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ダメな私を愛して支えてくれる王太子様、でも私がダメなのはあなたが原因でした

作者: エフピロ
掲載日:2026/03/19

「すみません、婚約破棄……させてください……」


 私は、うなだれながらカティス王太子様に伝えた。


「えっ? なになに、どうしたのユフィ。そんなこと言わないでおくれ」


 私の婚約者、カティス様は優しい。

 いつも励ましてくれる。でも私はダメだ。なんの役にも立たないダメ聖女。

 カティス様は好き。好きだけど、こんな私が隣にいない方が良いに決まってる。


「またお祈りに失敗して聖泉を枯らしてしまいました……。今月だけでもう二度目、お詫びのしようもなく……。田舎に帰って畑でも耕して生きます……」


「うちの国の聖女は誰がなんと言おうとユフィだし、ね? 今日は休んでまた今度頑張ろ? またよそから聖水汲んできて入れればいいから」


 この人は滅多に私を怒らない。せめて怒ってもらえた方が気が楽なのに。


 聖女は、聖泉を清め、管理する者。

 その方法は、祈り。神の力で聖水を清め、維持する。それを怠ると、聖泉は容易く枯れてしまうのだ。

 聖泉がなくなってすぐに国が滅ぶような事はないが、次第に瘴気が蔓延し悪い病が流行ったり、魔物が出やすくなったりする。


 私は聖女なのに、祈りが届くことがほとんどない。たまにあるから聖女なのは間違いないのだけれど。


「きっと、なにかコツがあるんだよ。また隣国の聖女様に教えを乞うのはどう?」


「もう十回は付き合っていただいてます……それに何故かあちらに出向くと、だいたいうまくいくのはご存知でしょう」


「あちらから来てもらったときはなぜか君だけうまくいかなかったんだよなあ。うーん、我が国の聖泉に何かあるのか……本当になんでだろう」


「私とどこかの国の聖女様を交代させていただけると、皆幸せになれるのではないかと思うのですが……」


 王太子様が首をブンブンと横に振る。


「よその国に行っちゃうなんて、そんな! 僕はユフィ無しじゃ生きていけない。君を愛しているんだ! ……もし君が行くなら僕も行く! 王位継承権なんて返上してやる!」


「そんなこと……」


「よーくぞ言ったあ!!!」


「ひっ!」


 私の声を遮って豪快にドアを開けて飛び込んできたのは国王陛下。


「それでこそ我が息子!! 若いうちは愛に生きても良いじゃない! 嗚呼、たとえそれが王子でも! 王位継承権は安心せい、留保しといてやる。野垂れ死にはするなよ、がっはっは!」


 王様はいい話に弱い、とても熱い人だった。


「妻に先立たれて以来、ワシはお前を手塩にかけて育ててきた! 可愛い子には旅をさせよ、じゃ! 行って参れカティスよ!!」


 そんなわけで、王様の後押しもあり私はカティス様と二人で旅に出ることになった。この能力の不調の謎を解くために。


   *


「本当に聖女なのか? 全くダメではないか」


 隣国の王が失望をあらわにする。

 

 私は違う国の聖泉に祈りを捧げていた。

 しかし、自国の泉と同様に祈りが通じない。


「あれ……なんで……他の国ではいつもうまく行っていたのに」


「こういう日もあるさ、ユフィ。毎回成功するとは限らない、だろ?」


「そうですね……」


 それから毎日、祈りを捧げた。

 しかし、成功は一度だけ。


「カティス様……やはり私はもうダメです……ダメ聖女です……」


「僕が必ず原因を突き止めてみせるから! 次の国に行ってみよう。この国の聖泉がたまたまうちの国と同じだったのかもしれない」


「はい……」


 しばらく、旅を続けた。

 国を巡り、聖泉に祈りを捧げ、自信を失う日々。

 なぜかどの国の泉でもうまく行かなかった。


「この国には高名な占い師がいるらしい! その人に原因を占ってもらおう!」


 カティス様はいつだって前向きだ。私とは大違い。私はもう田舎に引っ込んで畑仕事でもして暮らしたい。本当に明るくまぶしい人でお立場もあるのに、こんな私に付き合わせる事が心苦しかった。



 占い師の館。

 占い師のおばあさんは水晶に向かって何かを唱えている。


「うむ……見えてきたぞ……これは……!」


「これは……?」


 息を呑む私たち。


「お主が原因じゃ!」


 おばあさんはカティス様を指差す。


「ええっ、僕!?」


「カティス様が!?」


 二人して驚く。

 なんで私の聖女の能力にカティス様が関係しているのか。


「お主を守護するは嫉妬深き愛の女神。その守護……いや、呪いとでも言うべきか。それが原因じゃ」


「愛の女神は我が王家の守護神。何故そのような事が」


「神話を知っておろう」


 愛の女神、マチス様の神話。

 私たちの国の者なら誰でも知っている逸話。


 愛の女神は、もともとは人であった。時の王子と恋仲になり、幸せに過ごしていた。しかし時とともに彼の心はうつろい、彼女は悲しみにくれた。彼を愛しながら失意の死を遂げた彼女は、哀れに思った神に拾われ、愛の女神となった。


