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その日は、茶会があった。

サブキャラ回です。


「は、紙?これが?」

「そうだ」


思わず驚きの声を上げれば、目の前の主はしてやったりと笑った。


主が差し出したのは白い器だ。

恐る恐る受け取ると、そのさらりとした指触りに目を見張った。

風ですぐ飛んでいってしまいそうな程に軽く、均一に薄い。


「そのまま持っていろ」


そう言って皇帝陛下はポットを持ち上げる。

魔法で中の紅茶を抜き出し、茶色い液体が宙を舞ったかと思えば、私の手元目掛けて飛んできた。


「っ!」


思わず後ずさろうとするが、『そのまま』という主命を思い出し、なんとか一歩退くだけで踏みとどまった。


ああ、これは駄目だ。絶対に火傷した。

諦めて本日宮廷医務室に出仕している回復魔法の使い手を脳内でリストアップしていく。


そうして一人に絞って覚悟を決めると、紅茶は手元の器目掛けて飛び込み、そのまま収まった。

…そう、驚いたことに収まったのだ。


「これは…」

「どうだ、凄いだろう。この紙のコップはこの軽さでありながら液体を淹れることができるのだ」


じっと見つめるが、底と側面にある接合部らしき部分からも紅茶の滲みる様子はない。


「これが、紙…ですか。確かに紙のように軽くて薄いですが…」


器の内側を見ると、きらりと光を反射する。

なるほど。外側は確かに紙だが、内側は何か他の物でコーティングされているのかもしれない。

その発想、それを実現する技術力に思わず感嘆の息を漏らした。


「素晴らしいですね。耐久力はあまりなさそうですが」

「それは使い捨てだ。洗って繰り返し使うようなものではない」

「使い捨て?まさか!紙を均一に()くだけでも相当な手間の筈です」


皇帝陛下は自分で作った訳でもないだろうに、なんとも得意げな表情を浮かべている。

…その顔は、つい最近見た顔だ。


そこで、なんとなく思った。


「入手先は、この前の麦の茶と同じ所ですか」

「……」


図星のようだ。

わかりやすく口を閉ざし、目を逸らした皇帝陛下に小さくため息を吐いた。


麦の茶なんて、誰に聞いても知らないという。

どんな有識者や、褒められたものではない取引を行う組織ですら、耳にしたこともないと答えた。


ああ、面倒臭い。

そんなものを何故、厳重な警備の中にいる皇帝陛下が手に入れられるのか。


なんなら入手ルートは腰の飾りを下賜した者なのでは、とまで私は思っている。

得体のしれない人物と皇帝陛下が親交を持っているとなれば、混乱は免れないだろう。


…考えるのはやめよう。

どうせ私の言うことを聞くような主ではないのだ。


「…変な事だけはしないで頂けますか。宰相に怒られるのは私なのですから」

「そうだな。お前だけに矛先が向かないよう善処しよう」


する可能性があるのか。


その返答に頭が痛くなる。

火傷は免れたが、結局回復魔法を受けにいくことになりそうだ。







「本日は昼過ぎに茶会があります」

「またか…先週もあっただろう」

「毎週のことですので」


皇帝陛下はうんざりと言った顔でカップに口をつける。

紙コップとやらはもったいないから使わないのだそうだ。自身の寝室に持っていった。


週に一度の茶会は、娘を持つ有力貴族の強い要望により開催されている。

妃候補と言われている年頃の娘が週替わりで皇帝陛下と茶を飲むのだ。


この日になるといつも機嫌が悪くなる。

候補の中から誰かを選ぶつもりもなく、波風を立てるわけにもいかず、皆平等に紳士な対応をとるのは大変疲れるらしい。


しかしその中にもただ一人、例外がいる。


「今日は…ああ、リーファ嬢か。ならばまあ、幾分気が楽だな」


そう言って、皇帝陛下は微かに笑った。






リーファ様は有力貴族シュンメイ家の次女だ。

シュンメイ家は由緒正しき獣人の家系であり、優れた人物を何人も輩出している。


