1、仮面の男
作中単位:1ユル=約1メートル 1ルー=約1センチ 1ユミル=約1キロメートル
月が二つとも出ない闇夜に、灯を落とした家屋の中にいた。
「準備はいいか?」
親指と人差し指でアイマスクを正しながら、背後にいる部下たちに問いかける。
こんな風に顔を隠しているのは、軍でもオレぐらいだ。しかし、上層部より許可は得ている。上官の前ですら脱ぐ必要はない。
そんな怪しい姿のオレは、机の上に置かれた皿で、魔法を使って地図を燃やした。
石壁の部屋にいた四人の部下が炎で明るく照らされる。
「とっくに準備完了だっての」
生意気そうな青髪のガキが文句言いやがった。年は十五で成人したばっかりだ。
「隊長に向かってその口の利き方は何なの!?」
唯一の女性隊員が、生意気なガキを叱り飛ばす。豊かな赤髪を後頭部で縛り上げた、これまた若い人間だ。
「半年も地味な活動ばっかの退屈な任務だったなぁ。やっと終わるわー」
ついでに軽薄そうな金髪の男まで口を挟んできた。こいつも同じような年代である。
「うるせえぞガキども。シュタク隊長に従えないなら帰れ。共和国の新型は触らせんがな」
ただ一人、三十歳を超えているメンバーであるシュテファン。落ち着いた雰囲気の彼が、年少組を静かに叱る。
彼らをまとめる新進気鋭の仮面の少佐・ヴィート・シュタク。それがオレだ。これでも一応、いくつもの勲章を貰っていたりもする。
「チッ、はいはい従いますよーナンダヨめんどくせえ」
「申し訳ありません!」
「ういーっす」
三者三様の返答に、副隊長のシュテファンはため息を吐き、隊長のオレは肩を竦めた。
まあ、ガキどもはどうせ今回限りの間柄だろう。
熟練の軍人であるシュテファンとは、何度も仕事で一緒になり信頼できる男と知ってる。
しかし残りのガキどもは、この作戦が初陣だ。何でも貴族出のエリート軍人らしい。
「作戦内容は理解してるな?」
ここは中立都市メナリー。隣の大陸との交易拠点として有名な港町である。
なぜ軍人のオレたちが、こんな場所に潜んでいるかといえば、軍の任務だからだ。
我がメノア帝国は、真竜諸島共和国と戦争中だ。
その敵国が、我が国を挟んで逆にあるこの中立都市で、秘密兵器を開発中という情報がもたらされた。
その兵器の強奪もしくは破壊が、今回の作戦の目的である。
「ゴブリンじゃあるまいし、そんぐらい覚えてるってーの」
「問題ありません!」
「帝都に残した彼女に、土産買ってないわー。やばい」
生意気な青髪のガキ、クソ真面目な赤毛の女性士官、金髪の不真面目な男。
何故、このヴィート・シュタクが、こんな三人の新人連れて敵の秘密兵器を強奪せにゃならんのだ。
「しかし、本当に敵のEAがあるんですかね。我ら帝国しか作れないと思ってましたが」
空気を和まそうとしたのか、シュテファンが苦笑を浮かべながらオレに問い掛ける。
「諜報部は2ユルを超える鎧が動くのを見たって言うんだ。オーク用の鎧を作ってるわけじゃないだろうしな」
「個人的にはそっちの方が面白い試みだと思うんですがね、シュタク少佐」
「オレもそう思う。何はともあれ、さっさと終わらせて帝国に帰ろう。帝都で観劇でもした方がよっぽど面白いに違いない」
「ですね。私も早く子供に会いたいところです」
「なら尚更、さっさと終わらせよう」
正直、こんな作戦を仮面の男に回したのは誰だよ、と文句を言いたくなる。しかしお仕事だ、仕方ない。
潜入計画だって杜撰にもほどがあるし、EAの操縦なんて別に士官じゃなくても、諜報部員でできるだろう。
ブレスニーク公爵辺りの嫌がらせか? 仮面つけて銀髪のカツラを被ってるからか? それとも戦功を上げすぎたからか?
