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15、レギナ・バジナ









 マズイ。

 クリフは死を覚悟する。

 相手は一瞬で彼の懐へと潜り込んできており、右手の爪を揃えて貫手で首を狙っていた。


「何だ!?」


 しかし、驚きの声を上げたのは、意外にもヴィート・シュタクの方であった。

 死ぬ間際のクリフを横からかっさらわれた。それも白地に青線の入ったEAからだ。


「勘違いしないでいただけると……いえ、何でもありません。彼に聞き出さなければならない情報があります。まだ死んで貰うわけには参りません」


 シャールカは小脇に抱えていたアエリアの騎士を投げ捨てる。

 尻餅をついたシーカーの中から、クリフが呆然としたまま、


「……お姫さん……何でオレを助けた?」


 と恐る恐る尋ねた。


「まだあの人の居場所を聞いていませんでしたので」


 平淡な調子の言葉で、背後にいるクリフに返す。


「そ、そうだな、そうだよな!」


 とクリフが嬉しそうに言いながら立ち上がる。死んだと思ったところに命を拾い上げられたからだ。


「動けますか? クリフ・オウンティネン」

「あ、ああ!」

「では、何としてでもメナリーに戻ります。その後は案内すると約束しなさい」

「わかった……こうなりゃアンタと協力するしか、生き残る道はないからな!」


 回復魔法により動けるようになった特級冒険者は、近くにあった剣を拾って白と青のレクターの後ろで構える。

 彼が動けるのを肩越しに確認したシャールカは、再びヴィート・シュタクへと視線を戻す。


「正気か?」


 訝しむような言葉に、シャールカのEAが首を横に振った。


「正気ではないかもしれません。ですが本気です」


 彼女の言葉を遮り、彼は小さく深呼吸をした。


「本気か。なるほどな」

「……最初から全てを連れてくるつもりでメナリーへと渡ろうとしたのです。まずはそれを果たしましょう」

「そうか……戦うんだな? オレと」

「……結果としては、そうなったと」


 彼女はEAの中で唇を噛む。唇の端から赤い血が零れた。

 意を決したような表情の後、シャールカは喉元に仕込まれた魔法刻印に魔力を込めて、拡声の魔法陣を回す。


『メナリーの連合軍たちよ、聞きなさい!』


 帝国に嬲られて、巨大骸骨の魔力砲撃に吹き飛ばされ続ける。そんな連合軍の陣地に、彼女の声が響き渡る。


『私はシャールカ・ブレスニーク。聖騎士王家の生き残りです! 恐れないでください、逃げないでください! 前に、前に進みましょう! 数はまだこちらが上です! 混戦に持ち込めば、あの骸骨も攻撃を放てません! だから、前に! 前に進むのです!』


 目の前の男は、EAを装備した状態なら世界で一番強いだろう。称号持ちですら軽々と葬る。かつては剣聖を殺し、勇者や賢者、魔弓の射手の三人とですら対等以上に戦った。 最近では、魔王であるという、まことしやかな噂まで流れていた。

