その日は、皇帝と家を出た。3
今回短いです…!
「コーラフロート?」
店員さんが去った後、皇帝さまが不思議そうに聞き返す。
「コーラではないのか?」
「コーラですよ。まあ来てのお楽しみということで」
「ほう」
都庁といいこのお店といい…昨日の時点ではデートだなんて言葉は全く浮かんでいなかったので、洒落っ気より出費を抑えることを優先してしまった。
本当にささやかなものだが、少しくらい贅沢をさせてあげたいと思ったのだ。
「気に入って頂けると良いのですが」
「この世界の食べ物は全て美味いからな。楽しみだ」
そわそわと期待を隠しきれない様子の皇帝さまに、軽く笑った。
控えめに言ったものの、これだけコーラが好きなら絶対にコーラフロートも気に入るだろうと確信していた。
それから暫くして。
「お待たせしました、コーラフロートです」
店員さんがテーブルにコーラフロートのグラスとスプーン、ストローを置いていく。
皇帝さまの視線はコーラフロートにくぎ付けになった。
「この…白いものは?」
「アイスクリームです。そちらはスプーンで掬って食べてください」
言われるがまま、浮き島になってるアイス目掛けてスプーンを突き刺す。
しかし浮いているアイスはつつくと沈み、コーラの嵩が増して溢れそうになった。
「…難しいな」
「上から刺すより横から削り取るようにした方が良いかもしれませんね」
ドーム型のアイスは、ソフトクリームよりも掬うのが難しい。
アドバイスを送れば、皇帝さまは苦戦した末になんとかアイスを掬い上げた。
謎の達成感がある。
私がおすすめした通りコーラに少し浸してから、口へと運ぶ。
その瞬間、皇帝さまの周りにぶわっと花が舞った。
「…ん?」
「…っ!これは…美味いな…!」
驚愕の表情を浮かべた後、顔を綻ばせて笑う。
今までも皇帝さまの喜ぶ姿が可愛く見えてはいたけれど、ついには花を背負う錯覚まで見えるようになってしまったか。
そう思って繰り返し瞬きや目を擦ったりしてみたが、どうにも消えない。
「炭酸の爽快感は和らぐが、甘さによって味が柔らかくなるな。この冷たさも刺激になって良い」
小さな花びらは光を帯びており、皇帝さまが感想を述べている間も彼を中心に空中をふわふわと舞っている。
整った容姿も相まって、幻想的で美しい。
…けれど、これはもしかして。
「魔法?」
その単語を口にした瞬間、花は一瞬にして跡形もなく消え去った。
皇帝さまは何事もなかったかのように口にスプーンを運んでいる。
「今のは…」
「魔法だな」
全く悪びれる様子もなく答え、ストローでコーラを吸った。
「いや、駄目って言ったじゃないですか」
周りにみられていなかったかと慌てて周囲を確認する。
幸いこちらを見ている人は居なかったようで、ホッと胸を撫で下ろした。
「わざとではない」
「……」
皇帝さまは、けろりとした顔でそう言った。
思わず深くため息を吐く。
曰く、向こうの世界でも特別魔力の高い皇帝さまは、感情の起伏によって意図せず魔法が発動してしまうことがあるらしい。
意識的に抑えられるように子どもの頃から訓練をしたので、今では全く発動することがないのだという。
「だがこれが予想以上に、あまりにも美味かったものでな。思わず発動してしまったようだ」
心構えも足りていなかった、と呟き、感心したように息を吐いた。
説明している間も休むことなく口に運んでいたコーラフロートはもうなくなっている。
「もっと早く教えてくださいよ…」
話を聞く限り不測の事態に弱いらしい。
それを先に知っていれば私だって少しでもフォローできた。
魔法は使わない。
その約束を破ったのに、皇帝さまは平然としている。
もし誰かに見られていたら、困るのは自分だというのに。
どうにも納得いかない。
「…約束したのに」
そう恨みがましく呟けば、何故か皇帝さまは目を見開いた。
なんだその顔。まさか忘れてたなんてことはないだろうな。
「約、束…そうか、約束か」
口に手を当ててそう反復する。
そうして少しした後、真っ直ぐにこちらを見つめて言った。
「すまなかった。余とお前は対等な友人だというのに、その約束を蔑ろにしてしまった」
そうか、他に友人いなかったんだもんなこの人。
口約束なんて滅多にしないのかもしれない。
そう思えば、むくりと同情心が起き上がった。
「これからは気を付ける。…どうか、許してくれ」
悲し気に顔を歪め、そっと私の手を取る皇帝さま。
「マユミ…」
…イケメンはずるい。
出会ってから今まで見たことのないその悲哀に満ちた表情に、怒っていた気持ちはすっかり失せてしまった。
私は思ったより美形に弱いのかもしれない。
「…あのですね、約束を破った事についてはそこまで気にしていません。仕方のないことですし。ただ、そう言った事情があるなら事前に相談して頂きたかったです」
そっと手を引こうとするも、思ったよりも強い力で握られていたそれは離れそうにない。
早々に諦めて手から力を抜いた。
「…私もハルバードさんには色々と見てほしいんです。こんなことが続くようなら出かけにくくなってしまいます。知っていれば協力できることもあるでしょうし、教えてください。私は友人なんですから」
「そうだな。すまない」
神妙な顔で頷く皇帝さま。
最初からそういう態度でいてほしかった。
「…あと、悪いことをしたと思ったらすぐに謝る姿勢を見せた方が良いと思うんですけど」
「皇帝たる余は、簡単に頭を下げてはならんのだ」
…なるほど、と納得する。
彼は「悪いことをしたらすぐに謝りましょう」というこちらの世界とは真逆の教育を受けていたわけだ。
友人がいなかったのであれば、それを覆す機会もなかっただろう。
「…だが、対等である友人のお前に対しては努力しよう」
そう微笑む皇帝さまに、胸が掴まれたような気持ちになった。
それからは、運ばれてきた食事をしっかり楽しんだ。
和食は皇帝さまも大変お気に召したらしい。
机の端にある調味料もちょっとずつ試してみたり、行儀が悪いかもしれないが私の注文したものを少し分けてみたり。
「どれも美味かった」
「そうですねえ」
そうしている内にあっという間に全て平らげてしまった。
チェーン店とはいえこの店のご飯はやっぱり美味しい。
皇帝さまの口にも合ったようなので、また来てみても良いかもしれない。
「だが、お前の作った料理の方が余は好みだったな」
…ピーマンと昆布の炒め物と玉子焼きしか食べてないくせに!
あれがお店と比べて美味しい筈もなく、わかりやすいお世辞に恥ずかしくなる。
私は流石にそれを真に受けはしない。
「…コーラフロートもう一杯飲みますか?」
「良いのか!」
ただ、嬉しいものは嬉しいのだ。
次いくところ考え中なので一旦投稿しました…。
無計画申し訳ない。