第53話 引き継がれるもの
朝の執務室に、少しだけ緊張した空気が漂っていた。
「……本日は、
新任担当者の顔合わせを行います」
文官の言葉に、
数人の若者が背筋を伸ばす。
年齢は、まだ二十前後。
経験も浅い。
だが、
目は、しっかり前を向いていた。
「まずは、
自己紹介をお願いします」
一人目が、声を張る。
「判断記録の整理を担当します。
至らない点も多いですが……」
「分からないことは?」
私は、遮るように尋ねた。
「……相談します」
少し迷ってからの答え。
だが、
それでいい。
「一人で抱えないこと」
私は、穏やかに言った。
「それが、
この制度の前提です」
若者は、深く頷いた。
会議の後、
アルトが小さく言う。
「……教えすぎなくていいのか」
「ええ」
私は、首を振る。
「自分で失敗する余地を、
残しておきたい」
完璧に整えた道は、
踏み外せない。
踏み外せるからこそ、
人は進める。
昼、
中庭で若い担当者たちが話しているのを見かけた。
「……前任者に、
全部聞かなくていいんだな」
「判断していいって、
言われたの、初めてだ」
戸惑いと、
わずかな誇らしさ。
私は、遠くからそれを見守る。
声は、かけない。
午後、
資料棚の整理をしていると、
一冊の古い帳面が目に留まった。
初期の判断基準。
書き込みだらけ。
私は、それを棚に戻した。
捨てない。
だが、
前に置かない。
過去は、
参考で十分だ。
夕方。
アルトと、
城壁の上を歩く。
「……もう、
俺たちがやることは、
少ないな」
「はい」
私は、空を見上げる。
「それでいいんです」
引き継ぐということは、
手放すことでもある。
そして、
手放せたということは、
根付いたということだ。
遠く、
若者たちの声が聞こえる。
少し大きく、
少し不安定。
だが、
確かに生きている音。
私は、
胸の奥が静かに満たされるのを感じた。
夜。
記録を閉じながら、
私は思う。
未来を、
自分が背負わなくてもいい。
それは、
無責任ではない。
信頼だ。
婚約破棄から始まった物語は、
いつの間にか、
引き継がれる話になっていた。
選ばれなかった過去は、
もう、ここにはない。
代わりにあるのは、
選び続けられる現在だ。
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