 いくら帝国のEAという兵器が強力であろうが、称号持ちが同じ兵器を使っても勝つのだ。ならば、称号持ち以上の存在であってもおかしくはない。

 曰く、遠く北の魔族の住処から流れてきた角のない魔族である。

 曰く、魔族の血が混じった人間であり、身分を隠して帝国に潜入した。

 曰く、勇者と聖龍レナーテが魔王であると認定した。


『皆さん、彼は私が抑えます。その間に進みましょう! このままでは、全滅するだけです!』


 盾を構えた聖騎士王家の末裔が、剣を振り上げて周囲を勇気づける。

 そして剣を構え、ヴィート・シュタクへと躍りかかった。

 突きを放ち、攻撃は盾で受け流して、再び刃で斬りかかる。敵の攻撃を紙一重で回避しながら、魔王と噂される男と戦っていた。

 蹂躙される連合軍の中には、それで勇気づけられ始めた存在もいた。だが、巨大骸骨と帝国軍の放つ魔力砲撃は、容赦なく攻撃を続けている。

 逆に言えば、このままでは確実に死ぬこともわかっていた。EAを捨て、河に逃げようとした人間もいたが、あっという間に流されて藻屑と化した。

 背後の大河は増水し、前面は攻撃の届かない場所からの砲撃。

 絶対絶命の危機の中、それでも先頭に立つ白い盾を持った鎧の騎士は、魔王とも噂される男と戦い続ける。

 どこか心を奮わせる光景だった。

 誰かが動けば、連合軍も前へと進み出す。

 しかし切っ掛けがない。

 今はまだ蹂躙されているだけの状態であった。













「このままじゃやばいねぇ、でも、今が好機ってやつかなぁ」


 呑気な声で呟くソニャだったが、ラウティオラの巨大骸骨から放たれる砲撃が、わずか数十ユル先に着弾したばかりだ。

 シーカー・グロウというシーカーとレクターの間にいるような機体を身にまとっている。速度重視の流線型を多く装甲に採用し、魔法刻印も魔力砲撃と速度強化に極振りしたような機体だった。


「おわああ!?」


 右手に持っていたコンラートのシーカーから、悲鳴のような声が聞こえる。着地すると同時に放り投げた。


「いてえ!?」


 彼らがいるのは、連合軍後方だった。周囲の人間たちはEA持ちもそうでないものも、必死に逃げ回るだけだった。それでも被害は大きくなるばかりだった。


「くっそ……あれ、ブラハシュアんときに見たガイコツかよ。賢者が帝国についたのか?」

「コンラート君、わたしぃ、ちょっと行ってくるねえ」

「は? どこにだよ?」

「あのデッカいの、どうにかしてくる。もぅちょっと疲れてくれたら良かったんだけど、このままじゃメナリー連合軍は相手になりそうにないしねぇ」

「待てよ、オレも行くぞ」

「コンラート君はここで必死に逃げてて。あと、レギナのところに合流ぅ。たぶん、好機は訪れるからぁ」


 そう言って、シーカー・グロウは前傾姿勢から、一気に加速した。


「あ、おい!?」


 コンラートが手を伸ばすが、あっという間に見えなくなる。

 ソニャは魔弓を背中にかけたまま、大きく飛び、慌てふためき壊滅していく連合たちを飛び越えた。

 その速度は恐るべきもので、あっという間に最前列の真上だった。


「行くよぉー!」


 高さ四十ユルの空中から魔弓を構え、魔力増幅の刻印を走らせる。弓を持つ左手が淡く光った。


「食らっちゃって!」


 放たれた魔力砲撃は、八つ。そのどれもが、ボウレⅡ遠距離砲撃用と同等の威力だった。

 つまり、帝国のEAが持つ魔力障壁を易々と貫いて、破壊していった。

 だが、ラウティオラの操る巨大骸骨の周囲にある魔力障壁は、それらを易々と防いでしまう。


「……何よ、私の邪魔したの?」


 巨大骸骨の胸元から、ラウティオラが帝国右軍の最前列の前に立つ、一体のEAを見下ろした。


「ちょっと、お邪魔させてもらうよぉ」


 ソニャが間延びした調子の言葉で、魔力を走らせる。

 帝国右軍のボウレⅡ部隊、その最前列にいた盾を持つ十二機が、彼女に向けて走り出した。


「おやぁ、魔力障壁を増幅させる盾かなぁ? すっごいなぁ、その魔力の流れぇ。相変わらず帝国はズルいなぁ、EAが強くて」


 幾ばくも焦った様子はなく、彼女は弓を水平に構えた。


「拡散魔力砲撃ぃ」


 放たれた攻撃は、先ほどと違い、指先ほどの小さな魔力の塊が無数に飛んでいくものだった。

 盾持ちEAたちが作った魔力障壁に、その魔力砲撃の群れがぶつかっていった。

 何度も同じ箇所にぶつかるような攻撃が、盾から拡張された障壁を次第に削っていく。ボウレたちの装甲を削り、衝撃を与え、そして後方へと吹き飛ばしていった。


「もう一発ぅ」

「させるわけないでしょ」


 巨大骸骨が口から収束されて光線を放つ。今までと違い、胸を貫くほどの太さだった。


「もちろん避けるぅ」


 ソニャは後方に大きく飛びながら、さらに拡散魔力砲撃を弓から放つ。その攻撃が再度、帝国右軍のEAたちを破壊していった。


「ああもう! うざったい虫ね! 虫は嫌いなのよ!」


 ラウティオラが操る巨大骸骨が歩き出す。そのときに一体の右軍EAを弾き飛ばしてしまったが、彼女は気づいた様子はない。


「意外に動きがはっやーい。でもぉ」


 地面に降り立ったソニャの操るシーカー・グロウは、弓をしまって後ろから二本の剣を取り出した。


「そんなもので大佐から賜ったアンブロシュに傷をつける気? でも、ついたら嫌だから許さない。絶対に許さないから。取り上げられた大佐の枕をまた貰うために頑張るんだから!」