彼女自身もまた非常に優秀で、所作も美しく品があり、淑やかな女性である。


皇后候補の女性は皆才気溢れる人ばかりだが、私は中でもリーファ様が一番相応しいのではないかと思っている。

なんの権限もない上に個人的な好みも入ってしまっているので決して口にはしないが。


皇帝陛下の反応からも、満更ではなさそうなのだ。


「グレイブ様、リーファ・シュンメイ様がお越しです。…約束よりも大分お早い時間ですが…」

「ああ…彼女はいつもそうなのです。第三応接室へお通ししてください」


若いメイドがリーファ様の来訪を告げ、一礼して去っていった。


皇帝陛下との茶会が余程楽しみなのか、リーファ様はいつも約束の時間より1時間近く早く登城する。

少しでも早く会いたいのだろう。恋する女性はなんとも可愛らしい。


「本日はようこそお出でくださいました」

「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


第三応接室へと赴けば、丁寧なお辞儀と柔らかな笑顔で迎えられた。

艶やかな朱色の髪がさらりと揺れ、キラキラと輝く金色の瞳が私を見つめた。


…見事な所作だが、彼女の頭部に生えた獣人特有の耳は緊張したように強ばっていた。


獣人は耳や尻尾に素直な感情が表れるので、見ていてとても癒される。

感情を抑えることに慣れてしまったどこかの皇帝とは大違いだ。


「申し訳ございませんが…皇帝陛下は未だ前の予定が終わっておりませんので、少々お待ちいただけますでしょうか」

「ええ。…ということはまた貴方にお相手をして頂けるのかしら」

「はい。私でよろしければ」


そう答えれば、リーファ様の耳からへたりと力が抜けた。

なんとなく表情からも険がとれたようだ。


彼女はいつもそうだった。

侍女を一人連れてきているとはいえ、月に1度しか訪れない城では心細く緊張するのだろう。

他の候補者と比べても、一段と気を張って現れる。


本来ならば私のような身分では話し相手としては不足なのだが、誰かと話すことで少し落ち着くことが出来るようなので、僭越ながらお相手させて頂いている。


と、まあ実際はここまで全てこの会話を正当化するための言い訳なのだが。


なんと言ってもあの耳を見ていると私が癒される。本当の理由はそれだけだ。


「先日初めてコックに教わってお菓子を作ったの」

「それは凄いですね。お怪我はされませんでしたか?」

「ええ。初めてにしては結構上手に出来たのよ」


ふふ、とリーファ様は楽しげに笑う。

彼女はその美しい顔立ち、涼しげな目元と強気な物言いに誤解されることが多いそうだが、とても可愛らしい女性だ。


なんでも皇帝陛下への贈り物も自ら選び、その反応に一喜一憂しているそうだ。

ついでにと私にもちょっとしたものを頂けるので役得である。


「…その…甘いものはお好きかしら?」


少し不安げにそう問うので、微笑ましいなと思いながら。


「そうですね。よくお召し上がりになりますよ」


皇帝陛下は子どもの頃から毒味やらで冷えた食事より、冷めていても味の落ちない菓子類がお好きだった。

今では単純に甘いものが好みになってしまっているようだが。


彼女が贈るならば喜んで食べるだろう。


「……そう。…そうなのね」


耳をへたりと下げ、彼女は微笑んだ。

がっかりしたと言うようなその様子に内心慌ててしまう。


甘党の男はお嫌いだっただろうか。


どうにかフォローを、と考えていれば彼女が先に口を開いた。


「…その、このお茶請けなのだけれど」


そう言われテーブルの上に視線を落とす。

そこにはこちらで用意したものではない、少々形の崩れたクッキーが並べられていた。


…もしや、これは彼女のお手製なのだろうか。


「これは」

「見た目は…その、崩れてしまったものもあるけれど、ほら、これとか綺麗に出来ているでしょう?コックが作ったものには負けるけれど、味は悪くないのよ?まあ、少し、砂糖が多くなってしまったけれど…疲れていたら甘いものが良いと聞くわ」


