表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢ですが、国の仕組みを直したら評価が逆転しました 〜聖女よりも必要だった“地味な才能”で、辺境から王国を立て直します〜  作者: リリア・ノワール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/9

第5話 辺境伯は、名前を呼ばなかった

 辺境伯が戻ったのは、私が領館に来てから四日目の朝だった。


 城壁の方が騒がしくなり、兵士たちの動きが慌ただしくなる。

 窓から外を覗くと、埃を上げて一団が帰還するのが見えた。


「……お戻りに?」


 そう呟いた直後、廊下を足早に進む足音が近づく。


「失礼します」


 扉を叩いたのは、補佐官のユリウスだった。


「本日、辺境伯がお戻りになりました。昼前に、簡単な顔合わせの場を設けたいとのことです」


 “呼び出し”ではなく、“顔合わせ”。


 その言葉に、私は小さく息を整えた。


「分かりました」


 指定された応接室は、質素ながらも整えられていた。

 過度な装飾はなく、地図や資料が壁に掛けられている。


 ほどなくして、扉が開いた。


「――失礼する」


 低く、落ち着いた声。


 入ってきたのは、想像していた“辺境伯”の姿とは少し違っていた。

 豪奢な服でも、威圧的な態度でもない。

 実務向きの上着に、風に晒されたような短髪。


 年は、私より少し上だろうか。


「リュード辺境伯、アルト=リュードだ」


 そう名乗ったあと、彼は一礼した。


 ――私に。


 一瞬、反応が遅れる。


「……はじめまして。しばらくお世話になります」


 私は慌てて礼を返した。


 彼は席に着きながら、私をじっと観察する。

 けれど、その視線に、値踏みや好奇心はなかった。


「聞いている。記録魔法で、領地の帳簿を整えてくれたそうだな」


「……はい。微力ですが」


「“微力”で済む仕事量ではない」


 即答だった。


 私は、言葉を失う。


「正直に言う。うちは慢性的に人手不足だ。特に、魔法と実務を両立できる者がいない」


 彼は淡々と続けた。


「だから――感謝している」


 その言葉は、軽くも、重くもなかった。

 事実として、告げられただけ。


 それが、こんなにも胸に響くとは思わなかった。


「……ありがとうございます」


 声が、少しだけ震えた。


 辺境伯は、それを指摘しない。

 代わりに、話題を変える。


「王都での立場や事情について、詳しく聞くつもりはない」


 その一言に、背中の緊張が抜けた。


「だが、ここにいる以上、君は“客”ではない。能力を持つ一員だ」


 “元・婚約者”でも、“追放された令嬢”でもない。


 一員。


「無理をする必要はない。だが、やれることがあるなら、遠慮せず使ってほしい」


 彼は、そう言って立ち上がった。


「それと――」


 扉に向かいかけて、振り返る。


「こちらでは、家名よりも役割を重んじる。だから――」


 一瞬、言葉を選ぶように間を置き、


「名前で呼ばせてもらうが、構わないか?」


 心臓が、強く跳ねた。


 王都では、

 家名、立場、称号。

 それらが先に来て、私自身は後回しだった。


「……はい」


 私は、はっきりと答えた。


「構いません」


 辺境伯は、ほんの少しだけ目を細めた。


「なら、これからよろしく」


 それだけ言って、部屋を出ていく。


 残された私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 名前で呼ばれる。

 役割を与えられる。

 感謝される。


 どれも、特別なことではないはずなのに――

 胸の奥が、じんと温かい。


「……ここに来て、よかった」


 それは、初めて自分から出た、迷いのない言葉だった。


 まだ、恋ではない。

 けれど確かに、この人は――

 私を“壊れた駒”としては見ていない。


 その事実が、何よりも大切だった。


 私は窓の外を見た。

 辺境の空は、今日も高く澄んでいる。


 この場所で、

 私はもう一度、自分の名を取り戻していく。


 ――静かに、確実に。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