10、荒野の町の再会
熱砂の門と呼ばれる帝国南西部の端の町、ドリガン。
そんな場所の裏路地に存在する一件の酒場。
一番奥にある個室内で、『賢者』セラフィーナとアーデルハイト博士は、数人の男に囲まれていた。
「協力する意思はあるのよね?」
やや切れ長の目をさらに細め、セラフィーナは壊れかけのテーブル越しに男を睨む。
「意思はあるが、あんたらの言う素材を探すってのは、なかなか難しいと言ったんだ」
「難しい?」
「勝手にここに来て喚いてたブラハシュアの元貴族が、色々とやらかしたもんでな」
「帝国に見つかったの?」
「可能性がある。貴族連中はもう逃げたが遅かったかもしれん」
リーダーは三十台半ばの男だった。無精髭にほつれだらけのシャツという苦労が忍ばれる格好だが、落ちくぼんだ目元の中の眼光は鋭い。
「ということなんですが、どうしますか、アーデルハイトさん?」
青髪が美しい賢者は、隣に座る眼鏡をかけた優しげな中年に声をかける。
「……この辺りに必要な素材があるのは、冒険者ギルドの掲示板で確認しました。ただこちらとしては正規の依頼を出すわけにはいかないので……」
「仕方ない。では私たちで取りに行きましょうか」
ため息を吐きながら、セラフィーナが立ち上がる。
「待て、待てよ賢者様」
「何かしら?」
冷たい目つきで見下ろすが、眼光鋭いリーダーの男は怯まない。
「難しいが、何とかしよう。ただ条件がある」
「内容次第よ」
「……この近くに帝国軍が来るそうだ」
「へえ……」
「何でもオレたちブラハシュアの残党を狩りに、皇太子とその弟が来るそうだ」
男の言葉にセラフィーナは、不審げに眉をしかめる。
「その情報は本当なの?」
「ああ、帝都でも噂になっているほどだ。左軍が動くらしい。一週間ほどでここまで来るだろうって話だ」
「治安維持の左軍ね……EAの数は多くないと聞いてるけど……それで?」
「オレと仲間を、真竜国へ連れて行って欲しい」
その提案に、セラフィーナは小さく考え込む。
だがすぐに再びイスに座り、
「それが協力の見返りということね、わかったわ。私たちに同行はできないけど、他の方法で協力はしましょう」
と冷たい声で答えたのだった。
■■■
「ほんと暑いな……砂漠が近いだけある」
熱砂の門と呼ばれるだけあって、帝都の南西に進んだこの町は暑い。
そんな荒れ地の近くにある町が、なぜ発展しているかといえば、近くに巨大な一つ岩があり、その周囲から多様な鉱石が産出されているからだそうだ。
この町の住人の多くは、夢見がちな採掘者と鉱石目当てのドワーフたちだ。そこに商機を見出した商売人たちが集まって、なかなかの活気を醸し出している。
さてと、冒険者ギルドはっと。
行き交う雑多な人波の中を、オレは目立たぬよう冒険者風の格好で歩いていた。
もちろんマスクとカツラは外し、黒髪と素顔を晒している。
シャールカには、個人的な用事があるので宿にいろと伝えていた。
彼女の護衛たちも目立たぬように彼女を護衛しているはずなので、今は一人で動けている。
目指す先は冒険者互助組合、通称ギルドというヤツだ。
そこで張っておけば、冒険者であるリリアナと出会える可能性も高いと踏んだのだ。冒険者はギルドで情報を集めるらしいしな。
「ふむ」
冒険者風の革鎧に身を包み、腰には両刃剣の入った鞘を差して歩く。
周囲は薄着の貫頭衣を着た町の人間が多いが、目的地に近づけば段々と冒険者だらけになっていた。
木製の大きな建物に近づいた。ドアが開いて、一人の女が出てくる。
「よう」
手を上げて声をかける。
「え?」
目を丸くして、リリアナが驚いていた。
「どうした、びっくりして」
「ヴィ、ヴィル?」
「おうよ、ヴィルだ」
「ど、どうしてここに?」
「いや偶然?」
「え、ええ!?」
驚きの声が上げた顔が、段々と喜色満面へと変わっていく。
「でもでも、嬉しいな、こんなにすぐ会えるなんて!」
「そうだな。やっぱり何か縁があるのかもしれんな。二ヶ月ぶりぐらいか」
オレが笑いかけると、リリアナは少し恥ずかしそうに腰の後ろで手を組みながら笑う。
ああ、子供のときと変わってないな、その動作。
「ヴィルは今からどうするの!?」
「いや、ヒマ潰しにさ、魔物でも狩って小銭でも稼ごうかなって」
「え? ヴィル、帝国の兵隊さんでしょ?」
「うちの軍は、休日に冒険者ギルドで働くのは認められているんだよ」
これは本当だ。ただし、くそ面倒な書類を書かなきゃいけないし、尉官以上は許可が下りない。
「じゃ、じゃあ、一緒に冒険者ギルド行く!?」
「そうしようぜ」
「うん! いこ!」
飛び跳ねるようにオレの手を持って、リリアナが駆け出した。
彼女に連れられ、冒険者ギルドの中に入る。
