第14話 選ばなかった者の責任
夜更けの王城は、ひどく静かだった。
王太子エドワルドは、執務机の前で一人、書類を睨んでいた。
机上には、二つの束が並んでいる。
一つは、神殿からの祈祷報告。
もう一つは、辺境伯領から届いた助言書と、その後の追加資料。
「……同じ国の話とは思えないな」
ぽつりと漏れた言葉に、答える者はいない。
祈祷報告は、美しい。
言葉は整い、奇跡は成功と記されている。
だが、改善は続かない。
数値は戻り、また崩れる。
一方、助言書は冷淡だった。
情緒も、配慮もない。
だが――
結果が、残っている。
「判断は、正しかったはずだ」
エドワルドは、自分に言い聞かせるように呟いた。
王国のため。
未来のため。
感情ではなく、合理性で選んだ。
そう、思っていた。
「殿下」
控えめなノックの後、補佐官が入室する。
「辺境伯領の最新報告です」
「……またか」
受け取りながらも、目は自然と文字を追ってしまう。
・収支の安定
・不正是正の継続
・現場判断権限の分散化による停滞解消
淡々とした箇条書き。
称賛も、主張もない。
「……なぜ、こんなことができる」
思わず、声が低くなる。
補佐官は、慎重に答えた。
「“誰がやったか”ではなく、“どうすれば回るか”だけを見ているからかと」
その言葉が、胸に刺さる。
誰が。
誰がやったか。
――それこそが、自分の判断基準だった。
「彼女は……」
エドワルドは、言葉を探す。
「目立たなかった。派手な成果もなかった」
「はい」
「だが、止まらせなかった」
補佐官は、答えなかった。
答える必要がないからだ。
ふと、記憶が蘇る。
「この帳簿、少し歪んでいます」
夜会の準備に追われる中、彼女はそう言った。
些細なことだと、聞き流した。
「今は優先度が低い」
そう切り捨てたのは、自分だ。
なぜなら――
目立たなかったから。
「……王太子として」
エドワルドは、額に手を当てる。
「私は、何を見ていた」
奇跡。
象徴。
民を導く光。
それらは、確かに必要だ。
だが。
「……歯車を回す者を、私は選ばなかった」
選ばなかった。
正確には――切り捨てた。
それが、どれほどの責任を伴うか。
今になって、ようやく理解した。
「殿下」
補佐官が、躊躇いがちに告げる。
「辺境伯より、正式な条件文が届いております」
「条件?」
「はい。王都での直接召喚は不可。
助言は、文書および遠隔のみ。
功績の帰属は、制度改善として公開すること」
エドワルドは、苦く笑った。
「……命じることすら、許されないか」
当然だ。
彼女は、もう“臣下”ではない。
自分が、そうした。
「それでも、協力は?」
「続けると」
その一言が、重い。
見捨てられてはいない。
だが、選び直す権利はない。
それが、判断者の敗北だった。
夜が、さらに深まる。
エドワルドは、助言書の最後の一文を見つめた。
判断を人に集中させた時、
仕組みは必ず歪みます。
「……ああ」
静かに、息を吐く。
「私は、判断者であることに、酔っていた」
選ぶ側にいること。
切る側にいること。
それが、力だと信じていた。
だが、違った。
本当の力は――
回し続けることだった。
「……遅すぎたな」
その呟きは、後悔に近かった。
だが、後悔では、何も戻らない。
彼女は、もう戻らない。
戻る理由が、ない。
それを作ったのは、自分だ。
エドワルドは、ゆっくりと背筋を伸ばした。
「それでも、王国は守らねばならない」
彼は、命じることをやめた。
代わりに、学ぶことを選ぶ。
――選ばなかった者の責任として。
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