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ポストアポかったらパンダが蔓延した~人類はパンちゃん可愛いでチュねになった件~

作者: たかつど
掲載日:2026/10/09

 

 この世界には、昔、とても大きな文明があったらしい。


 空を飛ぶ鉄の鳥。


 夜でも昼のように明るくする機械。


 遠く離れた人と話せる道具。


 人間を遠くまで運ぶ巨大な乗り物。


 今の私たちには、どれも昔話だ。


 古代文明がどうして滅びたのかも、よく分かっていない。


 戦争だったとも言われている。


 病気だったとも言われている。


 大きな災害があったとも言われている。


 ただ、一つだけ。


 どこの古文書にも共通して書かれていることがある。


 ――その頃から、パンダが増え始めた。


 ものすごく。


 とにかく、ものすごく。


 増えたらしい。


 そして現在。


 世界は緑に覆われている。


 街と街の間には森があり、森の中には山がある。


 人々は畑を耕し、羊を飼い、火付け石で火を起こす。


 王様もいる。


 貴族もいる。


 お金持ちもいる。


 もちろん貧しい人もいる。


 けれど、戦争はない。


 みんな、それなりに平和に暮らしている。


 そして――。


 山を見る。


 パンダがいる。


 村を見る。


 パンダがいる。


 市場を見る。


 パンダがいる。


 王都に行っても、


 パンダがいる。


 どうしてこうなったのかは、誰も知らない。


 でも、人類はパンダが大好きだった。


 ものすごく大好きだった。


「パンちゃん可愛いでチュね~」


 怖そうな顔をした騎士も。


「パンちゃん可愛いでチュね~」


 お金持ちの貴族も。


「パンちゃん可愛いでチュね~」


 王様まで。


 みんな、パンダを見ると同じ顔になる。




 私はそんな世界で暮らしている。


 名前はミナ。


 十五歳。


 平民。


 祖父と二人で、小さな村に住んでいる。


 そして私には、一つだけ夢がある。


「いつか王宮のパンダ世話係になる!」


 朝食を食べながら宣言すると、向かいに座っていた祖父がパンをかじった。


「そうかい」


「王宮のパンダ世話係はね、すごく人気なんだよ」


「そうじゃな」


「給料もいいんだって」


「そうじゃな」


「それに、王宮には世界中から珍しいパンダが集まるんだよ!」


「そうじゃな」


「おじいちゃん、ちゃんと聞いてる?」


「聞いとるとも」


 祖父は笑った。


「お前は昔からパンダが好きじゃったからな」


「うん!」


 私は胸を張った。


「だって可愛いもん」


 祖父も頷いた。


「そうじゃな」


 私たちは顔を見合わせる。


 そして二人で、


「パンちゃん可愛いでチュね~」


 と言った。





 平和な朝だった。


 その日の午後。


 私は森へ薬草を採りに出かけた。


 村の近くの森なら危険はない。


 熊も出ない。


 狼もほとんどいない。


 なぜなら、この辺りではパンダのほうが圧倒的に多いからだ。


 ちなみに、パンダは基本的におとなしい。


 山に住んでいる野生のパンダを、わざわざ捕まえようとする人もいない。


 理由は簡単。


 可愛いからだ。


 それに、国の法律で野生パンダを勝手に飼うことは禁止されている。


 ペットにしたい場合は、国へ届け出が必要なのだ。


「この薬草……あと少し」


 私はしゃがんで薬草を摘んだ。


 その時だった。


「……ん?」


 茂みの向こうから、


 がさ。


 という音がした。


 私は顔を上げた。


「パンダかな?」


 普通なら、そこで終わる。


 でも。


 がさ。


 がさがさ。


 何かが近づいてくる。


「……大きい?」


 茂みが揺れる。


 そして――。


 ころん。


「…………」


 黒と白の小さな生き物が、茂みから転がり出てきた。


「……パンダ?」


 私の前にいたのは、普通のパンダよりずっと小さなパンダだった。


 まだ子どもなのだろう。


 泥だらけで、毛はぼさぼさ。


 お腹が空いているのか、細い声で、


「きゅ……」


 と鳴いた。


「どうしたの?」


 私はしゃがみ込んだ。


 パンダは私を見る。


 私も見る。


 しばらく見つめ合う。


 そして。


 てく。


 一歩。


 てく。


 もう一歩。


「……?」


 パンダが私の足元まで来た。


 そして、


 ぎゅっ。


 私の足に抱きついた。


「え?」


 思わず固まる。


「ちょっと……」


 パンダは離れない。


「……もしかして、お腹空いてるの?」


「きゅ」


「困ったなあ」


 私は持っていたお弁当を見る。


 中には朝、祖父が持たせてくれたパンと果物が入っていた。