 普段は愛を司り、繁栄を約束してくれる。しかし不貞は許さない。そういった神であった。


「カティス様……?」


「ち、違うよ! 僕が君から心が移るなんてあるはずがない!」


 私の視線で何が言いたいのかはわかったらしい。

 しかし、私もカティス様のことは信頼しているし、何よりこの旅の中ではいつも一緒にいる。浮気をするような暇はなかっただろう。


「ほっほっほ、若い者は良いのう。なに、お主らの国では都合の悪いところは省かれているのじゃろうなあ」


「都合の悪いところ、ですか?」


「うむ。こちらの伝承ではこうなっておる。かの王子は婚約しているにも関わらず、新たに来た聖女にうつつを抜かし、女神となる乙女に一方的に婚約破棄を告げ、捨てた。聖女に言われるがままに。とな」


「それって……」


 カティス様と顔を見合わせる。


「聖女と王子の相引きだけは絶対に許せんのじゃよ、あの女神は。だからお主がこの聖女の近くにおると怒ってしまうのじゃ。ふぇっふぇっふぇっ」


 そんな無茶苦茶な。

 ただ単に私と王子が一緒にいる事が原因だなんて。


「そんな話は我が国では聞いた事がない! 嘘だ!」


 カティス様がおばあちゃんに食ってかかる。


「そりゃあのう。神話の非道な王子はお主の祖先だもの。国の恥は闇に葬ったんだろうて」


「なんだって……!」


 崩れ落ちるカティス様。

 どこまで本当かはわからない。でもご先祖様がそんなことをしたなんて言われたらショックだろう。


「あの……どうすれば……」


「詳しいことはわからぬ。しかし、占いには祈る事と出ておる。じゃから、祈るのじゃ」


 祈る。私の仕事。


「カティス様。帰りましょう、私たちの国へ。そして、確かめましょう」


「ユフィ……こんな王家のせいで、ごめん。よし、戻ろう! 戻って父上に聞こう!」


   *


「よくぞ戻った我が息子よ!! しかし、なんとぉ!? そんな話はワシも知らんぞお!!」


 カティス様から話を聞いた王様は、ものすごい大声で叫んだ。


「それが真実ならば、嗚呼、由々しき事態であーる!! カティスよ!! 徹底的に調べ上げよ!!」


 何もかも芝居がかり、そして熱い。王様はいつも王様であった。


「はっ、かしこまりました、父上」


 カティス様が退出するので、私も礼をして続いて退出する。


「はあ〜、ああは言ったけれど、父上も知らないんじゃどう調べたものか」


「占い師様は祈る事とおっしゃいました。考えてみると、私はいつも聖泉に祈っておりました。今度は女神様に直に祈りましょう」


「……そうだな。僕も祈ろう」


 女神の像は、聖泉の奥、背後が崖になっている祠にある。


 聖泉はまた聖水が汲み入れられている。それなりに広いが、深くない事は知っている。……何度も枯らしているから。


 王様や神官が見守る中、私とカティス様は、水に入り歩いて女神像の前まで行く。

 聖泉はもちろん聖域なので、少なくとも私が聖女になってから中に入ってこの像の間近まで来た者はいないはずだ。


 間近で見る像は相当に古く、足元には苔が生えているが、欠けたところなどはない。


「参りましょう」


「ああ」


 カティス様が祈りを捧げる。

 私も目を閉じ、女神像へ贖罪の祈りを捧げる。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 祈りは、いつものように届く気配を見せない。


 もっと強く、強く祈らなくては。

 組む手に力がこもる。


 ぽつっ。


 ――雨?


 聖泉に水滴が落ちる音がする。


 ぽつっ、ぽつっ。


 私は目を開け、像を見上げる。


 泣いていた。

 女神の像が。


 水音は涙が落ちる音だった。


「女神様……」


 私はできる限りの想いを込めて祈る。

 やがて、泉が祈りの光に満たされる。


 祈りが、通じる――


 光がやがて粒となり弾け、女神像に集まる。

 そして目を向けられないほどの光を発した。


「うおっ!」


 カティス様が私を覆い守ろうとしてくれる。

 やがて、光が収まる。


 そして、そこには、一人の美しい女性が立っていた。


「また、この世に呼び戻されるとはね」


 その女性はキッ、と私たちを睨む。


「あなたは、もしや……」


 私が声をかけると、女性は衣をなびかせて歩いてくる。

 水面の上を。


「私はマチス。そう、あなたたちが女神と呼んでいる者よ」


   *


「あんたたちねえ、私にそんなラブラブなとこ見せつけてんじゃないわよ! 離れなさいよ、ほら!」


「あ、はい。すみません」


 抱き合う格好になっていた私たちは、離れる。


「聖女なんてみんなドロボーネコなんだから! あんた、あの人の血筋でしょう。こんなのと別れて私と付き合いなさい」


「ええー!?」


 いきなり何を言い出すのだろう、この神様。


「私そんなんじゃありません! カティス様とは純粋にお付き合いを……」


「ふんっ、聖女の言うことなんて信じられないわね」


「女神様、困ります。僕らは愛し合っているのです」


「たかだか十年二十年しか生きてないのにこの私に愛を語るの? 千年早いわ」


「そもそも、それではカティス様は件の聖女の血筋にもなるのでは……それでよろしいのですか?」


「あのクソ聖女の嘘なんてすぐバレたわよ。あの人は私との真実の愛にすぐ気がついてアイツは国外追放されたわ。まあその時には私もう死んじゃってたんだけど。だからあんたで問題ないわ」