 アンブロシュ。

 砂漠に住むアリの国に迷い込んだ少年を主題にしたおとぎ話で笑い話だ。

 少年アンブロシュは、病の母の薬になるという巨大なアリの蜜を取りに行く。だが辿り着いた巣はあまりに深く、住んでいるアリも少年より大きかった。アンブロシュは自分より後から来た高名な冒険者たちの後を、ひっそりとついていく。そしてアリの巣の奥に、金の塊を見つけた。だが少年アンブロシュは、その輝く黄金の価値がわからずに「こんなものいらない」とアリの巣の奥へ奥へと入ってしまった。

 そこは女王アリの住処だ。巨大なアリに見つかって、命からがら巣から逃げ出す。戻ったときには母は死んでいた。

 もし少年にわずかでも教養があれば、黄金を持ち帰って薬を買えば良かった。薬がなければ取りに行ける冒険者を雇えば良かった。そんな間抜けな少年の話は、メノア大陸中で子供に聞かせるおとぎ話や教養の大切さについての説教などに使われていた。

 そして賢者に与えられたEAも、そこから取られた。ちなみに名付けたのは聖女エディッタだった。


「枕って……。ヘンタイかぁ」


 呆れたように苦笑しながら、ソニャは剣をあらぬ方向に放り投げた。目標は巨大な骸骨なのだから、外れるはずがない。


「どこ投げてるのとか聞かないわよ!」

「当てる気ないけどね、最初っからぁ」


 弓を再度構えて、ソニャが魔力砲撃を飛んでいく剣の柄へと当てた。方向を変えた剣が回転しながら、骸骨の遥か頭上へと飛んでいく。曲芸じみた魔力砲撃の使い方だ。


「もう一回」


 笑いながら空中で二本の剣が十字に交差したところで、魔力砲撃を放った。ラウティオラはその攻撃に何の意味があるかわからず、目で追ってしまう。


「大いなる魔素の流れ、来たれ命の逆道の、四士の命に交わりし、十字に流れし魔力に変えて、尊き王を崇めて降れ。死者の戻り路!」


 詠唱の終わりと共に、朝日を数倍眩しくしたような光が巨大骸骨に降り注ぐ。

 それは不死者と呼ばれる系統の魔物に強烈な威力を発揮する、神官が使う魔法だった。いわゆるターンアンデットと呼ばれる、動く死者をただの亡骸へと戻すための魔法だった。


「わたしぃ、ずっと病気で寝てた間に色々と本を読んでるからぁ、色々と知識だけはあるんだよねぇ。称号のおかげで、道具の補助さえあれば魔法を使えるようになって、便利だよぉ」


 前代の魔弓の射手は魔法が一切使えなかったが、ソニャ・シンドレルはその弱点を道具によって補うことにしたようだった。


「くっ、そう来たか! まさか高位の神官魔法なんて!」


 光を浴びた巨大な骨の外側から、ゆっくりと緑色の淡い光が舞い上がり始める。それは魔力体が魔素へと還っていくときの現象だった。


「これなら魔力障壁の効果薄いよねえ。光が周囲の魔素に働きかける魔法なんだからぁ」


 苦しみ始めた巨大骸骨に向けて、ソニャ・シンドレルは手に持った弓の弦を引く。そこにつがえた矢は、魔力で練られたもの。称号持ちの技能(スキル)によって作られた武器だった。

 そこに込められるだけの魔力を込めて、身の丈を超える槍のような矢へと変化させた。


「食らえっ!」


 可愛らしいかけ声とともに放たれた矢は、巨大骸骨の胸に生えるラウティオラ目がけて真っ直ぐ飛んでいった。


「って、そんなもんで倒れるわけないでしょうが! この私がぁ! 八氏の始祖たる冠陣の、八十(やそ)の直盾、五十(いそ)の矢封じ!」


 本人の前で八つの青い魔法陣が、回転しながらソニャの魔力の矢の飛翔する先へと連続で出来上がる。

 貫通される度に矢の速度と大きさが減じていき、最後に貫いた魔法陣によって捕縛されて回転し爆散した。


「何てヤツっ!?」

「この神聖魔法も鬱陶しい! 闇の円陣、沸き立て地より、舌に臨み燻れ黒い……ああ詠唱めんどくさい! 暗き黒よ! 登り立て!」


 黒い包帯を目元に巻いた女性が、唾を飛ばしながら叫ぶ。周囲に魔力の光を走らせた。数十の魔法陣が無詠唱の魔法によって発動し、立ち上る煙のような闇が溢れ出す。それらは骨の周囲にまとわりついて光を遮断し始めた。