冒険者ってのは元々、国の依頼で未開の地を調査するところから始まったそうだ。
しかし今では何でも屋扱いに近い。魔物の間引きや素材集めに従事する自由業として、その立場を確立している形だ。
それでも冒険者という呼び名は連綿と続いている。彼ら自身が今でも、冒険に憧れているからだそうだ。
オレが今いるドリガンのギルドは、帝都近くと違って雑然としてるな。
昼間から酔っ払って女の冒険者に声をかけてる中年もいれば、窓口の受付嬢に報酬の減額が納得いかないと叫んでるドワーフなんかもいる。
これがヴレヴォの町のギルドなんかだと、帝国から下ろされる依頼をこなす人間が、忙しく動き回っているもんだ。
彼らは何か問題を起こせば、国からの依頼を受注できなくなる。ゆえにヴレヴォや帝都の冒険者たちは常識を弁えているし、どちらかといえば礼儀正しい。魔物退治に従事する兵士たちとも仲が良いそうだ。
というわけで、ガヤガヤとやかましい冒険者ギルド内を歩く。
「リリアナは何しに来たんだ? 護衛を受けてるんじゃ?」
「あ、えっと、護衛してる商隊がここで滞在してて、特にすることないから、魔物倒して素材とか納品してるの。商隊には許可貰ってるよ」
「へー。なんかホントに冒険者っぽいな」
「ホントに冒険者してますぅ!」
そんな会話をしながら歩いていると、ギルド内に設けられた喫茶スペースが目につく。
数人の男たちが一つの席を遠巻きに見ながら、楽しそうに会話をしているのだ。
その視線の先を見れば、場違いなぐらい美しい容姿で、しかし男装をしている女がいた。
「おい」
オレは不機嫌な声を漏らすしかなかった。
「あら」
その女は銀髪と冷たい印象を抱かせる整った容貌の、見知った人間だったからだ。
「なんでここにいる」
「退屈でしたので、冒険者の真似事でもしてみようかなと思いまして」
「他は?」
「まきました。視線が鬱陶しいので」
すました顔でテーブルに置かれたカップに口をつける男装令嬢は、もちろんオレの婚約者様、公爵令嬢シャールカ・ブレスニークである。
「……宿屋にいろと言ったよな、ルカ」
「わかりましたとは申し上げましたが、その通りにするとは申し上げなかったので」
「良い性格してんなお前」
そんな言い合いをするオレとシャールカを、リリアナが交互に見比べる。
「ヴィ、ヴィル、この綺麗な人は、し、知り合い?」
「あ、いや」
なんて否定しようかと悩んだところに、
「婚約者です」
と、どこか得意げな顔で答えやがった。
こんのクソ野郎が。説明めんどくさいだろうが。
「こここ、婚約者!? ヴィルの!?」
「あ、あー、えっとだな」
「親同士も認めています」
状況を悪化させて楽しんでるのかコイツ?
言ってることは正解だが、空気読めよ、仮にも女連れて来たんだから。
憎々しげに睨むが、何故か睨み返してきやがった。
「ヴィ、ヴィルが結婚してたなんて……」
こっちはこっちで、この世の終わりみたいな顔してやがる。
何で修羅場みたいになってんの?
周囲の冒険者たちも何やらひそひそとこちらを見て噂してやがるし。
澄まし顔で茶を飲むシャールカと、わなわなと震えるリリアナの間で、オレは目を覆って天を仰いだ。
「え、ルカちゃん?」
「そうだ。お前も少しだけ遊んだことあるだろ?」
三人でドリガンの町から伸びる街道を歩く。
「うんうん、覚えてるよ!」
それぞれ別の魔物退治の依頼を受け、目的地に向かう道すがら、お互いに自己紹介させた。
昔話を振ったところで何とか状況が落ち着いた。
「リリアナ……さんといえば、あの頑固な……」
「え? え? 私、頑固かな?」
シャールカが眉間に皺を寄せてつぶやくと、困惑した様子のリリアナがオレの方を向いた。
「頑固か……まあ、ルカが来てたときに、オレがルカの相手をしなきゃならんことになって、どんだけ謝っても許してくれなかったな……」
「あ、あれはヴィルと遊びたかったのに、急に約束破ったし!」
「あとですんごい埋め合わせしただろ……」
三日ぐらいリリアナに付きっきりで彼女のごっこ遊びに付き合ったり、料理の練習に付き合ったり……。
「ヴィル様は昔から、年下の方への面倒見が良かったですね」
じとっとした目でこちらを見るシャールカ。帝都にいたときの無表情さが、ここでは緩和されているようだ。
だが、違う方向で緩和していて欲しかった。どっちかというと暖かみのある方向で。
「まあ、自分より下の面倒はちゃんと見るもんだって、上の奴らに言われてたからな」
だからこそ、あいつらは死んだ。
リリアナが引っ越した後、オレが一番下だったから、オレを逃がすために三カ国連合の兵の前に立ち、竜騎士の竜に食われ、みんな死んだ。
「ヴィル?」
「ん? どうした?」
「怖い顔してる」
リリアナがこちらを心配していた。