「……果物なら食べる?」


「きゅ!」


 反応が早い。


「ふふっ」


 私は笑って果物を差し出した。


 パンダは夢中になって食べ始める。


 その姿を見ているうちに、胸の奥がぽかぽかしてきた。


「……かわいい」


 思わず呟く。


 パンダが顔を上げる。


「パンちゃん、可愛いでチュね~」


 するとパンダは、


「きゅ~」


 と嬉しそうに鳴いた。


 その瞬間。


 私は決めた。


「うちに来る?」


 パンダが止まった。


「……?」


「うちなら、おじいちゃんもいるし」


「……」


「ご飯もあるよ」


 パンダが立ち上がる。


 てくてく。


 私の隣に来る。


 そして、また足に抱きついた。


「ふふっ」


 私はパンダを抱き上げた。


「じゃあ、一緒に帰ろう」


 こうして私は、パンダを拾った。


 ――ただし。


 この時の私は知らなかった。


 この小さなパンダが、普通のパンダではなかったことを。





 家に帰ると、祖父が目を丸くした。


「……ミナ」


「ただいま」


「その腕に抱いとるものは何じゃ?」


「パンダ」


「それは見れば分かる」


 祖父は額を押さえた。


「野生のパンダを拾ってきたのか?」


「うん」


「届け出は?」


「……まだ」


「明日、役所へ行きなさい」


「はーい」


 その夜。


 パンダは私の布団の隣で丸くなって眠った。


 私はその小さな背中を撫でながら、明日のことを考えた。


「名前、どうしようかな」


 パンダは眠ったまま、


「きゅ……」


 と鳴いた。


「……パンちゃんでいいかな」


 我ながら安直だ。


 でも、気に入った。


「おやすみ、パンちゃん」


 私は目を閉じた。






 翌朝。


 私と祖父とパンちゃんは、村の役所へ向かった。


「野生のパンダを拾いました」


 私がそう言うと、受付のお姉さんはにっこり笑った。


「はい。では、保護した場所を教えてください」


「村の西にある森です」


「なるほど。怪我はありませんか?」


「たぶん大丈夫です」


「では、種類を確認しますね」


 お姉さんは慣れた手つきで台帳を開いた。


 この辺りでは、パンダを拾った場合、役所に届け出るのは珍しいことではない。


 野生のパンダをペットにするには許可が必要だし、怪我をしたパンダなら保護施設へ送られる。


 だから私は、特に何も考えていなかった。


「ええと……普通種……」


 お姉さんがパンちゃんを見る。


「……?」


 ペンが止まった。


「……もう一度、見せてもらってもいいですか?」


「はい?」


「その子のお顔を」


 私はパンちゃんを少し持ち上げた。


「はい。どうぞ」


「…………」


 お姉さんがじっと見る。


 パンちゃんも、お姉さんを見る。


「きゅ」


「…………(かわいい)……」


 お姉さんの眉が、ぴくりと動いた。


「少々お待ちください」


 そう言って、奥へ消えていく。


「?」


 私は首を傾げた。


 すると祖父が小声で言った。


「……何か変じゃな」


「そう?」


「うむ」


 しばらくして、お姉さんが戻ってきた。


 その手には、さっきまで見ていた台帳とは違う、ずいぶん古そうな本があった。


 表紙は擦り切れている。


 金色だったらしい文字は、ほとんど消えていた。


「……こちらを確認します」


「はい」


 お姉さんが本を開く。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 そして――。


 ぴたり。


 手が止まった。


「…………」


「どうしました?」


 返事がない。


 お姉さんは、古い本の中に描かれた絵と、私の腕の中にいるパンちゃんを交互に見ている。


「……まさか」


 小さな声だった。


「何か分かりました?」


「いえ……まだです」


 お姉さんは立ち上がった。


「少々お待ちください!」


 今度は走っていった。


「……?」


 私が祖父を見る。


 祖父も困った顔をしている。


 その時だった。


 奥から、


「院長を呼んで!」


 という声が聞こえた。


「え?」


「古文書管理官も!」


「は?」


「王都通信を!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 役所の中が急に騒がしくなった。


 職員が何人も走り回っている。


「何が起きたんじゃ……」


 祖父が呟く。


 私も分からない。


 分からないけれど。


 腕の中のパンちゃんだけは、いつも通りだった。


「もきゅ」


「……」


 私はパンちゃんの頭を撫でた。


「大丈夫?」


「もきゅ」


 やがて。


 奥から、一人の老人が現れた。


 この役所で一番偉い人らしい。


