第59話 選ばれなかった未来
遠方から届いた報告書は、
簡潔で、感情のないものだった。
「……地方監査局の年次報告です」
文官が、淡々と差し出す。
私は、必要な部分だけに目を通す。
数字。
進捗。
問題点。
そこに、
個人の名はほとんど出てこない。
一つだけ、
目に留まった。
――元政務官、勤務評価:可。
それだけだ。
優秀でも、
失格でもない。
ただ、
その場所にいる。
「……静かな未来ですね」
思わず、
独り言が漏れた。
もし、
あのまま王都に残っていたら。
私は、
どうなっていただろう。
改革の顔として、
名前を残したかもしれない。
だが、
判断を奪われる恐怖と、
常に隣り合わせだっただろう。
選ばれ続けるために、
削られていく。
それが、
あの場所の未来だ。
昼。
城下を歩く。
市場は、
相変わらず賑やかだ。
誰も、
遠くの政務官の行く末を気にしていない。
世界は、
個人の選択に、
そこまで興味を持たない。
それでいい。
橋の上で、
ふと立ち止まる。
水面に映る空。
揺れているが、
崩れてはいない。
選ばれなかった未来は、
存在しないのではない。
ただ、
歩かなかった道だ。
夕方。
アルトが、
隣に並ぶ。
「……考え事か」
「少しだけ」
私は、
正直に答える。
「後悔ではありません」
それを、
先に伝えておく。
「……もしも、は?」
アルトが尋ねる。
「あります」
私は、頷く。
「でも」
少し、言葉を選ぶ。
「選ばれなかった未来は、
今の私を否定しません」
アルトは、
それ以上聞かなかった。
夜。
指輪を外し、
机の上に置く。
形は、
未来を決めない。
決めるのは、
今日の選択だ。
選ばれなかった未来は、
遠くで静かに閉じている。
それを、
わざわざ開ける必要はない。
私は、
今の道を歩いている。
それだけで、
十分だ。
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