「何でもない」
「何でもないって……」
「おっと、オレの目的がいた」
オレとルカが受けた依頼は、ただのゴブリン駆除だ。
ドリガンは帝国の端にある砂漠に近い町であり、乾燥地帯に適応したゴブリンなどの二足歩行型の魔物が時折出る。
「私が行きましょうか? ヴィル様」
「ヴィル、私がやろうか?」
女子二人が心配げに声をかけてくる。
……いや、五等級冒険者が一人で三匹相手するような魔物に、オレは何を心配されてるんだ。
なお特級冒険者は化け物で、EA相手にもタイマン張れるそうだ。ホントかね? バルヴレヴォで軽く殺してるんだが。
「まあ大丈夫だ。ちゃんとそれなりの装備は持ってる」
ポンと腰の剣を叩いた。
それはEAの技術を応用した片手用の長剣である。柄の中に付与魔法陣が刻んであり、魔力を通すことで切れ味と剣速が増す。
ペトルー謹製の武器でこの世に一本しかないが、これ、実は伝説の武器レベルだよな……。
実際のところ、武器だけに付与しても、EAで使うのに比べて効果は圧倒的に小さい。
それでも世間に流通させるには危険すぎる代物だとは思うので、鹵獲などを怖れて正式採用はされていない。
ともあれ、こちらに気づき、逃げだそうとする緑色の肌の子鬼。それ目がけて剣を抜きながら駆け出す。
剣に魔力をわずかに通し、斬りつける瞬間だけ武器の性能を発揮させた。
「どうだっての」
背中から真っ二つにされたゴブリンが倒れる。
正直な話をすれば、付与魔法陣に魔力を通すのだけは、帝国随一だと自負してる。これのおかげでEAを動かすのは上手い。
「おー、ヴィルすごい」
パチパチと笑顔で拍手してくれるのはリリアナだ。
オレが軽く安堵のため息を吐いたとき、ゴブリンが逃げようとした先に十匹以上のゴブリンが現れる。
「げっ」
オレの生身での実力は、この武器があってようやく四等級の冒険者レベルだ。一度にあの数はきつい。
「あら増援ですか。こちらで始末いたしますね。氷の槍、五つの陣、届け貫け」
シャールカが三つの句で詠唱を行い、魔法を放つ。
人の腕ほどもある氷の槍が瞬時に発生し、五匹のゴブリンを貫いた。
「じゃあ、残りはこっちでやるね-」
のんびりとした調子で、リリアナが剣を抜いて走り出す。
六匹のゴブリンが粗末な棍棒や錆びた剣などを振りかざして襲いかかろうとした。
しかしリリアナは鼻歌交じりで攻撃を回避しながら、あっという間に六匹の首を切り落とした。
「はい終わり」
緑色の血を振り払い、リリアナが鞘に剣を収める。
やだ、この子達、オレより全然強い。
「すごいな、お前ら……」
思わず呆れ声で感嘆の言葉が出る。
「いえ、大したことありません」
「それほどでもないよ! でも褒めて褒めて!」
「ルカの魔法は初めて見たけどな。相当に強いんだな」
「恐縮です。私も魔法を使うのは久しぶりでしたが」
「それにリリアナもすごいな。本当に驚いた」
「やった!」
謙遜した無表情と得意げな幼顔に、思わず苦笑いを浮かべる。
そんな二人の向こう、三十ユルほど離れた場所に、杖を構えたゴブリンが見えた。何やら詠唱してやがる。
「あぶねえ!」
思わずリリアナを左手で抱え込み、飛んできた火玉の魔法を右手の長剣で斬りつける。小さな爆発を起こしたが、大した威力はなかった。
「氷の槍!」
即座にシャールカが左手を上げてから振り下ろし、先ほどと同じ魔法を先ほどより早く発動させる。
それはあっという間に杖持ちのゴブリンの胸を貫き、絶命させた。
「はぁ、油断しすぎだ、お前ら……」
左手で抱えたリリアナを見下ろす。そこには頬を染めた可愛らしい少女の顔があった。
「ごごご、ごめん、ヴィル!」
リリアナはオレの腕の中で、なぜか顔を隠して謝る。
「申し訳ございません、ヴィル様……」
こちらはこちらで、普段と違い本当に申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「いいよ、別に。まあ実際は自分で何とかしただろうけどさ。余計なお世話ってヤツか。ほら、リリアナ、立てるか?」
「ううう、うん! 大丈夫!」
顔を隠したまま離れ、リリアナが背中を向ける。
「どうした? リリアナ?」
「なな、なんでもない、なんでもないよ!」
その変な行動の解答を、オレは隣のシャールカへ求めようとした。だがこちらはこちらで、オレをじとっとした半目で見つめている。
……何だってんだ、一体。
「リリアナ」
「な、何かな?」
「男と近づいたぐらいで動揺しすぎだ。惚れるなよ?」
「惚れないよ! ヴィルのバカ!」
そう叫びながら、なぜか今度はしゃがみ込むリリアナであった。
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