第30話 迎えられる側
王都の城門は、記憶よりも高かった。
正確には――
変わっていない。
変わったのは、
私の立場だ。
「……辺境伯アルト=リュード、ならびに――」
門番が、一瞬だけ言葉を区切る。
その間に、私は理解した。
私の名は、
“確認事項”になっている。
「改革助言者、
……失礼、
名簿登録者としての来訪ですね」
言い直し。
慎重な声音。
「はい」
私は、短く答えた。
呼び捨てでも、
令嬢扱いでもない。
役職未満、無視不能以上。
それが、今の私だった。
城門を抜けると、街の空気が違った。
視線が、集まる。
しかし、ひそひそ声はない。
好奇でも、侮蔑でもない。
――評価だ。
「あの人が……」
聞こえた声は、途中で止まる。
名を出さない。
だが、知っている。
それだけで、十分だった。
「……居心地が悪いか」
アルトが、低く言う。
「いいえ」
私は、正直に答えた。
「居心地が、
良すぎます」
注目は、
歓迎と同じだけ危険だ。
だが、今は――
逃げない。
宿舎に案内されるまでの道すがら、
私は王都を見回した。
石畳は整備され、
水路は流れ、
掲示板には、新しい通達が貼られている。
そこに書かれていたのは――
判断記録の提出期限。
修正報告の簡略化。
「……まだ、完全ではありませんね」
「当然だ」
アルトが答える。
「だが、戻れなくなっている」
その言葉に、私は頷いた。
この街は、
もう“以前のやり方”を続けられない。
それを、一番理解しているのは――
街そのものだ。
宿舎の中は、過剰なほど整えられていた。
歓迎の準備。
失礼のない対応。
だが、
誰も踏み込んでこない。
名刺代わりの書類も、
指示書も、
まだ出ない。
「……様子見ですね」
「探っている」
アルトの言葉は、短い。
「君が、
何を言うかではなく――」
「何も言わなかった時、
どう動くかを」
私が続ける。
アルトは、わずかに口角を上げた。
夜。
窓から、王都の灯りを見下ろす。
かつて、ここは
私を切り捨てた場所だった。
今は――
扱いに迷っている。
「……不思議ですね」
私は、ぽつりと呟く。
「説明しなくても、
ここまで来られた」
アルトは、静かに答えた。
「説明しなかったからだ」
その言葉が、胸に落ちる。
過去を語らず、
怒りをぶつけず、
正当性を主張しなかった。
ただ、積み上げた。
その結果が、
この沈黙だ。
ふと、ノックの音がした。
使者ではない。
緊急でもない。
ただの、確認。
「明日の協議ですが」
控えめな声。
「……主要関係者が揃います」
主要、という言葉に、
含みがあった。
元婚約者。
聖女。
中央政務院の重鎮たち。
――全員だ。
「承知しました」
それだけ答える。
扉が閉じ、
再び静寂が戻る。
「……明日だな」
アルトが言う。
「はい」
私は、窓から視線を外さずに答えた。
再会は、まだだ。
だが、もう始まっている。
この街が、
私をどう扱うか。
そして、
私が、何も語らないという選択を
どう受け取るか。
それが、
答えになる。
ベッドに腰を下ろし、
私は目を閉じた。
怖さは、ある。
だが、揺らぎはない。
私はもう、
あの夜会の令嬢ではない。
選ばれるために立つのではなく、
選ばせないために立つ。
明日、
王都はそれを知る。
そして、
再会は――
言葉より先に、
立場で決着がつく。
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