「うっそぉ!? 本気ぃ? すっごぃ……」

「無駄な魔力使ったじゃないのよ!」


 ラウティオラの操る巨大な骸骨が、再び魔弓の射手へと目を向ける。


「でもまあ、充分に引きつけられそ」


 シーカー・グロウが走り出す。その速度はいかに巨大骸骨が放つ光線といえど、簡単に当たるものではない。


「ちょこまかと!」


 骸骨の胸元で憎々しげに叫ぶ。

 EAをまとった二人の称号持ちの戦いが、周囲に与える影響は大きい。割り込むことすら出来ず、帝国右軍のボウレⅡたちは戸惑うばかりだ。


「全機、アンブロシュから離れろ! 巻き込まれるぞ! 所定位置で隊列を組み直せ! 各隊の隊長は指示を出せ!」


 近くにいた指揮官が指示を飛ばし、巨大骸骨と魔弓の持ち主から離れていく。

 ラウティオラの強力な砲撃が止まれば、次はメナリー側からの攻撃も始まる可能性があった。

 帝国右軍の数は少ない。

 こうして再び戦況に変化が訪れるのだった。














「さすがソニャ様」


 侍女服の上に革の鎧をまとっていたレギナ・バジナは、戦場から少し離れた森の中に隠れていた。


「戻ってきたぜ。ったく……死ぬかと思った」

「おかえりなさいませ、コンラート様」

「アンタはまだその馬車引いてたのか? いい加減、それに何が入ってるのか教えてくれよ」


 兜を後ろに倒し、胴の前面部を倒した。青い髪の少年が露わになる。


「そうですね。これは、女神の残滓です」

「なんだそりゃ?」

「二十年近く前の事件です。メナリー山脈のブレスニーク公爵領に接した場所で、魔物の氾濫が起きたのです」


 御者台から降りたレギナの言葉に、EAから降りて水筒を掴んだコンラートは、訝しげに眉をひそめた。


「聞いたことねえな」

「当時はかなり騒がれたはずです。何せ公爵嫡子の妻とその妹、それに皇帝の弟夫婦が死んだんですから」

「へえ……それが、馬車の中身と何の関係があるんだ?」

「私も最初は何のことか意味がわからなかったんですけどね。シャールカ・ブレスニークが調べていたので、興味を持ったんです」

「あの女か……」


 コンラートにとっては、シャールカは目の前で兄を殺した憎き人物の一人だ。その原因が自分の行いに起因するとはいえ、恨みが簡単に消えるわけではない。

 ただ、自分が悪い部分も多いため、直接何かを仕掛けようという気持ちまでは湧いていなかった。


「皇帝の弟夫婦は、公爵の妻の案内でメナリー山脈の切り立った崖が見える観光地に行ったのです。噂では聖龍レナーテが邪龍と戦ったときに吹き飛ばされた山の断面だとか」

「ああ、何か聞いたことあんな、それ」

「そして、周囲に多くの魔物が現れたそうです。何かに誘われるように」

「……なんだっけ。魔素が濃い場所に、魔物が多く現れるとか軍学校で聞いたな」


 水筒の中身を一気に飲み干して、コンラートは口元を吹く。


「道案内についてきた地元の村長と猟師の話では、女神が現れたと」

「女神?」

「彼らは魔物の群れから、命からがら逃げ帰ったそうですよ。まあ、シャールカの母も才女として有名でしたから、それと見間違えたと、報告を聞いた者は思ったのでしょう」

「えっと、どういう話なんだ? つまるところ」


 意味がわからないとばかりに、コンラートは額に皺を寄せる。レギナは、口元を歪ませた。


「始まりは、何でも、輝く髪を靡かせた女性のようなゴーストがおり、妹の中に消えたとか」

「は?」

「そしたら、魔物の集団が訪れて、妹にまとわりついたとか……まあ、妄言でしょうね。でも、姉はゴーストを見て『マァヤ・マーク』と呼んだそうです。何でそれがマァヤ・マークだと知ってたんですか、彼女は」

