第一話『月蝕《ツキハミ》の悪魔』
初めまして、無様と申します。
様々な意味で初投稿で、不手際や誤字脱字等があるかと思いますがどうかよろしくお願いします。
文章書きとして未熟以下で遅筆ですが、気長に更新していきます。
~プロローグ~
かつて、『黄昏の時代』と呼ばれた時代があった。
『黄昏』が示すのは『世界の斜陽』。
それは、神が穢れた大地を見捨てた頃から。
緩やかに蔓延する死病、災厄、人は理性を失った獣となり、獣は更に恐ろしい化物と化してゆく。
それでも人は強欲に星と命を喰らい続け、賢者達は怒り狂い、牙を剥いた。
そしてついに国は、森は、大地は、火という黄昏に包まれて、大陸の三分の一が焦土となった。
その傷痕は長い時を経た今なお、痛々しく星に刻まれている。
けれど、人は既に、かの時代のことを忘れたように生きている。
その痛みも、戒めも、悲劇も、薄れている筈なのに。
人はまだ、苦しみつづけている。
これは、そんな世界で紡がれる物語。
どうしようもなく愚かな人間と、どうしようもなく優しい悪魔の邂逅からはじまる。
月を蝕む、黙示録。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大陸『ディアトラス』、『黄昏の時代』を越えた人類が根付いた大地は、そう呼ばれる。
その時代の世界地図と照らし合わせるなら、西側の地域。
かつて文明の中心であった地図の中心部は既に、荒廃した無窮の大地だけが残り、魔物と恐れられる化け物が跋扈する海を渡る術を持たない人類に、もはや世界の主としての威厳はない。
しかし幸か不幸か、衰退した人類にとっては失楽園の意を与えられた大地でも充分であり、未だ多くの未開の地が残るなかでも、穏やかに繁栄していた。
その大陸の西南、マチュース地方にある町、クネウム。
見渡す限りの草原の中に、その町はあった。
穏やかな気候に恵まれた農耕の町で、文明の物差しで測るなら田舎と評される土地であったが、街並みを眺める限りは、それなりに発展していると言えよう。
それは町の西側だけで、東側は貧相な木造の家と畑の様相だったが。
「は…はぁ…」
時刻は深夜2時を過ぎた頃、畑の外れ、篝火の灯りが届かない場所に少女が降り立った。
そう形容する他なかった、その少女は何もない闇から突然に姿を表したのだ。
草土に膝をつき、苦悶の呼吸を繰り返して。
「少し…無茶、したわね。
休ま、ない…と………」
崩れ落ちた少女は、そのまま動かなくなった。
肩近くまで伸びた黒髪の青年は、手提げランタンの灯りを頼りに暗闇を歩いていた。
彼の名はクライ、クネウムの町で下働きを生業としている。
下働きとは、畑仕事や夜警等の、所謂身体仕事。
すなわち、現在は夜警の最中であった。
彼は、比較的真面目な青年である。
だからこそ、篝火から離れての見回りをしていた、というのは建前。
単純に、彼は夜の散策が好きだった。
灯りが薄まれば、夜の静けさや空の星々は一層瞬く。
体調や季節、天候によって左右されはしたが、全体を考えれば好きに分類される仕事であった。
「………?」
そして、ランタンの朧げな灯りの中、彼はその少女を見つけた。
夜の番をしていて、初めての経験だった。
畑を荒らしに来た獣や弱小な魔物や、迷子の子どもとの不意の遭遇はあったが。
まさか横たわった少女に遭遇するとは。
警戒しながら近づき、灯りで少女を照らす。
10代中頃から後半だろうか、銀の長髪を黒のリボンでツインテールにしている。
肌の色は、橙の灯でも分かるほど白い反面、服装…ドレスは黒一色。
眠っているように、静かで穏やかな呼吸音。
俺は異性には、他人全般に疎いが、それでも生きてきて一番と思うほどの容姿だった。
「………どうしてこんな場所に」
独り言を漏らしつつ、思考を巡らせる。
この辺りでは見ない高貴さがある衣装、そして優れた容姿。
おそらくは、結構な身分の人間ではなかろうか。
目立った外傷はないが、顔色は悪く見えた。
そんな観光客が訪れている、という話は聞いていない。
俺の耳に届くかと言われれば、微妙な話題ではあったが。
「おい、大丈夫か?」
膝をついて声を掛けてみる………反応はない。
