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その日は、皇帝と家を出た。2

サブタイトルが思い付きません。

「人が多いな」

「そうですね。この国で最も利用率が高い駅なので」


この国で最も、ということは世界でも一位なのだが。

いつもは出勤時に使う駅だが、休日も相変わらずの人ゴミだ。


はぐれないように気を付けてくださいね、と言って、駅の改札を出る。

乗ったときに一度通っただけのシステムを、皇帝さまは再度難なくこなした。


大体のことは一度教えればしっかり覚えてくれるので、こちらとしてもすごく助かる。

皇帝ともなると頭の出来が一般人とは違うなあ、と感心しきりだ。


そして人ゴミの中を暫く歩くと、開けた場所へと出た。

駅西口の地下広場だ。相も変わらずバス乗り場やら建物やらの案内板で頭上が賑やかである。


「…なんだこの空間は!どういう構造になっている?まさかダンジョンか!?」

「普通の建造物です。ただ、この駅は特に複雑で」


確かに、この巨大な駅はダンジョンと言っても差し支えない程度には入り組んでいる。

私ですら慣れない路線へ乗り換えるときは戸惑ってしまう。

連絡手段もないので、一度はぐれてしまえば見つけるのには相当骨が折れるだろう。


「迷子になったら探しだす自信ないので気を付けてくださいね」

「迷子?余を誰だと思っている」

「皇帝さまですね」

「そうだ。余が迷子になど…おい、あまり離れるな!」


少し距離が開いただけで慌てて肩を掴まれた。

皇帝という肩書きがあれば初めて来た場所でも迷わないのかと思ったが、そうでもないらしい。

その変わり身の早さに、可笑しくなって思わず笑う。


「そんなすぐに見失いませんよ」

「…人が多すぎる」

「開けたところは方向も迷いやすいですもんね。でも、もう少し進めば…」

「ほら」


進む先を指さそうとした瞬間、皇帝さまが腕を見せてきた。


視線を向けるけれど、別に何もついていない。

その行動の意味が分からず、訝って皇帝さまを見た。


「…腕を組めばはぐれないだろう」

「…ああ!」


なるほど、見せてきた訳じゃなくて差し出してきたのか。何かと思った。


「ええと…」


恐らく貴族のエスコート的な感覚で差し出しているのだろう。

けれど、異性と滅多に接することもない私からすると腕を組むという行為は非常にハードルが高い。


それをどう伝えたものかと迷っていれば、皇帝さまは焦れた様子で私の手を取った。


「行くぞ」


強制的に皇帝さまの腕に手を乗せられる。

問答無用でそのまま歩き出すものだから、慌ててついて行った。


とは言え、エスコートらしく歩幅は合わせてくれているのでとても歩きやすい。

流石慣れているなあ。


その点私は、手から伝わる他人の体温に慣れそうにない。


「それで、どこに行けば良いのだ」

「ああ、えっと、そこの道に入ります」

「こっちだな」

「違います」


道がわからないのに、何故あんなに自信満々に歩き出せたのだろうか。






動く歩道に目を輝かせる皇帝さまとともに地下道を進んでいく。


やがて現れた階段を上って地上に出れば、目の前には高層ビル群が立ち並んでいた。


「…!これは…凄いな…」


その圧倒的な高さの建物に、皇帝さまは感嘆する。


「…この国には魔法がないと言っていたが、一体どうやってこれだけの高さのものを建てるんだ…?余の城よりも高いぞ」

「人間って凄いですよねえ」


私にはそんな技術はないけれど。


しかし改めて思い返せば、この辺りは数年前の就職活動中、説明会のために来たとき以来だ。

遊びに来ることなんてほとんどなかったが、このいかにも現代的な景色は結構好きかもしれない。


それに、皇帝さまの反応を見ているとこちらも楽しくなってくる。


「この横の建物はなんだ?」

「ホテルですね。観光客が泊まる宿です」

「何?あの建物が誰でも泊まれるのか?」

「そうですね、お金はそれなりにかかると思いますが」

「ほう…ではあの建物は?」

「うーん、オフィスビルですかね?あの中に会社があったり、会議室があったりするんです。こちらは関係者以外は入れませんね」


ひとつひとつのビルを指差し役割を聞く皇帝さま。

そしてその内、ひときわ特徴的なビルを指差した。


「では、あの2本の柱がくっついてるような建物は?」

「今から行く予定の建物です」


思わずにやりと口角が上がる。

そう、今日の目的地は東京都庁なのだ。






「おい、マユミ!こっちに来い!」

「はいはい」


エレベーターに乗ったときはその閉鎖的な空間に警戒をしていたくせに、皇帝さまは展望フロアについた途端一目散に窓を目指した。


本日は気持ちの良い快晴だ。

霧もなく、おかげで遠くの山まで見渡せる。

個人的には夜景の方が好きなのだが、皇帝さまも楽しそうだし、良く見える昼にして正解だった。


都庁からの景色はとても美しい。

それなのに無料で入れるのだ。お財布にも優しく、大変素晴らしい。


皇帝さまは食い入るように窓の外を見つめ、私に手招きをした。


「見ろ!あの高い建物が上から眺められるぞ!」

「ああ、本当ですね。こっちの方が高いですしねえ」


もはやエスコートなど完全に忘れ、子どものようにはしゃいでいる。

成人男性のその様は非常に注目を浴びるが、幸いなことに本日の展望フロアに人はそれほど多くない。


「素晴らしい眺めだ…!正に異世界だ!」

「…あーいやーハルバードさんの国は自然が多いですもんねー異世界は言い過ぎですけどねー」


一組の若いカップルがこちらを見ていたので、慌てて取って付けたように説明を口にする。

今日もしかしてずっとこうしないといけないのだろうか。


「あの~、すみません」

「…え、はい」


いつの間にかそのカップルが近づいてきており、女性の方に声をかけられた。


…流石にわざとらしかっただろうか。不審だと思われた?

