第15話 席の空白が示すもの
中央政務院・大評議室。
重厚な扉が閉じられると同時に、室内の空気が張り詰めた。
王太子エドワルドは、卓上に並ぶ顔ぶれを見渡す。
神殿代表、財務官、物流監督、地方行政官――
王国の中枢を担う者たちだ。
ただ一つ、足りないものがあった。
「……では、始めよう」
エドワルドの声で会議が始まる。
議題は明確だ。
王都および周辺領地の機能不全と、その是正案。
だが、議論は開始早々、停滞した。
「祈祷回数を増やすべきです」
「それでは予算が――」
「帳簿上は改善しています」
「現場が違うと言っている!」
言葉が交錯し、視線がぶつかる。
それぞれが、
それぞれの正しさを主張していた。
「……整理しよう」
エドワルドが、手を上げる。
「我々が議論すべきは、“誰の責任か”ではない」
一瞬、静まり返る。
「“どこで、何が詰まっているか”だ」
その言葉に、数名の官僚が視線を落とした。
――それは、あの助言書の言葉だった。
「辺境伯領の方式を、そのまま導入するのは難しい」
財務官が言う。
「規模が違いすぎます」
「だが、成果は出ている」
別の官僚が反論する。
「数字は、嘘をつかない」
「数字“だけ”では足りない!」
神殿代表が声を荒げた。
「奇跡なくして、民は救えぬ!」
エドワルドは、そのやり取りを黙って聞いていた。
そして、ゆっくりと告げる。
「奇跡は、必要だ」
神殿代表が、安堵したように頷く。
「だが――」
言葉を切り、続けた。
「奇跡に頼らねば回らぬ仕組みは、すでに壊れている」
室内が、ざわめいた。
「これは、彼女の言葉ではない」
エドワルドは、そう前置きした。
「だが、彼女が示した現実だ」
誰も、否定できなかった。
「では……彼女を、呼ぶべきでは?」
誰かが、恐る恐る口にした。
その瞬間、空気が変わる。
「……呼べない」
エドワルドは、即答した。
「彼女は、王都の命令には従わない」
事実だった。
「協力はしている。だが――」
彼は、言葉を選ぶ。
「彼女は、もう“こちら側”ではない」
沈黙。
席の一つが、妙に目についた。
彼女が座るはずだった場所。
正確には――
かつて、意見を言わずに書類を整えていた席。
そこが、空いている。
「……彼女がいた頃」
物流監督が、ぽつりと呟く。
「会議は、こんなに長引かなかった」
「意見が、整理されていた」
「誰が言ったかではなく、何が起きているかが見えていた」
次々と、言葉が落ちてくる。
今になって、皆が気づき始めていた。
彼女は、
議論を支配していたわけではない。
議論が必要ない状態を、作っていただけだと。
「……結論を出そう」
エドワルドが、深く息を吸う。
「王都の行政構造を、段階的に見直す」
「判断権限の分散」
「記録魔法の再設計」
「祈祷は、補助に回す」
一つ一つ、言葉にする。
反発はあった。
不満も、恐れも。
だが、否定はなかった。
否定できる“成功例”が、すでに存在しているからだ。
「……彼女は、来ないのですね」
最後に、誰かが尋ねた。
エドワルドは、首を振った。
「来ない」
そして、静かに続ける。
「だが――
彼女の“不在”が、
この会議を成立させている」
それは、皮肉だった。
追い出した存在が、
いなくなって初めて、
全体を動かしている。
会議が終わり、皆が退出したあと。
エドワルドは、一人、空いた席を見つめていた。
「……戻らないな」
呟きは、誰にも聞かれない。
戻る理由が、ない。
戻す資格も、ない。
だが、王国は動き始めた。
彼女が整えた“やり方”によって。
それで、いい。
それが、選ばなかった者の責任の取り方だと、
ようやく理解したから。
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