言い訳のようなものを次々と捲し立てるので、口を挟む余地がない。

確かに菓子職人に作らせたものに比べれば多少不恰好かもしれないが、気になる程ではなかった。


それよりも私には気になることがあるのだ。


「…リーファ様、これはもしや私が頂いてもよろしいのでしょうか」


この城に持ち込まれた食べ物は、原則毒味を経て持ち込まれる。

それは有力貴族の娘とて例外ではなく、皇帝陛下へと渡すものであれば尚更厳重なチェックをされているだろう。


その過程を経たクッキーがここにお茶請けとして置いてあるということは、私が食べても良いということではないだろうか。


「…ええと」

「よろしいのですね?」

「……え、ええ」


彼女が頷いたと同時に、クッキーへと手を伸ばす。

がっつりと口へ放り込みたい衝動を抑えて、サクリと一口かじった。


味わうように何度か噛んで、飲み込む。

じんわりと甘さが身に染みていくような気がした。


「…美味しいです。とても」

「…本当?」

「ええ。丁度甘いものを食べたいと思っていた所でして」

「……そう」


彼女の耳が嬉しそうにパタパタと動く。

手に残ったクッキーもなるべく上品に見えるように口の中へ収め、次へと手を伸ばす。


次、また次と急くように食べれば、やがて皿の上には何もなくなった。

満足感に思わず口元が緩んだが、それを隠すように口元を拭く。


「…ご馳走さまでした」

「ええと…甘いものがお好きなのですね…?」


リーファ様は笑顔をひきつらせながら問いかける。


…しまった。あまりにもがっつきすぎてしまったようだ。

ここで印象を悪くするわけにはいかない。なんとか挽回しなければ。


「…申し訳ありません。甘いものはあまり得意ではないのですが…美味しくて、つい」

「そ、そうなの…美味しかったのなら良かったわ」

「はい。バターはとても香り高く、砂糖も上品な甘さでした。どちらもリント産ですか?」

「まあ、わかるの?」

「素材の良さが出ていましたから。リーファ様は製菓の才能までお有りなのですね」


そう褒めると、リーファ様は私から目を逸らした。

耳は相変わらずパタパタと動いているので、どうやら照れているのだとわかる。

不快な思いをさせていなくて良かった。


「グレイブ様」


会話のタイミングを図ってメイドが声を掛けてきた。

それを受けて懐中時計を取りだし、時刻を確認する。

もうこんな時間か。…早いな。


メイドへ礼を言い、リーファ様へと向き直った。


「皇帝陛下の予定が終わったようですので、私はここで失礼させて頂きます」

「……そう。付き合ってくれてありがとう」

「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。クッキーもとても美味しかったです」


彼女の下がった耳に後ろ髪を引かれつつ、もう少しだけお待ち下さい、と丁寧に礼をして部屋を辞した。



メイドに茶会の準備を指示し、皇帝陛下の執務室へと向かう。


彼が上着を茶会用のものへと着替えている横で、処理の終わった書類を確認する。


執務室(ここ)で着替えるべきではないと過去に何度も進言したが、直すつもりすら無いようなので今はもう諦めた。


軽くため息を吐けば、皇帝陛下はそれを目ざとく見つける。


「…グレイブ。お前、顔色が悪いぞ」

「問題ありません」

「そうか。それが終わり次第医務室へ行け」

「…承知致しました」


命令されては仕方がないので、頭を下げてそれを受けた。

まあいいか。どのみち時間が空いたら頭痛で行くつもりだったのだ。


ただ、茶会で侍せないのは残念でならないが。






執務室を後にする皇帝陛下を見送ってから、緊張の糸が途切れたのか、一気に体調不良の波が来た。


思わずソファへと座り込む。


…今日のリーファ様もとても可憐だった。

それを思い出すと同時にクッキーの甘さも甦り、思わず口を押さえた。


甘いものは苦手だ。けれど彼女手製の菓子であれば逃すわけにはいかない。

そして捨てさせるわけにも、誰かに取られるわけにもいかないので全て平らげた。


甘党の皇帝陛下好みの味だったと思う。…口には出さなかったが。


頭の中に皇帝陛下との茶会を楽しむ彼女の姿が浮かぶ。

嬉しそうに、幸せそうに笑う彼女を想像していまう。


…いや、たとえ皇帝陛下への練習台だったとしても構わない。

無能な私にはそれくらいしか出来ないのだから。


幸せになって欲しい、と思う。


差し出がましいことかもしれないが、彼女を思うとそう願わずにはいられない。


ああ、頭が痛い。






「それは…なんとも甘酸っぱい話ですね」

「面白いだろう?月に一度の楽しみだ」


ザラメがまぶされている煎餅を食べながら、皇帝さまが笑う。

欠片を服に溢さないよう、私が事前に小さく割っておいたものだ。


今、彼が話してくれたのは側近さんの恋愛話だ。


皇帝さまのお妃候補の一人と完全に両想いなのに、お互い相手の気持ちには気付いていないのだそうだ。


お妃候補と皇帝側近の許されざる恋、というシチュエーションはまるで物語のようだ。


「余としては早く一緒にさせてやりたいのだがな…」


どうやら皇帝さまが結婚しないと、お妃候補の女性は他の人と結婚出来ないらしい。

そりゃそうか。お妃候補だもんなあ。


ただその女性もその父親も、皇帝さまが貴族の力関係を考慮して国内の誰かと結婚するつもりがないのは理解しているそうで。

『早く国外の相手を見つけて結婚しろ』とせっついてくるらしい。

…皇帝さま相手に強いな。その間娘が結婚できないのだから当然か。

待たせてしまっている他のお妃候補の方々も、追々良いお相手を紹介する予定らしい。


「手段がないわけではないが…しかし彼女からあいつの話を聞くのは面白い。『物腰が柔らかく紳士的、まるで王子様のように優しい人』…と、この皇帝である余の前で言うのだ」


そう可笑しそうに言う皇帝さまに、その二人がくっつくのはまだ結構先になりそうだなあと思ったのだった。

サブもほのぼのさせていきます。

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