「バカバカしい話だな。誰がそんなの信じるんだ」

「もちろんブレスニーク家は誰も信じませんでしたが」

「そもそも、その村長や猟師は何で生き延びられたんだよ……」

「コンラート様にしては珍しく鋭いご質問ですね。何でも姉の方が、()()()()()使()()()()()()()、案内役の村長と猟師を逃がしたそうですよ。おかしいですね? その頃、ブレスニークに聖騎士はいなかったはずなのに? 氾濫した魔物の中には、護衛の騎士たちを一瞬で食い殺したようなものまでいたのに?」


 喉を鳴らしてククッと笑うレギナ。彼女の語る内容がよくわからず、コンラートは腕を組んで馬車へともたれかかる。


「マァヤ・マークが夢に出て称号を授けるってのは、まあ確かに有名な話だな。アンタは何で知ってんだ? その話を」

「もちろん、シャールカが調べていたからですよ。他の誰にも隠していたようですが、私には知る手段(・・・・)があったので」

「ああ、そう……何やってるかと思えばアイツ」


 コンラートは大きなため息を吐く。

 友人の妹であり、ヴィート・シュタクという男を狙う同志として、一緒に行動することが増えてきた。今ではむしろ危なっかしいソニャを止めることがあるぐらいだ。

 それでも、完全に把握はしていない。相手は称号持ちであり、かなりの強さを誇る上に、身を隠す技能にも長けている。


「結局、魔物に食われた三つの死体と、精神がおかしくなってしまった妹が残ったそうです。その妹が身籠もっていたのが勇者だと、オトマルが教えてくれたので」

「……あのオッサンか。ホント、何か知らんが色んなところで巻き込まれてんな」


 呆れたように肩を竦める。

 何せ、オトマルが世話役の未亡人と信じていたのは、目の前のレギナ・バジナなのだ。彼女は婚約者だったテオドアを失っているので、確かに未亡人に近いかもしれないが。


「で、結局、この馬車は何なんだ?」


 コンラートがコンコンと御者台の横を叩く。


「もちろん、女神の残滓ですよ」

「はあ?」

「マァヤ・マークを呼び出すんです、我々は」


 間の抜けた声を漏らすコンラート。

 レギナは唇を隠して楽しそうに笑い声を上げ続ける。

 明らかな狂気を感じる笑いだった。女神を呼び出すなんて戯言にしか聞こえないが、それを信じ切っているようだ。


「どういうこった?」

「レクターのオリジナルには、召喚用の魔法刻印が刻まれていました。これは魔力体召喚ですが、召喚には媒介が必要です。龍を呼び出すには龍の鱗が、巨大骸骨を呼び出すには骨が。だからオトマルにお願いして作って貰ったんですよ」

「……ホント、ロクなことしねえな、あのオッサン」


 思わず、そういう感想が漏れてしまったコンラートだ。

 そもそも、レクターを作ったのもオトマルであるし、勇者を真竜国に連れていったのもオトマルだった。ある意味、悲劇の作り手の一人であると言える。


「んじゃ何か? その勇者の母親がいるとでも?」


 怒気を込めながらコンラートがレギナに問い掛けるが、彼女は大したことでもないと言わんばかりに、


「今は魔法で寝かしていますけどね」


 と軽く頬を緩めた。


「大丈夫かよ、そんなの呼び出して」

「大丈夫でしょう。一度は女神に取り憑かれた身で生きているのです」

「取り憑かれた? さっきから何言ってんだ? そんなことあるのかよ」

「称号持ちの力の源を考えれば、簡単にわかることですよ」

「称号持ちの力の源? 何だそりゃ? 称号があるから強いんだろ?」

「ふふっ、面白いですね、無知を恥じない人物は」


 クスクスと笑うのは、先ほどからコンラートが警戒し始めたことを面白いと思っているからだった。


「悪かったな。さすがに頭が良くない自覚ぐらいは出てきたんでね」

「全て()なのですよ、コンラート様」

「逆?」


 会話をしながらも、コンラートはジリジリとすり足で動き、レギナに飛びかかれる位置取りに移動しようとしていた。


「全てが逆さまなのです。称号とはマァヤ・マークに与えられる概念。なぜ、その概念は力を持つのでしょうね?」

「……言っている意味がわかんねえ」


 剣呑な雰囲気を醸し出しながら問い返す青髪の少年に対し、砂色の髪の侍女は口元を手で隠して上品に笑う。


「ふふっ、称号持ちとは、マァヤ・マークの夢を見る。つまり女神が体内を、いいえ……精神を通り過ぎているのですよ? もしその女神がそのまま体内に留まることができたら?」