 白い髭。


 立派な服。


 胸には王家から与えられた役職章。


 その人は、何も言わずに私のところまで歩いてきた。


「その子を……」


 老人が言った。


「もう少し近くで見せてもらえますかな」


「はい」


 私はパンちゃんを抱き上げた。


 老人は目を細める。


 右の耳。


 左の耳。


 目の周りの模様。


 鼻。


 前足。


 そして――尻尾。


「…………」


 老人の顔から血の気が引いた。


「そんな……」


 誰かが呟いた。


「どうしたんですか?」


 私が尋ねる。


 老人は答えない。


 代わりに、持っていた古文書を開いた。


 そこには一枚の絵があった。


 黒と白の小さなパンダ。


 今よりずっと古い時代に描かれたものらしい。


 その絵の下には、古代文字が書かれていた。


 老人が震える声で読み上げる。


「……始まりの白黒」


「?」


「世界に最初の緑を呼び……」


 老人が、絵とパンちゃんを見比べる。


「……人の時代の終わりと、森の時代の始まりを見届けたもの」


 私は黙って聞いていた。


 意味がよく分からない。


 老人はページをめくった。


 そこには、さらに詳しい特徴が描かれている。


「耳の形……一致」


「目の模様……一致」


「爪の数……一致」


「尻尾……」


 老人の声が震える。 


「……一致」


 部屋が静まり返った。 


「そんな……」


「生きているはずが……」 


「伝説でしょう?」


「だが記録と一致している!」


 職員たちがざわめく。


 私はますます分からなくなる。


「あの……」


 私が声を上げた。


「結局、この子は何なんですか?」


 老人が私を見る。


 しばらく黙っていた。  


 そして。


 古文書を閉じた。


「……伝説のパンダです」


「伝説?」


「正式な記録が残る中で、最も古い系統のパンダ」


「……」


「この子は、おそらく――」


 老人がパンちゃんを見る。


 その瞬間だった。


 パンちゃんが、


「きゅ」


 と鳴いた。


 老人の眉間に刻まれていた深い皺が、ふっと緩んだ。


「…………」


 そして。


「……可愛いですな」 


「え?」


「非常に可愛いですな」


 老人がパンちゃんを見つめる。


「パンちゃん可愛いでチュね~~~~」


「…………」


 さっきまで張り詰めていた役所の空気が、一瞬で消えた。


「可愛いでチュね~」


「本当に……!」


「伝説のパンダ……!」


「こんなに小さい……!」


「お腹空いてないでチュか~?」


 職員たちが次々に集まってくる。


 私は慌ててパンちゃんを抱きしめた。


「パンちゃんが可愛いのは当たり前です!」


 老人が咳払いをした。


「失礼」


 そして真剣な顔に戻る。


「お嬢さん」


「はい」


「そのパンダは、国の歴史に関わるほど貴重な存在です」


「……」


「王都へ報告しなければなりません」


「王都……?」


「はい」


 老人は頷いた。


「国王陛下に、直接お知らせします」


「ええっ!?」


 私は思わず声を上げた。


 腕の中では、当の本人――いや、本パンダが。


「もきゅ」


 とのんびり欠伸をしていた。


 私はパンちゃんを見る。


 パンちゃんも私を見る。


「……王様に会うの?」


「もきゅ」


「怖くないの?」


「もきゅもきゅ」


「……そっか」


 私はパンちゃんの頭を撫でた。


「じゃあ……一緒に行こうか」


「きゅ!」






 その日。


 村の小さな役所から、王都へ向けて一通の緊急文書が届けられた。


 そこに記された報告は、たった一行。


 ――伝説のパンダ、生存を確認。保護者は十五歳の少女。


 その報告を受けた王宮では。


 国王が椅子から立ち上がり、


「……なに?」


 と呟いた。


 そして報告書に添えられていた古い絵を見た。 


 数秒後。


「パンちゃん……可愛いでチュね~~~~」


 王宮が、大騒ぎになった。





 そして翌朝。


 私の家に、王家の馬車がやってきた。


 私は知らなかった。


 この小さなパンダとの出会いが、


 失われた古代文明の秘密を知る旅の始まりになることを。


 世界中の人々がどうしてパンダを見ると、


「パンちゃん可愛いでチュね~」


 と言ってしまうのか。


 その理由を、いつか知ることになるなんて。


「パンちゃん」


「きゅ?」


「王宮、行ってみようか」


「きゅ!」


「ふふっ」


 私はパンダを抱き上げた。


「じゃあ行こう」


 緑に包まれた世界へ。


 パンダが暮らす、平和な世界へ。




 私とパンちゃんの物語は、ここから始まった。



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