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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

精霊花の咲く、かの地にて

作者: 浮舟柳

特に後半ボーイズラブ風味に見えないこともないので、苦手な方はお控えください。

澄みきった蒼い空に、薄紅色の花弁が舞う。

いくつもいくつも。まるで雪のように、ふわふわと。


俺は精霊花が乱れ咲く中で、静かに目を閉じた――――――。









魔都ゾーマ。危険な魔物が跋扈し、魔族が生きる魔大陸ガルージアの首都。人間達が危険視し、恐怖し、排除しようとする中で、彼らは気ままに過ごす。

そも魔族にとって人間は脅威ではない。時たま異常ともいえる高個体が出る生き物。それが魔族の人間に対する総意で、実際彼らはたった一人でも小国くらいなら滅亡させることも容易いのだ。



魔族を統率する現魔王も人間には無関心だ。ただ一人の例外を別にして。


魔王の仕事は各種族を束ねる十人の将軍と共に進める。管轄内の報告、税などの書類。戦争など国力の無駄も同然と言わんばかりな魔王によって、在位から数百年小さな小競り合いを除けばない。

つまり、平和なのと優秀な部下がいるため仕事量はさほど多くないのだ。


そんな魔王は、最近こっそりと城を抜け出している。実は将軍や在城軍、召し使いに至るまで知られていて、密かに暖かく見守られているとは魔王だけが知らない。


今日も手早く仕事を終わらせた魔王は立ち上がる。会議もなくこの日はもう彼を拘束するものはない。


「シーヴァ」


「承知しております」


魔王直属の将軍が一人、シーヴァンス。親友でもある彼を重宝するのは付き合いの長さ故に少ない言葉で多くを読み取って貰えるからだ。名前を呼ぶだけで意思を汲み取る親友に頼んだ、と城を後にする。

そんな魔王をシーヴァンスも微笑ましいもののように見ていたのは公然の秘密である。







紫がかった薄墨色の翼を広げ飛翔する。ドラゴンのように鱗と皮膜に覆われた翼は力強い。風に漆黒の髪が靡く。魔王はより黒く、長い髪であるほど強大な魔力を保有する。

今代である彼は地に引き摺りそうな長く艶やかな髪を持つ、歴代でも最高位ではないかと噂されていた。

高速で飛び移る景色がぱたりと止まる。突然魔王が停止したからだ。彼の眼下には淡い薄紅色の絨毯のような広い花畑があった。

人間領からは谷や山などをやっと越えねば立ち入れないそこは、当然人気もない。魔大陸にも極々少ないものの人間が住んでいるが彼らは正しく身の丈にあった生活を営んでいる。歯向かわなければ、魔族はしがらみに縛られた人間よりも余程接しやすい隣人だったのだ。




微かな羽ばたき音と共に、魔王は花畑に降り立つ。ぐるりと緋色の瞳が辺りを見渡し、ある一点でピタリと止まった。

一点に向かい歩く魔王の唇は緩く微笑みを描いている。普段は表情筋が死んでいるが、この花畑にいる間だけ活動していた。




角の生えた赤い兎の魔獣―ホーンラビット―を枕に一人の少年が寝息を立てていた。


「…起きろ、ウリュー」


「……ん…」


魔族以外で発現しない漆黒の髪と瞳を持つこの少年こそ魔王が度々城を抜け出す理由だ。黄色がかった肌色であまりはっきりとしない顔立ちは、寝顔なことも相まって幼く見える。


「んー…う、ぅ…?」


「おはよう、ウリュー」


「…はよ…?」


寝ぼけ眼の視線は暫く宙をふらふらとうろついて、魔王と重なった。存外寝起きが悪い少年がホーンラビットを撫でながらゆっくり覚醒する間の、緩やかに流れる時間を魔王は好んでいた。


「…おはよ、レヴィ」


ごきごきと豪快に首を鳴らしながらウリュー…花菱右柳(はなびしうりゅう)は欠伸を漏らした。魔王は発音しにくいために伸ばすように右柳を呼ぶ。最も右柳も魔王…レヴィーアラントを長いからと愛称で呼ぶのでお互い気にもしていないが。


