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ある日、私の仕える主が言った。

今回は向こうのお話です。


「グレイブ、珍しい茶が手に入ったのだ」

「はあ」


ある日、私の仕える主が唐突にそう言った。



主が準備を終え、執務室へと移動したと聞いて本日の予定を伝えるためにその元を訪れた朝。


いつも仕事に追われ、人を射殺せる程の鋭い視線で周囲を震え上がらせていた筈の皇帝陛下が、今朝は随分と上機嫌だ。

正直、気味が悪い。


「昨日はどなたとも謁見の予定はなかったと記憶しておりますが」

「手に入ったのが昨日だとは言っていないだろう?」


机の上に置いた白い布をカサカサと楽しそうに弄ぶ。

見たことのない布だ。どちらかというと紙に近いか?

折れた皺がハッキリと残り、擦れた音はまるで風が木々を揺らしたときを連想させる。

珍しいという茶はその中だろうか。


「しかし、ここ暫くの献上品の記録にも珍しい茶などありません」

「お前、献上品のリストまで見ているのか?」

「はい」

「……」


幼い頃より皇帝陛下の側仕えとして共にあるが、我が主は側仕えらしい仕事をさせてくれない。


与えられるのは人員の管理、蔵書の管理、書状の代筆など多岐に渡るが、それは本来側仕えの仕事ではないのだ。

だというのに主は雑務を押し付ける。それ用の人材を雇った方が良いと何度も進言したというのに。


その内、周囲の人間も誰に振れば良いかわからない仕事はとりあえず私に振るようになった。


献上品のリスト管理もそのひとつだ。

そしてそのリストは毎日目を通すものだから必然的に覚えてしまった。


私の記憶力は人より優れているらしい。また、それが唯一の取り柄でもある。

家柄も大したことがなく、無能な私が側仕えとして取り上げられたのは主にそれが理由だ。


一番の理由は、その時既に即位されていた皇帝陛下の一声だったが。


「まあ良い。早速だがこれを淹れろ」

「できかねます」

「何?」

「どなたから頂いたかもわからないものをお出しすることは出来ません。せめて医官へ調査を依頼してから…」

「グレイブ」


皇帝陛下が真剣な表情で名を呼んだので、私は言葉を切って口をつぐんだ。


「これは命令だ」

「…承知致しました」


命令と言われてしまえば仕方がない。

ここまで言うからには変なものが入っていない確信があるのだろう。


…しかし、我儘や面倒を通したいときに命令する癖は子どもの頃から全く抜けないようだ。


皇帝らしく威圧的な態度をするから様にはなっている。

大臣達が目にすれば大いに萎縮し平伏するだろう。


私には顔に大きく『面倒臭い』と書いてあるのが見えるのだが。






目覚まし用のティーセットを準備し、皇帝陛下から受け取った布を恐る恐る開いた。

途端に香るそれは今まで嗅いだこともない匂いだ。

良い香り…とは言いがたい。好みによるかもしれないが。


袋状になっているその中を覗けば、確かに茶葉のようなものが見えた。

薄い布に包まれ小分けになっている。これが1杯分ということだろうか。


ひとつ取り出す。これはどこから開けるのだろうか。

回してみれば折り目のようなものが見えた。

これか?


