第36話 選ばれなかった側
決定は、通達という形で下された。
簡潔で、感情の入らない文面。
誰かを責める言葉も、弁明の余地もない。
「……ついに、ですか」
私は文書を読み終え、静かに息を吐いた。
元婚約者――
中央政務院における実務権限の一部を、正式に剥奪。
理由は明確だった。
判断の遅れ。
責任の所在の曖昧さ。
そして、改革方針との不一致。
罰ではない。
整理だ。
「……意見を求められています」
文官が、少し言いにくそうに言った。
「私に、ですか」
「形式上ですが」
私は、書類を受け取った。
そこには、
関係者としての私の名があった。
――助命嘆願。
――処分軽減の意見。
そういう役割を、
王都は私に期待している。
私は、しばらく黙っていた。
助けられる立場。
裁ける立場。
どちらにも、立ててしまう。
だからこそ――
立たない。
「意見は、出しません」
私は、はっきりと言った。
文官が、目を見開く。
「……それは」
「判断は、
制度に委ねてください」
声は、落ち着いていた。
「個人としての感情も、
過去の関係も、
ここには不要です」
それ以上、説明はしない。
文官は、深く一礼した。
「承知しました」
同じ頃、
別の部屋では、
元婚約者が一人、書類を見つめていた。
自分の名が、
権限一覧から消えている。
それだけのこと。
叫びも、抗議も、起きない。
なぜなら――
誰も、彼を責めていないからだ。
「……彼女は」
彼は、呟く。
「何も、言わなかったのか」
報告は、簡潔だった。
彼女は、判断に関与していない。
その一文が、
彼の胸に重くのしかかる。
助けなかった。
だが、裁いてもいない。
それは、
最も距離のある答えだった。
夕刻、
私は回廊でアルトと並んで歩いていた。
「……出なかったな」
彼が、短く言う。
「はい」
私は頷く。
「出す必要が、ありませんでした」
アルトは、少し考えてから言った。
「恨まれるぞ」
「恨まれる理由も、
感謝される理由も、
同じです」
私は、静かに答える。
「どちらも、
過去に縛られる行為ですから」
アルトは、
何も言わずに笑った。
夜。
宿舎に戻る途中、
私は一度だけ、
足を止めた。
向こうの廊下の先に、
元婚約者の姿があった。
彼も、こちらに気づく。
視線が合い――
そして、逸れた。
彼は、頭を下げなかった。
私も、下げなかった。
それでいい。
礼も、謝罪も、
もう役割を持たない。
部屋に戻り、
私は椅子に腰を下ろす。
胸の奥に、
何かが残っている。
後悔ではない。
勝利でもない。
ただ、
終わったという実感。
選ばれなかったのは、
彼だ。
だが、
選ばなかったのは――
私自身でもある。
それで、
この物語は、次へ進める。
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