第31話 同じ席に、もう同じではない
中央政務院の会議室は、静かすぎるほど静かだった。
重厚な扉。
円卓。
かつて、私はその外に立つ存在だった。
――今は、違う。
「辺境伯アルト=リュード、到着いたしました」
先触れの声に、空気がわずかに動く。
そして――
私の名は、続かなかった。
それが、答えだった。
名を呼ぶ必要がない。
誰もが、知っている。
アルトと並んで席へ向かう途中、
私は自然と視線を上げた。
そこに――
彼はいた。
元婚約者。
かつて、私を切り捨てた人。
視線が合う。
彼の表情が、僅かに固まった。
驚き。
戸惑い。
そして――遅すぎた理解。
私は、何も感じなかった。
怒りも、悔しさも。
ただ、遠い。
「……では、協議を開始する」
王太子エドワルドの声が、場を整える。
「本日は、改革の次段階について――」
形式的な言葉が続く。
私は、黙って聞いていた。
視線を集めることも、
発言を求めることも、
まだしない。
それだけで、
数人が落ち着かなくなっているのが分かる。
沈黙は、
説明より雄弁だ。
やがて、話題が核心に近づいた。
「……現場判断の拡大についてだが」
年配の貴族が、咳払いをする。
「成功例がある一方で、
一部混乱も報告されている」
視線が、
私に向けられる。
――来た。
「この点について、
助言者の見解を聞きたい」
“助言者”。
名前ではない。
だが、役割は明確だ。
私は、ゆっくりと口を開いた。
「混乱は、想定内です」
ざわめきが走る。
「判断を任せれば、
必ず誤りは起きます」
元婚約者が、息を呑んだのが分かった。
彼は、かつて
“誤りを許さない側”だった。
「問題は、
誤りを隠すことです」
私は、淡々と続ける。
「隠せば、
修正できなくなります」
反論は、出ない。
否定できる理屈が、ないからだ。
「……だが」
元婚約者が、ついに口を開いた。
「現場に任せすぎれば、
統制が取れなくなる」
声は、硬い。
私は、彼を見た。
初めて、正面から。
だが、そこに
私的な感情はなかった。
「統制とは、
命令のことですか?」
問いは、静かだった。
彼は、一瞬言葉に詰まる。
「……責任の所在だ」
「責任は、
構造にあります」
私は、即答した。
「個人に押しつけるものではありません」
その言葉が、
会議室の空気を変えた。
何人かが、
目を伏せる。
彼らも、知っている。
責任を押しつけてきた側だと。
聖女が、遅れて口を開いた。
「……祈りでは、
補えない部分があるのですね」
その声には、
微かな疲れが滲んでいた。
私は、彼女を見る。
「祈りは、
人を支える力です」
否定はしない。
「ですが、
仕組みを動かすものではありません」
それは、
攻撃ではなかった。
ただの、事実だ。
聖女は、
何も言えなくなった。
沈黙の中で、
王太子が静かに頷いた。
「……理解した」
短い一言。
「改革は、
この方向で進める」
決定。
議論は、終わった。
私は、深く息を吐いた。
勝った、という感覚はない。
ただ――
戻らなかった。
会議が終わり、
人々が立ち上がる。
元婚約者が、
こちらを見ていた。
何かを言いたそうに。
だが、私は――
目を逸らさなかった。
同時に、
歩み寄りもしなかった。
もう、
語る必要がない。
彼は、
ようやく理解したのだろう。
失ったのは、
“役に立たない令嬢”ではなく――
戻らない人だと。
会議室を出ると、
アルトが隣に並ぶ。
「……終わったな」
「はい」
私は、頷いた。
「これで、
第一段階は」
彼は、少しだけ微笑んだ。
「まだ続く」
「ええ」
私も、微笑み返す。
だが、
もう怖くはない。
同じ席に、
同じ顔ぶれ。
それでも、
同じではない。
私は、
もう選ばされる側ではない。
この場所でさえ。
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