白銀のレクターは腰の剣を抜き、目の前の大河に向けて投げた。それは水面に対して垂直に突き刺さり、周囲を硬い氷へと変える。

 内部の魔法の刻印に、魔力が通されると同時に、リリアナは大きく飛び上がって出来上がった氷の上に乗って、再び飛び上がる。空中で再び剣を投げて、同じことを繰り返し大河を超えていった。

 彼女が対岸に辿り着いた後、足場を作った剣は引き寄せられるように空中を飛び、静かに鞘へと収まった。


「ヴィート・シュタク」


 感情を見せない声で彼女は呟いた。











 天空からは水色と金色の輝きが混ざり始め、ゆっくりと銀光へと変化し始める。

 緑色の魔素の輝きが急速に密集し始めた。

 誰もが空を見上げる。

 神話のような光景。

 金色と水色が混じり合い、場所によっては銀色にも見える長い髪の毛。

 古い遺跡の壁画にあるような神世の時代の衣装を身にまとい、片手には麦穂を模した錫杖を持つ。

 かつて、幻影の軍勢を持つ男が見たという女神の降臨。ヴラトニア教国に伝わっていた宗教画によく似ていた。

 そんな叙事詩内の存在が、空から降りてくる。


『よくぞ呼び出しました、『巫女』レギナ・バジナよ。その働きに感謝しましょう』


 マァヤ・マーク。豊穣の女神であり、慈悲深き女神として全大陸で信仰される者。伝説では、人間に名と力を与え、魔物と戦う術を教えたとされている。


「ありがたき幸せにございます。貴方様から夢でお教えいただいた通りの結果となりました」


 侍女が膝をついて頭を垂れる。


『称号を与えるのは、この場にいる人間の軍勢でよろしいのですね?』


「はい。そして黒い鎧の男に裁きを。魔素を滅ぼす者です」


 魔素の放つ緑色の輝きの真っ只中に浮かぶ翼を持つ女神。明らかに人外めいた美しさと、どこか妖艶さを感じさせる艶めかしい唇。

 その荘厳な姿を、戦場の人間たちのほとんどが、呆けたように見上げていた。


『では、此方の軍勢に名を与えましょう』


 女神の眼下にいるのは、メナリー交易都市に集まった連合軍だった。


『伝説の軍勢。命を削り敵を倒すがゆえに生み出された、高貴な騎士たち』


 軽く手を振うと同時に、膨大な魔素が彼らに降り注いだ。

 それを浴びた人間たちは、まるで雷に打たれたように大きく震えて硬直する。


『あなたたちは、魔力の幻となって、悪の軍勢を討ち滅ぼしなさい』


 EAをまとった人間だけが、その魔素の影響を受けずに、周囲の異変に驚いて見回していた。

 エンチャッテッド・アーマーは完璧とは言えずとも、魔素を遮断する能力がある。それはオトマルが作った物も同様だった。


『貴方たちに称号を与えましょう』


 しかし、連合軍の多くは生身の兵士たちである。女神から降り注いだ魔素の影響を全身で受けていた。

 彼らの体内から何かが膨れあがって、風船のように膨れ始めた。それは、魔力の混じった血であった。

 最後には限界を超え、穴という穴から血が噴き出した。液体は吸い上げられるように頭上へと舞い上がる。

 血は透明となりそれぞれの体の上で渦巻き始めた。遠心力により純粋な球形となり、色の落ちた透明な液体は、やがて輝く銀となっった。


「……血液中から余分な物質を抜き、魔力を練ったのか?」


 訝しげな様子でヴィート・シュタクが声を漏らす。

 銀色の球体と変化したものは、ゆっくりと人型へと変わっていった。

 最後には、鎧を着た騎士のような形を作る。

 そして人間だったものたちは、魔力体で作られた、二ユルほどの魔力の騎士と化したのだ。

 女神が黒いEAの男を右手の指で示す。


『さあ、お行きなさい。貴方たちの敵は、あの男です』


 現れたのは、およそ二ユルほどの体躯を持つ、全身を鎧で包んだ魔力体の鎧騎士の軍勢。数は千を越える。


『今から貴方たちは、神の軍勢『幻影のレギオン』を名乗りなさい』










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