第28話 送り込まれた善意
その人物は、「協力者」という肩書きでやって来た。
「王都中央政務院より参りました、
文官のレオンと申します」
深く頭を下げるその所作は、丁寧で隙がない。
年は三十前後。
身なりも、言葉遣いも、完璧だった。
「改革の円滑な進行を支援するため、
一定期間、辺境伯領に滞在することになりました」
――監視役。
そう直感しても、不思議ではない。
だが、表向きは違う。
「助言の実務補佐」
「王都と現場の橋渡し」
「誤解の解消」
どれも、もっともらしい理由だ。
「……ようこそ」
私は、表情を変えずに応じた。
拒否する理由は、ない。
むしろ――
拒否すれば、“協力する意思がない”と証明してしまう。
初日の打ち合わせで、私は確信した。
レオンは、有能だ。
記録も早い。
理解も速い。
「この判断記録の流れは、非常に合理的ですね」
感心したように言いながら、
視線は常に“全体”を見ている。
「ただ……」
彼は、言葉を選ぶ。
「中央としては、
“個人依存”が強い点が気になります」
来た。
「その点は、すでに改善段階に入っています」
私は、即座に答えた。
「判断権限は、現場へ移行しています」
「ええ。承知しています」
レオンは、微笑んだ。
「だからこそ、
記録の一元管理を中央で――」
「それは、必要ありません」
遮るように言ったのは、私だった。
レオンが、一瞬だけ瞬きをする。
「分散管理こそ、
この仕組みの要です」
中央で管理すれば、
判断は再び“上”に集まる。
「……なるほど」
レオンは、引いた。
だが、引き下がったわけではない。
数日間、彼は何も“しなかった”。
いや、正確には――
何も問題を起こさなかった。
会議に出席し、
記録を取り、
意見を求められれば控えめに述べる。
理想的な協力者だ。
だからこそ、厄介だった。
「……どう思いますか」
夜、アルトが尋ねる。
「優秀です」
私は、率直に答えた。
「そして、危険です」
「理由は?」
「彼は、
“壊さずに戻す”タイプです」
派手な反対はしない。
少しずつ、中央基準に寄せていく。
気づいた時には、
元に戻っている。
「……見抜いているな」
アルトは、低く言った。
「見抜いています」
私は、静かに続けた。
「だから、試します」
翌日、私はレオンに一つの提案をした。
「新設した判断訓練会に、
参加していただけますか」
「私が、ですか?」
レオンは、少し意外そうな顔をした。
「ええ。観察ではなく、
実際に判断を」
逃げ道を、塞ぐ。
彼が本当に“協力者”なら、
拒否はできない。
「……喜んで」
一瞬の間のあと、彼はそう答えた。
訓練会では、
現場で起きうる曖昧な問題が提示される。
正解は、一つではない。
「この場合、
中央判断を仰ぐべきです」
レオンは、即座にそう言った。
場が、静まる。
「理由は?」
私が尋ねる。
「責任の所在を明確にするためです」
それは、王都の論理だった。
「……では」
私は、別の文官に視線を向ける。
「あなたなら?」
「現場で判断し、
記録して共有します」
迷いながらも、答える。
「失敗した場合は?」
「……修正します」
レオンが、眉をひそめた。
「それでは、
判断が属人的になります」
「いいえ」
私は、はっきりと言った。
「判断は人がします」
場の空気が、変わる。
「属人性を恐れて、
判断を止める方が、
よほど危険です」
レオンは、言葉を失った。
その夜、彼は私を訪ねてきた。
「……失礼ですが」
少し、硬い声だった。
「私は、監視役でしょうか」
核心に来た。
「いいえ」
私は、即答した。
「ただし」
言葉を選ぶ。
「中央の価値観を、
そのまま持ち込むなら、
ここでは機能しません」
レオンは、しばらく黙っていた。
「……理解しました」
やがて、低く言う。
「私は、
“戻すため”に来たのだと、
思っていました」
正直だ。
「今は?」
「……分かりません」
その答えに、私は微笑んだ。
「それで、十分です」
分からないまま考える人間は、
壊さない。
翌日から、レオンの立ち位置は変わった。
提案は減り、
質問が増えた。
「なぜ、ここで判断を任せたのですか」
「失敗した時、
どう受け止めるのですか」
私は、すべてに答えた。
教えるのではない。
共有する。
夕暮れ時、アルトが言った。
「囲い込まれなかったな」
「はい」
私は、頷く。
「人も、枠も」
王都は、また一手打った。
だが、完全には制御できなかった。
それでいい。
改革は、
誰かの所有物ではない。
私は、送り込まれた善意を、
こちらの流れに溶かした。
次に来るのは――
もっと露骨な選択だろう。
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