 どこか得意げに持論を披露していくレギナの周りを移動しながら、コンラートは舌打ちをする。


「ケッ。中々におもしれえ話だな。今度、ゆっくりと茶でも飲みながら聞きたいところだぜ。んで? そのマーリアさんとやらで、女神を呼び出せるとして、死ぬんじゃねえのか?」

「女神の触媒となるぐらいであれば、問題ありません。逆に死んだ方が危ないのですから、こちらも丁重に扱いますよ」

「危ない? 何がだ?」

「死ねば、聖母の称号が都合の悪い人物に移る可能性がある。それだけで大問題ですから。もちろん他の可能性もありますが……シャールカお嬢様はできるだけ自分の手元で見ようとしたのでしょう。この辺りは不明ですが」

「……聖母ね。どんだけすげえ称号なのかは知らねえけどな。それで、その女神様を呼び出したら、何をしてくれんだ?」

「簡単ですよ。女神マァヤ・マークは称号を授けます。それが主機能ですから」

「……つまり、女神様を呼び出して称号を授けてもらい、強くなってヴィート・シュタクに復讐しようってか」

「まあ、私に称号を、というわけではありませんが。必要ありませんし」

「は?」

「それならわざわざ、こんなところに来る必要はありませんしね」


 頬に手を当て恍惚のため息を吐くレギナの目つきは、紛れもなく常人が宿す正気というものを失っていた。


「……狂ってやがんのか、レギナ。何も知らねえ人間をEAに入れて、戦場まで連れ出したってのかよ」


 侍女の左側に周ったコンラートは、腰の後ろからナイフを抜き出して構える。いつでも制圧できるように、腰を落とした。


「おや、コンラート様、私の邪魔をされるのですか? あなたはテオドア様のご友人でしょう?」

「ここでその企みを聞いたら、はいそうですかって頷けねえよ、オレは」


 彼はそれなりの矜持というものがある。それのために帝国を裏切った部分も大きいのだ。自身の目的のために弱い者を巻き込むやり方を、良しとするほどには変わってはいなかった。


「そうですか。残念です」

「ちっとも残念そうにねえけど……な! 火線!」


 物理攻撃と見せかけて、左手から炎の魔法をレギナに対して撃ち出した。真っ直ぐに飛翔する火の塊が、レギナの体を焼こうとする。同時に彼は腰を落として走り出していた。


「もちろん、貴方が裏切るかもしれないなぁと思ってたんですよ、私」


 右手に一握りの氷の魔法を作り、コンラートの魔法に向けて放って相殺を狙う。それは目論み通りで彼らの中央でぶつかり合って水蒸気となり消える。


「ちっ」


 すでにレギナのすぐ側まで近づいたコンラートは、下から両手で構えたナイフをレギナの腹部へと差し出す。


「貴方たちEA乗りの弱点は、EAに訓練を集中させていること」


 左手で彼の両手を掬い上げ、さらに体を潜り込ませて放り投げた。


「うわっ」


 体を反転させられ空中に浮いた体は、そのまま背中から落とされる。


「眠りなさい」


 起き上がろうとしたコンラートの首を後ろから締めて気絶させた。力なく両手を垂らし、彼は意識を失う。


「帝国諜報部と争うには、それなりに技量が必要なのですよ、コンラート様。さてと」


 皮の鎧を着た砂色の髪の侍女が歩き出す。

 彼女は遠見の魔法を発動させ、木々の間から、戦場の真ん中で戦う二つのEAを見つめた。

 一つは白地に青の線が入ったレクター。すでに旧型となりつつある鎧型兵装だ。

 もう一つは漆黒の装甲を持つ細身の見知らぬEAだ。情報こそないが、中にいるのは、あのヴィート・シュタクであることは間違いない。


「さあ『巫女』の称号の下、全ての人間たちよ、踊りなさい。我が女神のために」











先代【巫女】は、レナーテに食われて死んでました。

この話の悪い点は、だいたいオトマルとレナーテが悪いところだと思います。




何か色々とすみません。一つ前の話でシャールカが云々語ってたり、ハナとエディッタがああだこうだと語っていた【改稿前】を読んだ方は、内容を記憶からポイッとしておいてください。

また後日、誰かが説明してくれると思います。

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