「今日は何?」


「魔石を貰いに」


「いいよ、こっち」


ぐいっと伸びをして歩き出す横へ並ぶ。枕にされていたホーンラビットは未だピスピスと昼寝を満喫している。いつものことなので放置しても問題ない。




魔王の元に、ゾーマに隣接する領地を管轄する将軍から「黒の色彩を纏う人間が現れた」という報告が上がったのは三年前のことだった。


領地内には人間領から逃げるように移り住んでいた人間の老夫婦がいて、薬草を採りに森へ入った婦人が倒れているのを見付けたらしい。

明らかに人間なのに黒の髪を持つので老夫婦は将軍家の門を叩いたという。


聞けば怪しいが、黒を持つとなれば別だ。魔王はまず将軍に人物の確認と保護を命じた。


今でこそ、「あの時は大変だった」と笑い話になっているが当時は本当に大変だった。

右柳は目覚めたその日から目に映るもの、耳に聞こえるものの全てに錯乱した。回り全てが知らないものでしかなくて、恐怖しかなかったと、後に右柳はぼやくことになる。


結論から言えば、右柳は不運な被害者だった。


魔物も魔族も魔王も知らない右柳はこの世界へ召喚されたらしい。しかし髪の色で迫害された挙げ句、魔大陸へ転移魔術で飛ばされたという。

右も左も知らない世界に一人投げ出されて行き倒れたのを老夫婦に拾われたのだった。



そして最も驚くべきことが判明した。召喚魔術、転移魔術と魔力を知らない体に突然多くの魔力に触れた。魔大陸も人間領に比べれば魔力値は高い。魔力を浴び続けた結果、右柳は精霊に似た存在へ換わった。


あまりにたくさんのことが起きると、逆に冷静になる質の右柳は自身の変化を諦めと共に受け入れた。精霊となった右柳は花の蜜や魔力の溶けた水くらいしか摂取することがなくなり、金がかからないと逆に喜ぶことにした。



ただ問題が発生した。

右柳のエネルギー兼魔力源となる精霊花は希少で数が少ない。水なら魔大陸のものであれば、多かれ少なかれ魔力が溶け込んでいるため問題はない。


皆が頭を悩ます中、魔王はとある場所を思い出した。

広大な精霊花の花畑と、それを守るように回りの土地は険しく厳しい。精霊となった右柳の住処にぴったりだと魔王は提案した。


こうして右柳は花畑で暮らし始めた。土地柄的に花畑や周囲に生息する魔獣は相応に強い。通常種よりも突出した能力を持つ亜種も少なくない。例えば、右柳が枕にしていた赤毛のホーンラビットも、炎属性を操る亜種である。




「レヴィ、はいこれ」


ふっと回想から覚める。

投げ渡された物を反射的に受け止める。魔王は手のひらに乗る幾つかの魔石をしげしげと見つめた。


「雷、氷…そして土か」


「でかさも透明さもそれでいいんだろ?」


「ああ。これ以外にもあるのか?」


「ある、けど…小さいぞ」


「構わない」


大きな切り株の上に、大小様々な魔石が日に輝く。

右柳が魔石を生み出せるのは、ある意味当然なことかもしれなかった。


精霊は純度の高い魔力を発する場所に長くいると、身に貯まる余剰魔力を宝石として放出する。

右柳のいる花畑に咲く精霊花は人の手を介さずに永い間そこにあった。自然、花の魔力値は稀に見る純度を誇る。その絶大な魔力を一人受け続ける精霊の右柳は高純度の魔石を生み出せるようになったいた。


「相変わらず見事だな」


「そうか?まぁ俺はもういらないしな、必要な奴が使えばいいさ」


何でもないように右柳は言うが、まず魔石の出現率が非常に低い。精霊一体が最初に魔王が受け取った子供の握り拳サイズを産み出すのに軽く百年かかる。更に透明度の低いものは大きさに関わらず低魔力なため使い物になる魔石は極めて希少なのだ。