「…ああ、それはそのままポットに入れるものだそうだ」

「は…そのまま?不衛生では?」

「それが入っていた袋は、埃も水も、空気すら通さずある程度の清潔を保てる入れ物らしい。小袋も清潔なものなのだそうだ」

「はあ…」


ますます胡散臭い。

そんな都合の良いものが存在するのだろうか。

少なくとも私は一度も見たことがない。


「早く淹れろ」


皇帝陛下が訝る私を急かす。

とにかく淹れて、それから考えるか、と思考を放棄した。


ティーポットに直接小袋を投入し、上から熱湯を注ぐ。

驚くことに、本当に透き通った茶色が染みだした。


「布に包まれているのに本当に抽出できるんですね…」

「それは紙だ」

「紙!?こんなに薄く、透き通ったものが…紙?」


触った感触は柔らかく布のようで、紙には全く思えない。

その上、湯につけても破ける気配がない。


「…こんな技術、この近隣国にはないでしょう」

「そうだな」

「一体何処で手に入れられたので?」

「お前がそれを知る必要はない」


こちらが追求をしてみても皇帝陛下は何も答えようとしない。

ますますこの茶への不信感が高まった。


「そろそろ良い頃合いだろう」

「は」


言われるがままにカップへと茶を注ぐ。

先程袋を開けたときと同様、独特な香りが広がった。

…やはり、紅茶の方が良い香りだ。


「…本当にお召し上がりになるので?」

「ああ」

「せめて毒味を」

「くどいぞ」


あからさまに嫌な顔をして見せたが、皇帝陛下はどこ吹く風のようだ。


…しかし、ここまで問答をして不機嫌にならないのも珍しい。

いつもであれば眉間のシワが5本、6本も増えているというのに。

今日の皇帝陛下はどこかおかしい。


「ああ、2杯淹れろ。お前も飲むと良い」

「え」


正直遠慮したい。

誰だってどこのものともわからぬ得体の知れない飲み物など、口にしたくはないだろう。


…しかしよくよく考えてみれば、皇帝陛下に何かあった際に追求されるのは私だ。

ならばいっそのこと共倒れする方が良いかもしれない。

責任から逃れることはできないが、同情くらい買えるのではないだろうか。


…そんな我ながら狡い考えを巡らせて指示通り2杯注ぎ、1杯を皇帝陛下へと差し出した。


「どうぞ」

「ああ」


そして彼は机の上に置いたティーカップを取り、口をつける…かと思えば、魔法を使っておもむろに冷やしだした。

カップの中の液体はあっという間に冷気を纏う。


「は…」


折角の淹れたてになんてことを。

猫舌でもなかろうに、何の嫌がらせだ。


その行動に言葉を失っていれば、皇帝陛下は何食わぬ顔でカップを傾け口にした。


「…ふん、まあまあだな。お前も飲んでみろ」


思わず顔が引きつる。

まさか私にも冷やして飲めと言っているのだろうか。


「なんだその顔は。この茶は冷やして飲むのが一般的なのだぞ」

「はあ…それはまた…珍しいですね」


冷めきった茶なんて不味いだろうに。


皇帝陛下の視線に促されるがまま、もうひとつのカップを手に取る。


…私はあまり魔法が得意ではないのだが。

その上ここ最近はもう使おうともしなくなっている。


それでもなんとか魔力を通わせ、感覚を思い出しながら水魔法を使った。


カップを覗き込む。


「…凍りました」

「…お前は本当に魔法が下手だな」


皇帝陛下が呆れたように言い放った。

自分からすれば発動しただけ上々なのだが。


「申し訳御座いません」


立場上、言葉の上でだけ謝罪をする。

私が記憶力だけが取り柄の無能だと、とっくの昔に知っていただろうに。


皇帝陛下は軽くため息を吐いた後、椅子から立ち上がって私が持っていたカップを奪った。


「ああ、そんな、わざわざお手を煩わせる訳には」

「…せめてもう少し感情を込めて言え」


別に良いのに、と思いながら制すればじとりと睨まれる。

皇帝陛下の手の中の氷の塊は、あっという間に液体と化していた。


ひんやりと冷たい空気をまとったそれを、目の前にすっと差し出される。


「ほら」

「…有難う御座います。頂きます」


両手でカップを受け取る。


冷やしたことにより、先ほどよりも香りは気にならない。

…覚悟を決めて口を付けた。


「…?砂糖も入れていないのに、甘みがあります」

「そうだろう」

「それでいて少しだけ苦い…ですがそれが後味を爽やかにさせていますね。冷えていますが、不思議とそれもまたすっきりと喉を通ります。鼻に抜ける香りは独特ですが、香ばしい。紅茶よりは人によって好みが分かれそうです」


…驚いた。思ったよりも悪くない。

これならば農作業や身体を動かした後にも飲めそうだ。

天気のいい日、汗をかきながらキンキンに冷やしたものを飲めば、さぞ美味しいに違いない。


それに淹れたてでなくとも飲めるということは、作り置きができるということだ。

飲みたいと思ったときにすぐに飲めるというのはかなりの利点になる。


「…で、どうなのだ。感想は」

「は、今述べた通りですが」

「…そうではなくてだな。もっと簡単な感想があるだろう」

「…?毒は入っていなさそうです」

「そうではない」


色々答えてみたものの、皇帝陛下の望んでいる言葉ではなかったらしい。

また呆れたように息を吐かれてしまった。


「…美味かっただろう?」

「……ああ!ええ、そうですね、はい。思っていたよりも美味しかったです」

「普通、そういう感想が出てくるものだろうが」


そんな普通の感想が欲しかったのか。

やはり私は長年仕える主の意思すら汲み取れない無能な男だ。


「これは何の葉で?珍しい植物ですか?」

「麦だ」

「…麦?え、麦…あの?」

「お前の知っている麦に相違ない」


皇帝陛下はそう言って得意げに鼻を鳴らした。


これが…麦?

