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婚約破棄された令嬢ですが、国の仕組みを直したら評価が逆転しました 〜聖女よりも必要だった“地味な才能”で、辺境から王国を立て直します〜  作者: リリア・ノワール


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第9話 報告書が、王都へ届く日

 報告書の束を前に、私は一度だけ深く息を吸った。


 数字は、整っている。

 感情は、書いていない。

 成果と課題、原因と対策――ただそれだけ。


 けれど、この紙切れが持つ意味を、私は理解していた。


「……これが、王都へ行くんですね」


 執務室の窓から差し込む光の中で、私はそう呟いた。


「そうだ」


 机の向こうで、アルトは即答した。


「定期報告だ。特別なものじゃない」


 だが、特別でないからこそ、厄介なのだ。


 王都は、数字で動く。

 言い訳ではなく、成果で判断する。


 そして――

 この報告書は、明確に“差”を示してしまっている。


「……名前は、どうしますか」


 私は、最後の欄を指差した。


「作成者」


 そこに、自分の名を書くことに、わずかな躊躇があった。


 アルトは、私を見て言った。


「隠す理由があるか?」


 静かな声だった。


「君がやったことだ。なら、君の名でいい」


 胸の奥が、わずかに揺れる。


「王都では……」


「ここは、王都じゃない」


 短い言葉。

 けれど、それは逃げではなかった。


「事実を送るだけだ。どう受け取るかは、向こうの問題だ」


 私は、しばらく沈黙したあと、ペンを取った。


 そして、自分の名を書いた。


 数日後。


 王都、中央政務院。


 定例の報告書が、淡々と仕分けられていく中で、

 一通の書類に、官僚の一人が眉をひそめた。


「……辺境伯領?」


「また予算の要請か?」


「いや……違うな」


 彼は、ページを捲る。


 収支改善。

 不正是正。

 用水路補修による生産性向上。


「……数字が、合いすぎている」


 別の官僚が、顔を上げる。


「そんなはずはないだろう。あそこは、いつも赤字報告ばかりだ」


「それが……」


 官僚は、報告書の末尾を指した。


「作成者の名が、変わっている」


 そこに記されていた名を見て、部屋の空気が、一瞬止まる。


「……この名」


「まさか……」


 誰かが、言葉を濁す。


 それは、

 かつて王太子の婚約者だった、令嬢の名だった。


「追放……いや、静養中のはずでは?」


「辺境伯領にいる、とは聞いていたが……」


「これを、彼女が?」


 困惑と、戸惑い。

 否定は、まだない。


 否定できる材料が、なかった。


 その頃、私は領館の庭を歩いていた。


 領民の子どもたちが、遠くで走り回っている。

 水路の水は、今日も安定して流れていた。


「……もう、届いた頃かしら」


 報告書の行方を思いながらも、胸は不思議と落ち着いていた。


 以前なら、

 「見られること」が怖かった。


 評価され、裁かれ、切り捨てられる。

 その記憶が、身体に染みついていたから。


 けれど今は、違う。


 見られるなら、

 正しく見られたい。


 それだけだった。


「難しい顔をしているな」


 背後から、アルトの声がする。


「少しだけ」


 私は、正直に答えた。


「後悔しているか?」


「……いいえ」


 即答だった。


「隠れなくてよかった、と思っています」


 アルトは、それを聞いて、何も言わなかった。

 ただ、同じ方向を見て立つ。


「王都が、どう動くかは分かりません」


「動くだろう」


 彼は、淡々と言う。


「だが、君はもう――戻る理由を失っている」


 その言葉に、私は小さく息を吐いた。


 確かに。


 ここには、仕事がある。

 信頼がある。

 名前で呼ばれる日常がある。


 “元に戻る”必要は、どこにもない。


 その夜、私は机に向かい、新しい帳簿を開いた。


 報告書は送った。

 過去は、もう動き出した。


 けれど、私のやることは変わらない。


 歪みを見つけ、整え、

 次に壊れないようにする。


 ただ、それだけ。


「……それでいい」


 小さく呟いて、ペンを走らせる。


 王都で、誰かがこの名をどう扱おうと。

 私は、ここで積み上げてきた。


 報告書は、始まりにすぎない。


 静かに、しかし確実に――

 辺境の変化は、もう止まらない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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