愚痴が山ほど脳内で流れていくが、ともあれ作戦開始だ。
失敗してもすぐ撤退すれば良し。厄介な新人とはいえ、死なせるわけにもいかんしな。
「それじゃあ行くぞ」
とりあえずは計画の完遂を目指し、音を立てぬよう部屋を出て、闇夜の町を進み始めた。
十五才の生意気新人コンラートが先行し、革鎧姿の警備兵の口を後ろから塞いだ。
「なんかアレだな。拍子抜けだな。仕事は五時までか?」
ガキが呟く間に、紅一点のミレナが、ナイフで警備兵の首を搔き切って絶命させる。
何度も訓練した行程だ。本番でも練習と変わらない。コンラートが喋ってること以外は。
熟練の軍人シュテファンが死体を目立たぬ場所に隠しながら、
「黙ってろ」
と短く命令した。
「へいへい」
いつか矯正しないといかんなぁ、こいつは。
今は特殊な魔物の革を加工した装備だ。足音も発しない高級品である。
ちょっとぐらいヘマしても構わんが、声で気づかれるような間抜けは勘弁したい。
今度はオレが先行する。
曲がり角で立ち止まり、周囲を窺い安全を確認した。それから手で合図し、部下達を招く。
やがて、地図で確認していた目的地に辿り着く。
幅と奥行き五十ユルぐらいの石造りの建造物だ。
高さもそれなりにあるせいか、木造の二枚扉もかなり大きい。
一番年長のシュテファンが、懐から鍵を取り出す。諜報部が複製してきた合い鍵だ。ゆっくりと鍵穴に入れ解錠させる。
そこで、もう一度だけ周囲を見回した。足音などは聞こえてこない。
オレが頷くと、チャラ男と紅一点が、慎重に扉を押し開ける。音はしなかった。
わずかに開いた隙間から中を窺う。
灯りもなく人の息づかいもない。
中に入ると、再び手で合図をした。残りの人員も侵入を果たした。
バラバラに散らばり、全員が腰のバッグから黒い革を取り出して、窓を塞いでいく。
作業の終わった者から、小さな灯火の合図で知らせてきた。
オレは全員分を確認した後、手元で魔力を練り、照明の魔法を実行する。
「おっほー、かっけーじゃん」
クソガキのコンラートが小走りで奥へと走り出した。まるで玩具のプレゼントを見せられた幼児のようだ。
かくいうオレも、目を奪われている。思ったより上等な出来だったからだ。
「共和国にここまで技術があったとはな。正直、ハリボテみたいなのが置いてあるだけかと思ったんだが」
壁際に並んで鎮座している五体の全身鎧、『エンチャッテッド・アーマー』。通称『EA』。大陸で広く公用語とされているメノア語ではなく、リダリア語だ。開発者の趣味らしい。
「帝国が開発し運用している物を真似しただけかと思いましたが……」
熟練軍人のシュテファンが、困惑したように呟く。
人間を余すこと無く包んでも余る大きさは、帝国製と変わらない。全高も2ユル以上ある。これも同じぐらいだ。
それとは逆に、装甲形状はだいぶ違う。
帝国製は基本的には古い板金鎧を模した作りだ。
しかしこの敵国製は鋭角が強調されていた、直線的な装甲が多用されている。
どちらかと言えば、オレの専用機よりの意匠だ。
「確かに、初めて帝国以外で作られた、という物の割には、しっかりしてるな」
真竜諸島共和国のEAに近づく。
胴の前面が前に倒れ、兜は後ろに倒れている。いつでも中に入れる状態だ。
「今まで帝国しか作れなかった物がどうして、という疑問が湧きますね……」
シュテファンが困惑したような声色で呟いた。
内部には付与魔法刻印がぼんやりと光って見えた。
この大きめな鎧の中に入り魔力を流すことで、付与魔法が再起動し、肉体が強化され鎧自体も軽く硬くなる。他にも魔力放出の増幅や魔法の強化なんてのもできる。
「一応、『魔力を抜いた付与魔法の物質定着』はできているようだな。ということは、エンチャッテッド・アーマーと呼んでも間違いじゃない」
「少佐、この装甲の光沢は、おそらく高硬度の鍛造金属ですかね」
「いや、近くで見ると印象変わるな。ドラゴン級のレアな魔獣の鱗かもしれん」
「ここまでの形に加工する技術は、おそらくドワーフの名工も絡んでいるのかもしれませんね」
