第40話 残らないと決めた理由
その申し出は、正式だった。
封蝋付きの書簡。
王都中央政務院の印章。
中身を見なくても、
何であるかは分かった。
「……来ましたね」
私は、机に腰を下ろし、封を切る。
王国改革の安定化に際し、
貴女を常設顧問として迎えたい。
地位、権限、待遇は、これまでにない水準を用意する。
丁寧な文面。
誠意も、本気も感じられる。
――これは、最後の誘いだ。
私は、すぐには返事を書かなかった。
書簡を畳み、
引き出しにしまう。
「……一晩、ですね」
小さく呟く。
もし、これが数年前だったなら。
もし、婚約破棄の夜の私だったなら。
迷いなく、
この手を伸ばしていただろう。
夜。
宿舎の窓辺に立ち、
王都の灯りを見下ろす。
ここには、
力がある。
影響力も、
決定権も、
人を動かす重さも。
「……欲しいですね」
正直な言葉だった。
この場所にいれば、
もっと多くを変えられる。
もっと早く、
もっと広く。
その誘惑は、
甘く、強い。
ノックの音。
アルトだった。
「……返事は?」
「まだです」
私は、正直に答える。
彼は、何も言わず、
隣に立った。
二人で、
同じ灯りを見る。
「……止めないのですか」
ふと、尋ねる。
アルトは、少し考えてから言った。
「選ぶのは、君だ」
それだけ。
引き止めも、
説得もない。
その距離感が、
胸に沁みた。
彼が去った後、
私は一人、椅子に腰を下ろす。
書簡を、再び取り出す。
条件は、申し分ない。
安全で、
評価され、
切られにくい。
――だが。
「……私が、欲しかったのは」
ペンを持つ手が、止まる。
「選ばれること、ではない」
思い出す。
辺境の風。
失敗しても、修正できる現場。
自分で判断する人たち。
そして、
並んで歩く人。
翌朝。
私は、静かに返書を書いた。
ご提案に感謝する。
だが、常設顧問の職は辞退する。
改革は、すでに王国のものだ。
理由は、書かない。
言い訳も、
感情も、
過去も。
ただ、
線を引くだけ。
返書を渡したあと、
王太子が短く言った。
「……後悔は?」
「ありません」
即答だった。
昨夜の迷いがあったからこそ、
この答えは揺らがない。
「君は、変わったな」
「はい」
私は、微笑む。
「もう、残らないと決めています」
それは、拒絶ではない。
選択だ。
王都を発つ日。
馬車が、城門を出る。
振り返らない。
ここに、
私の居場所はない。
それを、
確認しに来ただけだ。
そして、
答えは出た。
遠ざかる王都の影を背に、
私は前を向く。
残らなかった理由は、
ただ一つ。
私は、もう
自分の人生を
他人の舞台に置かない。
それだけだった。
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