警備員まで呼ばれるとかはないと思いたいけれど。

咄嗟に頭の中に言い訳を組み立てて構えた。


「写真撮ってもらえませんか?」

「ああ、はい。良いですよ」


なんだそんな事か、とホッと胸を撫で下ろす。

やましいことがあるせいで過剰に反応してしまったようだ。


差し出されたスマートフォンを受け取って、2人がスタンバイするのを待つ。

カップルは少し恥ずかし気に笑い合い、寄り添ってこちらに笑顔を向けた。

…いけない、一瞬目が死んでしまった。眩しいものを目にしたせいでつい。


「…いきまーす。はい、チーズ」


画面をタッチすれば、電子的なシャッター音が鳴った。

念のため2~3回シャッターを切る。

外が明るいので逆光気味だが、これくらいであれば問題ないだろう。


女性にスマートフォンを返した。


「ありがとうございます!」

「いえいえ」

「あの、良かったらそちらもお撮りしましょうか?」

「え?」


彼女の目線を追って振り返ると、皇帝さまが隣に立っていた。

てっきり景色を見ていると思っていたので驚く。


「いえ、私たちは…」

「やる」

「え」

「来い」

「えっ、ちょ…あ、あのじゃあこれで」

「はい~」


断ろうとしたにもかかわらず皇帝さまが腕を引っ張るので、慌てて女性に自分のスマートフォンを渡した。

そのまま引っ張られ、先ほどカップルが立っていた位置へと連れていかれる。


「何するかわかってるんですか?」

「知らん」

「ええ…」


写真の意味もわからずに受けたらしい。何故。

さっきのカップルの真似をしてるのか、腰を抱き寄せられ密着した。


「あの」

「あそこを見ればいいんだな?」

「え、はあ、そうですけど…」

「いきますよ~」


その声に、思わずカメラへ顔を向ける。

はい、チーズ。の掛け声とともにシャッター音が鳴った。


「はい、もう一枚いきまーす」


この隙に少し身体を離そうと試みるが、皇帝さまの腕に更に力が込められ失敗に終わる。

皇帝さまをちらりと見れば、また口の端を歪めて笑われた。


昨日といい、皇帝さまは人をからかうのがお好きなようだ。




結局そのままの状態で2~3枚写真を撮り、ようやく皇帝さまの腕から解放された。


「ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」


お礼を交わして、カップルは満足げに去っていった。


ただ写真を撮っただけなのに、なんだかとても長く感じられた。


「それで、今のは何だったんだ?」

「……」


じとりとした目を向けるも、皇帝さまは全く気にした様子がない。

諦めて軽く息を吐いてから口を開いた。


「写真というものです。一瞬でその場の絵が写せるんですよ」


そう言って皇帝さまにスマートフォンの画面を見せる。

そこには、あからさまに外向けの綺麗な笑顔を浮かべる皇帝さまと、強張った笑顔の私が写っていた。


…気合を入れて来たとはいえ、やはり華やかなイケメンの隣に立つと見劣りがする。

とてつもなく恥ずかしい。

きっと今後二度とこの写真を見返すことはないだろう。


「ああ、街中にも貼ってあったあの精巧な絵だな…あの一瞬で描けるのか!」

「こちらでは肖像画よりも普及してますし、庶民でも使ってますよ」


肩越しに私の手元をまじまじと見つめる皇帝さま。

距離が近い。口には出さないけれど。


「この絵は複製できないのか」

「…無理です」


私の羞恥心が。

こんな月とすっぽんの絵を人の手元に残すだなんて死んでしまう。


「嘘だな。余にも寄こせ」


何故バレたのか。


「…持って帰った時、誰かに見られては困るのは皇帝さまですよ」

「困らん。寄こせ」

「ええ…?絶対面倒くさいことになりますって」

「そんなことはどうでもいい」


理由を並べ立てることならいくらでもできるが、皇帝さまはそんなのはお構いなしにとにかく寄こせと言う。

まるで駄々っ子だ。


私がどうしたものかと考えていれば。


「ただ…何か、お前との記録が欲しいだけだ」


皇帝さまが小さくぽつりと呟いた。

その言葉に、ぎゅっと心臓をつかまれたような気分になる。


ずるい。それを聞いてしまえば、拒否なんかできるわけがない。


「…帰りに、どこかで印刷しましょうか」


諦めて大きく息を吐き、私は白旗を上げたのだった。





都庁からの景色を、皇帝さまの気が済むまでじっくり堪能した後。


お昼どきも少し過ぎたころだが、昼食を取る為別のビルへとやってきていた。

地下の少しわかりづらい位置に、有名和食チェーンがあるのだ。

ここまで来てチェーンか…とも思うが値段帯がわかっているので安心できる。


「何食べます?」

「任せる」


皇帝さまはメニューの写真を興味深そうにみているが、自分で決める気はないらしい。

適当に目星をつけ、店員さんを呼んだ。


「あ、飲み物はご希望ありますか?」

「コーラ」


即答だった。

和食屋にコーラってあるのか?と思ってドリンクメニューを見てみれば、しっかりと書いてある。

もはや国民的飲料だなあ。


「ご注文承ります」

「あ、えっとこれと…」


テーブルに来てくれた店員さんに注文を告げていく。

そして最後にドリンクメニューへと視線を落とせば、コーラの下に書いてある文字が目に入った。


「あと…コーラフロートください」



刻んで申し訳ないです。

お出かけ編結構長くなりそう…!

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