「横に置いてる専用の刀剣類は、おそらくミスリル製。タラリスのエルフ共から買ったのか?」
「事前の調査通り五機とも、微妙に違うようです」
「そうだな。杖を持っているこれは、ひょっとして魔法増幅に特化したタイプか」
「あっちには弓なんぞありますが……称号思考ってやつかもしれませんな」
「ふーむ……他にも盾や槍、柄の長い長剣や槌なんてものまであるな」
これを開発している真竜諸島共和国は、その前身から考えれば古い国だ。
現在の帝国では否定されがちな称号『勇者』や『剣聖』『賢者』なんかを尊ぶようだ。
賢者とは戦ったことがあるが、確かに生身で強力な魔法を使える女だった。
「どうやってここまで作ったのか……」
副長の呟きに、オレもアイマスクの中で眉をしかめる。
「しかし、全体的には荒さを感じる。部位ごとの装甲の合わせがズレてる」
「確かに……ペトルー主任が見れば怒り狂うかもしれませんな」
乾いた笑いを浮かべるシュテファンに、オレも頬だけ緩めて同意を示した。
「隊長! そんなことより、これ、乗っていいんだよな!?」
最年少のコンラートが、待ちきれないと言わんばかりに声をかけてくる。
「確かに、後でゆっくりと見れるしな。全員、好きなものに乗るといい。色々と気になるが、とりあえず奪っていくぞ」
「青色もらいー! ああクソ、盾とか邪魔なんだよ」
元気良く飛び乗っていくガキに苦笑しつつ、オレも一つの機体の元に近寄った。
胴部分はしっかりと開かれ、いつでも搭乗しろと言わんばかりだ。
『侵入者だ! 敵襲だ!! 探せ!!』
敵の警笛があちこちで鳴り響く。
外に隠してた警備兵の死体がバレたか?
「さっさと行くぞ」
舌打ちし、オレも乗ろうと手を掛けた。
しかし魔素が集まるのを感じ、咄嗟に飛び退く。
オレが立っていた場所が大きく爆発した。
「待てぇ!」
若い女の声が聞こえる。
入り口の方を振り向くが、相手は背後に強い灯の魔法を点けていて、逆光で良く見えない。
次々とオレ狙いで火砲の魔法が撃たれ続ける。
それを回避しているせいで、奪おうとしてた機体からどんどん離れてしまう。
しかし、あの魔法に当たれば火傷じゃ済まない。当たる場所が悪ければ、強制退役か遺族年金の手続き開始だ。
「コンラート! ミレナ、テオドア、EAが動くなら、その女をやれ!」
『わかったぜ、隊長』
コンラートが立ち上がらせた蒼い鎧が、左腕を伸ばした。
「くっ」
敵の女が咄嗟に横へと飛び退いた。
EAの指先から光線が伸び、地面と重なった場所から爆発が起きる。
『おっほー、こんな魔力でこの威力か、すっげぇー増幅!』
調子に乗った様子のコンラートの声が聞こえる。
「さっさと倒せ!」
オレはもう一度、近くにあるEAを奪うために走る。
「させんぞぉ!」
今度は見知らぬ男の声だ。
扉から一足飛びで、こちらへと長剣を振り下ろしてきた。
腰からナイフを抜き、それを咄嗟に受け止める。
「ちょこざいな、仮面の男め!」
筋肉質な体躯を持つ、初老の冒険者風の男だ。
「ジイサン、無理はするもんじゃ……ねえぞ!」
余っていた左手で火線の魔法を放とうとした。これは熱線で対象を切断する効果がある。
「むっ!」
相手はそれを察して、咄嗟に飛び退き、こちらへと再び剣先を向けた。
腕前はなかなかの物だ。年の功か、カンが良さそうだ。
「全員、乗ったか!?」
「最後は私だけです! おおぅ!?」
チラリとシュテファンの方を向けば、先ほどの少女が短剣を構えて斬りかかっていた。
速い。あの距離を一瞬でか。並じゃないぞ。
腰近くまである長い金髪が、流れ星のように走っているぐらいにしかわからなかった。
シュテファンがナイフを抜き、何とか相手の剣を受け止める。
「コンラート、シュテファンを援護、その女を殺せ。他は機体を奪取、倉庫内を破壊しつつ逃げろ!」
『了解!』
コンラートが乗った蒼い機体が、近くにあった大剣を掴み、金髪の女へと振り下ろす。
「こんのぉ!」