 明かされる、神話の失われた続き。

 すごいものを聞いている気がする。


 そこに、遠くから王様の大声が聞こえる。


「なんとぉー!! 女神様が降臨されただとー!!!」


「……あれは?」


「我が父、今の国王にございます」


 スススっ、と水面を移動する女神様。

 王様の前まで行く。


「あんたもあの男の血筋ね。あんたでもいいわ。私と一緒になりなさい」


『えっ!?』


 全員の声がこだました。


「あっちの子でもあんたでも私には大した違いなんてないわ。二、三十歳しか変わらないでしょ」


 女神様はいったい何歳なのだろう……。


「わ、わしは……確かに今独り身じゃが……」


「ハイきまり」


   *


 こうして、女神のマチス様は数千年? の時を経て意中の男――の子孫――と恋仲に戻った。

 一途な、ある意味とても一途な恋であった。


 それにより呪い……守護の制約も晴れ、私は聖女としての力を存分に発揮できるようになった。


「力が使えるようになってよかったな、ユフィ」


 カティス様が私の肩をぽんと叩く。


「はい……」


 私は複雑だった。

 なぜなら、確かに力は使えるようになったが、使う事がなくなってしまったからだ。正確には、使うスキがない。


「聖泉? ほい」


 祈りが必要な頃合いになると、マチス様が一瞬で綺麗にしてしまうのだ。


「私のお仕事……」


 私はまた自信と仕事を無くしてしまった。


「あんたが祈っても私に届いて私が力貸すんだから一緒一緒。それよりそのクッキー食べないならちょうだい」


「あっ! ううう……」


 私が返事をするより先にクッキーを食べられた。

 マチス様の言う理屈はわかるのだけれど、それだと神様が隣にいたら聖女はいらないということになる。


 お城に居着いた女神様は、王様と良い仲である。そのうち王妃? になるのだろうか。

 べつに神の世界に戻れないわけではないようで、好きでここに居るらしい。


 王様は亡くなられた王妃様に申し訳が立たないと言っていた。するとマチス様は「じゃあ許可とってくる」と天界に行って話をつけてきたそう。さすが女神様、やることが違う。


 なんでも王妃様もずっと独りは可哀想とは思っていたそう。他の女はちょっと嫌だけれど、女神様なら、とおっしゃったとか。本当か確かめる術はないけれど、神が嘘をつくとも思えない。


「ま、仲良くやろうよ!」


 マチス様がバンバン、と私の背中を叩く。


「はい……」


 やっぱり田舎で畑、やろうかな……。


「ユフィ! 見てくれ、これまで巡った諸国からこんなにも礼状が!」


 カティス様が両手いっぱいに書状を抱えてやってくる。


「えっ、どうされたのですか?」


「ユフィが祈った聖泉が、勝手に清浄になるようになったらしいんだ。辿ると僕らの旅路と重なって、判明したらしい」


 それって……。


「ん? あんたの祈ったことある泉は全部綺麗にしてるけど。なんか間違ってた?」


 神様の力すごい。

 ああ、各国の聖女たちよ、仕事を奪って申し訳ない。


「それで、いろいろなところから招待されているんだ。礼をしたいというのと、事情を聞きたいと」


「はい……それは事情を説明しなければなりませんね……聖女たちのためにも」


「では、ぜひ王太子妃として、同行願いたい」


「えっ?」


「結婚はもう少し先の予定だったけど、もう僕たちを阻むものはないだろう? 前倒しで結婚しよう、ユフィ!」


「それは良い案じゃ!! 愛の女神もいることじゃしな!! がっはっは!! のう、マチス!」


 王様も乗り気だ。


「んー? いいよ? はい、承認」


 マチス様が指をぴっ、とすると、私とカティス様の薬指に銀の指輪が現れる。


「感謝しなさい、あなたたち女神から直接祝福された初の人間よ?」


 すごいことになってしまった。


「では、カティス様。こんな私でよろしければ……」


「ありがとう、ユフィ!」


 カティス様にぎゅっと抱きしめられる。

 恥ずかしいけれど、嬉しい。


「よーし、式の準備だ! お互い忙しくなるね、ユフィ!」


 あっ、王太子妃。

 これ私の新しいお仕事だ。


 がんばらなくちゃ!


お読みくださりありがとうございました。

まじめで重めな話を続けてたので、今回は軽くてほのぼのなコメディにしてみました。

お気に召しましたら評価や反応をいただけると嬉しいです。

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