「お前の魔石のお陰で魔術研究がはかどっている」


「そうか、あれが役に立ってんなら嬉しいよ」


にこりと右柳が笑うと水色のピアスがチカリと光る。

様々な属性の魔石のせめてものお礼にと、魔族でも有名な細工師が製作した品だ。他に右柳が身に付ける装飾品は全て彼に贈られたものでもある。


「なあなあ、今日はもう何もねぇの?」


「そうだな…夕刻まで何もないはずだ」


「じゃあさぁ、飛び方教えてくれよ。案外難しいし」


「ならまずは宙に浮くところからだな…」



魔獣蔓延る魔大陸とは思えないほど平穏で平和な時間。

右柳はそれが、ずっと続くと信じていた。

異変は唐突に訪れた。


人間達が魔大陸に侵攻を始めた。先頭に立つのは異世界から召喚された金髪碧眼の勇者だという。

仲間を連れ、聖剣を携えた勇者は真っ直ぐゾーマを目指し、近づいていた。


「どうされますか」


「愚問だな」



迎え撃つぞ



十将軍へ重々しく宣言する魔王の瞳は燃え上がっていた。同じ黒を持つ右柳が脳裏をよぎる。

魔王にとっても他の魔族にとっても、右柳は既に仲間なのだ。彼にした仕打ちを思い知らせてやる絶好の機会だと彼らは残酷な笑みを浮かべた。



花畑に住む右柳にも伝えられた。


「あいつら懲りねーな。存分にやっちゃえよ、魔石足りないならもっと出そうか?」


とてもイイ笑顔で言い切った右柳には青筋が浮いていたと、いつもより多く魔石を持ち帰った魔王はそう漏らしていた。






重苦しい緊迫した空気を漂わせ、勇者達は城の廊下を進む。黒を基調に纏められた魔王の城―――そこには一人の兵すら姿はない。


「どういうことだ…」


「大方、我らを纏めて倒すつもりでしょう。何と傲慢な…」


「勇者様の聖なる御力で魔王なぞすぐに討ち取れましょう」


漆黒のつるりとした敷石が鈍く足音を響かせる。ただ無限に続くかと思うほど長い廊下の先には、巨大な扉が鎮座していた。

黒い肌に精密に紋様を重ねたある種の芸術品のような扉に勇者は手を添えた。ぐっと力を込め内側に開いていく。軋む悲鳴を上げながら開かれた先には玉座に座る魔王がいた。


「―…待ち草臥れたぞ、勇者よ」


十将軍の二十の双鉾が勇者達を射抜く。


「魔王と称される我に逆らったこと…」


緋色の瞳がぎらついた殺意で玉座の間を埋めた。



「―――…後悔スルガイイ」




そして、十将軍と勇者達の激戦が始まった。






「レヴィ…」


ぱしゃんっと水が跳ねた。右柳は落ち着かなげにため息をついた。精霊の精神状態が自然の異変と直結するため、いらいらと唇を噛めば突風が花を揺らし、不安で眉を寄せれば小規模な地震が起こっていた。


「みんな無事だよな…」


既に魔王の城では勇者達との戦闘が始まっていることを右柳は何となく感じ取っていた。

負けるはずがない、死ぬはずがない。

そう自分に言い聞かせても、嫌な予感は止まらない。胸の奥がざわつき、総毛立つような感覚は強くなる一方だった。


「死ぬなよ、レヴィ…頼むから…」


勇者なぞ追い返すと言い放った魔王を思い出す。右柳はまだ飛ぶことはおろか、宙に浮き続けるのも儘ならない。花畑から外へ出ることは叶わないのだ。


だから、右柳は祈った。ただ自分を優しく受け入れてくれた仲間が誰一人として欠けぬように。精霊の魔力と願いを乗せて、薄紅の洪水の中で。







戦いは熾烈を極めた。

それでも勇者の仲間達は倒れていく。戦力が違いすぎたのだ、魔王の城で右柳の魔石に強化された将軍には敵わず退けられる。

勇者自身も防戦一方だった。どれだけ召喚により能力の補正があっても所詮は付け焼き刃だ。数百年もの間、魔王の席を保ち続ける相手には打つ手も尽きていた。


「…久方振りに、腕試しが出来て楽しめたぞ、勇者よ。しかし遊びはもう……飽いた」


「っグ、ぁああっっ?!!」


ゴキン、と致命的な音が響く。

強化された恐るべき身体能力を生かした手加減なしの重い蹴りを胸に受け、勇者は壁に吹っ飛んだ。

へこみ皹が入った鎧に少なくない量の赤い血が垂れる。ごぶっと吐血した勇者の体からは力が抜け切っていた。音からして肋の一、二本は折れたか、と魔王は哄った。


「もう体も動かんだろう…この場に放置しても良いが、生憎死体を置く趣味はなくてな…特別に、貴様らを国へ返してやろう。そこで告げよ。―――二度はない、とな。」


魔王が腕を振るえば、倒れ踞る勇者達の足元に魔術陣が現れる。そのまま吸い込まれるように彼らが消えると、陣も薄れて消えていった。



「魔王様…!」



ぐら、と魔王の体が傾く。魔王の元には血が池を作っていた。それでも彼は膝を屈せず、よろめきながらも立っていた。


「我は、ウリューのも、とへ…シーヴァ、頼んだぞ…」


「っ!…御意、に」


バサリと血濡れの双翼が、魔王の背に広がった。






瞳を閉じ一心に祈り続けていた右柳は何かを感じ取り、ぴくりと肩を揺らした。いつもより小さいが、それでもまだ強い力…魔王の力。


ばっと空を見上げれば、蒼色の中に一つだけ黒い影。翼を広げた魔王の姿。

じわじわと滲み、揺らぐその姿はずっと空を見上げているからだと右柳は自分に言い聞かせた。


込み上げる熱い何かを無理矢理に押し込めて、震える息を吐き出す。唸り暴れる風が、精霊花を宙に連れ去っていく。




雪のように花弁が舞う中で、傷付きながらも目の前に降り立つ魔王を見て、右柳は今度こそ熱い涙を溢れさせた。





世界でただ一人黒を纏う精霊と、漆黒の髪を靡かせる魔王は笑い合う。

薄紅色に光る精霊花が祝福する中で…。

もう少しシリアス場面に緊迫感を出せたらなぁと思います。


閲覧ありがとうございました。

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