第26話 選ばされる側には、戻らない
王都からの書簡は、丁寧すぎるほど丁寧だった。
命令ではない。
要請でもない。
――期待だ。
私は、机の上に広げた文をしばらく見つめていた。
今後の改革を円滑に進めるため、
貴女の助言をより恒常的な形で受けたい。
ついては、中央政務院での定期的な協議参加を――
言葉を選び抜いた文章。
拒めば、角が立つ。
受ければ、道が変わる。
「……来ましたね」
同席していた文官が、静かに言った。
「はい」
私は、視線を上げないまま答えた。
これは、名誉だ。
王都の中心に関わるという意味では、破格の扱いだ。
かつての私なら、
疑いもせず、喜んで受けただろう。
――評価された。
――必要とされた。
そう思えたはずだ。
けれど今は、違う。
「受ければ、どうなりますか」
私は、あえて問いかけた。
「王都側の進行は、確実に早まります」
文官は即答する。
「混乱の調整も、現場判断ではなく、
中央判断に戻る可能性が高い」
それは、効率的だ。
そして――危うい。
「辺境は?」
「……正直に言えば」
文官は、少し言い淀んだ。
「貴女が不在になれば、
今の速度は維持できません」
私は、ゆっくりと息を吐いた。
やはり、そうだ。
その日の夕方、私は一人で領地を歩いた。
水路のそばでは、子どもたちが遊び、
遠くでは農具の音がする。
この景色は、静かだ。
だが、止まってはいない。
人が判断し、
人が失敗し、
人が修正する。
私がいなくても、
回る形を作り始めている。
それが、誇らしい。
同時に、少しだけ――怖い。
「……私が、いなくても」
口に出して、胸がざわつく。
必要とされなくなる不安。
役割を失う恐怖。
それは、婚約破棄の夜に味わった感覚と、
よく似ていた。
私は、立ち止まる。
――また、同じことを繰り返すのか?
評価される場所へ戻り、
役割に縛られ、
切られる可能性を抱え続けるのか。
「……違う」
私は、首を振った。
今は、選択肢がある。
夜、執務室でアルトと向き合った。
私は、王都からの書簡を差し出す。
「どう思いますか」
彼は、黙って読み終えた。
「……正直に言う」
そう前置きして、口を開く。
「国全体を考えるなら、
君が中央に入る方が早い」
胸が、少し痛む。
「だが」
アルトは、視線を上げた。
「君が壊れる可能性も、一番高い」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「王都は、君を“便利な存在”として扱う」
遠回しだが、否定しようのない指摘。
「君が作った仕組みを、
君自身で踏みにじらせることになる」
私は、目を伏せた。
それは、
私が一番恐れている未来だった。
「……それでも、
国のためには必要なのでは?」
問いは、弱さから出たものだ。
アルトは、すぐには答えなかった。
そして、静かに言った。
「“必要”と“正しい”は、同じじゃない」
その言葉が、胸に落ちる。
「君が目指しているのは、
君がいなくても回る国だろう」
私は、はっとする。
確かに、そうだ。
「なら」
アルトは続ける。
「君が中央に縛られる必要はない」
彼は、私を見た。
「選べ」
命令ではない。
誘導でもない。
「君自身の立ち位置を」
私は、長い沈黙の末、口を開いた。
「……迷っています」
正直な言葉だった。
「国を見捨てるようで、怖い」
「見捨てない」
アルトは、はっきり言った。
「距離を取るだけだ」
距離。
それは、逃げではない。
視野を保つための選択だ。
「私は」
言葉を選びながら、続ける。
「王都に戻れば、
また“選ばされる側”になります」
期待され、
役割を与えられ、
結果が出なければ切られる。
「……それは、もう嫌です」
静かだが、確かな拒絶。
アルトは、何も言わずに頷いた。
それで、十分だった。
その夜、私は返書を書いた。
協議への参加は、遠隔を基本とします。
王都常駐、および定期出仕はお受けできません。
改革の主体は、各領と中央にあります。
線を引く。
柔らかく、しかし明確に。
書き終えたとき、
胸の奥に、奇妙な軽さがあった。
失うかもしれない。
だが、縛られない。
私は、もう
選ばされる側には戻らない。
選ぶ側で、在り続ける。
それが、
私がこの場所で得た答えだった。
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