外伝 第六話 『英雄がほしい』
この国は、悪くない。
それは分かっている。
腐敗も少ない。
声も通る。
誰か一人がすべてを握っているわけでもない。
だが――
「……遅い」
思わず、口に出た。
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若者たちは、酒場の隅で集まっていた。
「ヴァルドレアは、三日で決めたらしいぞ」
「王が即断だ」
「羨ましいよな」
笑いながらも、本気だ。
議論して、調整して、修正して。
それは悪くない。
だが、もどかしい。
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「この国にも、強い人がいればな」
誰かが言う。
場が少し静まる。
思い浮かぶ顔はある。
だが、あの人は前に立たない。
立てるのに、立たない。
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翌日、若者は意見書を出した。
中央に強い決裁権を設ける提案。
危機時のみの臨時権限。
合理的だと思った。
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返答は、予想外に淡白だった。
「検討します」
否定でも、肯定でもない。
そして、すぐに議論の場が設けられた。
意見は分かれた。
速さを求める声。
修正可能性を守る声。
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会議の隅で、彼女は座っていた。
発言はしない。
促しもしない。
若者は、苛立つ。
なぜ何も言わない。
あなたが賛成すれば、通るのに。
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会議は長引き、結論は出なかった。
臨時権限は、限定的な範囲でのみ承認された。
完全な集中ではない。
中途半端だ、と若者は思う。
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数週間後、小規模な洪水が起きた。
臨時権限は発動された。
迅速だった。
だが、現場の裁量も残っていた。
結果は、悪くない。
完璧でもない。
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若者は、城壁の上で彼女と出会う。
「……なぜ、強くならないのですか」
問いは、少し荒い。
彼女は、静かに答える。
「強くなりたいのですか?」
「はい」
即答だった。
「誰かが決めてくれた方が、速い」
彼女は少し考えた。
「速さは、魅力です」
「ですが」
風が吹く。
「速さのために、誰かを中心に置けば、その人が間違えたとき、止められません」
若者は言い返す。
「優秀なら」
「優秀であり続ける保証は?」
答えに詰まる。
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夜、若者は自室で考える。
英雄がいれば、楽だ。
任せられる。
責任も、重さも。
だがそれは、自分が立たなくていいということでもある。
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翌日、彼は再び決裁欄の前に立つ。
空白は、まだ白い。
英雄はいない。
だから、自分が書く。
怖いままで。
英雄がいない国は、頼りない。
だが、崩れにくい。
それを、まだ完全には受け入れられないまま、
彼は署名をした。
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