外伝 第二話 『祈らない日』
祈れば、治る。
それは事実だった。
手をかざし、言葉を紡ぎ、光を落とせば、
熱は下がり、傷は塞がる。
人々はそれを「奇跡」と呼んだ。
だが――
今日は、祈らないと決めていた。
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施療院の窓から、朝の光が差し込む。
「聖女様、こちらの子を……」
母親に抱えられた少年は、高熱で朦朧としている。
祈れば、一瞬だ。
額に触れ、目を閉じるだけでいい。
だが私は、まず問いかける。
「昨日からですか?」
「はい……夜から急に」
脈を測り、喉を見る。
水分は足りていない。
「水は?」
「嫌がって……」
「少しずつで構いません。口を湿らせるだけでも」
母親は不安げに私を見る。
祈らないのか、と。
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奇跡は、強い。
だが、強すぎる。
それに頼れば、原因を見なくなる。
生活を変えなくなる。
誰も学ばなくなる。
かつての私は、
「救う」ことが役目だと思っていた。
今は違う。
支えること。
続けられる形を残すこと。
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「今日は、薬湯と冷却で様子を見ましょう」
母親の目が揺れる。
「……祈りは?」
期待と、不安と、少しの失望。
私は、まっすぐに答える。
「必要なら、使います」
今は、その時ではない。
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昼過ぎ、少年の熱は少し下がった。
母親は、ほっと息をつく。
「……ありがとうございます」
その言葉に、胸が静かに満ちる。
奇跡は使っていない。
だが、救われていないわけではない。
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施療院の奥で、一人になる。
手を見つめる。
この手は、奇跡を落とせる。
だが、すべてを治せば、
この町は弱くなる。
奇跡は、最後の一手でいい。
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夕方、年配の医師が言った。
「今日は使わなかったな」
「ええ」
「迷わなかったか?」
少しだけ、考える。
「……迷いました」
正直に答える。
祈れば感謝される。
期待にも応えられる。
だが、それは
私が中心に立つことと同じだ。
「それでも、使わなかった」
「はい」
医師は、静かに頷いた。
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夜。
施療院の灯りを落とす。
外では、子どもたちの声がする。
奇跡がなくても、
この町は回っている。
私は、聖女である前に、
この場所の一人だ。
祈らない日もある。
それでも、
十分だ。
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もし、強さとは何かと問われたなら。
私はこう答えるだろう。
使える力を、
使わないでいられること。
それもまた、
強さだと。
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