第37話 静かな失脚
王都の朝は、いつも通り始まった。
鐘が鳴り、
文官たちが行き交い、
書類が運ばれる。
変わらない光景。
変わったのは――
そこに、彼がいないことだけだった。
元婚約者は、
中央政務院の入口に立っていた。
いつもの時間。
いつもの服装。
だが、
守衛は彼を止めた。
「……失礼ですが」
言葉遣いは丁寧だ。
「本日より、
こちらの執務区画への立ち入りは
ご遠慮いただくよう、通達が出ています」
彼は、一瞬だけ言葉を失った。
「……私は」
肩書きを、口にしようとして――
止めた。
もう、
それは有効ではない。
「……分かりました」
それだけ答え、
彼は一歩下がった。
誰も、責めない。
誰も、見ない。
ただ、
仕事が続いていく。
別の区画では、
会議が始まっていた。
彼の席は、空いたままだ。
「……始めよう」
議長の一言で、
議論は滞りなく進む。
以前なら、
彼の判断を待っていた案件も、
すでに別の流れで処理されている。
誰も、
彼の不在に触れない。
それが、
最も残酷な現実だった。
昼過ぎ、
彼は私室に戻った。
机の上には、
整理された書類が並んでいる。
すでに、
「返却済み」の印が押されていた。
彼の仕事は、
すべて引き取られたのだ。
「……不要になった、か」
呟いた声は、
誰にも届かない。
処分は、なかった。
追放も、罵倒もない。
ただ――
必要とされなくなった。
夕方、
彼は街を歩いた。
かつて、
声をかけてきた人々は、
皆、忙しそうにしている。
目が合っても、
会釈だけ。
引き止める者は、いない。
彼は、
ようやく理解した。
自分が失ったのは、
地位ではない。
判断を委ねられる場所だ。
同じ頃、
私は宿舎で書類に目を通していた。
「……一段落、ですね」
文官が、静かに言う。
「はい」
私は、頷いた。
声は、平静だ。
彼の失脚は、
私の勝利ではない。
ただ、
流れの結果だ。
「……何か、言いたいことは?」
文官が、恐る恐る尋ねる。
私は、少し考えてから答えた。
「ありません」
それが、真実だった。
彼を恨んでいない。
救おうとも思わない。
関係が、
もう存在しないだけだ。
夜。
私は、アルトと並んで
王都の外れを歩いていた。
「……終わったな」
彼が言う。
「はい」
私は、夜空を見上げる。
「静かに」
アルトは、少しだけ笑った。
「君らしい」
「そうでしょうか」
「派手にやると思っていた」
「……私も、昔は」
そう言って、言葉を切る。
今は、違う。
王都の灯りが、
背後で揺れている。
そこには、
もう私を縛るものはない。
そして、
彼の居場所も、
すでに過去になった。
静かな失脚は、
誰の記憶にも残らない。
だが、
本人だけが、
一生忘れない。
それでいい。
物語は、
次の段階へ進む。
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