女が横に飛びながら火砲を放つが、EAに傷一つ入らない。
『ハッハー、姉ちゃんなかなか強そうだけど、EA相手じゃ分が悪いかー?』
コンラートのEAが大剣を振るい続け、敵は何とか回避し続けるしか出来なくなっていた。
「いいぞコンラート」
「こうなったら!」
シュテファンが灰色の機体へ手をかけ、中に乗ろうとしたときだった。
コンラートに追い詰められていたはずの女が動く。
攻撃を回避しながらシュテファンがいる場所へ火砲を撃った。
「うぉ!?」
咄嗟に飛び退いたシュテファンだったが、魔法は機体の内部へとぶち当たり、爆発を起こした。
「あ、ああ……」
敵の女が情けない声を出している。
だが、あれでは再起不能だろう。内部構造が完全に破壊されたはずだ。女も意図したものではないだろうが、破壊完了だ。
「シュテファン、お前は諜報部と合流して撤退だ!」
「了解であります! アジトのEAを使います!」
体勢を立て直したシュテファンが外へと走り出す。
「コンラート、お前もだ!」
『えー、あとちょっとでこいつ片付けられるのに』
「適合未調整でメナリーの守備隊を相手にする気か!」
『へーい。んでも!』
コンラートの機体が左手を伸ばし、敵の女へと強力な爆砕魔法を放つ。床に着弾し爆発が起こる。女が空中へと投げ出され、壁へとぶち当たった。
『んじゃ隊長、お先ー』
もう戦えないと見たのか、蒼い機体が倉庫から抜け出していく。
「どこを見ておる! ケッタイなマスク男め!」
「うるさいよ、ジイサン!」
正面から来る攻撃をナイフで受け止めた。相手の袖を掴んで背負い、後方へ大きく投げ飛ばす。
オレは基本的にEAに乗らなければ大した力はない。
EAの技術を利用した最新鋭の諜報部用の服を着てきて良かった。おかげで力持ちである。
背中を強打したジジイ冒険者が動けない間に、その勢いで機体の元へ走ろうとした。
だが、機体の前が大きく爆発した。オレは咄嗟に横へと飛び退いたおかげで助かった。
『あんれー、この鎧、撃ちづらいなぁ。調整甘いんじゃないの?』
チャラ男め!
どうやら味方の魔力砲撃の誤射のようだ。
見ればEAも吹き飛ばされ、完全に壁の瓦礫に埋まってしまっている。
瓦礫を撤去するヒマもなさそうだ。こうなれば諦めるしかない。
ついでにジイサンも吹き飛ばされたようだ。仕方ない。
「ミレナ! こっちこい。オレを運べ! テオドアも撤退だ!」
『え、わ、私がですか!?』
「お前が一番マシだ!」
『わ、わかりました!』
紅蓮のEAがオレの元へ走り寄り、腰を落とす。
オレがその肩に飛び乗ると、ミレナが機体を加速させる。
「うおっ!?」
『ちゃんと捕まっててくださいね、隊長!』
危うく振り落とされそうになった。
しかし、機体の加速度が、帝国の汎用EAより圧倒的に速い。なかなか怖いものを作ったな。
「待たぬか、不審者ども!」
瓦礫の中からジイサンが立ち上がる。ボロボロになってるくせに頑張るこって。
「あばよ、ジイサン!」
オレたちは倉庫内に火砲の魔法を撃ちながら、外へと飛び出した。
最年長のシュテファンも、諜報部用の服に仕込んだ身体強化付与の魔法を使い、加速し始める。
周囲を見渡せば、大勢の兵隊たちが遠くから集まり始めていた。
「門をぶち抜け、テオドア」
『了解っす』
テオドアが閉まりかけた門に向け、火砲をぶっ放した。
爆音と共に開いた大穴を、オレたちは抜け出す。
「それじゃ全員、真っ直ぐメナリーを抜け出すぞ」
オレの命令と共に、強奪した三機が一斉に疾走し始める。
大きくジャンプし距離を稼いでは、また走った。
ふと背後の宮殿を見れば、開いた大穴からこちらを睨んでいる少女の姿が見えた。
長い金髪と野暮ったい村娘風の服装しかわからんが、技術者の娘か?
まあ気にしても仕方ない。彼女には悪いが、これも戦争だしな。
町の内部から起きた爆発に、通りは騒然としている。その人垣の上を飛び越しながら、オレたちは、都市国家メナリーの外へと急ぐのだった。
定番の強奪作戦スタート