花や葉は聞いたことがあるが、麦が茶になるのか。


カップに残った茶をじっと観察する。

紅茶よりも少し濃いが、しっかりと透き通った綺麗な茶色をしていた。


「一体どこから手に入れられたんですか?」

「さあな」


答える気はない、というようにくるりと踵を返し、皇帝陛下は椅子へと戻っていった。


なんだ。輸入品として商売するつもりはないのか。

ただの自慢か。


「…?」


不意に、その皇帝陛下の姿に違和感を感じる。


不躾だがじっとその姿を見つめれば、すぐにその正体に気づいた。


「…皇帝陛下、腰の飾りがひとつ足りないようですが」


どの服に着替えても必ず腰から下げる飾りが、5個から4個に減っていた。


この飾りについている金色の石は、彼の魔力から生成されたものだ。

皇帝陛下のあまりにも強大な魔力は、定期的に体外へ放出しなければ体に良くない影響を与えてしまう。

なので、5年に1度程度のペースで魔力を固め石を生成するのだ。


魔力から生成された石は、同じ魔力の受け皿となってくれる。

それ故に皇帝陛下は装飾品として加工し、身に着けることで漏れ出る魔力を抑えている。

これがあれば、感情の起伏でもよっぽどのことがない限りは魔法が発現しない。


今の皇帝陛下の何代も前の先祖が生成方法を考えた、画期的な石なのだ。


「それで、どこにやったんです?まさかこの珍しい茶と引き換えに…なんてことはないでしょうね」

「…そんなわけがないだろう。ただ人にやっただけだ」

「は、下賜されたので?何処の何方に」

「余が余の物を誰にやろうと自由だろう」


…あれだけ強い魔力が込められた石を、いくら皇帝陛下とはいえ自由にされては困る。

彼だってそれはわかっている筈だ。

素性もわからぬ人間にみすみす渡したりはしないだろう。


となれば、候補は絞られる。

昨日までは確かに有った筈だし、どうにか探しだせるかもしれない。


「…こちらでお調べしても?」

「ふ、好きにするが良い」


皇帝陛下は口の端を吊り上げて笑う。

どうやら突き止められない自信があるようだ。


…これは思ったより骨が折れるかもしれない。


最悪見なかったことにしよう、と思い直す。

何かが起こっても皇帝陛下が対処するだろうし。

無能な私はただ真面目にやっているという体面さえ保っていれば良い。


実のところ私も大概適当なのだ。


カップに残る冷たい茶をすすって、小さく笑った。





あれから皇帝陛下はどこかおかしい。


まず、書類仕事の処理速度が大幅に上がった。

今までは夜中まで仕事をしていたくせに、夕食までに全ての仕事を終わらせるようになった。

雑になっているわけではないし、それは良いことだ。


だがその後、姿が見えなくなるのだ。

てっきり自室に戻ったかと思えば、ノックをしても返事がない上、中を確認しても居ない。

しかしいつの間にか部屋に戻っている。

もちろん本人に聞いてもかわされてしまった。


…丁度、あの古いワードローブを寝室へと運び込んでからのような気がする。

そもそも唐突にあんなものを欲するなんておかしい。

衣装部屋なら他にあるし、必要ない筈なのだ。


呪いの類いかと思って一度調べてみたものの、そんな痕跡は見つからなかった。

隅々まで見てみてもただのワードローブだった。


何故だ。重なる政務にとうとうご乱心召されたか。


「何か不都合があるのか?」


当然身辺警護や非常事態の時に不都合があるに決まっている。

そう言えば、連絡用のピアスは常に着けているだろう、と返される。


確かに今まで姿が見えなくとも、連絡が取れなかったことはないけれど。


しかしそこまで頑なに理由を口にしないなんて、一体こそこそ何をしているのだろうか。





「明日、明後日は日中政務を休む。その分は今日終わらせる」

「…は?」


ある日、私の仕える主が唐突にそう言った。


それきり無言で仕事を片付ける皇帝陛下に何を言っても返事は貰えず。


…本当に次の日は夕方まで自室から出てこなかった。


そのくせ、庭園でニヤニヤと笑いながら花を摘んでいる姿をメイドが目撃したらしい。

とりあえずメイドには口止めをしたが、いよいよ気が触れてしまったのかもしれない。

まだ若いのにおいたわしい。


私にはどうすることもできないので、ただ様子を見守ることにする。


…よく分からないが本人が楽しそうだし、そっとしておこう。


私は記憶力だけが取り柄の無能な男なのだから。

麦茶の描写書くために毎日飲んでた麦茶をようやくやめられます…。


次は日常!

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