第12話 奇跡が足りない理由
王都から届いた追加資料は、厚みのある封書三通分だった。
帳簿、現場報告、祈祷記録。
すべて、形式としては整っている。
「……整いすぎている、わね」
私は領館の執務室で、資料を広げながら呟いた。
数字は揃っている。
文章も丁寧だ。
問題があるようには――見えない。
けれど。
「アルト様」
向かいに座る辺境伯に声をかける。
「この資料、すべて“結果”しか書かれていません」
「過程がない?」
「はい。どこで、誰が、どう判断したのかが抜けています」
それは、王都の書類ではよくあることだった。
責任の所在を曖昧にするために、“平均化”された記録。
私は一枚の報告書を指で叩く。
「この物流遅延、原因は“天候不順”とされていますが――
実際には、倉庫配置の重複と、通達経路の分断です」
「……現場を見ていないのに、分かるのか」
「はい。数字が、そう言っています」
私は、淡く魔力を流した。
紙の上に残る魔法痕が、静かに浮かび上がる。
何度も上書きされた修正。
祈祷による一時的な補正。
「ここです。
祈祷の直後だけ数値が改善し、すぐに元に戻っています」
「……奇跡は、起きている」
「ええ。でも――」
私は、視線を上げた。
「仕組みが壊れたままでは、奇跡は“埋め合わせ”にしかなりません」
その日の午後、王都へ向けた返書――正確には助言書を書き始めた。
命令ではない。
提案でもない。
分析結果の共有。
・祈祷の効果が持続しない理由
・記録系統が分断されている箇所
・判断権限が集中しすぎている部門
感情は、書かない。
批判もしない。
ただ、因果関係だけを淡々と並べる。
「……冷たい文ですね」
ユリウスが、少し驚いたように言う。
「冷たい方が、正確です」
私はペンを止めずに答えた。
「感情は、現場を混乱させます」
最後に、私は一文を付け加えた。
奇跡は、壊れたものを“一瞬”で戻します。
しかし、
壊れた仕組みは、必ず同じ歪みを生みます。
それが、私の結論だった。
一方、王都。
中央政務院では、重苦しい沈黙が流れていた。
「……否定されている、わけではない」
官僚の一人が、絞り出すように言う。
「だが……言い訳も、許されていない」
机の中央に置かれた助言書は、短い。
しかし、どの言葉も正確すぎた。
「聖女殿の祈祷についても……」
「“無意味”とは、書いていない」
「だが、“足りない”と」
視線が、自然と神殿側の席に向かう。
そこに座る白金の髪の令嬢――聖女は、困惑した表情を浮かべていた。
「……私は、言われた通りに祈っています」
声は、震えていない。
だが、確信もない。
「奇跡は、起きています。けれど……」
その先が、続かなかった。
祈っても、
数字は戻る。
現場は、戻らない。
それが、突きつけられた現実だった。
辺境伯領の夕暮れは、穏やかだった。
私は、書き終えた控えを閉じ、深く息を吐く。
「……これで、よかったのでしょうか」
珍しく、弱音が漏れた。
アルトは、少し考えてから言う。
「十分すぎるほどだ」
「王都は、混乱すると思います」
「するだろうな」
彼は、あっさりと認めた。
「だが、壊れたままよりはいい」
私は、窓の外を見る。
用水路は、今日も静かに流れている。
「奇跡が悪いわけではありません」
「分かっている」
「ただ……」
私は、言葉を選ぶ。
「奇跡に頼らなければならない時点で、
仕組みは、もう限界なのだと思います」
アルトは、何も言わなかった。
ただ、その横顔は――どこか誇らしげだった。
その夜、王都では、誰もが気づき始めていた。
問題は、聖女ではない。
魔法でもない。
判断を避け、整える者を切り捨てたこと。
そして、その“整える者”は――
もう、王都にはいない。
戻らせることも、
命じることも、
できない場所にいる。
それが、何よりも厄介だった。
私は知らなかった。
この一通の助言書が、
王都の価値観を根底から揺らすことになるなど。
ただ一つ、確かなことがある。
私はもう、
奇跡の代わりに呼ばれる存在ではない。
仕組みを直す者として、選ばれたのだ。
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