仕方ないので剥き出しの肩に手を掛け、揺する。
掠れた掌に、冷たいながらも柔らかく瑞々しい感触。
ただ起こそうとしているだけなのに、酷く罪悪心を煽られた。
それでも、少女の反応は返ってこない。
「はあ…放っておけないよな、仕方ない」
ランタンを一旦地に置き、少女を抱き上げた。
彼女は妙に軽く、背負うのに苦労はしなかった。
が、何だこの感じは。
肩腕こそ露出しているが、ドレスは着込まれている。
なのに、何故こうも伝わる感触が艶めかしい。
一言なら柔らかいで済む、しかしそれが酷く煽情的で。
まるで、裸のまま背負ってしまっているようだった。
「……ち、何を考えてんだ俺は。
急ごう」
少女に抱いてはいけない邪な感情を振り払い、俺はランタンを掴んで腰を上げた。
この時間だと、夜警の詰所位しか開いてないが。
この子を藁布団で寝かせるのもどうなのだろう、最悪東町まで運んで医者を起こさなければ。
泥沼に沈む意識は、微かな揺れと人肌の温もりに現世に引き戻された。
零れた、艶の籠る吐息。
「んっ…ぅ」
瞼も開けない疲労と睡魔に蝕まれる中、少女は。
「大丈夫か」と声を聴いた。
人間の、若い男性の声…拾われてしまったのか。
これもまた、運命なのだろう。
再び薄れゆく意識と、肢体を男の背に委ねながら。
「人に、見つからない所…へ…」
言の葉を振り絞り、途切れた。
「おい、どういうことだ?」
俺は足を止め、少女に疑問を投げ掛けた。
が、彼女は穏やかな寝息を立てるだけで、うんともすんとも言わない。
人に見つかっては困る、彼女の言葉はそう聞こえた。
確かにこの町、この場所には不釣合いな容姿ではあった。
ならば、人目を忍んでの何か…例えば家出の類だろうか。
「………はぁ、どうしたものか」
厄介事かもしれないと、溜息を吐いた。
しかし、弱っている子どもの頼みを無下にも出来ない。
幸い、人目に付かず休ませれる場所には心当たりはある。
仕事仲間に見つからぬように、進路を変えて行くとしよう。
窓から、高くなった朝陽がカーテンを貫いて寝台に射し込む。
その寝台に、少女は寝かされていた。
「……っ、ん…」
陽の煩わしさに目を醒まし、静かに肢体を起こす。
見渡せば、ここは白壁の掃除が行き届いた小部屋だった。
我が身に被さっていた、色褪せた薄緑の毛布を摘み、鼻先に添えて嗅ぐ。
人間の、男の香がした。
「……………」
丁寧に毛布を脚元側に折り畳み、少女は寝台に腰を降ろす。
どうやら、願いは聞き届けられたようで。
扉の先から漂う気配を省みるに、ここは彼の家だろうか。
帰宅し、彼女をベッドに寝かせた当初は、弱っている彼女を放置しても良いのかと躊躇ったが、呼吸は安定していたので仕事に戻った。
今は顔色も良く、無駄な心配ではあったが。
体温は相変わらず低いのだけが気がかりで、食事を摂らせないといけないだろう。
後は、目を覚ますのを待つだけだ。
もう一度、確認しに行くか。
正直な話、とっとと話を聞いて寝たかった。
で、ここに至る。
「……………」
「……………」
彼女は起きていた、二つ結いだった銀の髪を下し、リボンを咥えて身嗜みを整えていた。
…俺を見る顔は、所謂澄まし顔という奴か。
と言うか、見知らぬ所のベッドでよくのうのうとしてられるな。
「…髪を整えているの、覗くなんて失礼じゃない?」
少女の声は、比喩するなら透明な声。
不満を訴えているようだが、不思議と怒っているという印象は受けなかった。
「それは、すまなかった」
冷静になってみれば、俺は謝る必要はなかったのではないか。
しかし、この時は彼女の、雰囲気というべきものに押されてしまった。
「色々、聞きたいこともあるが…無事そうで良かった
お腹空いてるだろう、食事を持ってくる」
失礼なのは事実なので、とっとと退散するとしよう。
どうして自分の寝室から退散しなければならないのか、微妙な感情もあったが。
扉を開ける背中に、彼女は。
「食事は、もう作ってあるの?」
「ああ、大したもんじゃないが」
「なら、頂くわ」
作ってないなら食べる気がない、と言うことだろうか。
…庶民の料理など本来は食べたくない、この時の俺はそう判断した。
