第17話 支えられる側に立つ日
試験領域として指定した物流区画・西支所は、王都の中でも比較的静かな場所だった。
書類の山と、慣れない顔ぶれ。
現場責任者たちは、どこか落ち着かない様子で席についている。
「本日は、皆さんの判断を奪うためではありません」
私は、会議室に集まった職員たちを見渡しながら、そう切り出した。
「判断を“任せる”ための場です」
数名が、戸惑ったように視線を交わす。
無理もない。
王都では長年、「判断=責任=処罰」という図式が染みついている。
「失敗した場合、責任はどうなるのですか?」
若い職員が、恐る恐る問いかけた。
その問いは、もっともだった。
私は一瞬、言葉に詰まる。
そして――正直に答えた。
「……私が負います」
室内が、静まり返った。
「正確には、仕組みが負います。
今回の試験は、失敗を前提にしています」
失敗を前提にする。
それは、王都では禁句に近い言葉だった。
「だから、記録します。
判断の理由も、迷いも、すべて」
私は、机の上の記録用紙を示した。
「誰かを責めるためではなく、
次に同じ歪みを作らないために」
職員たちの表情が、少しずつ変わっていく。
不安は消えない。
だが、恐怖だけではなくなった。
会議が終わり、私は廊下に出た。
思った以上に、疲れていた。
頭の奥が、じんと重い。
「……やはり、緊張しているな」
背後から声がして、振り返る。
アルトだった。
視察の名目で同行しているが、口出しは一切しなかった。
「分かりますか?」
「分からない方が、問題だ」
そう言って、彼は私の隣に立つ。
「よくやった」
「……まだ、始まったばかりです」
「それでいい」
アルトは、歩きながら言う。
「結果を出すのは、君の仕事じゃない。
結果が出る“場”を作るのが、君の仕事だ」
私は、足を止めた。
「……それは、逃げではありませんか?」
自分でも驚くほど、鋭い声だった。
アルトは、私を見た。
責めるでも、否定するでもない。
「逃げだと思うなら、そう思えばいい」
彼は、静かに言った。
「だが、君はもう“前線”に立つ立場じゃない」
胸が、きゅっと締めつけられる。
「前線に立ち続けた人間は、必ず折れる。
それを、私は何度も見てきた」
その声には、経験が滲んでいた。
私は、何も言えなかった。
その夜、領館に戻ったあとも、頭は冴えたままだった。
机に向かい、今日の会議の記録を見直す。
判断、迷い、沈黙の時間。
「……私が、全部やろうとしていた」
気づいてしまう。
王都で評価されなかった理由。
それは、能力だけではない。
私は、頼り方を知らなかった。
誰かに任せることを、
「価値を失うこと」だと、無意識に思っていた。
婚約破棄された夜の感覚が、また胸をよぎる。
――役に立たなければ、切り捨てられる。
だから、手放せなかった。
「……それでも」
机に手を置く。
「今は、違う」
私は、支えられている。
そして、支え合う仕組みを作ろうとしている。
それは、弱さではない。
翌朝。
物流区画・西支所から、最初の報告が届いた。
判断は、拙い。
時間もかかっている。
だが――止まってはいない。
「……動いてる」
小さく呟くと、胸の奥に静かな達成感が広がる。
そこへ、アルトが来た。
「報告、見た」
「はい。まだ、課題だらけです」
「それでいい」
彼は、珍しく少しだけ柔らかく微笑った。
「君が一歩引いた分、
皆が一歩前に出ている」
私は、その言葉を噛みしめる。
支えられる側に立つことは、
無力になることではない。
誰かが前に出る余地を、
残すということだ。
「……ありがとうございます」
素直に言うと、アルトは少しだけ目を逸らした。
「礼を言われるほどのことじゃない」
だが、その距離は、昨日より少し近かった。
私は思う。
この人の隣なら、
重さを分け合える。
それが恋かどうかは、まだ分からない。
けれど――
私はもう、一人では立っていなかった。
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