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婚約破棄された令嬢ですが、国の仕組みを直したら評価が逆転しました 〜聖女よりも必要だった“地味な才能”で、辺境から王国を立て直します〜  作者: 花守いとは


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第33話 取り戻せない距離

 呼び止められたのは、翌日の夕刻だった。


「……少し、話せないか」


 背後からかけられた声に、私は足を止めた。


 振り返らなくても、誰だか分かる。

 この距離感、この声の低さ。


 元婚約者だった。


 私は、ゆっくりと振り向く。


「用件は、こちらで」


 そう言って、廊下の端を示した。

 人目のない場所。

 だが、密室にはならない距離。


 それだけで、彼は少し傷ついたような顔をした。


 ――まだ、期待している。


 それが、はっきりと分かった。


「昨日は……」


 彼は、言葉を探すように口を開いた。


「驚いた」


「そうでしょうね」


 私は、穏やかに返す。


 責めるでも、皮肉るでもない。

 ただの事実として。


「君が、ああいう立場で……」


 言葉が、途切れる。


 彼は、私を“戻ってきた存在”として見ている。

 だが、それは違う。


「私は、戻っていません」


 静かに告げる。


「王都に来ただけです」


 彼の表情が、硬くなる。


「……あの時は」


 彼は、意を決したように言った。


「最善だと思った」


 来ると思っていた言葉だった。


「国のために。

 混乱を避けるために」


「そうですね」


 私は、否定しない。


「あなたの立場では、

 そう判断するしかなかったのでしょう」


 その言い方が、

 彼を最も追い詰めた。


 責められていない。

 だが、肯定もされていない。


「……今なら」


 彼は、声を落とす。


「今なら、違う選択ができた」


 私は、少し考えてから答えた。


「それは、本当だと思います」


 彼の目が、わずかに明るくなる。


 だが――

 次の言葉で、その光は消えた。


「でも、それは

 “今のあなた”だからです」


 過去は、書き換えられない。


「……戻れないのか」


 彼の声は、掠れていた。


 私は、首を横に振る。


「戻る場所が、ありません」


 正確には――

 戻りたい場所がない。


「私は、

 あの時の私ではない」


 彼は、何か言おうとして、

 結局、何も言えなかった。


 私も、

 それ以上、言葉を足さなかった。


「……すまなかった」


 しばらくして、彼が言った。


 それは、謝罪だった。


 だが、

 遅すぎた謝罪でもある。


「受け取ります」


 私は、そう答えた。


 拒否はしない。

 だが、許しもしない。


 それが、

 私にできる最大限の誠実さだった。


 沈黙が、二人の間に落ちる。


 かつて、

 この沈黙は苦しかった。


 今は、

 ただ、静かだ。


「……君は」


 彼が、最後に言った。


「幸せそうだな」


 私は、一瞬だけ考えた。


「そうですね」


 即答はしなかったが、

 否定もしなかった。


「少なくとも、

 自分で選んでいます」


 彼は、その言葉を

 噛みしめるように目を閉じた。


「……行く」


 彼は、そう言って背を向けた。


 引き止める理由はない。

 追いかける必要もない。


 彼は、ようやく理解したのだ。


 失ったのは、

 婚約者ではない。


 並んで立てる未来だと。


 私は、その背中を見送ったあと、

 静かに息を吐いた。


 胸の奥に、

 痛みはない。


 代わりにあるのは、

 終わったという実感だけ。


 過去は、

 ようやく過去になった。


 その夜、宿舎に戻ると、

 アルトが待っていた。


「……話したな」


「はい」


 それ以上、説明はしなかった。


 アルトも、聞かなかった。


 それで、十分だった。


 私は、窓を開ける。


 夜風が、部屋に流れ込む。


 王都の灯りは、

 まだ明るい。


 だが、

 私の居場所ではない。


 それを、

 はっきりと確かめただけだ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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