ガチャリと、しかめ面をした青年が寝室を去る。
その心情を察する少女は、くすりと微笑んだ。
我が身に対する些細な心遣いが、本当は嬉しくて仕方ない。
「善い人に、拾われたみたいね」
さっと髪を結い終え、床に脚をつける。
一晩寝台に肢体を預けた筈なのに、漆黒のドレス…ローブ・デコルテに皺は見当たらない。
ベッドサイドテーブルに向かい、そこに置かれた新書を手に取る。
『海岸の旅路≪マチュース地方編≫』…所謂旅行記に分類されるもの。
他の書物も、大方旅路に関するもので。
この部屋と、家とは正反対の世界を記述したものだった。
食事、と言っても変哲もないジャガイモのポタージュを温め、寝室の扉を叩いた。
「入って良いか」
我が家で気を遣っているという現実に、どうも慣れない。
客人を迎える、という経験は少ないながらもあったが、紛いなりも気心しれた仲のみだ。
こうして、自分より身分が上であろう少女の相手をすることになるとは。
自然と、溜息をつく。
「ええ、どうぞ」
部屋に入ると、少女は身嗜みを整えてベッドに腰掛けてる。
毛布が綺麗に折りたたまれているのを見るに、礼儀は正しいようだ。
その隣に、微かに湯気が立つポタージュの皿を乗せた盆を置く。
「一応飲めるとは思うが、気をつけてくれ」
「ありがとう」
少女の返事は、随分温かく聞こえた。
よくよく考えれば俺の言葉遣いも訂正する様子もないし、俺が想像していた『高飛車な貴族』像とは一致しないのかもしれない。
そんなことを思いながら、机から椅子を引っ張り出して座った。
「で、あんたは誰だ、どうしてあそこで倒れてたんだ?」
「ん、応えようとは思うのだけれど、まずはこれを頂いて良い?
折角用意してくれたのだから、冷めない内に」
彼女は俺の問いを阻み、盆に手を添えた。
まあ、それを待てないほど急いではいない。
「食べたくない、って訳じゃないのか?」
「ふふふ、やっぱりそんな風に思ってたのね
違うの、態々用意して貰うのは迷惑だろうから」
微笑む少女に、俺は内心揺れた。
どうやら、彼女の性格は俺の予想とは大きく外れてるようだ。
何より、その表情は余りにも綺麗で、優しかった。
「…勘違いしてたみたいだ、悪かった
ゆっくり食べてくれ」
「それじゃ、お言葉に甘えて。」
思わず、謝罪の言葉を発してしまった。
疲れてるのかもしれない。
「そうだ、あなたの名前、聴いて良い?」
「クライだ」
「クライね、良い名前」
「…そうか? 俺は好きになれないな」
両親は『泣けるような優しい心を持った子になるように』という意味でつけたそうだが。
良い迷惑だ、泣くような弱い人間になんてなりたくはない。
「そう? 私は良いと思うわ
昏い色は、優しい色だから。
…頂きます」
行儀良く、両手を合わせる少女。
彼女の言葉を解せない俺は、ただただ複雑な顔をしていただろう。
「ご馳走様でした、美味しかったわ。」
少女の食事風景は、上品なものだった。
観察する限り、身分が高いということは間違いはないだろう。
…正直、ポタージュ一杯さらうのに時間を掛けすぎではあったが。
何分、本当に美味しそうにしていたので、それを漏らせなかった。
その点は、俺も悪い気はしないのもあった。
「ん、早速で悪いが、さっきの質問に答えてくれ」
「ええ、けれどその前に。
ここが何処なのか、教えてくれるかしら?」
「俺の家だ、人目にはつかないよ」
「そうじゃなくて、土地の…町の名」
こうして運んでくれたことは、感謝してるの、ありがとう」
「………はぁ?」
流石に意図が読めず、疑問符を浮かべた。
知らずにここまで来た、なんてことは彼女の身形と仕草から判断する教養なら知らぬ筈はない。
まあ、それでも答えない理由もないが。
「…クネウムだ、地方名も要るか?」
「大丈夫。
…そう、随分遠くまで"跳んだ"のね」
「…跳んだ? どういうことだ?」
「言の葉通りよ、クライ。
私は…」
これが、彼女との出逢い。
「悪魔なの」
「………悪魔?」
これが、彼との邂逅。
「そう、悪魔。
月蝕の悪魔と、人は呼ぶわ。」
そして、これからはじまる物語の、第一話。
誤字脱字等ありましたら、ご遠慮なく指摘お願いします。